緊急事態条項の研究



 憲法上に「緊急事態条項」を設けるべきであるとの主張が見られる。

 ただ、その前に考えておくべきことを挙げる。





刑法の「緊急避難」で対応可能


 刑法の「緊急避難」で対応することができる。

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「公共の福祉」で対応可能


 国家が行う人権を制約する措置の合法・違法の問題であるが、「公共の福祉」の範囲内であれば、現行憲法の下でも行うことができる。

 「公共の福祉」の意味についていくつかの説があるが、「人権相互の矛盾・衝突を調整するための実質的公平の原理」を示したものと考える「一元的内在制約説」が通説とされている。


 現行憲法の下でも、人権を制約することができるのであるから、憲法上に「緊急事態条項」を書き込まなければ人権を制約することができないという性質のものではない。

 

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緊急事態関連法の一括整備で対応可能


 非常事態には、法律規定である「国会法」の第十一章「参議院の緊急集会」を整備したり、「参議院緊急集会強化法」などを立法すれば対応できると考えられる。

 憲法秩序の三権分立の機能も完全に維持したまま、迅速な措置を行うことができるはずである。


 裁判所の緊急抽象的違憲審査の道を「緊急抽象的違憲審査法」などによって開くのはどうだろうか。

 非常事態においても、三権分立の統治原理が不足なく迅速に働くのであれば、極めて立憲主義に沿う考え方である。


 会計検査院によって、緊急会計検査も行うのはどうだろうか。


 これらは、「国会法」「内閣法」(+行政法〔組織法・作用法・救済法〕)「裁判所法」「会計検査院法」「地方自治法」の改正で対応できると思われる。立憲主義を保ったまま、緊急事態に対応できることは、誰もが望んでいる考え方ではないだろうか。



下記の図の茶色の法律名
はクリックできます。e-Govの条文へジャンプします。

 



 これら統治機関に関わる法律を緊急事態に対応できるように総合的に整備すればいいのである。


 この方法であれば、内閣の独裁にはならないと思われる。


 なぜ内閣が緊急時に独裁権を手にしたいのかと言えば、憲法上で禁止されている事柄や、三権分立の抑制均衡の作用を働かせるための「国会」と「裁判所」からの権力を抑制する作用を無視したいからである。

 緊急時において、国会と裁判所が事態に対応するために迅速に活動できるのであれば、内閣が独裁権を働かせる必要はなくなる。 



    【参考】緊急事態を統合した法整備が必要である 2020/12/24



 下記は「有事」についても憲法の範囲内であることについての答弁。

 

第85回国会 衆議院 予算委員会 第5号 昭和53年10月6日





憲法付属法の整備で対応可能

 常設の「緊急事態委員会」を国会に設けることで対応できる。

国会法
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第五章 委員会及び委員

第40条 各議院の委員会は、常任委員会及び特別委員会の二種とする。

第41条 常任委員会は、その部門に属する議案(決議案を含む。)、請願等を審査する。

○2 衆議院の常任委員会は、次のとおりとする。
一 内閣委員会
二 総務委員会
三 法務委員会
四 外務委員会
五 財務金融委員会
六 文部科学委員会
七 厚生労働委員会
八 農林水産委員会
九 経済産業委員会
十 国土交通委員会
十一 環境委員会
十二 安全保障委員会
十三 国家基本政策委員会
十四 予算委員会
十五 決算行政監視委員会
十六 議院運営委員会
十七 懲罰委員会

○3 参議院の常任委員会は、次のとおりとする。
一 内閣委員会
二 総務委員会
三 法務委員会
四 外交防衛委員会
五 財政金融委員会
六 文教科学委員会
七 厚生労働委員会
八 農林水産委員会
九 経済産業委員会
十 国土交通委員会
十一 環境委員会
十二 国家基本政策委員会
十三 予算委員会
十四 決算委員会
十五 行政監視委員会
十六 議院運営委員会
十七 懲罰委員会

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 ここに、常設の「緊急事態委員会」を創設し、緊急時にどのような措置が必要であるのかを国会議員に常々検討させ、必要であれば非常事態に対応できるよう国家機関に関する法整備を行っていけばいいのである。


 この「非常事態委員会」は、ここに挙げられている各委員会やそれらに関わる内閣を構成する大臣や、大臣以下の行政機関である省庁とも連絡を取り合い、精度の高い非常事態の連携措置や法運用の在り方を検討すればいいのである。

 国会の国政調査権なども行使し、緊急事態での行政権の措置が、裁判所で違法性がどのように判定されるのかも綿密に検討していけばいいのである。

 

 内閣法では、既に内閣危機管理官や、国家安全保障局があるため、非常事態にも対応できるはずである。憲法規定とする必要があるというものではない。

内閣法

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第15条 内閣官房に、内閣危機管理監一人を置く。
2 内閣危機管理監は、内閣官房長官及び内閣官房副長官を助け、命を受けて第十二条第二項第一号から第六号までに掲げる事務のうち危機管理(国民の生命、身体又は財産に重大な被害が生じ、又は生じるおそれがある緊急の事態への対処及び当該事態の発生の防止をいう。第十七条第二項第一号において同じ。)に関するもの(国の防衛に関するものを除く。)を統理する。
3 内閣危機管理監の任免は、内閣総理大臣の申出により、内閣において行う。
4 国家公務員法第九十六条第一項、第九十八条第一項、第九十九条並びに第百条第一項及び第二項の規定は、内閣危機管理監の服務について準用する。
5 内閣危機管理監は、在任中、内閣総理大臣の許可がある場合を除き、報酬を得て他の職務に従事し、又は営利事業を営み、その他金銭上の利益を目的とする業務を行つてはならない。

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第17条 内閣官房に、国家安全保障局を置く。
2 国家安全保障局は、次に掲げる事務をつかさどる。
一 第十二条第二項第二号から第五号までに掲げる事務のうち我が国の安全保障(第二十二条第三項において「国家安全保障」という。)に関する外交政策及び防衛政策の基本方針並びにこれらの政策に関する重要事項に関するもの(危機管理に関するもの並びに内閣広報官及び内閣情報官の所掌に属するものを除く。)
二 国家安全保障会議設置法(昭和六十一年法律第七十一号)第十二条の規定により国家安全保障局が処理することとされた国家安全保障会議の事務
三 国家安全保障会議設置法第六条の規定により国家安全保障会議に提供された資料又は情報その他の前二号に掲げる事務に係る資料又は情報を総合して整理する事務
3 国家安全保障局に、国家安全保障局長を置く。
4 国家安全保障局長は、内閣官房長官及び内閣官房副長官を助け、命を受けて局務を掌理する。
5 第十五条第三項から第五項までの規定は、国家安全保障局長について準用する。
6 国家安全保障局に、国家安全保障局次長二人を置く。
7 国家安全保障局次長は、国家安全保障局長を助け、局務を整理するものとし、内閣総理大臣が内閣官房副長官補の中から指名する者をもつて充てる。

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 裁判所においても、国会の立法や内閣の処分に対して、緊急違憲審査を行うことができるように法律によって権限を与えることで対応できる。

裁判所法

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第八条(その他の権限) 最高裁判所は、この法律に定めるものの外、他の法律において特に定める権限を有する。
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 これで、三権分立の統治原理を維持したまま、非常事態への対応が迅速に行えるようになる。国民の人権も最大限に保障できるはずである。





極論、憲法保障で対応可能

 憲法上に緊急事態条項を位置付けなければならないとする主張は、憲法の範囲内で緊急事態に対応することを超えようとするものであるから、通常の憲法秩序を停止することを前提とする考え方ということができる。

 そうなると、そもそも憲法典の中に書き込むことは馴染まない問題であると考えられる。

 このように、このような主張には論理的な矛盾が含まれていることから、法律論としては妥当でない。


 そのため、非常事態に対しても、憲法の範囲内で法律規定によって対応することを基本とするべきである。


 それでもなお、法律規定で対応することができないような想定外の非常事態が発生し、その事態に対応しなければならない場合には、
憲法中に緊急事態条項を設けなくとも、憲法保障の考え方を採用し、超法規的憲法保障(非常手段的憲法保障、未組織的憲法保障)で
対応することが可能である。


   【参考】憲法保障 Wikipedia




 この「超法規的憲法保障」としての「国家緊急権」の行使についても、後に裁判所で違法性を阻却できるか否かが検討されることとなる。


 それでも、憲法中の【統治規定】として定められた統治機構に対して「国家緊急権」を付与しようとする場合には、同じく国民にも【人権規定】として「抵抗権」を付与する条文を加えた方が良いのではないかと思われる。その方が、憲法秩序を維持するための方法としてバランスを保つことができると考えられるからである。


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歴史に学んだ基本法

 議会制民主主義を独裁に変えたナチの統治は、ホロコーストなど人類史の汚点ともいえる破局をもたらしました。抵抗権は、一九六八年の緊急事態条項追加とともに加えられました。基本法は歴史に学んだたまものなのです。
 ドイツ社会は基本法の原則について議論を重ねながら、守り続けてきました。

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変えられぬ原則がある 憲法を考える 2018年5月2日

 

憲法で「緊急事態条項」を定めている国は、国民の「抵抗権」も認めている?! 2019/06/02





<理解の補強>


「緊急事態」に関する資料 衆議院憲法審査会事務局 平成25年5月 PDF


緊急事態条項の実態は「内閣独裁権条項」である 自民党草案の問題点を考える 2016年03月14日

改憲はこの条文から始めよ!倉山満が評す安倍内閣の憲法論 2016/03/18

「緊急事態条項」を徹底討論する WEBRONZA 2016年04月29日

憲法に「緊急事態条項」は必要か WEBRONZA 2016年05月03

「緊急事態条項」を徹底討論する 礒崎陽輔・自民党憲法改正推進本部副本部長 VS 木村草太・首都大学東京教授 2016年05月08日
[3]日本人の進むべき方向とは 憲法には記載せず、事前に法律で対処し、日ごろから人権感覚を養っていくことが大事だ 2016年05月07日

No.147 緊急事態条項批判 2017/11/24

【動画】「緊急事態宣言」可能な特措法について憲法学者・石川健治氏の全編インタビュー 2020/03/20 (【国会ウオッチング】 Twitter)

「緊急」の魔力、法を破ってきた歴史 憲法学者の警鐘 2020年4月17日

コロナ改憲論の不見識 憲法記念日に考える 2020年5月3日

[木村草太の憲法の新手](127)ウイルス対応 独裁権より地道な準備を 外出禁止、必要なら合憲 2020年5月3日

「コロナを機に改憲論議」はありえない 2020.6.25

【動画】5/3コロナ時代を生きるために 立憲主義とは何か 2021/05/03

大日本帝国憲法だったら、コロナ禍にどう立ち向かっていたの? 2021/05/07

【動画】「ハルマゲドン日本?! のオリンピック」石川 健治:憲法改正「絶好の契機」? 2021/08/06

【動画】憲法 守るべきものは何か 長谷部恭男×石川健治【春の立憲デモクラシー講座」 2022/04/22

【憲法を考える】憲法学者 長谷部恭男教授「緊急事態条項、予備費、憲法の役割」 2023年5月26日

 

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① 何をするために

② どんな私権の制限が必要で

③ そのために憲法のどの条文を

④ どのように改正する必要があり

⑤ その場合に私権制限の歯止めはどのようにするか

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「私権の制限が必要だから憲法改正を』って主張」 Twitter

(Twitterより筆者まとめ)




〇 国会への出席


【動画】参議院 憲法審査会 #03 長谷部恭男(参考人 早稲田大学大学院法務研究科教授) 2022年04月06日

衆議院憲法審査会の「毎週開催」の問題について 【(3)議院自律権の濫用(オンライン出席)】 2023年5月5日

 

 

〇 「参議院の緊急集会」と「国会議員の任期延長」

 

衆議院憲法審査会の「毎週開催」の問題について 【(1)議員任期の延長改憲】 2023年5月3日

【動画】衆議院 憲法審査会 2023年5月18日 (長谷部恭男)

国会議員の任期延長を可能とする憲法改正に反対し、大規模災害に備えるための公職選挙法の改正を求める意見書 日本弁護士連合会 2023年5月11日 (PDF

【動画】緊急事態条項を立法事実から考える~受講生・受験生の皆さんへ第182弾 2023年5月25日

【動画】国会中継 参議院 憲法審査会 2023/05/31 (土井真一)

識者コラム「現論」 本末転倒、危険はらむ 緊急事態対応の改憲提案 長谷部恭男 2023.6.23

緊急事態での「議員任期延長」論と「参院緊急集会」論で与野党政策責任者が応酬 2023年6月25日

緊急時の「議員任期延長」と「参院緊急集会」の是非 2023/06/26

【動画】おしえて長谷部先生!「法の支配」ってなぁに? 2024/02/03

   (憲法カフェ第3弾 おしえて長谷部先生!「法の支配」ってなぁに? 2024.2.13)

   (憲法と法の支配 パルシステム東京 2024年2月3日 PDF)

議員任期延長改憲公開質問状 2023年12月26日 PDF

憲法学者らが改憲5会派に公開質問状 任期延長は「居座りの危険」 2024年3月4日

法律を守れない国会議員「居座り続けられる」…緊急事態の任期延長、改憲に前向きな5党派が「回答せず」 2024年3月4日