夫婦別姓



 ここでは、夫婦別氏(夫婦別姓)を導入した場合に、どのような法秩序となるのかを検討する。





夫婦別氏は可能か


 「夫婦別氏」を導入した場合に、どのような婚姻関係となるのかを検討する。

 




 「夫婦同氏」の場合は、親と子の氏が同一となる。これにより、子に対する親の責任を明確化し、「子の福祉」を向上させようとする側面を見出すことができるように思われる。

 「夫婦同氏」は、親子関係だけでなく、社会的に、他者から同一の氏を形成する者(扶養義務を負い合う関係のある者)として認識されることによって、子に対する親の責任を自覚させる側面があるように思われる。


 そのため、「夫婦別氏」の導入を考える場合には、「夫婦同氏」の下で親と子の氏が同一であることによって、子に対する親の責任の自覚を促し、「子の福祉」に貢献しようとする政策効果が損なわれる可能性を検討する必要があるように思われる。


 また、「夫婦別氏」を導入し、その夫婦の兄弟姉妹間の氏が異なる場合、下記の問題を検討する必要がある。


◇ 同一の氏の者は、何らかの近親者に該当するのではないかとの推測が働きにくくなり、近親交配に至る確率が高くなると考えられる。この点、婚姻制度を構築する立法目的の一つである近親交配に至ることを抑制しようとする側面が損なわれる恐れがある。

◇ 生まれたときから兄弟姉妹間で氏が異なる場合においても、扶養義務を負い合う関係を構築できるのか。また、扶養義務を負い合う関係を構築するとしても、同一の氏を共にした期間がない相手に対して扶養義務を負うことは、心理的に許容範囲内であるか。当事者の心理面に対する予測可能性を損ない、不測の経済的な負担を引き受けさせることにならないか。

 

<法律論ではない話>


 法律論上の婚姻制度と直接的に関係するわけではないが、婚姻制度が立法されている趣旨・目的を考える際に参考となる視点を取り上げる。



〇 結婚式に意味はあるか

 結婚式という儀式を行う慣習については、法律論上の問題ではない。
 結婚式という儀式を行う慣習についても、婚姻当事者が周囲の人々に対して新たな関係を形成することを公示することによって、婚姻する相手方を親族(姻族)として迎え入れる自覚を持たせると同時に、周囲の人々が婚姻当事者に対して抱き得る求愛と生殖の意欲を削ぎ、婚姻当事者の間に他者が侵入して婚姻当事者以外の者との間に子供が生まれることを防ぎ、生まれてくる子供の地位を安定化させようとする意味があるように思われる。

 これは単に、婚姻当事者や周囲の人々の認識の中でのみ機能する自覚や意識付けの問題である。



〇 結婚のイメージ


 「結婚」と聞けば、幸せなイメージを抱く者は多いかもしれない。

 しかし、法律論として婚姻制度を設計する際には、常に当事者間の関係が最悪の状態に陥ったときのことを想定し、裁判規範としてどのように解決していくことが妥当であるかという視点から考える必要がある。

 当事者間の利益の調整を適切に行うことができる場合と、できない場合を見極め、どこに基準となる線を引き、予め強行規定として定めておくべきかを検討する必要がある。

 忘れてはならないのは、婚姻当事者の間に生まれた子供(嫡出子)や、婚姻当事者の間に位置付けられた子供(養子)、婚姻当事者以外の者との間に生まれた子供(非嫡出子)の利益の保障をどのように構築するかという部分は欠くことのできない重要な要素となっていることである。

 

 

「夫婦別姓は子がかわいそう」と言う人へ 子どもの声は 2021年3月20日


 上記ような記事について、法制度を強行規定として構築する意図は、家族間の仲が最悪の状態になったときにどのように解決するかという視点が重要である。親子間の仲が良い子供の意見を取り上げたところで、あまり意味はない。祖父母に育てられている子供もいるであろう。取材するならば、「あんな奴、父親じゃねぇ」などと言っている子供も取り上げる必要がある。



〇 婚姻制度と「天皇制」や「日本の歴史、伝統、文化」について

 婚姻制度を「天皇制」や「日本の歴史、伝統、文化」と結び付けて考える者がいるかもしれない。

 しかし、法律論として婚姻制度を設計する際には、法主体として権利能力を有する当事者に対して親権者や法定代理人、扶養義務者、損害賠償責任を有する監督者などの地位を付与するか否かという観点から検討する必要がある。その法律関係の構成に「天皇制」や「日本の歴史、文化、伝統」はまったく関係がない。

 「天皇制」や「日本の歴史、伝統、文化」などを基に婚姻制度を説明する者の話は、法律論ではないことを押さえる必要がある。

 ただ、法律論上の論点を明らかにした上でいくつかの選択肢が存在する場合に、政策論として「天皇制」や「日本の歴史、伝統、文化」を基にしたやり方、「キリスト教」のやり方、「イスラム教」のやり方などを参考として、その方式を取り入れるか否かという判断は存在し得る。

 この点の、法律論上の論点を洗い出す作業と、政策的な選択肢としてどれを選ぶかという問題は丁寧に切り分ける必要がある。

 

(法律論として皇族の夫婦別氏について検討している動画を見つけた)

【動画】選択的夫婦別氏・SNS時代の多様性について~自由民主党武井俊輔衆議院議員 立憲民主党落合貴之衆議院議員 倉山満【チャンネルくらら】 2021/05/17



〇 生物学的な親子関係を特定できるか


 女性が子供を産んだ場合、その子供は確実にその女性の生物学的な子である。

 しかし、その女性から産まれた子供について、男性は自分の生物学的な子であるかについて確信を持つことができない。なぜならば、その女性が他の男性と生殖を行っている可能性を排除できないからである。

 子供との関係においては、男性は女性に比べて立場が弱いのである。

 そうなると、子供との関係を特定しようとする観点からは、男性に比べて女性の方が他の異性(男性)から求愛を受け、生殖に至ること(いわゆる不倫関係)を防ぐ必要性が大きい。

 そのため、女性の方が男性に比べて周囲の人々に対して婚姻した事実を公示し、その女性の周囲にいる男性が抱き得る求愛と生殖の意欲を削ぐことによって、その女性が他の男性から求愛を受けたり、他の男性との間で生殖に至る可能性を防止する必要性が高いと考えられる側面がある。

 「夫婦同氏」の制度の下で、女性側が氏を変更し、男性側の氏を名乗ることによって、女性が対外的に婚姻した事実を公示しておくことには一定の合理性を認めることができる場合があるということである。

 このような生まれてくる子供との関係において、男性は女性に比べて立場が弱いという理由を背景として、婚姻当事者が男性側の氏を選択する方が、女性側の氏を選択する場合に比べて多数派となっている側面があるとしても特に不自然ではない。

 そのため、男性側の氏と女性側の氏のどちらも選択可能な「夫婦同氏」の制度の下で、男性側の氏を選択する場合が多数派となっているという事実を基にして男女不平等となっているのではないかとの議論については、必ずしも男女平等の問題と結び付けて考える必要はないように思われる。

 

「男は誰の子供かは判りませんから」 Twitter


 このような子供との関係における男性の立場の弱さの側面については、夫婦別氏を望む者も認めている。


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 02年に長男が生まれた時は、一時的に夫の名字で婚姻届を出し、長男は夫の名字になった。妻が「自分はへその緒で子どもとつながっている。夫には名字のつながりを持ってほしい」と考えた。出産後には離婚届を出した。06年に双子の男児が生まれた時もそうした。

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名字が違っても「ふつうの家族」 夫婦別姓を訴えるわけ 2021年6月22日 (下線は筆者)


 逆に、離婚の際に子供の親権を女性側が得る場合が多く、男性側が親権を得る場合が少ないとしても、そこに男女間で制度上の不合理な差別が存在するというわけではない。

 


〇 民法上の「氏」の文字がある主要な条文


 民法上の「氏」の文字のある主要な条文を取り上げる。

民法

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    第二節 婚姻の効力


(夫婦の氏)

第七百五十条 夫婦は、婚姻の際に定めるところに従い、夫又は妻のを称する


(生存配偶者の復氏等)

第七百五十一条 夫婦の一方が死亡したときは、生存配偶者は、婚姻前のに復することができる。

2 第七百六十九条の規定は、前項及び第七百二十八条第二項の場合について準用する。

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    第四節 離婚

     第一款 協議上の離婚


(離婚による復氏等)

第七百六十七条 婚姻によってを改めた夫又は妻は、協議上の離婚によって婚姻前のに復する。

2 前項の規定により婚姻前のに復した夫又は妻は、離婚の日から三箇月以内に戸籍法の定めるところにより届け出ることによって、離婚の際に称していたを称することができる。


(離婚による復氏の際の権利の承継)

第七百六十九条 婚姻によってを改めた夫又は妻が、第八百九十七条第一項の権利を承継した後、協議上の離婚をしたときは、当事者その他の関係人の協議で、その権利を承継すべき者を定めなければならない。

2 前項の協議が調わないとき、又は協議をすることができないときは、同項の権利を承継すべき者は、家庭裁判所がこれを定める。

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    第三章 親子

     第一節 実子

 

(子の氏)

第七百九十条 嫡出である子は、父母のを称する。ただし、子の出生前に父母が離婚したときは、離婚の際における父母のを称する。

2 嫡出でない子は、母のを称する。


(子の氏の変更)

第七百九十一条 子が父又は母とを異にする場合には、子は、家庭裁判所の許可を得て、戸籍法の定めるところにより届け出ることによって、その父又は母のを称することができる。

2 父又は母がを改めたことにより子が父母とを異にする場合には、子は、父母の婚姻中に限り、前項の許可を得ないで、戸籍法の定めるところにより届け出ることによって、その父母のを称することができる。

3 子が十五歳未満であるときは、その法定代理人が、これに代わって、前二項の行為をすることができる。

4 前三項の規定によりを改めた未成年の子は、成年に達した時から一年以内に戸籍法の定めるところにより届け出ることによって、従前のに復することができる。

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    第二節 養子

     第三款 縁組の効力


(嫡出子の身分の取得)

第八百九条 養子は、縁組の日から、養親の嫡出子の身分を取得する。


(養子の氏)

第八百十条 養子は、養親のを称する。ただし、婚姻によってを改めた者については、婚姻の際に定めたを称すべき間は、この限りでない。


     第四款 離縁


(離縁による復氏等)

第八百十六条 養子は、離縁によって縁組前のに復する。ただし、配偶者とともに養子をした養親の一方のみと離縁をした場合は、この限りでない。

2 縁組の日から七年を経過した後に前項の規定により縁組前のに復した者は、離縁の日から三箇月以内に戸籍法の定めるところにより届け出ることによって、離縁の際に称していたを称することができる。


(離縁による復氏の際の権利の承継)

第八百十七条 第七百六十九条の規定は、離縁について準用する。

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〇 夫婦の同居、協力、扶助義務について

 「夫婦同氏」には、夫婦間の「同居、協力、扶助義務」の自覚を持たせる側面が存在するのかもしれない。


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(同居、協力及び扶助の義務)

第七百五十二条 夫婦は同居し、互いに協力し扶助しなければならない。

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 この「同居、協力、扶助義務」については、「裁判上の離婚」の原因や、「扶養義務」にも関係があるかもしれない。


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(裁判上の離婚)

第七百七十条 夫婦の一方は、次に掲げる場合に限り、離婚の訴えを提起することができる。

一 配偶者に不貞な行為があったとき。

二 配偶者から悪意で遺棄されたとき。

三 配偶者の生死が三年以上明らかでないとき。

四 配偶者が強度の精神病にかかり、回復の見込みがないとき。

五 その他婚姻を継続し難い重大な事由があるとき。

2 裁判所は、前項第一号から第四号までに掲げる事由がある場合であっても、一切の事情を考慮して婚姻の継続を相当と認めるときは、離婚の請求を棄却することができる。

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(扶養義務者)

第八百七十七条 直系血族及び兄弟姉妹は、互いに扶養をする義務がある。

2 家庭裁判所は、特別の事情があるときは、前項に規定する場合のほか、三親等内の親族間においても扶養の義務を負わせることができる

3 前項の規定による審判があった後事情に変更を生じたときは、家庭裁判所は、その審判を取り消すことができる。

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〇 夫婦の連帯責任について

 日常家事に関する債務は夫婦で連帯責任となる。


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(日常の家事に関する債務の連帯責任)

第七百六十一条 夫婦の一方が日常の家事に関して第三者と法律行為をしたときは、他の一方は、これによって生じた債務について、連帯してその責任を負う。ただし、第三者に対し責任を負わない旨を予告した場合は、この限りでない。

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 このような、「第三節 夫婦財産制」に関する特殊な債権関係の形成については、社会的に「夫婦同氏」として扱われることと関わっている可能性がある。

 

 「夫婦間の契約の取消権」についても、特殊な法律関係となる。


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(夫婦間の契約の取消権)

第七百五十四条 夫婦間でした契約は、婚姻中、いつでも、夫婦の一方からこれを取り消すことができる。ただし、第三者の権利を害することはできない。

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 「夫婦同氏」とは、このような特殊な債権関係を形成する単位を公示する機能を有している可能性がある。

 

「夫婦の一方と取引した第三者が守られる仕組みです。」 Twitter

夫婦間の約束はいつでも取り消せる!?結婚の問題を弁護士が解説 2018.11.26



〇 親子の氏の一致について

 夫婦の氏の一致や、親子の氏の一致に関わる可能性のある条文を考える。

 

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    第四章 親権

     第一節 総則


(親権者)

第八百十八条 成年に達しない子は、父母の親権に服する。

2 子が養子であるときは、養親の親権に服する。

3 親権は、父母の婚姻中は、父母が共同して行う。ただし、父母の一方が親権を行うことができないときは、他の一方が行う。

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     第二節 親権の効力


(監護及び教育の権利義務)

第八百二十条 親権を行う者は、子の利益のために子の監護及び教育をする権利を有し、義務を負う


(父母の一方が共同の名義でした行為の効力)

第八百二十五条 父母が共同して親権を行う場合において、父母の一方が、共同の名義で、子に代わって法律行為をし又は子がこれをすることに同意したときは、その行為は、他の一方の意思に反したときであっても、そのためにその効力を妨げられない。ただし、相手方が悪意であったときは、この限りでない。

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 婚姻中の父母は「共同親権」であり、離婚した父母はそうでない。この「共同親権」と「夫婦同氏(+親子同氏)」の関係性を明らかにしていく必要があると考えられる。

 

 




 民法の「代理」における「顕名」の考え方が、「夫婦同氏」や「親子同氏」に関係していないかも検討の余地がある。

 

顕名主義(けんめいしゅぎ)

顕名主義 

顕名とは?その意味について

代理(代理行為〔代理行為関係〕) Wikipedia

代理(日本法)(代理行為の要件) Wikipedia

顕名主義・顕名とは

民法 - 代理(1)顕名(けんめい)とは?【5分で1点UP】







 似たような問題は既に起きている。

 「女性は現在、心身の不調により、精子提供を受け出産した第2子と暮らすのが困難なことから、第2子を児童福祉施設に預けているということです。」

Twitter Twitter

 



 
 「夫婦別氏」では、上記のような紛争が起き得る。「夫婦同氏」は、これらの紛争を未然に回避することが可能となる。

 

<理解の補強>


【九州・第6回】被告第4準備書面 ※九州原告主張への反論、札幌地裁判決への反論 PDF (P36~)

 

「氏を単なる個人名の一部だと位置づけた場合、どちらかの親の氏を付けることを強制する合理的な理由はなくなる」 Twitter






制度変更の可能性


 「夫婦同氏」と「夫婦別氏(選択的夫婦別氏)」の二択しか存在しないような議論が見られる。

 しかし、別の選択肢が存在することを忘れてはならない。


 例えば、「氏」はファミリー・ネームとして機能すれば立法目的を達成することができることから、下記の方法が考えられる。


 「名前」は、物事を他のものと区別するために存在する。

 よって、他のものとの間で区別する役割を果たしているのであれば、「名前」としての価値が失われることはない。

 逆に、その「名前」が他のものと区別する機能を果たさなくなったときに、「名前」を付ける意義は失われることになる。


 これを理解するために、下記を例に挙げることができる。
 日本国内で「アメリカ人のあの人」と呼べば、身近な人同士であれば誰を指しているのか理解することができる。

 しかし、アメリカ国内で「アメリカ人のあの人」と呼んだところで、誰のことを指しているのか分からなくなる。

 このように、「名前」はその環境の下で物事を区別するために存在するのであり、その環境下でその機能を果たさなくなった場合には、その環境下で機能する別の「名前」が求められることになる。


 このような前提から、人口の一割を超えた「氏」については、それを他の「家族」との間で区別する役割をほとんど果たさなくなることを理由に、「氏」を付ける立法目的を達成することができないと判断することが可能である。

 その場合に、人口の一割を超えた「氏」については、婚姻する際にその「氏」を継続することを不可能とし、婚姻するもう一方の「氏」を使用しなければならないとする方法が考えられる。

 もし婚姻する両方の「氏」が人口の一割を超えている場合には、「常用漢字」の中から不吉な漢字を外した上で、その残された漢字の中からいくつかの漢字を選択して新しい氏をつくる「創氏」を求める制度とする。

 (行政側が提示したリストの中から、親戚や友人と氏が重なるなどの理由や、個人的に不吉に感じている氏などいくつか忌避する氏を除外してもらった後で、行政がくじ引きや機械によるランダムで氏を指定するという方法も考えられる。)


 このように、「氏」という「名前」を付ける立法目的を捉えることで、その目的の達成に沿わない部分については、新たな制度とすることができると考えられる。

 

 下記のランキングは、「氏」の機能が徐々に失われているランキングということもできる。

【参考】全国名字ランキング


 人口の一割を超えた「氏」について婚姻の際に継続を不能とする制度を立法する場合には、人口の最も多い「氏」の者に予め告知するために、その「氏」の者が人口の一割を超えると思われる時点から少なくとも15年前には立法しておくことが望ましいと思われる。



 このような方法を考えた場合には、「『氏』を変える一方にだけに不利益がある」などという議論は意味を成さないことは容易に理解することができる。

 もともと「氏」とは、「家族」の単位を他の「家族」との間で区別するための制度であり、その機能を果たすか否かが「氏」を維持することが妥当かどうかの価値指標となっているものであり、個々人を表すための記号ではないからである。


 また、「『女性』が不利益を受けている」などという議論も、人口の一割を超えるか否かによって「氏」の継続の可否が決まる制度であることから、男女間の力関係などという議論についても、男女間での制度上の差別がもともとが存在しないこともより明らかとなる。





法制度上の名前の立法例


 法制度上の「氏名」の制度の性質を明らかにするために、「氏名」以外の法制度上の名前の立法例も考えておく。







選択的夫婦別氏制は存在する概念か

 「選択的夫婦別氏制」を導入するべきかという議論がある。

 しかし、そもそもこれは意味の通ったものとして存在する概念であるかを検討し直すことが必要である。


 まず、「氏」は、「家族名」として機能することを予定している制度である。

 それを、夫婦が婚姻して同一の家族の構成員となるにもかかわらず、その夫婦の選択によってそれまで「家族名」を示す記号であった「氏」と呼んでいた部分を、個々人のものとして維持することを可能にするというのである。

 しかし、そうなると、それを選択した夫婦については、その夫婦を一つのまとまりとして他の家族との間で区別して識別するための「家族名」にあたる記号が存在しない状態となる。
 これでは、「氏」は「家族名」として機能することを予定している制度であるにもかかわらず、選択的にその「家族名」の制度を離脱して「氏」と呼んでいた部分を「個人名」の一部へと定義し直すことを許す意味を含んでいることになる。

 これは、「選択的夫婦別氏制」と述べているとしても、そこでいう「氏」の内容は「家族名」を示すものとして統一的に機能するものとはなっておらず、選択的に「家族名」の制度から離脱して個人名の一部へと定義し直す者を含む意味に変わってしまっているものである。

 これは、実質的には「選択的夫婦別氏制」というよりも、「選択的個人名制」という表現の方が相応しいように思われる。