憲法の体系



 日本国憲法は、大日本帝国憲法(明治憲法)を改正したものとされている。


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日本国憲法公布記念式典の勅語(昭和21年11月3日)


 本日、日本国憲法を公布せしめた。
 この憲法は、帝国憲法を全面的に改正したものであつて、国家再建の基礎を人類普遍の原理に求め、自由に表明された国民の総意によつて確定されたのである。即ち、日本国民は、みずから進んで戦争を放棄し、全世界に、正義と秩序とを基調とする永遠の平和が実現することを念願し、常に基本的人権を尊重し、民主主義に基いて国政を運営することを、ここに、明らかに定めたのである。
 朕は、国民と共に、全力をあげ、相携へて、この憲法を正しく運用し、節度と責任とを重んじ、自由と平和とを愛する文化国家を建設するやうに努めたいと思ふ。

 朕は、日本国民の総意に基いて、新日本建設の礎が、定まるに至つたことを、深くよろこび、枢密顧問の諮詢及び帝国憲法第73条による帝国議会の議決を経た帝国憲法の改正を裁可し、ここにこれを公布せしめる。
 御名 御璽
    昭和21年11月3日
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日本国憲法 参議院

 

 日本国憲法は、大日本帝国憲法の改正によってつくられたものとされている。今までとは全く別の統治勢力が出現して別の国家を創設することを意図してつくられた憲法というわけではない。そのため、大日本帝国憲法の構成を残し、章を追加する形式をとっていることが確認できる。


大日本帝国憲法


第1章 天皇


第2章 臣民権利義務
第3章 帝国議会
第4章 国務大臣及枢密顧問
第5章 司法
第6章 会計

第7章 補則(73条 憲法改正)



 →

(新設)

 →

 →

 →

 →

 →

(新設)

(章に格上げ)

(新設)

日本国憲法(現行)

前文
第1章 天皇
第2章 戦争の放棄
第3章 国民の権利及び義務
第4章 国会
第5章 内閣
第6章 司法

第7章 財政
第8章 地方自治
第9章 改正
第10章 最高法規
第11章 補則

本来の憲法の体系(例)

【総則】
第1章 最高法規
第2章 戦争の放棄
第3章 改正
【人権規定】
第4章 国民の権利及び義務

【統治規定】
第5章 天皇
第6章 国会
第7章 内閣
第8章 司法
第9章 財政
第10章 地方自治

(補則)




 下記の図は、大日本帝国憲法から日本国憲法に改正する際に、廃止・追加したものなどの移行の様子である。



日本国憲法の体系


 日本国憲法がどのような体系になっているのか図に表してみた。

 





憲法プロモーション


大日本帝国憲法


第1章 天皇


第2章 臣民権利義務
第3章 帝国議会
第4章 国務大臣及枢密顧問
第5章 司法
第6章 会計

第7章 補則(73条 憲法改正)



 →

(新設)

 →

 →

 →

 →

 →

(新設)

(章に格上げ)

(新設)

日本国憲法(現行)

前文
第1章 天皇
第2章 戦争の放棄
第3章 国民の権利及び義務
第4章 国会
第5章 内閣
第6章 司法

第7章 財政
第8章 地方自治
第9章 改正
第10章 最高法規
第11章 補則


 → 理念・意志
 → 日本特有
 → 日本特有
 → 【人権規定】
 → 【統治規定】
 → 【統治規定】
 → 【統治規定】
 → 【統治規定】
 → 【統治規定】
 →法の存立に関わること
 →法の存立に関わること
 → その他



〇 立憲的な意味での体系観を確認する。

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(2) 立憲的意味の憲法
 一方、憲法という語により通常思い浮かべる憲法は、人権保障を謳い、国民主権権力分立を定めた憲法であり、それは通常一つの統一的な憲法典の形で存在している。
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「立憲主義、憲法改正の限界、違憲立法審査の 在り方」に関する資料 衆議院憲法審査会事務局 平成28年11月 P2 (太字は筆者)



〇 憲法学者「芦部信喜」の体系観も確認する。


「憲法」 第三版(芦部信喜・高橋和之補訂) (第三版の場合はP261)

  第三部 統治機構
   第十四章 国会
    権力分立の原理
     1 総説
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(一)伝統的意味 近代憲法は、権利宣言統治機構の二つの部分からなるが、統治機構の基本原理は国民主権権力分立である。

(略)

 もっとも、民主主義ないし民主政(国民主権)は人権の保障を終局の目的とする原理ないし制度と解すべきであるから(第三章一2参照)、権力分立と民主制とは矛盾せず、融合して統治機構の基本を構成するものであること(だから、西欧型の民主政は「立憲民主主義」と呼ばれる)に注意しなければならない。
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(下線・太字は筆者)


〇 1789年の「フランス人権宣言」も押さえておく。


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(権利の保障と権力分立)
第16条 権利の保障が確保されず、権力の分立が定められていないすべての社会は、憲法をもたない。

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【史料】フランス人権宣言(1789年)全文
人間と市民の権利の宣言 Wikipedia

【動画】2020年開講 伊藤塾長の体験講義-『基礎マスター憲法1~2』 2020/04/07



〇 憲法学者「木村草太」の体系観を押さえておく。

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教授は、国家権力の三大失敗として、「無謀な戦争」「人権侵害」「権力の独裁」とまとめます。それらを防ぐため、「立憲的意味の憲法では、軍事統制人権保障権力分立が三つの柱となります。」そして、憲法が最高法規である理由は、憲法が「人類の多年にわたる自由獲得の努力の成果」である大切な人権を保障する法だからと(憲法97条)、こちらも明解です。

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書籍『憲法という希望』 法学館憲法研究所 (下線・太字は筆者)

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国家権力の三大失敗
 ①戦争 ②人権侵害 ③独裁
  ↓
 ①軍隊と戦争をコントロールする
 ②人権を保障する
 ③権力は分立して、独裁は許さない
          という張り紙を張ろう。

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首都大学東京教授 木村草太 PDF 2018年5月3日


 これらは、第二章「戦争放棄」、第三章「国民の権利及び義務」、第四~八章「国会・内閣・司法・財政・地方自治」の3つの配置と対応している。

 (その他、第一章「天皇」は『国政に関する権能を有しない(4条)』とされているため、権威ではあるが、権力とは別である。また、第九章「改正」と第十章「最高法規」については、憲法そのものの性質を示した総則的な規定である。)


 また、日本国憲法の三大原理と言われる「平和主義」「基本的人権の尊重」「国民主権」とも一致している。


 さらに、「人権侵害」「戦争(平和)」「独裁(権力分立+国民主権)」の3つの要素については、前文の「日本国民は、正当に選挙された国会における代表者を通じて行動し、われらとわれらの子孫のために、諸国民との協和による成果と、わが国全土にわたつて自由のもたらす恵沢を確保し、政府の行為によつて再び戦争の惨禍が起ることのないやうにすることを決意し、ここに主権が国民に存することを宣言し、この憲法を確定する。」の部分とも一致している。(「諸国民との協和による成果」の部分については、『国際協調主義』を述べたものと思われる。)

 加えて、「無謀な戦争」「権力の独裁」「人権侵害」の3つの要素について、前文の「平和を維持し、専制と隷従圧迫と偏狭を地上から永遠に除去しようと努めてゐる国際社会において、名誉ある地位を占めたいと思ふ。」の表現にも近いものが見られる。



〇 「あたらしい憲法のはなし」の体系観も確認する。

 

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 そこでもういちど、憲法とはどういうものであるかということを申しておきます。憲法は、國でいちばん大事な規則、すなわち「最高法規」というもので、その中には、だいたい二つのことが記されています。その一つは、國の治めかた、國の仕事のやりかたをきめた規則です。もう一つは、國民のいちばん大事な権利、すなわち「基本的人権」をきめた規則です。このほかにまた憲法は、その必要により、いろいろのことをきめることがあります。こんどの憲法にも、あとでおはなしするように、これからは戰争をけっしてしないという、たいせつなことがきめられています。

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あたらしい憲法のはなし 文部省 編

 


〇 日本国憲法での「権威」と「権力」の分離について、イギリスの例を参考とする。

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バジョット(Bagehot, W.)は、『イギリス憲政論』(1867)の中でイギリスの国家体制を分析する際、憲法尊厳的部分機能的部分とを区別した。
前者は、国民の崇敬と信従を喚起し、維持する部分であり、後者が実際の統治に携わる
バジョットによれば、当時のイギリスの国家制度のうち王室や貴族院は前者であり、庶民院や内閣は後者にあたる(バジョット [1970] 第1章)。
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◇1.2.7  憲法の尊厳的部分と機能的部分 (下線・太字は筆者)


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○長谷部参考人
(略)
 首相公選制と天皇制との関係ということでございます。
 これは、イギリスの昔の政治学者でバジョットという人がいますが、彼がイギリスの国政について指摘した議論の中に、憲法には尊厳的な部分機能的な部分があるんだ、ある種、国家の威権というものを象徴して国民の信従を調達する部分と、実際に統治を担っていく部分が区別できるのであるということを指摘しているわけなんです。仮に、今首相公選制を採用した場合におきましても、天皇と公選首相の間には、やはり尊厳的な部分機能的な部分の区分というものは当然成り立ち得ますので、制度としてどうしても両者が矛盾をするということではないのではないかと思います。
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第153回国会 衆議院 憲法調査会 第3号 平成13年11月8日 (下線・太字は筆者)


   【参考】英連邦オーストラリアに英国王は必要か? 2019年5月25日

 

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○角田(礼)政府委員 

(略)

 憲法上、天皇が国家機関として行為をされるその場合としては、憲法の定めるいわゆる国事行為に限るということは、憲法の四条二項、六条及び第七条に明記されているところでありまして、このことについては明らかであろうと思います。ただいま申し上げたのは、天皇が国家機関として行為をされる場合のことについてのことでございますが、憲法というのは、言うまでもなく国の国家構造というものを決めている基本法でございますから、わが国におきましては立法行政司法の三権についてそれぞれ決めていると同時に天皇という特別の地位を持っておられる方も広い意味の国家構造の一部として国事行為を行われる、これが国家機関としての天皇の地位であろうと思います。そういう意味で、その点については憲法の性質からいつて明文の規定があるわけでございます。

(略)

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第75回国会 衆議院 内閣委員会 第6号 昭和50年3月14日



〇 「権力」の三権分立について、百里基地訴訟の第一審判決の見解を参考にする。

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憲法の三権分立の主眼は、国権を分離し独立の機関に担当させるとともに、三権相互の抑制と均衡を基礎とする協働により統一的国家意思は決定しようとするものであつて、一つの権力が他の権力を完全に支配し制約することは認められず、その基盤には、国民主権の根本原理が存在するのである。

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百里基地訴訟第一審判決



〇 
政府解釈も参考にする。

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○政府委員(味村治君) 三権分立は、それはいろいろな国によっていろいろなあり方があるわけでございます。アメリカ流の三権分立もございますればイギリス流の三権分立もあるわけでございまして、我が国の統治組織というものが立法行政司法と分立いたしましたこの三権によってそれぞれ担われているということは、これは間違いのない事実でございます。

 ただ、先生の御指摘のように、その間がまるっきり没交渉というわけではございません。これはその間に相互に牽制をするという一種の牽制作用というのがあるわけでございます。先生も言われましたように、立法を実行するのが行政であったり、あるいは立法について法律の解釈について判断をするのが司法であったり、あるいは裁判官は内閣の指名によったり、あるいは逆に裁判所は違憲立法審査権というものを持っていて国会の御制定になった法律が違憲であるかどうかを審査する権限も持っているというようにお互いに牽制し合っているわけでございますが、これは三権分立ということを前提といたしましてその上でいろいろな牽制組織があるということでございまして、決して現在の憲法の統一組織が三権分立ではないということは言えないかと思います。

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第113回国会 参議院 内閣委員会 第7号 昭和63年10月20日

 


〇 憲法学者「青井未帆」の表現を確認する。

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三権の関係は動態的な形で理解すべきだ
(略)

 どこかが行き過ぎてしまったら、どこかがこれを抑制しなくてはいけない。私たちは学校教育の過程で、立法権、行政権、司法権の三つの権力について、国会、内閣、裁判所をそれぞれの頂点とする三角形を描いて、矢印で頂点を結んで、抑制均衡の関係があるといった説明を受けてきていると思います。この図でいえば、矢印についてのみ注目すれば良いというものではありません。「動く三角形」とでも言いましょうか、頂点の大きさも、与えられる権限の大きさによって変わりうるものですので、どこかが新たな権限を付与されて大きくなるのだったら、同時に別のどこかがそれを制約しうる権限を持つべし、という形で動態的に理解すべき事柄ではないかと思います。

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[3]裁判所の裁量を使って市民が訴えかける 憲法秩序の維持は動態的力学の中で考えるべきだ 2017年07月20日 (下線・太字は筆者)






前文と憲法の体系との関係


 下の図では、前文と条文体系の関係性を「→」で示した。




 政府見解を確認する。


〇 平和主義について


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二について

 憲法の基本原則の一つである平和主義については、憲法前文第一段における「日本国民は、・・・政府の行為によつて再び戦争の惨禍が起ることのないやうにすることを決意しの部分並びに憲法前文第二段における「日本国民は、恒久の平和を念願し、人間相互の関係を支配する崇高な理想を深く自覚するのであつて、平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した。」及び「われらは、全世界の国民が、ひとしく恐怖と欠乏から免かれ、平和のうちに生存する権利を有することを確認する。」の部分がその立場に立つことを宣明したものであり、憲法第九条がその理念を具体化した規定であると解している。
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集団的自衛権並びにその行使に関する質問に対する答弁書 平成26年4月18日 (下線・太字は筆者)



〇 国際協調主義について


質問主意書情報 小西洋之

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一 政府は、憲法前文の「われらは、いづれの国家も、自国のことのみに専念して他国を無視してはならないのであつて、政治道徳の法則は、普遍的なものであり、この法則に従ふことは、自国の主権を維持し、他国と対等関係に立たうとする各国の責務であると信ずる。」との規定の趣旨についてどのような意味であると考えているか、分かりやすく答弁されたい。

二 政府は、憲法前文の「われらは、いづれの国家も、自国のことのみに専念して他国を無視してはならない」との規定の趣旨についてどのような意味であると考えているか、分かりやすく答弁されたい。
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憲法前文の「われらは、いづれの国家も、自国のことのみに専念して他国を無視してはならない」の規定の趣旨等に関する質問主意書 平成30年7月20日

 ↓  ↓  ↓  ↓
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一及び二について
 お尋ねの憲法前文第三段の趣旨は、我が国が国家の独善主義を排除し、国際協調主義の立場に立つことを宣明したものと解している。
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憲法前文の「われらは、いづれの国家も、自国のことのみに専念して他国を無視してはならない」の規定の趣旨等に関する質問に対する答弁書 平成30年7月31日


〇 政府見解を参考に内容を分類する


【前文】

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 日本国民は、正当に選挙された国会における代表者を通じて行動し、われらとわれらの子孫のために、諸国民との協和による成果とわが国全土にわたつて自由のもたらす恵沢を確保し政府の行為によつて再び戦争の惨禍が起ることのないやうにすることを決意しここに主権が国民に存することを宣言し、この憲法を確定する。そもそも国政は、国民の厳粛な信託によるものであつて、その権威は国民に由来し、その権力は国民の代表者がこれを行使し、その福利は国民がこれを享受する。これは人類普遍の原理であり、この憲法は、かかる原理に基くものである。われらは、これに反する一切の憲法、法令及び詔勅を排除する。


 日本国民は、恒久の平和を念願し、人間相互の関係を支配する崇高な理想を深く自覚するのであつて、平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した。われらは、平和を維持し専制と隷従圧迫と偏狭地上から永遠に除去しようと努めてゐる国際社会において、名誉ある地位を占めたいと思ふ。われらは、全世界の国民が、ひとしく恐怖と欠乏から免かれ、平和のうちに生存する権利を有することを確認する。


 われらは、いづれの国家も、自国のことのみに専念して他国を無視してはならないのであつて、政治道徳の法則は、普遍的なものであり、この法則に従ふことは、自国の主権を維持し、他国と対等関係に立たうとする各国の責務であると信ずる。


 日本国民は、国家の名誉にかけ、全力をあげてこの崇高な理想と目的を達成することを誓ふ。
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  ◇ 『国民主権』及び間接民主制

  ◇ 『基本的人権の尊重』(自由・権利)

  ◇ 『平和主義』の立場に立つことを宣明したもの
  ◇ 我が国が国家の独善主義を排除し、「国際協調主義」の立場に立つことを宣明したもの




前文と最高法規性


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第3章 日本国憲法の基本原理
1節 日本国憲法の前文とその法的性格


① 日本国憲法前文の内容

 憲法の多くが個々の条文に先立って前文を置いているように、日本国憲法も、かなり長い前文を置き、憲法制定時の決意や基本原理を明らかにする。

 前文は、「平和主義」・「人類普遍の原理」・「最高法規」の観念を内容としている。
 特に前文と本文第10章「最高法規」の諸規定との関連を注意する必要がある。すなわち、前文では、この憲法が人類普遍の原理に基づくものであるとし、「これに反する一切の憲法、法令及び詔勅を排除する」と述べているのであるが、本文第10章の3カ条の規定は、この趣旨を「最高法規」の観点から具体化している。すなわち、97条は、この憲法の基本原理たる基本的人権の原理を重ねて表明し、この憲法はその基本的人権を保障するものであるが故に「最高法規」であることを明らかにしたものであり、98条は、この憲法が国の「最高法規」であり、その条規に反する法律・命令・詔勅などは効力を有しないこと、さらに99条は、この憲法の有用に当たるべき者がこの憲法を尊重し擁護する義務を負うべきことを述べている。
 このように、前文・本文第10章が、この憲法の「最高法規」性を宣明している点に注目すべきである(それは、日本国憲法が「法の支配」の原理を基本原理としていることを示すものであるからである)。

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やさしい憲法 [第三版] (P25)  (下線・太字は筆者)
 (やさしい憲法 単行本 – 2012/4/1 [第四版] amazon)





前文と9条


 まず、9条の規定を確認する。

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    第2章 戦争の放棄

〔戦争の放棄と戦力及び交戦権の否認〕
第9条 日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。
2 前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない。
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 9条の文言は、立法過程で当初前文の中に置かれていた。後にそれを抜き出し、第二章「戦争の放棄」として規定を設けた経緯がある。9条の規定が「日本国民は、」と始まり、「放棄する。」「保持しない。」「認めない。」との決意の文言が含まれていることも、その性質が前文と極めて近いことが読み取れる。


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3 GHQ草案の起草と日本政府案の作成・公表

 (略)

 なお、試案および原案からは、第9条が、当初前文のなかに置かれ、次いで、第1条に移されていることが読みとれる。これは、平和主義の原則に世界の注目が集められることを望んだマッカーサーの意向を反映したものであった。しかし、後のGHQ草案では、天皇に敬意を表し、「天皇」の章が冒頭に置かれたため、条文番号は第8条となった(2月22日会見のGHQ側記録 )。

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日本国憲法の誕生 論点 戦争の放棄  国立国会図書館

[Original drafts of committee reports] 1

[Original drafts of committee reports] 2

帝国憲法改正案



 この9条の規定を、前文の中に当てはめてみる。太字で示したものが9条の文言である。(前項の目的を達するため、)の芦田修正はカッコで括った。


【前文】+  9条の文言

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 日本国民は、正当に選挙された国会における代表者を通じて行動し、われらとわれらの子孫のために、諸国民との協和による成果と、わが国全土にわたつて自由のもたらす恵沢を確保し、政府の行為によつて再び戦争の惨禍が起ることのないやうにすることを決意し、ここに主権が国民に存することを宣言し、この憲法を確定する。そもそも国政は、国民の厳粛な信託によるものであつて、その権威は国民に由来し、その権力は国民の代表者がこれを行使し、その福利は国民がこれを享受する。これは人類普遍の原理であり、この憲法は、かかる原理に基くものである。われらは、これに反する一切の憲法、法令及び詔勅を排除する

 

 日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する前項の目的を達するため、)陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない


 日本国民は、恒久の平和を念願し、人間相互の関係を支配する崇高な理想を深く自覚するのであつて、平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した。われらは、平和を維持し、専制と隷従、圧迫と偏狭を地上から永遠に除去しようと努めてゐる国際社会において、名誉ある地位を占めたいと思ふ。われらは、全世界の国民が、ひとしく恐怖と欠乏から免かれ、平和のうちに生存する権利を有することを確認する


 われらは、いづれの国家も、自国のことのみに専念して他国を無視してはならないのであつて、政治道徳の法則は、普遍的なものであり、この法則に従ふことは、自国の主権を維持し、他国と対等関係に立たうとする各国の責務であると信ずる


 日本国民は、国家の名誉にかけ、全力をあげてこの崇高な理想と目的を達成することを誓ふ
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 

 「日本国民は、」という文言は、条文としては9条だけに見られるものであるため特異な印象があるが、前文に当てはめると前後の文とぴったりと重なることが分かるかと思う。

 また、9条の文の語尾は「放棄する。」「保持しない。」「認めない。」という文言となっており、一般的な法の禁止規定(規制規範)と比べて、特異な表現が見られる。これは、一般的な禁止規定に使われる「~してはならない。」などの、法によって禁止する趣旨の文言と異なり、9条の規定は、「放棄する。」「保持しない。」「認めない。」という風に自らが決意する趣旨の文言であることが原因である。


 これについて、前文の中でも「決意し」「宣言し」「排除する」「念願し」「自覚する」「信頼し」「決意し」「思ふ」「確認する」「信ずる」「誓う」のように、自らが決意や宣言を行うという『意志の観念』が表現されており、9条の規定と重なることが確認できる。


 9条の規定は、一般的な法の禁止規定と比べた時に違和感を感じることがあるが、もともと前文にあったものを条文化したことを理解すればその流れとしては納得できるかと思う。


 (立法当時の資料では、必ずしも「日本国民は、」の文言が使われ、「してはならない。」の文言が使われていないわけではない
。)



<理解の補強>

憲法前文の「平和主義」の意味 PDF

[1]裁判所の果たす役割 安保法制違憲国家賠償請求訴訟を題材に 2017年07月11日





三大原理


 憲法の三大原理(三大原則)は、前文から読み取ることができる。また、条文からも、その趣旨を読み取ることができる。




〇 基本的人権の尊重
〇 国民主権
〇 平和主義

 人に人権がなければ、その人に主権を与えることができない。また、人の人権は国民主権原理を行使することによっても、奪うことのできない性質のものとされている。よって、「基本的人権の尊重 → 国民主権」となる。国民が主権を行使して統治機構を設立し、「厳粛な信託(前文)」を行わない限りは、国家という単位やその方向性が形成されない。よって、「国民主権 → 平和主義」となる。

 以上から、『基本的人権の尊重』 → 『国民主権』 → 『平和主義』の順番に発生すると考えられる。

 ただ、9条は「日本国民は、〇〇を放棄する。〇〇を保持しない。〇〇を認めない。」とした上で、平和主義の精神から政府に一部の権限を信託していないと読むのであれば、『基本的人権の尊重』 → 日本国民の『平和主義』による → 『国民主権』の行使 の順番となると考えられる。

 他にも、「国民主権と平和主義によって成立した統治機構に、基本的人権を尊重させる」という意味では、『国民主権』 → 『平和主義』 → 『基本的人権の尊重』の順番となるのかもしれない。「基本的人権の尊重」の『尊重』の意味合いは、「人間同士の中で人権を尊重し合う」という意味合いと、「国家が国民の人権を尊重する」という意味合いの二つがあると考えられる。


 さらに、第二章「戦争の放棄」、第三章「国民の権利及び義務」、第四~八章「国会・内閣・司法・財政・地方自治」の順であれば、『平和主義』 → 『基本的人権の尊重』 → 『国民主権』の順となる。

 これら三つの要素は、どの角度から見ても相互に深く関係していることを読み解いておきたい。



 憲法の三大原理と呼ばれる「
平和主義」「基本的人権の尊重」「国民主権」については、憲法の前文だけでなく、天皇の勅語にも述べられている。

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日本国憲法公布記念式典の勅語(昭和21年11月3日)


 本日、日本国憲法を公布せしめた。
 この憲法は、帝国憲法を全面的に改正したものであつて、国家再建の基礎を人類普遍の原理に求め、自由に表明された国民の総意によつて確定されたのである。即ち、日本国民は、みずから進んで戦争を放棄し、全世界に、正義と秩序とを基調とする永遠の平和が実現することを念願し、常に基本的人権を尊重し、民主主義に基いて国政を運営することを、ここに、明らかに定めたのである。
 朕は、国民と共に、全力をあげ、相携へて、この憲法を正しく運用し、節度と責任とを重んじ、自由と平和とを愛する文化国家を建設するやうに努めたいと思ふ。

 朕は、日本国民の総意に基いて、新日本建設の礎が、定まるに至つたことを、深くよろこび、枢密顧問の諮詢及び帝国憲法第73条による帝国議会の議決を経た帝国憲法の改正を裁可し、ここにこれを公布せしめる。
 御名 御璽
    昭和21年11月3日
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日本国憲法 参議院


 上記から下線部を抜粋する。

「みずから進んで戦争を放棄し、全世界に、正義と秩序とを基調とする永遠の平和が実現することを念願し」

⇒ 平和主義

「常に基本的人権を尊重し」

⇒ 基本的人権の尊重

「民主主義に基いて国政を運営することを」

⇒ 国民主権



<理解の補強>


日本国憲法 Wikipedia

憲法の特質




 「憲法の特質」について、おおよそ下記のように分類されている。


最高法規性

 

〇 実質的最高法規
 まず、日本国憲法を体系的に捉えると、第十章「最高法規」の人権の本質について記した97条の実質的最高法規性の条文を受ける形で、【人権規定】の第三章「国民の権利及び義務」の章が配置されている。

 第十章「最高法規」の中に人権の本質について記した条文を配置し、【人権規定】の第三章「国民の権利及び義務」と関連させることは、国民の人権を保障し、実現することこそがこの憲法の目的であり、また、この憲法が存立する根拠となることを示しているものである。

 【人権規定】に示した「人権保障」という目的を達成する手段として、【統治規定】に規定した方法で行うこととなる。


〇 形式的最高法規
 次に、第十章「最高法規」の98条は形式的最高法規性と呼ばれている。

 98条1項には、「国の最高法規であって」と記載されており、「国民」ではなく「国」、つまり【統治規定】に向けて示された条文であると分かる。この憲法の「条規に反する」形で「国」である統治機関が「法律、命令、詔勅及び国務に関するその他の行為の全部又は一部」を発したとしても、その効力は否定されるのである。

 また、98条2項でも「日本国が締結した」とあるから、「条約及び確立された国際法規(98条2項)」を遵守しなければならない主体となるのは「日本国」の統治機関であると分かる。

 これらの規定は、国法の上下関係を表しており、形式的最高法規性を示したものである。


〇 憲法尊重擁護義務
 99条は憲法尊重擁護義務についての規定である。この規定によって憲法尊重擁護義務を課されているのは、「天皇又は摂政及び国務大臣、国会議員、裁判官その他の公務員」であるから、【統治規定】に関わる人々であると理解できる。第一章「天皇」、第五章「内閣」、第四章「国会」、第六章「司法」、第七章「財政」(会計検査院の職員)、第八章「地方自治」(地方自治に関わる公務員)などのことである。

 99条は【統治規定】に関わる者を対象とした規定であるため、一般の国民に対して憲法尊重擁護義務を課すものではない。

 


〇 人権保持義務

 国民は、99条に定められた「憲法尊重擁護義務」を負うことはない。

 しかし、憲法という法の効力基盤である人権概念は「人類の多年にわたる自由獲得の努力の成果(97条)」によって生まれたものとされており、法の効力を実現するためには、今後も法の正当性を確保するための基盤となっている人権概念の生命力を維持し続けることが必要となる。

 このことから、私たち「現在及び将来の国民(97条)」は、人権概念の生命力を維持し続けることを「信託され(97条)」ている。
 そして、この97条の趣旨を受けて、第三章「国民の権利及び義務」の12条で国民の「人権保持義務」を定めている。


 12条が国民の「人権保持義務」を定めているのは、もし国民が人権を保持し続けるように努めなければ、人権という概念それ自体の存在と価値と正当性が、その社会の人々の間で認知されなくなってしまうからである。すると、人権概念を正当性の基盤とする法の原理(制度)も、人々の間で認められ、受け入れられ、支持されるものとして成り立たなくなり、結果として、法の効力それ自体が生まれず、法がその社会の中で通用しないものとなってしまうからである。


 もし、このような形で法自体に効力が生まれない状態となれば、いくら国の統治機関に集まる人たちに「憲法尊重擁護義務(99条)」を課したとしても、尊重するべき憲法それ自体の効力が存在しないこととなってしまう。(そのような状態では、もはや99条が国の統治機関に集まる人たちに『憲法尊重擁護義務』を負わせようとする規定の効力も存在しないという問題もある。)

 そのため、法の支配、立憲主義、法治主義、民主主義などの思想を基とした憲法に込められた法の観念を国の統治機関に集まる人たちに守らせる(尊重擁護させる)ためには、国民はその効力基盤である「人権の存在と価値と正当性」を「不断の努力」によって保持し続けなければならないのである。


 例えるならば、機械的な仕組みである「エンジン」を動かす原動力は、エネルギー源となる「燃料」である。法は機械的な仕組みであるが、その効力を生み出すエネルギー源は「人権概念」である。燃料がなければエンジンが動かないように、人権という概念の生命力がなければ、法のメカニズムにも効力を持たせることができないのである。

 

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(四) 不断の努力による保持の必要  基本的人権が、かように「人類の多年にわたる自由獲得の努力の成果であ」るとすれば、「国民の不断の努力によって、これを保持しなければならない」(一二条)ことは当然である。「自然法」によって与えられた権利だからといって、いたずらにその上に眠っていると、やがてそれらの権利は、実際において、死んでしまうだろう。それらを死なせないためには、基本的人権を保持するための国民の不断の努力が要請される。この努力を怠る国民は、基本的人権を享有する資格がないというべきである。

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憲法Ⅱ 宮沢俊義 (P209)

 

あたらしい憲法のはなし 宮沢俊義 著


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 二 人権保持の義務

 憲法十二条は「この憲法が国民に保障する自由及び権利は、国民の不断の努力によつて、これを保持しなければならない。又、国民は、これを濫用してはならないのであつて、常に公共の福祉のためにこれを利用する責任を負ふ」と定めている。この規定は、人権の歴史的性格とその保持のために必要な国民の責務をうたったもので、国民にとっての精神的指針という意味は大きいが、それ以上に何らかの具体的な法的義務を国民に課した規定であるとは解されない。その内容は、「自由・権利の保持の義務」「自由・権利を濫用しない義務」「自由・権利を公共の福祉のために利用する義務」というようにさらに分解できるけれども、どちらにしてもこれらが直接の法的効果を生じさせるものではないという点で、学説は一致している。

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憲法1 第5版 野中俊彦 中村睦男 高橋和之 高見勝利 2012/3/30 amazon (P562)

 

【動画】【司法試験】2021年開講!塾長クラス体験講義~伊藤塾長の最新講義をリアルタイムで体験しよう~<体系マスター憲法1-3> 2021/02/06

【動画】【司法試験】5月生本開講!塾長クラス体験講義 基礎マスター憲法1-3~伊藤塾長の最新講義をリアルタイムで体験しよう~ 2021/05/14

【動画】「憲法」第2講「最高法規性」 2023/01/06




実質的最高法規性の意義

 もし憲法上に97条のような『実質的最高法規性』を示す根拠となる規定が存在しなかったならば、憲法によって設立されているはずの国会が、文面上に「この法律が最高法規である。」と記載された『形式的最高法規性の宣言』を行った規定を持つ法律を立法してしまう可能性がある。

 この場合、憲法はその法律に記載された『形式的最高法規性の宣言』の効力を否定し、法秩序の体系性や一貫性、安定性を守ることが必要となるが、憲法上の『形式的最高法規性の宣言』と、法律上の『形式的最高法規性の宣言』とでは、その優劣を決することができなくなる。法とは、実定化してしまえば、結局は単なる紙に書かれた文字の羅列に過ぎないものとなってしまうことから、その文面上からどちらの法典が上位法であるかという優劣を決する手がかりを見つけることはできないのである。

 こうなると、事後法である「法律」の方が上位法として扱われる可能性さえ生まれてしまうこととなる。これでは法秩序の安定性を保つことができない。

 そこで、憲法上に「法自体は、法の文言や文面上の形式的な意味に優越する『自然法的な力』によってその正当性が裏付けられ、効力が認められるものとなる」という趣旨の記載された『実質的最高法規性』の根拠を示した条文が必要となる。

 「人権保障のために生みだされた法こそが最高法規である。」という趣旨を読み取ることができる『実質的な最高法規性』を示し、自然法的な効力の根拠を示す条文である。


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 しかしながら、個人権、その中核的な価値内容を形成する人間人格不可侵の原理は、近代憲法の基本的価値を表示する根本規範である。近代憲法が成文化され、通常の法律と異なる特別の法的地位と権威が認められる根拠は、先にも述べたが、かように憲法が自由の法、自由の技術としての使命をもって生まれたところに存する。だからこそ、ショイナーがいみじくも語ったように、憲法の本質は「その形式および高められた法的位階(ランク)によって決定されるのではなく、その内容および課題によって決定される」のである。いいかえれば、憲法は国家権力を制限し、自由な人間による自由な社会の価値、社会国家的要素によって補完された民主法治国家の法の理念を維持し実現する規範の体系であり、市民の自由の保証人である。これをも否認しうる制憲権の存在を認めることは、制憲権を近代憲法に通ずる普遍の政治原理として妥当せしめる根本規範━━したがってまた憲法そのもの━━の存在すら否認しうることを容認することになろう。

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憲法制定権力 芦部信喜 1983/1/1 (P39~40) (下線は筆者)

 

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 近代憲法は、沿革的にも、人間の自然権を保障する永続的な規範に国家権力を服せしめるために制定されたものである。憲法が法律と質的に区別され、最高法規たる性格を与えられる実質的根拠は、そこにある。この憲法の理念、すなわち基本的人権を保障することによって国家権力を制限し、かつ国家権力に一定の形体を与える立憲主義(法の支配)の原則は、古典的な自然法の理論をはなれて独立に意味をもつ憲法の本質とも言うべきものであろう。国民の制憲権の思想は、かような人権の憲法的保障をかちとるための手段として、アメリカ独立革命・フランス大革命に至ってはじめて体系的に主張され、憲法制度にもとり入れられたイデオロギー的概念であったのである。この立憲主義と国民主権(制憲権)との相互補完または目的・手段の関係は、現代においても基本的には少しも変わらない。自由と平等、自由と生存は民主的政治秩序に不可欠の前提であり、また民主政治秩序においてのみ自由と平等は権力の濫用からみずからを防衛し、真の生存が確保されるからである。私がかつて、基本的人権を最高の法価値とする近代憲法の根本規範は、実体化された超実定法として、「制憲権が自己の存在を主張するための基本的な前提であり、制憲権の活動を拘束する内在的な制約原理である」と述べた(本書四一━四二頁)趣旨は、そこにある。そうだとすれば、人間人格の自由な発展と尊厳を犯す人権保障規定の変更、および人権の保障にとっての必須の━━その意味では日本国憲法前文のいう「人類普遍の原理」としての━━民主制の原則の変更を憲法改正権によって行なうことは、法理上不可能というほかなかろう。

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憲法制定権力 芦部信喜 1983/1/1 (P100~101) amazon (下線は筆者)



 制定した法律の文言が『形式的な最高法規性の宣言』ではなく、『実質的な最高法規性の宣言』を行った場合であるが、それは結局、人権保障のために法の体系が組み上がることとなるわけであるから、現在の憲法とほとんど同じような体系へと行き着くことになるはずである。

 その際に、その社会の人々がその法を実質的に「最高法規」であると認め、その社会の人々の間で受け入れられ、効力が生まれ、その社会の中で通用する実力として成り立ったのであれば、それはその社会の人々にとっての憲法となると考えられる。

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法の運用者による受容
(略)
つまり、日本国憲法が国の最高法規なのは、「日本国憲法を最高法規として扱うべし」という実質的意味の憲法が事実上存在するからであり、そのような実質的意味の憲法が存在するのは、それを法の運用者が事実上受け入れ、それに則って行動するからである。
もちろん病理的な政治体制を除くと、法の運用者によって受け入れられているルールは、社会の大多数のメンバーによっても受け入れられているであろう(ハート・法の概念第6章参照)。
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◆1.3  憲法の法源と解釈  ◇1.3.3  最高法規


   【参考】■第一節 最高法規の意義とその淵源

 

 『実質的最高法規性』についてのこのような効果は、『形式的な最高法規性の宣言』にはないものである。





実質的最高法規性についての立法過程での考え方


 立法過程の資料を確認する。


日本国憲法[口語化第一次草案] 1

 97条の条文にあたる内容のメモが、前文よりも前に貼り付けられている。


メモに記載されている内容
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この憲法が日本国民に保障する基本的人権は、人類の多年にわたる自由獲得の努力の成果であり、過去幾多の試練に堪〇て今日に及んだものであって、これは現在及び将来の国民に対し、崇高な信託と〇て授けられ、永久に、侵すことのできない権利として維持(護持・堅持)さるべきものである。

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(〇部分は、当サイト筆者の認識においては判読不明)
 (「←前へ」を押して、こちらのページを一ページ遡ると、同じ見開きページの前文の文字がよく見えるようになります。)


 このように、立法過程においても、人権概念が「人類の多年にわたる自由獲得の努力の成果」として存在しており、「過去幾多の試練に堪えて今日に及ん」でいるものであって、自由獲得の努力をしてきた先人たちから「崇高な信託と」して授けられたものであり、その授けられた「現在及び将来の国民」によって「永久に、侵すことのできない権利として維持(護持・堅持)さるべきもの」としてつくられているのである。


 立法過程においても、人権概念が「侵すことのできない権利(11条、97条)」であるとは考えられておらず、人の手によって、「永久に、侵すことのできない権利として維持さるべきもの」と考えられていたのである。

 「維持(護持・堅持)さるべきもの」という表現は、12条の「自由及び権利は、国民の不断の努力によつて、これを保持しなければならない。」と同じ趣旨であると解される。つまり、97条と12条に含ませている人権概念の性質についての記載は、非常に近いものであり、立法過程においてもこれらを区別して明確に切り離せる性質のものとは考えられていないことが読み取れる。



日本国憲法[口語化第一次草案] 2

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第九十四(<三)條 この憲法が日本国民に保障する基本的人権は、人類の多年にわたる自由獲得の努力の成果であつて、これらの権利は過去幾多の試錬に堪へ、現在及び将来の国民に対し、侵すことのできない永久の権利として与へられたものである。
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 このページには、鉛筆書きで、「最高法 九十三条ハ形式的、第九十四条ハ実質的最高法規タル憲法トシテ一番重要ナ〇令〇〇ニ置ク」と記載されている。(〇〇の部分は、当サイト筆者の認識においては判読不明)

 そして、93条と94条はペン書きで条文番号を入れ替える修正をしているため、現在の97条が「実質的最高法規」、98条が「形式的最高法規」を示す条文となる。


 現行憲法97条の文言では「信託されたもの」としているが、立法過程のこの資料には「与へられたもの」と表現しており、現行憲法11条の「与へられる」の文言に近いものである。



日本国憲法[口語化第一次草案] 3

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第十條 国民は、すべての基本的人権の享有を妨げられない。この憲法が国民に保障する基本的人権は、侵すことのできない永久の権利として、現在及び将来の国民に与えられる。

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 第十條は、第三章「国民の権利及び義務」に定められた現在の11条にあたる条文である。



<理解の補強>


芦部憲法メルマガ 第2回



憲法保障


 憲法学者「小林節」の憲法審査会での発言を参考に、憲法保障を確認する。とても分かりやすい。


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 立憲主義の歴史につきましては、先ほど長谷部教授がおっしゃったところで尽きていると思いますが、現代において憲政実務を考えるとき、結論をはっきり申し上げますと、立憲主義というのは、権力者の恣意ではなく、法に従って権力が行使されるべきであるという政治原則で、これは先ほどのお話の中にもありましたけれども、人間の本質が神のごとき完璧なものではないという、これはもう紛れもない事実認識でありまして、これを前提とするものであります。

 改めて申し上げておきたいことは、立憲主義というのは、歴史が流れてきたこの現代においては、選択の対象ではない、とる、とらないを議論するものではなくて、これは所与の前提であるということを申し上げておきます。


 であるからこそ、この憲法が現実との間でそごが生じてはいけないし、生じたらそれをどうやって予防、匡正するかという憲法保障という話になってくるわけであります。

 具体的には、日本国憲法の中に、まず、当たり前のことでありますが、最高法規であるということの宣言これがないと全て始まりませんので、まずこの確認。

 そして、権力は、我々一般民間人が担うものではなくて、国家という法人格は肉体がありませんので、約束事の権力主体でありますから、結局は、国家の名で行動し得る資格を持った自然人、つまり、生身の人間が権力を帯びた瞬間から権力者になるわけでありまして、それは、政治家のような最高権力者から町の役場の職員まで全てであります。つまり、公務員の憲法尊重擁護義務を明記するということが次の順番であります。

 それから、憲法保障というと違憲立法審査権の話にすぐなるんですが、それだけではなくて、三権分立もまさに憲法保障でありまして、国会は立法権を持っているが、立法権以外のものを行使してはならない。だから、国会が裁判所のまねごとをして叱られたこともありますし、それから、内閣は行政府であって立法府でありませんから、内閣は立法権はありません。それから、外交に関しても、交渉担当の内閣と、それに対して承認権を持つ国会という役割分担の中で、チェックス・アンド・バランシズが図られるわけであります。

 さらに、国会の中に目を転ずれば、二院制というのも国会内権力分立でありまして、つまり、非効率を当然としながら、その非効率の中で正しさを図っていく。もちろん正しさというのは、先ほどの話にもありましたけれども、全ての人にとって正しさは違うわけですから、全ての人が等価値となれば、とりあえず一定任期は多数決に従って、そしてまたトライアルズ・アンド・エラーズでやり直していく、こういう非能率の中で正しさを担保していく。

 国会と内閣の関係は議院内閣制、これも権力分立の一側面です。

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参考人 小林節(慶應義塾大学名誉教授)(弁護士) 第189回国会 衆議院 憲法審査会 第3号 平成27年6月4日 (下線・太字は筆者) 【動画

 

【動画】緊急事態条項改憲論と9条「加憲」(自衛隊明記論)の何が問題か~その内容と危険性 清水雅彦 2022/01/10

【動画】2023年度前期・九大法学部「憲法1(統治機構論・後半)」第13回〜憲法保障 2023/07/26



〇 憲法学者「長谷部恭男」の憲法審査会での表現も確認する。


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 近代立憲主義の内容とされる基本的人権の保障、そして民主的な政治運営は、時に普遍的な理念、普遍的な価値だと言われることがあります

 さらに、民主主義について申しますと、十九世紀に至るまでは、民主主義はマイナスのシンボルではあっても、プラスのイメージで捉えられることはまずなかったと言ってよろしいでありましょう。それでも、現在では、基本的人権の保障や民主的な政治運営は普遍的に受け入れられるべきものとされております


 ただ、問題は、憲法典の中に基本的人権を保障する条項、民主的な政治制度を定める条項が含まれているか否か、それには限られておりませんこれらの条項の前提となる認識、つまり、この世には、人としての正しい生き方、あるいは世界の意味や宇宙の意味について、相互に両立し得ない多様な立場があるということを認め、異なる立場に立つ人々を公平に扱う用意があるかそれこそが、実は普遍的な理念に忠実であるか否かを決していると言うことができます。


 そして、近代立憲主義の理念に忠実であろうとする限り、たとえ憲法改正の手続を経たとしても、この理念に反する憲法の改正を行うことは許されない、つまり改正には限界があるということになります。

 憲法を保障するという言葉もいろいろな意味で使われることがございますが、現在の日本で申しますと、価値観や世界観、これは人によってさまざまである、しかし、そうした違いにもかかわらず、お互いの立場に寛容な、人間らしい暮らしのできる公平な社会生活を営もうとする、そうした近代立憲主義の理念を守るということ、そして憲法に書き込まれた日本固有の理念や制度を守り続ける、それが憲法を保障することのまずは出発点だということになるでありましょう。
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参考人 長谷部恭男(早稲田大学法学学術院教授) 第189回国会 衆議院 憲法審査会 第3号 平成27年6月4日 (下線・太字は筆者)

 憲法学者「長谷部恭男」のこの表現からは、近代立憲主義の理念として憲法が存立することは、憲法が最高法規であることを宣言する98条の「形式的最高法規性」だけではなく、何よりも97条の「実質的最高法規性」に示唆される意志の観念こそが、近代立憲主義の理念に裏付けられた憲法を成り立たせるものであるということが確認できるかと思う。


 また、価値観や世界観の違いにも関わらず、お互いの立場に寛容な、人間らしい暮らしのできる公平な社会生活を営もうとして、近代立憲主義の理念を守ろうとすることが、「憲法保障」の出発点であると述べていることとなると思われる。


 つまり、本来、法秩序そのものが多様な価値観の中に生まれる秩序観の一つに過ぎないものであり、「絶対的なものと信じ、支持をしなければならない」という性質のものではないことが前提となるのである。しかし、この価値観(秩序観)によって、人間らしい暮らしのできる公平な社会を営もうとする意志を持ち、自らの意思で、この人権概念を基礎とした法の秩序を守ろうとすることこそが、この法秩序という価値観(秩序観)を成り立たせることとなり、それが「憲法保障」の本質となっているものということである。


〇 ここでは「抵抗権」を超法規的憲法保障に分類している。しかし、97条の「人類の多年にわたる自由獲得の努力の成果」「侵すことのできない永久の権利」や、12条の「国民の不断の努力にによつて、これを保持しなければならない。」の趣旨を読み解くことで、人権の自然権(普遍的価値)の建前が示されていることから、この中に「抵抗権」を読み解くことも可能であると思われる。


【動画】2020年開講 伊藤塾長の体験講義-『基礎マスター憲法1~2』 2020/04/07



〇 ここでは「国家緊急権」を超法規的憲法保障に分類している。しかし、54条2項、3項の『参議院の緊急集会』を「国家緊急権」と見るならば、既に条文として組み込まれていることになる。



〇 選挙で憲法を守る政治家に投票する
ことや、違憲状態を見つけた場合に訴訟を起こして是正することも憲法保障に繋がる。



〇 「天皇制」にも、一種の憲法保障の側面があると考えられる。


 1条で「天皇は、日本国の象徴であり日本国民統合の象徴であつて、この地位は、主権の存する日本国民の総意に基く。」とされいる。天皇は、「主権(最高決定権)の存する日本国民の総意」として、「日本国民統合の象徴」と「日本国の象徴」を託されているのである。


 この「日本国」という国家は、人々の頭の中にある概念上の存在でしかないものである。その国家という概念は「法」の概念によって定義づけられるものである。このことから、天皇は、「国家の象徴」であると同時に、人々の頭の中の「法」を象徴する存在でもあるということになるのである。(7条1号「憲法改正、法律、政令及び条約を公布すること。」の役割にも近い)


 天皇は、4条で「国政に関する権能を有しない」とされ『権力』とは分離されている。しかし、『権力』は有せずとも、「法」の正当性の『権威』を司る存在である。


 このような「法」の権威を司る存在は、「政治」が「法」を無視したり、無視しそうになった際に、次第に人々の心理が「法」よりも「政治の実力」に対して権威を抱いて従おうとしてしまうことを抑止し、「法の支配」を取り戻すために意義があると考えられる。「政治の支配」が「法の支配」を上回ってしまうことによって、「法」の意図する人権保障を実現する機能が阻害されてしまうような事態を防止するのである。


 現実の「政治の実力」に対して、人々はなかなか抵抗することはできない。そんな中、「政治」が「法」を軽視し始めた場合、法の優位性の意識が人々の間から次第に失われ、「法の支配」が損なわれてしまうことが起こり得る。なぜならば、法とは、本来的に人々が自ずと従おうとする心理によって効力が生まれる性質のものであり、人々の「法」に対して抱く「権威を認めて従う気持ち」が失われてしまったならば、法の実効性もなくなってしまうからである。


 しかし、
『権力』と分離した形で法の正当性の『権威』を備えることで法」を尊重しない横暴な「政治」が現れた際に、人々に対して「政治」よりも「法」が優位にあることを明確に示すことが可能となる。このことは、本来的に人々が自ずと従おうとする心理によって効力が生まれる性質である「法」という概念それ自体の実効性を保とうとする機能となると考えられるのである。「法の支配」の優位性を明確に示すことで、「法」が軽視される危機を一定程度防ぐと考えられるのである。

 

 この点、「政治」の横暴や「法」の軽視については、裁判所で是正することができると考える人がいるかもしれない。しかし、裁判所は「法」を使って判断をすることはできるが、社会の中で「法」が通用しないような、法の効力そのものが損なわれてしまっている事態には無力である。そのため、裁判所が「法」を使う以前に、「法」の正当性が普及している社会基盤をつくり上げておく必要があるのである。

 これらのことから、「法の魅力とその実効性」を確保するために、また「政治権力に対する法の機能の優位性」を保つために、天皇は人々から認められるような『権威』としての役割が求められ、その存在感が憲法保障に繋がると考えられるのである。

 

【動画】石川健治「天皇と主権 信仰と規範のあいだ」 2017/04/28



〇 「天皇」の憲法保障について、【超法規的憲法保障】ではあるが、戦火などで内閣を構成する大臣がすべて失われ、かつ国会による内閣総理大臣の指名を行うことができないような緊急の場合に、内閣総理大臣の代わりとして行政権を指揮する可能性が考えられる。


 これは、天皇は「憲法尊重擁護義務」を負っているため、憲法秩序を保つ義務を課されていることによる代替機能である。天皇の地位である「日本国の象徴(1条)」とは日本国憲法の象徴の意味でもあり、「日本国民統合の象徴(1条)」とは国民主権に基づく国民の総意が憲法秩序に集約されていることを象徴していると考えることができる。このことから、この憲法秩序が維持できない場合には、天皇はそれを補う役割がもともと国民の総意として託されていると考えることができるのである。


 ただ、天皇が権限を持つ前に、国会で内閣総理大臣が新たに指名されるまでの一定期間、副大臣や大臣政務官、行政機関の職員の相互の連携によって解決することができないかどうかや、衆議院議長や参議院議長、衆議院副議長や参議院副議長、最高裁判所長官や最高裁判所判事などが代理で権限を持ちえないかが検討されると思われる(アメリカ合衆国では、上院議長が副大統領を兼務している)。その場合に、内閣総理大臣の代理としての権限を持つ者を超法規的に任命することは、天皇にしか為し得ない。


 このような形で、天皇の権威によって緊急時を乗り切ることが検討されると考えられる。


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〔内閣の助言と承認及び責任〕
第3条 天皇の国事に関するすべての行為には、内閣の助言と承認を必要とし、内閣が、その責任を負ふ。

〔天皇の権能と権能行使の委任〕
第4条 天皇は、この憲法の定める国事に関する行為のみを行ひ、国政に関する権能を有しない
2 天皇は、法律の定めるところにより、その国事に関する行為を委任することができる。

……………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………

〔天皇の任命行為〕
第6条 天皇は、国会の指名に基いて、内閣総理大臣を任命する
2 天皇は、内閣の指名に基いて、最高裁判所の長たる裁判官を任命する

〔天皇の国事行為〕
第7条 天皇は、内閣の助言と承認により、国民のために、左の国事に関する行為を行ふ。
一 憲法改正、法律、政令及び条約を公布すること。
二 国会を召集すること。
三 衆議院を解散すること。
四 国会議員の総選挙の施行を公示すること。
五 国務大臣及び法律の定めるその他の官吏の任免並びに全権委任状及び大使及び公使の信任状を認証すること。
六 大赦、特赦、減刑、刑の執行の免除及び復権を認証すること。
七 栄典を授与すること。
八 批准書及び法律の定めるその他の外交文書を認証すること。
九 外国の大使及び公使を接受すること。
十 儀式を行ふこと。
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 内閣が消滅して大臣がすべて失われた場合、天皇は「内閣の助言と承認(7条)」なしに、「国会を召集する(7条2号)」という国事行為が可能と考えられる。その国会で内閣総理大臣が指名されれば良いのであるが、国会議員がすべて失われている場合や、国会の開会が物理的に不可能な場合、衆議院議長や参議院議長が失われており、他の議員が誰も内閣総理大臣の地位に立候補しなかった場合など、内閣が構成されないような事態となれば、天皇は国会の指名がなくとも「内閣総理大臣を任命する(6条)」ことができると考えられる。


 この場合、通常であれば国会議員から選出することが望ましいが、場合によっては行政機関の職員を臨時の内閣総理大臣として任命する可能性が考えられる。さらに考えるとすれば、内閣総理大臣経験者や、都道府県の知事、知事経験者などが天皇によって臨時の内閣総理大臣として任命される可能性が考えられる。


 ただ、この者の地位も、内閣が存在しないことから天皇が「内閣の助言と承認(7条)」なしに「衆議院を解散(7条3号)」し、「国会議員の総選挙の施行を公示(7条4号)」して選挙が行われ、国会の開会と内閣総理大臣の指名がなされるまでの臨時のものとなると考えられる。


 また、天皇が超法規的に行政権を指揮せざるを得ない状況下でも、「国事に関する行為のみを行ひ、国政に関する権能を有しない(4条)」に抵触して違法行為となることが考えられる。この権限の行使によって犠牲者が出た場合には、刑事訴追を受ける恐れがある。

 しかし、天皇には裁判所の刑事裁判権が及ばないとする説が有力である。もし、刑事訴追を受けた場合でも、憲法秩序の回復のために必要な行為であったと認定されれば、正当行為、正当防衛、緊急避難などによって違法性が阻却される可能性がある。加えて、天皇は人権規定が及ばないなどの特殊な地位にいるため、そもそも有責性を問えず、犯罪を構成しない可能性がある。また、憲法秩序の回復のために必要な行為であったならば、刑法の適用そのものが違憲審査によって違憲となることも考えられる。
 さらに、有罪判決を受けた場合においても、次期内閣が誕生しないような事態が継続していた場合には、天皇は自分自身に恩赦を与えることで「大赦、特赦、減刑、刑の執行の免除及び復権(7条6号)」する可能性が考えられる。


 このように、通常の国家権力の機能が喪失されてしまった場合に、天皇の権威を中心として国家権力の機能を回復させることが考えられる。この作用が、一種の憲法保障として働くと考えられるのである。



 この考え方の背景であるが、書籍「憲法の真髄」での竹田恒泰の論じる「天皇がもともと統治権を有しているが、それを三権に配分している」との考え方とはやや異なる。

 竹田恒泰は大日本帝国憲法との整合性の観点から天皇主権の側面が色濃いように思われるが、筆者の理解は統治権の源泉は国民主権を背景としているからである。

 ただ、結局「憲法」とは、「人権」という普遍性の建前を基にした国民の総意による法という合意事であり、それを「日本国憲法」という法典に集約したものである。

 統治権の源泉にあるものが国民主権に基づく国民の総意による「日本国憲法」であり、その「日本国憲法」という法典を「主権の存する日本国民の総意に基く(1条)」存在である「天皇」が象徴しているという意味では、「日本国憲法」と「天皇」は同一視することができる。すると、この両説は外観としては完全に一致するとも思われる。

 こうなると、二つの考え方の整合性は合致している。


◇ 「天皇がもともと統治権を有しており、三権に配分している」

◇ 「日本国憲法が統治権を有しており、三権に配分している」


 「日本国憲法」 ⇒ 象徴化 ⇒ 「天皇」

 「日本国憲法」と「天皇」を同一視したならば、言っていることは同じ。

 


〇 竹田恒泰の説(注意:筆者の理解である)


「天皇」

  ↓

「統治権」

  ↓

「三権」に分配



(下記は大日本帝国憲法についての解説である)

【動画】【竹田学校】歴史・明治時代編⑧~帝国憲法の構造~|竹田恒泰チャンネル2 2020/05/29

 

 

〇 筆者の説


「実存主義的な価値相対主義者」

  ↓

「人権の普遍性の建前」を創造

  ↓

人権概念から国民に主権(最高決定権)を生み出す 

  ↓

「人権の普遍性の建前」を維持した形で国民主権による国民の総意として日本国憲法を制定

  ↓
(国民の総意として日本国憲法の象徴が『天皇』) 

  ↓

「統治権」

  ↓

「三権に分配」


 


 竹田恒泰の説では「天皇」の存在から始まっていると思われるが、筆者の説ではそれ以前に「実存主義的な価値相対主義者」の存在から始まると考えている。

 筆者の説は(カッコ)で示した部分は、実際にはあってもなくても同じである。象徴という役割は、その背景にあるものの表れであって、その源泉にあるものは同じだからである。

 

 「木村草太」は下記の記事で「国民主権」から説明している。

【参考】
皇族の不自由さを「気の毒」と思うなら解決策は一つ 「天皇制と人権」河西秀哉と木村草太が語る 2021/10/30

【参考】秋篠宮さま会見で憲法学者が感じた“戸惑い”…「国民から押しつけられた“あいまいな地位”ゆえの苦悩が…」 2021.12.04



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4 樋口陽一は、授権規範・制限規範という観点から、大日本帝国憲法と日本国憲法の性格を以下のように述べている。「日本帝国憲法それ自体にあっては、天皇主権を核心とする授権規範としての性格が卓越し、臣民の権利の保障という制限規範としての性格は、それと同程度に本質的な位置づけを与えられてはいなかった(運用上、後者をより強調しようとしたのが立憲学派であったが)。日本国憲法の論理からすれば、個人の尊厳に遡る人権規範と平和主義規範という制限規範としての性格を中心におき国民主権に基づく授権規範としての性格は、目的に対する手段といってもよい関係に置かれている」(樋口陽一『憲法Ⅰ』(青林書院、1998

年)11 頁)。

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「立憲主義、憲法改正の限界、違憲立法審査の在り方」に関する資料  衆議院憲法審査会事務局 平成28年11月 PDF (P3) (下線・太字は筆者)



 天皇による統治権の代替機能については、近代立憲主義の思想に基づく憲法に到達するまでの権力分立の歴史を考えると理解しやすい。

 


 権力分立の中にある『権力・権限・権能』を担う機関が失われた場合、その機関の役割を補うために権力分立の歴史的な過程における一段階前の形に遡ることによって解決することができるのである。



 天皇と刑事責任については、下記の通りである。

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 (二)刑事法上の特例

 (1)天皇  明治憲法の「天皇は神聖にして侵すべからず」(同三条)という規定は、天皇の刑事責任を否定する趣旨を有すると解されていた。日本国憲法では、その点について何の規定もない。天皇に刑事上の責任を負わせることは、天皇が国の象徴たる役割をもつことと両立しにくいと考えられる場合が多いだろうし、また、「摂政は、その在任中、訴追されない」との規定(典範二一条)から見ても、天皇には、刑事責任を負わせないとするのが、法の趣旨であろう。

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憲法Ⅱ 宮沢俊義 (P303)



 天皇と民事裁判権については、下記の通りである。


【判決文】
住民訴訟による損害賠償 最高裁判所第二小法廷 平成元年11月20日



【動画】
石川健治「天皇と主権 信仰と規範のあいだ」 2017/04/28



<理解の補強>


憲法保障 Wikipedia

硬性憲法 Wikipedia

人権 Wikipedia

権力分立 Wikipedia

違憲審査制 Wikipedia

抵抗権 Wikipedia

国家緊急権 Wikipedia

憲法の最高法規性と硬性性 ― 形式的効力の改正要件からの解放 ― 憲法審査会事務局 PDF

■第一節 憲法の保障の意義

◆Ⅳ 憲法の保障(合憲性の統制)



人権規定と統治規定

【人権規定】


 【総則規定】の97条の「実質的最高法規性」を受けて、【人権規定】の第三章「国民の権利及び義務」が配置されている。



<理解の補強>


注意:天皇(皇族)だけは人権規定の適用が特殊なものとなります。

 ただ、条文上の人権規定が適用されない場合があるとしても、現行憲法は人権の本来的な性質は自然権として前国家的に存在しているものであることを前提としています。そうしたことから、天皇にも前国家的な自然権としての人権は保障されると考えることが妥当でしょう。

天皇陛下の基本的人権――日本国憲法から読み解く

皇族は「人権を制限されてる」の?それとも「人権はない」の? 2021年10月2日

【統治規定】


 人権保障を実現する手段として、三権分立を中心とした統治機関が配置されている。



<三権分立>


権力分立 Wikipedia

日本の政治 Wikipedia

日本国政府 Wikipedia

日本の国家機関 Wikipedia
統治権 Wikipedia
統治機構 Wikipedia
政府 Wikipedia


小学校社会_6学年_下巻 wikibooks


皇室会議 Wikipedia
皇室会議 (宮内庁)


 『まず、中央と地方との権限分配がなされ(
垂直的分立)、ついで中央・地方でそれぞれ水平的に分配されることになり(水平的分立)、中央では立法・行政・司法の三権に水平的に分配されていることになる。』(権力分立 Wikipedia)

地方自治 Wikipedia

 

法令 Wikipedia




統治機構

国民が検察審査会に入ることもある。



天皇

象徴天皇制 Wikipedia



立法国会

〇 衛視は国会職員である。

衛視 Wikipedia

 

〇 国立国会図書館は国会に属する。

国立国会図書館 Wikipedia


行政内閣

行政機関 Wikipedia

日本の行政機関 Wikipedia


〇 防衛省・自衛隊は行政機関です。
防衛省 Wikipedia

自衛隊 Wikipedia

〇 検察は準司法機関とも呼ばれることがありますが、行政機関です。
検察庁 Wikipedia
検察官 Wikipedia


〇 宮内庁は皇室関係を担当しているが、内閣府に置かれる独自の位置づけの行政機関である(内閣府の外局ではない)。

宮内庁 Wikipedia

〇 皇宮警察本部は警察庁に置かれている附属機関である。

皇宮警察本部 Wikipedia

〇 在外公館は外務省に所属しており、行政機関です。
在外公館 Wikipedia
政府代表部 Wikipedia

外交官 Wikipedia
特命全権大使 Wikipedia

国連大使 Wikipedia


〇 国地方係争処理委員会は、地方公共団体に対する国の関与について、国と地方公共団体間の争いを処理することを目的として総務省に置かれる合議制の第三者機関です。
国地方係争処理委員会 Wikipedia



(会計検査院)

〇 会計検査院は、内閣から独立した位置にある行政機関です。

会計検査院 Wikipedia
会計検査院の地位


司法裁判所
最高裁判所 Wikipedia
下級裁判所 Wikipedia


〇 裁判所の予算も、財務省が担当しています。
司法行政権 Wikipedia


地方自治

地方公共団体 Wikipedia

自治紛争処理委員 Wikipedia

直接請求 Wikipedia


〇 警察本部は、都道府県に所属する。

〇 消防本部は、市町村および特別区(東京消防庁)に所属する。

国民が裁判員制度よって下級裁判所(地方裁判所)の刑事裁判の第一審に入ることもある。



<組織図>

注意:組織図は最新版でないことがあります。

一、権力分立の原理

政治の登場人物、組織まとめ 〜ややこしい組織も、図で表すと一目瞭然!〜

〔天皇〕

天皇の一覧 Wikipedia

(宮内庁:皇室の構成図(平成29年4月1日現在)

立法〔国会〕 衆議院・参議院

国会の構成

国会の議席 平成29年1月20日

行政〔内閣〕 行政機関

中央省庁の組織図

国の行政機関組織図 PDF

行政機構図(2016.7現在)

内閣官房


日本の行政機関 Wikipedia

内部部局 Wikipedia


〔司法〕裁判所 最高裁判所・下級裁判所

【社会科講師対象】”裁判所”の概要と仕組みをわかりやすく説明する方法②~「三審制」の目的と仕組み~

最高裁判所の組織


〔財政〕 会計検査院
会計検査院の組織


〔地方自治〕 都道府県・市町村

自治体の組織について

都道府県の一般的な組織図 PDF
市町村の一般的な組織図 PDF

地方自治制度の概要 (総務省)


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○大森(政)政府委員 要点だけお答えいたしますが、現行日本国憲法は、第八章におきまして地方自治の原則を明文で認めております。そして九十四条は、「地方公共団体は、その財産を管理し事務を処理し、及び行政を執行する機能を有するこのように明文で規定しているわけでございますので、地方公共団体の行政執行権は憲法上保障されておる。
 したがいまして、ただいま御指摘になりました憲法六十五条の「行政権は、内閣に属する。」というその意味は、行政権は原則として内閣に属するんだ。逆に言いますと、地方公共団体に属する地方行政執行権を除いた意味における行政の主体は、最高行政機関としては内閣である、それが三権分立の一翼を担うんだという意味に解されております。
(略)

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第139回国会 衆議院 予算委員会 第1号 平成8年12月6日



統治機関に関わる人々


衆議院 本会議場(写真)      参議院 本会議場(写真)

閣議室(写真)

閣僚応接室(写真)


天皇(宮内庁:構成)



 これらは一般に「国」と言われる三権分立の統治機関に関わっている中心的な人物たちである。これらの「天皇又は摂政及び国務大臣、国会議員、裁判官その他の公務員」は、「憲法尊重擁護義務(99条)」を負っている。


 この図を見ると、「国家」や「国」と言われるものも、何らかの実体があるものではなく、結局は「人々」の"より集まり"の中に生まれた共同体意識であり、国民やこの者たちの心の中に「国」という概念が想起されていることによって成り立っている単なる合意事でしかないものであることがイメージできるのではないかと思う。

 その単なる合意事として初めて成り立つ「国」という概念の枠組みは、憲法制定権力者が人々の人権を保障することを意図してつくり出した認識上の枠組みなのである。


 この認識枠組み自体が人々に支持され、そこに権威を認めて自然に従う人々が一定数存在するからこそ、社会で通用する実力として法の効力が成り立っているのである。

 もし、その「権威を認めて従う気持ち」が損なわれてしまったならば、法の効力は社会の中で通用しないものとなってしまう危うさを持っている。

 実際、他国では法の秩序が人々の間に十分に広まらず、「法治主義」ではなく「人治主義」で運営されていたり、理不尽が横行する「暴力的な支配」が続いていることもある。

 この「法」という認識自体が人々の間に支持され、普及していること自体が、法という一つの秩序の在り方を成り立たせる根源的な力となっているものなのである。

 だからこそ、この法という枠組みが単なる認識上の枠組みでしかないことを理解した者(特に実存主義的な価値相対主義者)は、人々から支持を集めるための効力の源泉となる『人権』という概念の「存在と価値と正当性」を創造し続ける必要があるのである。


 ただ、この人権という「認識上の枠組みでしかない」ものを人々に普及させるためには、その方法が「人権侵害」となってしまうことがないように行わなければならない。そうでなければ、『人権』という観念で人々の自由や安全を守ろうとする本来の意図が達成できないからである。そのため、人々に『人権』という概念が「存在し、価値があり、正当性がある」という考え方を広めることは、無理やり強制するような手法を採ることはできず、訴えかけを続けていくことによって成し遂げていかなくてはならないのである。


 もちろん、それを理解して憲法を制定した憲法制定権力者は、憲法上でも前文にてそれらの意志の観念を示し、現在及び将来の国民に対して法という秩序を維持し続けることを訴えかけることとしている。


 また、条文中でも国民に対して人権を保持し続けることを義務付けている
(12条)。(もちろん義務と言っても人権概念の性質上、人権保持に努めなかった者に対して直接的な罰則を設けることはできない。また、『人権を保持しない』という『思想良心の自由』を保障するためにも、前提として人権概念が必要となることから、人権を保持しない自由を保障しようとすることがそのまま、人権を保持していることにもなるという側面もある。)

 

 さらに、この訴えかけに賛同して「国」の機関に所属した者たちには、人権保障のためにつくられたこの「憲法」という認識枠組みを尊重させることにしている(99条)。これは、法とは人々が「権威を認めて自ずと従う」ことによって初めて効力が生まれるものであるため、一定数の人々が「権威を認めて自ずと従っている」という事実こそが、社会の中に法を普及させる力となるからである。

 ここには、憲法の価値観に賛同して自ら「国」の機関に集った者たちに対してであれば、憲法保障〔宣言的保障〕の仕組みによって「憲法尊重擁護義務」を課したとしても、「思想良心の自由(19条)」という人権を侵害することにはならないはずであるとの考えが含まれていると考えられる。


 この意志の観念こそが、憲法という法の効力を基礎づける実質的最高法規性の真髄である。

 



 憲法学者「長谷部恭男」の発言を確認しておく。

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 社会思想家のホッブスとかロックとかルソーとかいう人たちは「国家というのは頭の中にしかない約束事です」と言うだけではなくて、「国家というのは本当に約束に基づいてできているんです」と言ったわけです。これが社会契約です。

 社会契約を結んで国家ができる以前の状態は、自然状態。つまり、国家がない状態だったわけですね。そこではいろいろと困ったことが起こる。だから社会契約を結んで国家をつくりましょうということで、実際に国家が出来上がって、人々は国家に従うようになるという話です。

 その中でジャン・ジャック・ルソーですけれども、ルソーによると、、そうしてできた国家は、お互いに戦争をする、戦争は国家と国家がするものだって言うんですね。国家と国家が戦争をするとき、これは突き詰めれば、頭の中の約束事にすぎないもの同士が戦ってるということになりますが、そのとき、じゃあ、攻撃の対象は何なんだろう、というのが次の問題です。

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[3]日本の憲法原理にとって最悪の敵は安倍政権 2015年11月19日 (太字・下線部は筆者)



【動画】九大法学部・法学入門第4回〜憲法入門①・2021年度前期 2021/05/10


(参考:民法における『権利は目に見えない』ことについて)

【動画】司法試験入門講座 プレ講義 「体系マスター」民法3 「財産法の仕組み」 2020/03/16





<理解の補強>

 

憲法の最高法規性に関して PDF

木村草太氏「憲法は、国家権力の失敗を繰り返さないためにある」【講演全文】  2016年4月10日

「憲法施行70年①『憲法への意志』」(視点・論点) 2017年05月03日

(教えて 憲法)国家権力しばる「立憲主義」 2018年2月9日

(教えて 憲法)前文と103条、何が書かれている? 2018年2月9日
日本国憲法施行70年を迎え、改めて憲法の意義を確認し、立憲主義を堅持する宣言
上諭 Wikipedia

「憲法論議をどう考える② 三権のバランスの再調整を」(視点・論点) 2018年05月15日

憲法の包容力よ再び 誰もが当事者の立憲的改憲論 倉持麟太郎 弁護士 2018年01月12日

「クイズです。憲法を守らなければいけないのは、誰でしょう?」――『檻の中のライオン』の楾(はんどう)先生に聞く 2019年04月15日

「檻の中のライオン」 facebook

いま憲法が壊されている!? 憲法を学んでできることからはじめよう 楾大樹弁護士に聞く 2019年5月7日
【動画】司法試験入門講座 プレ講義 「体系マスター」憲法2 「憲法の特質」 YouTube

【動画】司法試験入門講座 プレ講義 「体系マスター」憲法3 「立憲主義と法の支配、国民主権」 YouTube



Q87 日本国憲法の定める基本的人権の永久不可侵性の意義について説明する工夫 憲法の意義 法教育 法務省
Q72 「基本的人権」や「統治機構」ということばを生徒に説明する工夫 憲法の意義 法教育 法務省
Q84 「みんなで決める仕組み」と三権分立との関係を説明する工夫 憲法の意義 法教育 法務省
Q73 「民主主義」と「国民主権」の違い 憲法の意義 法教育 法務省