安保法制の憲法適合性


   【このページの目次】

① 法的審査の内容

法的審査の対象


② 違憲審査の前提となる理解

軍事権のカテゴリカルな消去
規定の整合的な解釈
政府解釈の「自衛の措置」
政府解釈の「実力組織」

政府の9条解釈まとめ

2014年7月1日閣議決定による解釈変更

 

③ 違憲審査

違憲審査の対象
9条解釈の分類と「存立危機事態」の違憲性

1項2項全面放棄説からのアプローチ(作成予定)
9条と13条の関係からのアプローチ(作成中)
存立危機事態の要件(作成中)
要件まとめ
「密接な関係にある他国」の範囲が無限定
「密接な関係にない国」はどうなのか
「他国に対する武力攻撃」は必要なのか(作成中)
相当因果関係はあるか

「必要最小限度」の統制方法(作成中)
曖昧不明確な要件ではないか
漠然不明確・過度の広範性の判断
要件該当性の作出行為が可能
他国の「先制攻撃」に加担することが可能
「先に攻撃」による違憲
1972年(昭和47年)政府見解からのアプローチ
「他国防衛ではない」としている
「総合して判断する」としている
「規範性を有する」としている(作成中)

1項限定放棄説からのアプローチ(作成予定)
「戦力」に抵触するか
合憲限定解釈は可能か


論理構成まとめ
統治行為論を採用するべきか
国際法との対応関係


④ 違憲性の是正方法

⑤ 資料

9条 論点マップ
リンク
法律(条文)

 

 

 

 

① 法的審査の内容


法的審査の対象


 「存立危機事態での武力の行使(日本独自に限定的集団的自衛権の行使と言っている部分)」に関わる法的審査の対象はいくつか存在する。これが理解を難しくしている要因である。できるだけ段階的に示して説明を尽くしていこうと思う。


 まず、法的判断の対象となるものは大きく2つある。「2014年7月1日閣議決定の手続き」と「存立危機事態での武力の行使の要件」である。

 そして「存立危機事態での武力の行使の要件」については違憲審査を行う必要があり、この対象となるものは『閣議決定』と『法律』の2つある。



〇 「2014年7月1日閣議決定の手続き」の違法

 これは、内閣が行った『閣議決定』の論旨に瑕疵が存在することから、『閣議決定』そのものが「適正手続きの保障」の観点から違法となる論点である。

 こちらについて、詳しくは下記のページで解説する。

 

 


〇 「存立危機事態での武力の行使の要件」の違憲
   ⇒ 対象① 行政権を持つ「内閣」の『閣議決定』(2014年7月1日閣議決定)

   ⇒ 対象② 立法権を持つ「国会」の成立させた『法律』(自衛隊法76条1項2号等)


 これは、「存立危機事態」の要件そのものが9条に抵触して違憲となるものである。9条への抵触はいくつかのアプローチが存在する。

 ・9条解釈のバリエーションの中で違憲となる論点

 ・9条解釈として2014年7月1日閣議決定でも採用している1972年(昭和47年)政府見解の「基本的な論理」と称している部分の違憲審査基準によって違憲となる論点がある。



 こちらについては、当ページと下記の「存立危機事態の違憲審査」の両方で解説する。



② 違憲審査の前提となる理解


軍事権のカテゴリカルな消去


 日本国憲法は、大日本帝国憲法から改正する際に天皇大権として存在していた「軍事」に関する権限を徹底的に消去している。これを、「軍事権のカテゴリカルな消去」という。
 


<おおよその対応関係>
 

大日本帝国憲法(カタカナをひらがなにしている)
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第11条 天皇は陸海軍を統帥す(①)
第12条 天皇は陸海軍の編制及常備兵額(②)を定む 
第13条 天皇は戦を宣し(③)和を講し及諸般の条約を締結す
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 ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓
日本国憲法
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第9条 日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争(①)と、武力による威嚇又は武力の行使(④は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する
2 前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力(②)は、これを保持しない国の交戦権(③)は、これを認めない
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① 大日本帝国憲法では「国権 = 天皇主権の統帥権」であったが、日本国憲法では、「国権 = 国民主権によって信託された統治機関の権限(立法権・行政権・司法権)」に相当すると考えられる。

② 大日本帝国憲法の「陸海軍の編成及常備兵額」は、日本国憲法の「陸海空軍その他の戦力」に相当すると考えられる。

③ 大日本帝国憲法の「戦を宣し」が、日本国憲法の「国の交戦権」に相当すると考えられる。

④ 日本国憲法の「武力による威嚇又は武力の行使」は、国連憲章2条4項の「武力による威嚇又は武力の行使(the threat or use of force)」と同じ文言である。


大日本帝国憲法 ⇒ 変更 ⇒ 日本国憲法(現行)

【天皇主権】により

天皇の有していた権限

主権の変更

【国民主権】により日本国民が

国家に信託せず、禁じた権限

11条「陸海軍を統帥す 軍事権限の削除 9条1項「国権の発動たる戦争武力による威嚇又は武力の行使」を放棄
12条「陸海軍の編成及び常備兵額 軍事組織の削除 9条2項前段「陸海空軍その他の戦力」を不保持
13条「戦を宣し和を講し」 対外戦争行為の削除 9条2項後段「国の交戦権」を否認
 
20条 日本臣民は法律の定むる所に従ひ兵役の義務を有す 兵役の削除 18条 何人も、いかなる奴隷的拘束も受けない。又、犯罪に因る処罰の場合を除いては、その意に反する苦役に服させられない
31条 本章(注:第2章 臣民権利義務)に掲けたる条規は戦時又は国家事変の場合に於て天皇大権の施行を妨くることなし

侵害可能な

人権観を削除

11条 国民は、すべての基本的人権の享有を妨げられない。この憲法が国民に保障する基本的人権は、侵すことのできない永久の権利として、現在及び将来の国民に与へられる。
32条 本章(注:第2章 臣民権利義務)に掲けたる条規は陸海軍の法令又は紀律に牴触せさるものに限り軍人に準行す 軍人の削除 (66条2項 内閣総理大臣その他の国務大臣は、文民でなければならない。)

 

 

 大日本帝国憲法において天皇が有していた軍事権限は、現行憲法では削除されている。また、天皇は「国政に関する権能を有しない。(4条)」とされた。主権(最高決定権)も天皇から国民へと移ったことで、天皇主権から国民主権へと変わった。

 国の『権限』の正当性は、国民からの「厳粛な信託(前文)」という国民主権原理の流れから生み出されることとなったのである。

 

前文(抜粋)
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そもそも国政は、国民の厳粛な信託によるものであつて、その権威は国民に由来し、その権力は国民の代表者がこれを行使し、その福利は国民がこれを享受する。これは人類普遍の原理であり、この憲法は、かかる原理に基くものである。われらは、これに反する一切の憲法、法令及び詔勅を排除する。
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 これにより、日本国憲法では国家の権力作用を、41条の国会の『立法権』、76条の裁判所の『司法権』、65条の内閣の『行政権』※の三権のみとした。

 ※『行政権』(控除説:国家作用から立法権と司法権を除いた残りの部分。地方自治は行政に属するのか議論がある。)


 (三権と言っても、憲法秩序を支持する者たちの頭の中に合意事としてのみ存在する概念上の権限のことである。実際には、その『権限』という概念上の合意事は、「国家に所属する者(公務員)」と人々に合意されている者たちによって行使されることとなる。この合意事としての『権限』に正当性があるかを問われているわけである。)

議員一覧 衆議院

衆議院議員一覧 Wikipedia

議員一覧 参議院
参議院議員一覧 Wikipedia


 

 注意したいのは、主権(最高決定権)を持つ憲法制定権力としての「日本国民」は、9条の規定によって、「国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使」を放棄し、「陸海空軍その他の戦力」を不保持とし、「国の交戦権」を否認したことである。これにより、それら三権についても、9条の規定が権限』を与えないことを示した部分についてはもともと授権されておらず、『権限』が発生していないのである。


 このことは、たとえ国際法上の「固有の権利(自然権とも)」と呼ばれる国家の『権利』を行使する場合においても、国民から信託を受けておらず授権されていない部分については、国は『権限』を有しないために行使できないことを意味する。

 

 国家(国家機関に所属する者)は、国民主権原理の過程によって正当性を裏付けられたこの範囲の『権限』しか行使することはできない。また、「組織」や「機関」を設置する場合においてもこの範囲の『権限』を行使するためのものに限られるのである。 

 


 日本国憲法の「三権分立」と、明治憲法の「統帥権」に関する国会答弁を確認する。

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○政府委員(佐藤達夫君)
(略)
要するに今の国の作用というものを三つに分けるという、いわゆる三権分立の一般の分類を今の憲法においてとつておりますからして、こういう、即ち外敵を防ぐとかいうようなことが国の作用として許されておるという前提をとりますならば、その作用は立法にあらず、司法にあらず、それは行政の作用であろうということが言い得ると思います。それが一体許されておるかどうかという問題に触れなければなりませんが、これは非常に現実具体的な形では今まで出ませんでしたが、例えばこの憲法ができます際の帝国議会の審議の際において、この憲法は一体無抵抗主義であるのかという御質問が貴族院でありました場合に、決して無抵抗主義ではございませんということを言つておるわけであります。外敵に対して一応許された範囲においての抵抗というものはあり得ることを前提としておりますと答えておるわけでございますからして、できたときの趣旨から言つても、そういうことはあり得るという前提で参つておりますからして、そういうことは今の三つの権力に分けて分類すれば、行政権であろうということが言えると思うのです。ただ、憲法が違つた形でできておつて、仮にいわゆる四権の一つとしての統帥権というものを憲法が作れば、これは憲法を作るその政策の問題としては考え得られますけれども、とにかく三権ということで行つております以上は、その実体は行政権であり、行政作用であろうということであります。従いましてその点は木村大臣の答えた通りであると考えております。
……………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………
○政府委員(佐藤達夫君)

(略)

今の行政権についてのお言葉でございますが、この問題はもう少し掘下げて考えてみますというと、一応は私は国を守る作用ということは、結局今の内乱が起つた場合に、その内乱を抑える、それを防ぐというような作用というものとは、根本性質は同じものであろうと思いますからして、これをよそから眺めた場合には、要するに立法権でないことは明瞭、司法権でないことは明瞭ということで、一応行政権でございますと答えておるわけでございます。この限りにおいては、その本質をつかまえて言えば、行政作用であることはどうも誤まりないように思います。ただ、今の掘下げてと申しますのは、その行政作用と一応考えましたところで、その行政作用を受持つ機関或いはその関係の補助をする機関というものを考えます場合に、恐らくそれを先生はお考えになつておるものと思いますが、いわゆる統帥権の独立という考え方がそこに来るわけであります。統帥権の独立ということを強く持つて参りますというと、昔の憲法のように天皇が直接それを握られて、そうしてその補佐機関というものは内閣とは又全然違つたものが、独立のものが補佐に当つている。そうして内閣もその関係では責任は負いません、或いは議会もその関係に口ばしを入れることは許されないという形のものができ得るわけであります。そういう形のものは今の憲法ではこれは当然許されないことでありますが、仮に憲法を改めるということになれば、それは純理論として申しますれば、もとの明治憲法の例もございますからして、そういう形も観念上の問題としてはとり得ることにこれは勿論なるわけであります。ところが結局は今度は今の憲法の精神というものから、或いはそれを延長して行つたこの先々の我々の考え方として、そういうことがいいことか悪いことかということが一般の世論によつて批判されなければならないことになろうと思うわけでありまして、その意味ではこの民主主義という原則を打立てて今後も行くということでありますれば、国会も口ばしを入れられないというような形の統帥権の独立というものは、恐らく大多数の国民は望まないであろうと思います。むしろそういう統帥権のできることを恐れるほうの側の気持が強く働くであろう。従つて一つの憲法改正の際の論点としては、御承知のように昔の明治憲法では天皇は陸海軍を統帥するとあつて、実はそれが統帥権の独立を意味するものかどうか、文章の上では決してはつきりしておりません。少くとも普通の天皇の大権として内閣の輔弼事項であるがごとき形になつておつたのでありますが、それにもかかわらず明治憲法制定の当初からすでに統帥権の独立ということが既定の事実のようになつておつて、内閣すらも口ばしをいれられんものとしてずつと育られて来て、ああいう間違いのもとになつたという、むしろそちらのほうの過去を反省した考え方から、新憲法を、今度の憲法を仮に改正するという場合におきましても、むしろそういう意味の誤解のないような形に規定をはつきりしておきたいという気持が、むしろ国民の側としては強く働くのではないか。即ちそういうような統帥権の独立というものはむしろないのだということをはつきりさせる方向へ条文を明らかに持つて行こうというような気持が恐らく出て来るのではないか。これは単純な推理の、予想の問題でございますけれども、そういうように考えられるのでざいます。
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第019回国会 法務委員会 第35号 昭和29年5月13日




<理解の補強>

軍事権を日本国政府に付与するか否かは、国民が憲法を通じて決める 木村草太『集団的自衛権はなぜ違憲なのか』から 2015.08.26

なぜ憲法学者は「集団的自衛権」違憲説で一致するか? 

執政権の規律に関するおたずね 2015/06/29
「王殺し」と四権分立 2015/06/23

 



規定の整合的な解釈


 日本国憲法は、国民主権原理を採用しており、日本国の統治権は国民主権原理の過程を経ることによって発生する。そのことは、前文に記載された「そもそも国政は、国民の厳粛な信託によるものであつて、その権威は国民に由来し、その権力は国民の代表者がこれを行使し、その福利は国民がこれを享受する。これは人類普遍の原理であり、この憲法は、かかる原理に基づくものである。」との文言からも読み取ることができる。


 ただ、9条に記された「日本国民」は、「戦争」や「武力の行使」などに関する統治権の『権限』の一部を放棄し、保持せず、認めていない。これにより、憲法制定権力である「日本国民」が
日本国憲法を制定し、「厳粛な信託(前文)」(権力的契機・正当性の契機)の過程を通して統治権(国家権力)を構成する際、日本国の統治機関は「戦争」や「武力の行使」などに関する統治権の『権限』の一部を与えられていない。国民主権原理の過程によって授権されていない『権限』は、国家の統治権としてもともと発生していないのである。


 「戦争」や「武力の行使」の禁止について、他国との関係の間で条約を締結することによって違法化するという手法に頼るのではなく、主権者の国民が自国の憲法上で自ら放棄することによって、国家の統治権にもともと『権限』を与えていないのである。これが日本国憲法の三大原理の一つである「平和主義」の理念が具体化されている部分である。



 このような前提の中、9条の解釈はいくつかのバリエーションがある。

 詳しくは、Wikipediaで確認。

日本国憲法第9条(第9条の解釈上の問題) Wikipedia



 


 9条解釈を行うにあたってポイントとなるものは、前文、9条、13条、41条、65条の関係である。


 なぜならば、これらの規定が憲法の体系の中でどこに配置されているのかを理解して整合的な解釈を行うことによって、実力組織(自衛隊)の目的や権限、組織の実体、活動根拠、それらの制限を受ける範囲を正確に描き出すことができるからである。



〇 前文は、法規範性はあるが、裁判規範性はないとされている(通説)。ただ、「条文解釈の方針」となる。 
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〔前文 (抜粋)〕 
われらは、全世界の国民が、ひとしく恐怖と欠乏から免かれ、平和のうちに生存する権利を有することを確認する。
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〇 9条は、武力の行使を実効する際や、武力組織を保有する際の「限度」を定めている。
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〔戦争の放棄と戦力及び交戦権の否認〕 
9条 日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。
2 前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない。
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〇 13条は、行政機関(武力組織を含む)の行政権が行使される際の「目的」となる根拠を定めている。 
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〔個人の尊重と公共の福祉〕 
13条 すべて国民は、個人として尊重される。生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利については、公共の福祉に反しない限り、立法その他の国政の上で、最大の尊重を必要とする。
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〇 41条は、国会が行政権に事務を行わせるため立法権を行使して法律を立法する際の「手段」となる権限の根拠を定めている。 
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〔国会の地位〕 
41条 国会は、国権の最高機関であつて、国の唯一の立法機関である。
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〇 65条は、内閣が国会の立法した法律に従って行政権を行使して行政機関(武力組織を含む)を指揮監督する際の「手段」となる権限の根拠を定めている。 
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〔行政権の帰属〕 
65条 行政権は、内閣に属する。
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 日本国の統治機関は、9条によって、統治権が「戦争」や「武力の行使」を行う『権限』を行使したり、それを実行する組織を保持することは、国民から「厳粛な信託(前文)」を受けていない。


 もし、統治機関がそれらを国家の『権限』として行使した場合、それは国民主権原理によって正当性が裏付けられていないため違憲となる。一般に国民から授権されていないため、越権行為となるため、認められないのである。


 ただ、13条後段には「生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利については、公共の福祉に反しない限り、立法その他の国政の上で、最大の尊重を必要とする。」と定められている。国政を担う三権(立法権・行政権・司法権)は、それら「国民の権利」を実現する『権限』については、国民から信託を受けており、保障することを義務付けられている。


 この9条と13条の整合的な解釈によって、日本国の統治権は国民から信託を受けていない9条の範囲に踏み込んでしまうことがないように注意しながら、13条の「国民の権利」を守ることを目的(根拠)とした極めて抑制的な「自衛の措置」として「武力の行使」を行うことは許容されると解することができる。


 これにより、国会は「立法権(41条)」を行使して、9条2項の禁ずる軍事権限に当たらない範囲の実力組織(自衛のための必要最小限度の実力)を設置する法律(自衛隊法や海上保安庁法、警察法などの設置法)や、9条に抵触しない範囲の『権限』を定めた安全保障法制を立法することができる。

 また、内閣や行政機関も「行政権(65条)」を行使して、それらの法律の根拠に従って9条2項の禁ずる「陸海空軍その他の戦力」や軍事権限に抵触しない行政組織としての「自衛のための必要最小限度の実力」を保有(維持管理)し、9条1項の禁ずる「武力の行使」に抵触しない国内行政の範囲で具体的な「自衛の措置」として「自衛のための必要最小限度の実力(武力の行使)」を行使するなどの法律の執行が可能である。



 1972年(昭和47年)政府見解は、その範囲の規範(越権行為となるかならないかの限度)を政府が9条解釈を行うことによって導き出したものである。この政府解釈は、憲法上「武力の行使」が許容される範囲は、「わが国に対する急迫不正の侵害があること」の要件を満たす必要であることを示すものである。この範囲てあれば、国民からの信託を受けた国家行為として合憲と解することができるとするものである。


 この国内法上の評価として「9条に抵触しない範囲の行政権に基づいて行使される『自衛の措置』としての『自衛のための必要最小限度の実力行使(武力の行使)』」は、国際法上の違法性阻却事由の区分では基本的に「個別的自衛権の行使」と評価されるものである。



政府解釈の「自衛の措置」
 


 政府の「武力の行使」に関する9条解釈の基準を確認する。


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2.憲法第9条の趣旨についての政府見解
(2)憲法第9条のもとで許容される自衛の措置


 憲法第9条その文言からすると、国際関係における「武力の行使」を一切禁じているように見えますが、 憲法前文で確認している「国民の平和的生存権」 や 憲法第13条「生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利」国政の上で最大の尊重を必要とする旨定めている趣旨 を踏まえて考えると、憲法第9条が、わが国が自国の平和と安全を維持し、その存立を全うするために必要な自衛の措置を採ることを禁じているとは到底解されません

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憲法と自衛隊 防衛省・自衛隊




政府解釈の「実力組織」


 政府の9条2項の「戦力」に関する基準を確認する。

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2.憲法第9条の趣旨についての政府見解
(1)保持できる自衛力

 わが国が憲法上保持できる自衛力は自衛のための必要最小限度のものでなければならないと考えています。その具体的な限度は、その時々の国際情勢、軍事技術の水準その他の諸条件により変わり得る相対的な面があり、毎年度の予算などの審議を通じて国民の代表者である国会において判断されます。憲法第9条第2項で保持が禁止されている「戦力」にあたるか否かは、わが国が保持する全体の実力についての問題であって、自衛隊の個々の兵器の保有の可否は、それを保有することで、わが国の保持する実力の全体がこの限度を超えることとなるか否かにより決められます

 しかし、個々の兵器のうちでも、性能上専ら相手国国土の壊滅的な破壊のためにのみ用いられる、いわゆる攻撃的兵器を保有することは、直ちに自衛のための必要最小限度の範囲を超えることとなるため、いかなる場合にも許されません。たとえば、大陸間弾道ミサイル(ICBM:Intercontinental Ballistic Missile)、長距離戦略爆撃機、攻撃型空母の保有は許されないと考えています。

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憲法と自衛隊 防衛省・自衛隊
 




 9条の制約と13条の趣旨の関係を読み解く際、二つの読み方がある。

〇 もともと9条に抵触しない部分があるとする読み方

〇 9条に抵触するが、13条の趣旨より例外的に違法性を認定できない読み方


 である。


  【参考】自衛隊は「自衛のための最低限度の実力」  2018年1月25日
  【参考】もし「自衛権」を国民投票にかけたらどうなるか? 2017年7月19日

 




 上記の図は、①「9条に抵触しない範囲がもともとある」という考え方と、②「9条に抵触するが例外的に違法性を問えない」という考え方であるが、細かく考えると、9条1項の「武力の行使」については②であるが、9条2項の「戦力」については①というように、分けて考えることも考えられる。

 


 13条を援用しない説もある。

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 つまり、ここでも、わざわざ憲法13条の条文を援用するまでもないということになります。常識を備えた人なら、当然、9条の下でも個別的自衛権は行使できるという結論を了解できるだろうという話です。
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その2 表現の自由と公共の福祉 2017/1/20



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集団的自衛権「限定行使」の虚構  高見勝利

 (略)


   七 容認の切り札「幸福追求権」援用の破綻

 その上で、ここで改めて強調しておきたい点は、(ⅰ)砂川最判が憲法九条と前文を根拠としたのに対して、七二年見解(❶および七・一決定)は自衛のため必要な最小限度の「武力の行使」を正当化するための根拠として、両者に加えて憲法十三条の幸福追求権に言及していること、(ⅱ)同条援用のアイディアは佐藤達夫元内閣法制局長官の著作(『憲法講話〔改訂版〕』〔一九六〇、立花書房〕一七頁)にまで訴求すること、(ⅲ)その佐藤自身、同条を持ち出すと当該武力行使の範囲が限りなく拡大する恐れがあるとの危惧を表明していたということである(出稿「集団的自衛権行使容認論の非理非道」『世界』八六三号〔二〇一四年一二月号〕一八〇頁以下)。


 (略)


 七・一決定における幸福追求権の援用については、しかし、次の二つの理由から憲法論として無理がある。第一に、そもそも国民の幸福追求権を含む憲法上の「自由」とは、わが国家権力がこれを侵してはならない(国家からの自由)とするものであり、外敵からの「急迫不正の事態」に対処する「武力の行使」(自衛措置)はもとより、他国への武力攻撃を機とした「存立危機事態」に対して、わが国が「武力の行使」に訴えることをも憲法的に正当化するものでないことは、権利の性質上明らかだからである。憲法十三条の援用は、国家に対して国民の権利・自由の尊重を促す「立法その他の国政の上で、最大の尊重を必要とする」との文言について、外敵の攻撃に対し「国家」が国民の権利・自由を「保護すべし」と命じたものと敢えて曲解(ミスリード)したことによるものである。第二に、かりに百歩譲り上記・国家による国民の幸福追求権「保護義務」を憲法十三条から導き出し得たとしてても、当該保護はわが国の主権(統治権)が及ぶ領域等に限られているはずだからである(在外邦人保護は憲法上は「外交関係」の「処理」〔憲法七三条二号、外務省設置法四条九号〕。出稿「七・一閣議決定と国会の違憲審査機能」『法律時報』一八〇八号〔二〇一五年七月〕六七頁参照)。そもそもホルムズ海峡にまで、憲法一三条の保護は及びようがないのである。
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安保法制の何が問題か 単行本(ソフトカバー) – 2015/9/12 (P76~77) amazon


政府の9条解釈まとめ 

9条
政府解釈と読み方
違憲となるもの
1項 戦争
    【政府解釈】
 憲法第9条はその文言からすると、国際関係における「武力の行使」を一切禁じているように見えますが、憲法前文で確認している「国民の平和的生存権」や憲法第13条が「生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利」は国政の上で最大の尊重を必要とする旨定めている趣旨を踏まえて考えると、憲法第9条が、わが国が自国の平和と安全を維持し、その存立を全うするために必要な自衛の措置を採ることを禁じているとは到底解されません。一方、この自衛の措置は、あくまで外国の武力攻撃によって国民の生命、自由および幸福追求の権利が根底から覆されるという急迫、不正の事態に対処し、国民のこれらの権利を守るためのやむを得ない措置として初めて容認されるものであり、そのための必要最小限度の「武力の行使」は許容されます。

    読み方
読み方 限定された状況下(三要件などの基準設定が必要)の9条に抵触しない範囲がある。

読み方 9条には抵触するが、限定された状況下(三要件などの基準設定が必要)で、例外的に違憲性を認定できない。
・先制攻撃は違憲
・「武力の行使」の発動要件について曖昧不明確な基準を設定することは、9条の規範性を損なうため違憲
・「武力の行使」の程度・態様が必要最小限度を越える場合は違憲
・前文と13条の趣旨に当てはまらない「武力の行使」は違憲
(例:他国防衛・集団的自衛権)
・13条の拡大適用による「武力の行使」は違憲
・『自国都合』の「武力の行使」は違憲
武力による威嚇又は武力の行使
2項前段 陸海空軍その他の戦力

  

    【政府解釈】

 わが国が憲法上保持できる自衛力は、自衛のための必要最小限度のものでなければならないと考えています。その具体的な限度は、その時々の国際情勢、軍事技術の水準その他の諸条件により変わり得る相対的な面があり、毎年度の予算などの審議を通じて国民の代表者である国会において判断されます。憲法第9条第2項で保持が禁止されている「戦力」にあたるか否かは、わが国が保持する全体の実力についての問題であって、自衛隊の個々の兵器の保有の可否は、それを保有することで、わが国の保持する実力の全体この限度を超えることとなるか否かにより決められます。

 


    読み方
読み方①
 実力組織が「武力の行使」をしても、しなくても、「陸海空軍その他の戦力」に当たらない範囲がある。


読み方 実力組織が「武力の行使」をしていない場合には「陸海空軍その他の戦力」に当たらない。しかし、「武力の行使」をした場合、「陸海空軍その他の戦力」に抵触する。ただ、
その「武力の行使」が1項の禁じられた範囲を例外的に解除する前文や13条の趣旨を踏まえた措置であれば、同じく前文や13条の趣旨により「陸海空軍その他の戦力」による違憲性を認定できない。

・実力組織やその権限が軍事権に該当すれば違憲


・保持する実力の全体が、「自衛のための必要最小限度」を超えると違憲


・前文や13条で根拠付けることのできない武力の行使」をした場合は、1項で違憲となるのみならず、その「武力の行使」をする組織の実態も2項の「戦力」に該当するため違憲

2項後段 交戦権
    【政府解釈】
 交戦権とは、戦いを交える権利という意味ではなく、交戦国が国際法上有する種々の権利の総称であって、相手国兵力の殺傷と破壊、相手国の領土の占領などの権能を含むものです。一方、自衛権の行使にあたっては、わが国を防衛するため必要最小限度の実力を行使することは当然のこととして認められており、たとえば、わが国が自衛権の行使として相手国兵力の殺傷と破壊を行う場合、外見上は同じ殺傷と破壊であっても、それは交戦権の行使とは別の観念のものです。ただし、相手国の領土の占領などは、自衛のための必要最小限度を超えるものと考えられるので、認められません。

    読み方
 「自衛のための必要最小限度」の「武力の行使」であれば、「交戦権」の文言に直接該当して違憲となることはない。

・相手国の領土の占領などは違憲

・「自衛のための必要最小限度」の「武力の行使」を超える場合は違憲

憲法と自衛隊 防衛省・自衛隊



自衛のための必要最小限度」とは三要件(旧)に対応するものであった。

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「武力の行使」の旧三要件


〇 我が国に対する急迫不正の侵害があること

〇 これを排除するために他の適当な手段がないこと
〇 必要最小限度の実力行使にとどまるべきこと

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 政府は、日本国の統治権の『権限(power)』によって「自衛のための必要最小限度の実力(旧三要件に基づく『武力の行使』)」を行使することを、国際法上の違法性阻却事由の『権利(right)』の区分から見た評価として「自衛権の行使」と表現している。
 ただ、日本国は「自衛権」を行使する、つまり「武力の行使」を行う際も「自衛のための必要最小限度の実力」の範囲に限られることから、他国の行使し得る「自衛権」の幅よりも狭い範囲、つまり「武力の行使」の発動要件や程度・態様が狭い範囲に限られることとなる。


 自衛のための必要最小限度の実力(わが国を防衛するため必要最小限度の実力)」の範囲に限られた他国の行使し得る幅よりも狭い自衛権」の行使は、「交戦権」には抵触しないと説明されている。





 



2014年7月1日閣議決定による解釈変更


 2014年7月1日閣議決定にて解釈変更される前の従来の三要件

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「武力の行使」の旧三要件


〇 我が国に対する急迫不正の侵害があること

〇 これを排除するために他の適当な手段がないこと
〇 必要最小限度の実力行使にとどまるべきこと

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武力の行使の「新三要件」 Wikipedia

【魚拓】防衛省・自衛隊:憲法と自衛権

防衛省が突然『集団的自衛権は違憲』記載を削除→完全復元してみた 2014年7月7日

↓  ↓  ↓  ↓  ↓  ↓  ↓  ↓  ↓  ↓

 2014年7月1日閣議決定にて解釈変更された後の三要件


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「武力の行使」の新三要件

◯ わが国に対する武力攻撃が発生したこと、またはわが国と密接な関係にある他国に対する武力攻撃が発生し、これによりわが国の存立が脅かされ、国民の生命、自由および幸福追求の権利が根底から覆される明白な危険があること
◯ これを排除し、わが国の存立を全うし、国民を守るために他に適当な手段がないこと
◯ 必要最小限度の実力行使にとどまるべきこと

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憲法と自衛権



③ 違憲審査




違憲審査の対象

 違憲の対象となっている具体的な「存立危機事態」の要件を示す。



〇 行政権を持つ「内閣」の『閣議決定』
 
 2014年7月1日閣議決定で追加された「存立危機事態」の要件


憲法と自衛権
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【憲法第9条のもとで許容される自衛の措置としての「武力の行使」の新三要件】


◯ わが国に対する武力攻撃が発生したこと、またはわが国と密接な関係にある他国に対する武力攻撃が発生し、これによりわが国の存立が脅かされ、国民の生命、自由および幸福追求の権利が根底から覆される明白な危険があること
◯ これを排除し、わが国の存立を全うし、国民を守るために他に適当な手段がないこと
◯ 必要最小限度の実力行使にとどまるべきこと
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〇 立法権を持つ「国会」の成立させた『法律』


 自衛隊法などの法律に定められた「存立危機事態」の条項など


自衛隊法
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第六章 自衛隊の行動


(防衛出動)
第76条 内閣総理大臣は、次に掲げる事態に際して、我が国を防衛するため必要があると認める場合には、自衛隊の全部又は一部の出動を命ずることができる。この場合においては、武力攻撃事態等及び存立危機事態における我が国の平和と独立並びに国及び国民の安全の確保に関する法律(平成十五年法律第七十九号)第九条の定めるところにより、国会の承認を得なければならない。

一 我が国に対する外部からの武力攻撃が発生した事態又は我が国に対する外部からの武力攻撃が発生する明白な危険が切迫していると認められるに至つた事態

二 我が国と密接な関係にある他国に対する武力攻撃が発生し、これにより我が国の存立が脅かされ、国民の生命、自由及び幸福追求の権利が根底から覆される明白な危険がある事態

2 内閣総理大臣は、出動の必要がなくなつたときは、直ちに、自衛隊の撤収を命じなければならない。
……………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………

第七章 自衛隊の権限

(防衛出動時の武力行使)

第88条 第76条第1項の規定により出動を命ぜられた自衛隊は、わが国を防衛するため、必要な武力を行使することができる。

2 前項の武力行使に際しては、国際の法規及び慣例によるべき場合にあつてはこれを遵守し、かつ、事態に応じ合理的に必要と判断される限度をこえてはならないものとする。
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<理解の補強>


<第3回>武力行使に歯止めなし 新3要件は法律に明記がない 倉持麟太郎 2015年8月13日

政府の説明に即した法文案 水上貴央 2015.09.16 PDF
限定的な集団的自衛権の行使のための法整備 - 事態対処法制の改正 - 参議院 外交防衛委員会調査室 PDF



 下図で、三権分立の仕組みを意識しながら確認する。
 







9条解釈の分類と「存立危機事態」の違憲性

 「存立危機事態」の違憲審査を実施する際は、9条解釈のバリエーションの各方面、つまり、それぞれの解釈ルートから違憲となる旨を具体的に明らかにしていく必要がある。

 また、9条解釈の作法(解釈方法)に関する違憲審査も行う必要がある。


   【9条解釈のそれぞれのルートからの違憲審査】

〇 1項武力行使全面放棄説(+2項全面放棄説)

〇 1項武力行使限定放棄説+2項全面放棄説
  > 自衛力否定説

  > 自衛力肯定説

    ・ 9条の一般放棄に対する13条の「国民の権利」の例外からのアプローチ

    ・ 政府解釈からのアプローチ(1972年(昭和47年)政府見解+政府答弁等)

    ・ 13条を持ち出すまでもなく当然説からのアプローチ

〇 1項武力行使限定放棄説+2項限定放棄説(芦田修正説)


   【9条解釈の作法(解釈方法)からの違憲審査】

〇 規範性を有しない要件であることからのアプローチ
〇 曖昧不明確な要件であることからのアプローチ

〇 「適正手続きの保障」の観点からのアプローチ

など



 「存立危機事態」に基づく「武力の行使」は、これら9条解釈のバリエーションの全ルートから違憲となる。

「戦争」

「武力による威嚇又は武力の行使」

戦力 9条全体の解釈 可能とする根拠 「集団的自衛権」に基づく「存立危機事態」での「武力の行使」
一項全面放棄説 二項全面放棄説 「戦争」や「武力による威嚇又は武力の行使」、「戦力」の保持は不可能。(全面放棄説) 〇 刑法上の「正当防衛」に基づく実力行使は可能。 〇 刑法上の「正当防衛」に基づく実力行使の範囲を超えることから違憲。
一項限定放棄説

 

戦力」の保持、「戦力」による「戦争」や「武力による威嚇又は武力の行使」は不可能。(遂行不能説)(広義の限定放棄説=1項における限定放棄説)

  

政府は「戦力」に当たらない「自衛力」による「武力の行使」は可能と解している。

〇 13条の「国民の権利」の趣旨より例外的に可能。

〇 1972年(昭和47年)政府見解により可能。

〇 13条を持ち出さなくても9条に抵触しない範囲を枠づける明確な規範性を設定すれば当然可能。

〇 13条の「国民の権利」の趣旨に適合しないため違憲。

〇 曖昧不明確な要件であるため違憲。

〇 規範性を損なっているため違憲。

〇 1項が不戦条約と同様の趣旨であることから違憲。

〇 「先に攻撃」を行うものであることから違憲。

二項限定放棄説 1項で放棄していない「戦争」や「武力による威嚇又は武力の行使」を行うための「戦力」の保持が可能。(狭義の限定放棄説)(芦田修正説) 〇 「戦力」による1項で放棄していない「戦争」や「武力による威嚇又は武力の行使」が可能。

〇 1項が不戦条約と同様の趣旨であることから違憲。

〇 「先に攻撃」を行うものであることから違憲。


 9条解釈のどの分類から見ても、「存立危機事態」に基づく「武力の行使」や、国際法上の「集団的自衛権」に基づく「武力の行使」は違憲となる。

 





1項全面放棄説(+2項全面放棄説)からのアプローチ


 「武力行使全面放棄説」では、「武力の行使」を行うことができないため、刑法上の「正当防衛」に基づく「実力行使」に限られる。「正当防衛」の要件である刑法36条の「急迫不正の侵害に対して、自己又は他人の権利を防衛するため、やむを得ずにした行為は、罰しない。」の範囲の「実力行使」を超えたならば、それ以上は刑法に抵触して罰せられる対象となるし、9条の禁じる「武力の行使」に該当して違憲となると考えるものである。

 この違憲審査基準によれば、旧三要件に基づく「武力の行使(実力行使)」は、刑法上の「正当防衛」の要件と実質的に異ならないものであったため、合憲と解する余地がある。


 しかし、「存立危機事態」の要件は、刑法36条の「正当防衛」に基づく実力行使とは言えず、9条の禁じる「武力の行使」となり、違憲となる。




1項限定放棄説+2項全面放棄説(自衛力否定説)からのアプローチ

 1項は「国際紛争を解決する手段として」の「武力の行使」のみを限定的に放棄したが、2項によって「陸海空軍その他の戦力」が全面的に禁じられる結果、結局「武力の行使」も行うことができないとする説である。この場合、「自衛力否定説」と「自衛力肯定説」に分かれるが、「自衛力否定説」を採る場合、上記の「1項全面放棄説(+2項全面放棄説)」と同じ結論に至る。

 




1項限定放棄説+2項全面放棄説(自衛力肯定説)からのアプローチ



9条と13条の関係からのアプローチ(作成中)

 

 日本国憲法は大日本帝国憲法に存在した軍事権限をカテゴリカルに消去し、さらに加えて9条によって軍事権限を否定することで、一般に「武力の行使」を禁じているように見える形をとっている。憲法中にこの9条の制約を解除する根拠となる規定を見つけることができるならば、その趣旨に沿う形で例外的に「武力の行使」が可能であると解することができる。この観点から、13条の「生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利」を「立法その他の国政の上で、最大の尊重を必要とする」の規定を根拠とし、この「国民の権利」を守るための例外的な「武力の行使」が可能となると考える。


 しかし、『他国防衛』や「他国民の権利」を保護するために行う「武力の行使」は、この13条の「国民の権利」の文言にあてはめることができない。9条の制約の例外性を根拠付けることができない中で「武力の行使」を行うことは、正当化することができず、9条に抵触して違憲となる。

 これにより、日本国の統治権の『権限』において『他国防衛』のための「武力の行使」をすることは違憲となり、行うことはできない。


 「集団的自衛権」に該当する「武力の行使」は、国際法上は正当性を主張することができるため、国際法上では違法性が阻却され、責任を問われない。しかし、「集団的自衛権の行使」とは、自国が武力攻撃を受けていない段階、つまり、「自国に対する武力攻撃」が発生していない中で「武力の行使」を行うものである。

 これは、「集団的"自衛権"」と言いながらも、本質的には『他国防衛』のための「他衛権」である。

 日本国は『他国防衛』のための「武力の行使」を行うことが違憲となることから、国際法上の評価でいう「集団的自衛権の行使」は行うことができない。


 また、国連憲章2条4項の「武力不行使の原則」に対して国連憲章51条の「集団的自衛権」という違法性阻却事由となる『権利』を得るためには、「他国からの要請」が必要である。これにより、「集団的自衛権の行使」とは、「他国からの要請」に応じる形で『権利』を取得するものであるから、実質的には武力攻撃を受けて「要請」を行ったその他国や他国民を防衛する(守る)ために「武力の行使」を行うものである。つまり、『他国防衛』のための「武力の行使」である。

 この『他国防衛』や『他国民の権利』を保障するために日本国の統治権の『権限』を行使することは、13条の「国民の権利」という目的(根拠)には適合しない。

 このことは、9条の制約の例外として「国民の権利(13条)」を保障する目的を達成する限りで許容される行政権(防衛行政)としての「武力の行使」の範囲を超え、9条に抵触して違憲となる。

 

 このことから、日本国の統治権の『権限』によって、国際法上の「集団的自衛権」にあたる「武力の行使」を行うことは違憲となり、行使することはできない。



 「存立危機事態での武力の行使」についても、国際法上の「集団的自衛権」の区分に該当する「武力の行使」である。このことは、実質的に『他国防衛』や「他国民の権利」を守るための「武力の行使」が含まれることを意味するため、13条の「国民の権利」によって正当化することができる範囲を超えることから、9条に抵触して違憲となる。

 



   【『他国防衛』を「自国民の権利」と考えることは可能か】

 9条の制約の下でも13条の「国民の権利」の保障という目的達成に限った例外的な「武力の行使」が可能であると考えた場合、『他国防衛』や「他国民の権利」を保護するための「武力の行使」を行うことが、結果として、13条の「国民の権利」の実現に繋がるとする主張が考えられる。

 しかし、9条は「国民の権利(13条)」の実現や「自国民の利益」の追求などを理由として政府が自国都合の恣意的な判断によって「武力の行使」に踏み切ることを制約するために設けられた規定である。

 『他国防衛』や「他国民の権利」を守ることが13条の「国民の権利」に繋がることを理由として「武力の行使」を可能とする考えは、13条の「国民の権利」の趣旨を拡大適用することとなり、「自国民の権利」の実現や「自国民の利益」の追求を理由として行われる自国都合による「武力の行使」を防ごうとする9条の制約の規範性を損なうものである。

 また、9条の規範性を損なわせたり、自国都合の「武力の行使」の意図が入り込む余地のある解釈を採用することは、前文にて平和主義の理念を示し、「全世界の国民が、ひとしく恐怖と欠乏から免かれ、平和のうちに生存する権利を有することを確認」している趣旨からは導かれないものである。

 このような13条の「国民の権利」を拡大適用する考え方に基づく論理は、9条の規範性を損ない、9条の規定が存在する意義そのものを損なうことになるため、憲法解釈として妥当性を有しない。

 このことから、13条の「国民の権利」の文言を根拠として、『他国防衛』や「他国民の権利」を保護するための「武力の行使」を可能とする主張は、正当化することはできず、9条に抵触して違憲となる。。

 


   【『自国防衛』の「武力の行使」であれば必ず許されるのか】

 政府は「存立危機事態での武力の行使」について、 『他国防衛』のための「武力の行使」ではなく、「他国に対する武力攻撃」を起因として「自国の存立」や「自国民の権利」を守るための「武力の行使」であると説明し、違憲性の追求を回避しようと試みている。


 しかし、9条はそのような「自国の存立」や「国民の権利」の危機などを理由として政府(統治権)が対外的に「武力の行使」に踏み切ることを禁じるために設けられた規定である。「武力の行使」を原則禁止する形で制約をかけ、政府が「自国民の利益」を追求することによって「国際紛争を解決する手段として」の「武力の行使」を引き起こしてしまうことを防ぐところに意図があるのである。


 その9条の制約の下でも13条の「国民の権利」を保障する趣旨を根拠として極めて限定された例外的な状況下において、「自国の国民」を保護するために例外的に「武力の行使」を正当化できる部分があると考えるとしても、

⇒ その「武力の行使」は9条の規範が「武力の行使」を一般に禁止することによって政府の行為を制約しようとする意図が生かされる合理的な基準となるものが存在することが必要となる。

9条の趣旨を損なわせることがない形での極めて限定された範囲として例外性の限度の画される(枠づけられていることを示す)明白な基準が必要となる。
 ⇒ 例外性の限定された限度の範囲は、明確に確定できる基準であることが求められる。


 なぜならば、9条の意図の実効性が保たれるための歯止めは、9条に示された文言に頼るしか他になく、政府の行為を制約しようとする趣旨が生かされない要件を設定することは、9条の規範性を損なわせ、9条に抵触すると考えなければ9条の規定の存在を無視したことになるからである。

 政府の行為を制約しようとする趣旨が生かされない要件を設定する場合、9条の趣旨を逸脱し、憲法解釈として妥当性を失うこととなる。 


 「武力の行使」の発動要件を「自国に対する武力攻撃」という基準に設定することは、事態の『性質』面において客観的に明確な判断基準を設定たものであり、例外性を審査するにあたって受動性や客観性が存在することから法的に明確な一線を有している。これは、9条が政府の行為を制約しようとするこれらの意図を生かされる意味で合理性を認めることができる。


 これは、9条の制約に対して13条の「国民の権利」という根拠により例外的な「武力の行使」が持ち出されるとしても、政府の行為を制約することのできる明確な一線を有する基準が存在するため、「自国民の利益」のために政府が対外的な「武力の行使」に踏み切ることを禁じている9条の趣旨が生かされており、違憲性ではないと見る余地がある。


 1972年(昭和47年)政府見解においても、「我が国に対する急迫不正の侵害があること(我が国に対する武力攻撃が発生したこと)」という要件を設定している。


 しかし、「武力の行使」の発動要件の「存立危機事態」については、「我が国と密接な関係にある他国に対する武力攻撃が発生し、これにより我が国の存立が脅かされ、国民の生命、自由及び幸福追求の権利が根底から覆される明白な危険がある事態」というものである。

 

〇 「国民の生命、自由及び幸福追求の権利」という目的自体は、13条の「国民の権利」の趣旨そのものには該当する。しかし、「武力の行使」を可能とする正当化根拠を13条の「国民の権利」の実現のみに置くことは、「自国民の利益」を追求する目的で政府が無制限の「武力の行使」や「侵略戦争」始める道を開いてしまうため、9条が政府の行為を制約する趣旨から求められる規範性を満たす基準となっているとは言えない。

 ここに法規範として例外性を画することのできる基準となるものは存在せず、9条の趣旨から「武力の行使」の発動を「必要最小限度」に留めようとする趣旨を満たすことができない。


〇 「我が国の存立が脅かされ、国民の生命、自由及び幸福追求の権利が根底から覆される明白な危険がある」の要件についても、法的に明確な一線を有しない曖昧不明確な判断基準を設定したものである。これは、実質的にはその要件に該当するか否かそのものを政治判断に託すこととなるものである。

〇 「他国に対する武力攻撃」が発生した時点で、9条の規範性の障壁を通過したと見なし(9条の規範性が緩められ)、その「他国に対する武力攻撃」が「我が国の存立」や「国民の生命、自由及び幸福追求の権利」に影響を与えているか否かを政府の主観的な判断に委ねることで「武力の行使」の可否が決せられるとするものである。

〇 「我が国と密接な関係にある他国に対する武力攻撃が発生し、」と、「我が国の存立が脅かされ、国民の生命、自由及び幸福追求の権利が根底から覆される明白な危険がある事態」の間を『これにより』の文言で繋いでいるが、『これにより』その事態が発生したかどうかの因果関係の有無を認定することには、客観的な基準となるものが存在せず、曖昧不明確である。これでは、相当因果関係が十分に認められない中で、政府が自国都合による「武力の行使」に踏み切ることを制約することができておらず、規範としては意味を為さず、9条の趣旨を満たさないものである。



 このように、
「存立危機事態」の要件は、「武力の行使」の発動要件について限度を画する(限界付ける)ことのできる事態の『性質』面に着目した基準を設定するものではなく、政治的な決定を前提とした事態の『数量』面に着目した基準を設定したものとなっている。

 これは、政府が事態の『数量』面に着目して「武力の行使」の可否を決することができるものとなっているのである。


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 事態の『性質』面に着目した判断基準

政府の行為に対して法的な限度を画する(限界付ける)ことができる

⇒ 9条が政府の行為を制約する趣旨が生かされている


◇ 事態の『数量』面に着目した判断基準

政府の行為に対して法的な限度を画する(限界付ける)ことができない政治的な決定を前提としたもの

 9条が政府の行為を制約する趣旨が生かされていない

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 これは結局、政府の主観的な判断に頼るものであり、その時々の政治的な都合や国際関係などを勘案した政府の政治判断によって「自国民の権利(13条)」の実現や「自国民の利益」を追求するための対外的な「武力の行使」に踏み切ることが可能となるものである。

 「我が国の存立が脅かされ、国民の生命、自由及び幸福追求の権利が根底から覆される明白な危険がある事態」という要件が存在していたとしても、実質は「他国に対する武力攻撃」が発生したことを理由として(起因として)、「自国民の権利(13条)」を実現するための「武力の行使」である。

 憲法とは、このような政治的な思惑などによって政府の恣意的な権力行使(国家の作用)を禁止することを目的としてつくられた法の枠組みである。
 その憲法規定としてのバックグラウンドを持っている9条の規定には、「自国民の利益」を実現しようとする政治的な思惑によって対外的な「武力の行使」に踏み切ろうとすることを禁じる趣旨のものであると解される。

> ここには、9条が政府の行為を制約する趣旨を逸脱しないことを示す極めて限定された範囲の限度を画ることのできる明確な法規範としての基準が設定されていない。

> 9条の規範性を保つことができないものである。

> 9条が政府の行為を制約する規範として意味を為さないものとなってしまう。

> 政府の恣意性の入る余地のない規範が存在していない。

> これでは、「武力の行使」が行われる判断において政府の恣意に流れることを防ぐことができない。

> 9条の規範が存在している事実を骨抜きとし、法解釈としての妥当性を有しないものである。

 

 これは、9条が「自国民の利益」の実現などを理由として政府が対外的な「武力の行使」に踏み切ることが可能となることを禁じる趣旨に反し、9条が国家(国政)の権限の範囲を法的に制約することを意図して憲法規定として設けられている意味を踏み越えるものである。


 9条の制約の下でも13条の「国民の権利」の趣旨により例外的に「武力の行使」を正当化する解釈の枠組みからは逸脱する。

 
 政府の恣意的な判断の入る余地のない基準によって限度を画することができていない中で行われる「武力の行使」は、9条が政府の恣意的な判断による「武力の行使」が行われることを制約している趣旨から求められる規範性を損なったものということができ、9条に抵触して違憲となる。

 よって、「存立危機事態での武力の行使」は9条に抵触して違憲となる。


 

  9条に抵触するということは、9条の「日本国民」が放棄し、不保持とし、認めない『権力・権限・権能』に該当するということである。このことは、主権者である「日本国民」から「厳粛な信託(前文)」を受けるという過程を経ていないことを意味し、憲法の枠組みによって成立している日本国の統治権に対しては授権されていない。これにより、「存立危機事態での武力の行使」は、授権された『権限』の範囲を越えるため、正当性を有しない違法な「武力の行使」となるのである。

 


<理解の補強>

 

第1章 平和安全法制における法的事態とその認定について PDF

 

 



 「存立危機事態」の要件に含まれている「国民の生命、自由及び幸福追求の権利」それ自体を実現することは国政において重要なことである。このことは、9条の制約の下でも13条の「生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利」の趣旨を根拠に、「自衛の措置」として例外的に「武力の行使」を許容し、それを行使するための実力組織(自衛隊など)を保有する根拠にもなっている。


 しかし、「国民の生命、自由及び幸福追求の権利」を実現する目的であっても、違法な「武力の行使」となる場合が存在する。



 一つ目に、① 「我が国」や「我が国と密接な関係にある他国」に対する武力攻撃の発生していない段階での「国民の生命、自由及び幸福追求の権利」の実現を目的とした「武力の行使」は、9条1項の禁ずる「国際紛争を解決する手段として」の「武力の行使」であり、違憲である。

 国際法上も、不戦条約や国連憲章2条4項の「武力不行使の原則」の下では先制攻撃となるため、違法である。


 ただ、「存立危機事態」については、「我が国と密接な関係にある他国に対する武力攻撃が発生」することを要件としているため、この事例には該当しない。


 二つ目に、② 「我が国と密接な関係にある他国に対する武力攻撃が発生」した場合でも、その他国からの「集団的自衛権」を発動する要請がない段階での「武力の行使」は、9条1項の禁ずる「国際紛争を解決する手段として」の「武力の行使」に該当し、違憲となる。

 たとえ、「我が国の存立が脅かされ、国民の生命、自由及び幸福追求の権利が根底から覆される明白な危険がある」状況があるとしても、「我が国に対する急迫不正があること(我が国に対する武力攻撃が発生したこと」を満たさない段階で、『他国からの要請』がないにもかかわらず「武力の行使」をすることは、完全な自国都合での「武力の行使」となり、9条の趣旨に抵触するからである。9条はまさにこのような「武力の行使」を禁じたものである。

 国際法上も「集団的自衛権」の区分に該当しないため、先制攻撃となり、違法である。



 三つ目に③ 「我が国と密接な関係にある他国に対する武力攻撃が発生」した場合で、その他国からの「集団的自衛権」を発動する要請があった場合での「武力の行使」は、その他国民を防衛することを目的とする「武力の行使」ということになる。

 そのため、9条の制約の下でも13条の「生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利」の趣旨を根拠として例外的に「自衛の措置」としての「武力の行使」を導き出す際の「国民の権利」の枠組みの範囲を超え、その「武力の行使」を行う組織の実態についても、「国民の権利」を保障する趣旨を越えるものとなるから、9条2項の「陸海空軍その他の戦力」に該当し、違憲となる。

 他にも、9条の規定は憲法規定であり、国際法とは法体系が異なるのであるから、たとえ『他国からの要請』があったとしても、憲法上の規範性が変化するわけではない。このことから考えると、「二つ目」の『他国からの要請』がない場合と規範性の設定は異ならず、「我が国に対する急迫不正の侵害があること(我が国に対する武力攻撃が発生したこと」を満たさない中での「武力の行使」は違憲である。


 基本的には上記①②③に該当する事例しか存在しないはずである。



 もし、④ 「我が国と密接な関係にある他国に対する武力攻撃が発生」した場合で、その他国からの「集団的自衛権」を発動する要請があった場合で、その要請によって初めて許容される「武力の行使」であることが前提であるにもかかわらず、その他国民を防衛するという理由が存在せず、自国民の「生命、自由及び幸福追求の権利」の実現のために「武力の行使」を行う場合が存在するとしても、このような措置はやはり9条の制約に抵触して違憲となる。


 なぜならば、9条の制約の下で13条の「生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利」の趣旨を根拠とするにしても、それは9条の趣旨を損なわせることのないように、13条の趣旨を極めて限定的に限度を枠づけた形で狭く解する必要があるからである。もし13条の「生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利」を拡大して適用することができるとするのであれば、それは結局、政府が『自国防衛』などと称して自国都合の「武力の行使」に踏み切ることを制約することができなくなり、9条の規定が存在している趣旨を損なわせることとなってしまうからである。

 また、この事例は、「他国に対する主権侵害」を「自国の主権侵害(自国民の生命、自由及び幸福追求の権利の侵害)」と見なそうとしている点で十分な因果関係を見いだすことができないものであり、このような因果関係を見出すことのできない中で「武力の行使」を許容することは、政府の行為を制約するための歯止めとなる一線が存在せず、9条の規範性を損なわせることになるからである。


 このような措置は、本来的に「自国民の利益」のために政府が「武力の行使」に踏み切ることを禁じた、
9条1項の「国際紛争を解決する手段として」の「武力の行使」に該当し、違憲となる。


 同時に、このような「武力の行使」を行う組織の実態も、9条2項前段の禁ずる「陸海空軍その他の戦力」に該当し、違憲となる。


 さらに、「他国に対する武力攻撃」を理由として「武力の行使」を行うにもかかわらず、その他国民を防衛するという目的がなく、自国民の「生命、自由及び幸福追求の権利」の実現を目的とすることは、
相当因果関係を見出すことができない。そのような「武力の行使」を実施することは、9条2項後段の「交戦権」にも該当し、違憲となる。



 また、このような因果関係の不明確な規定は、内閣が自由裁量として「武力の行使」に踏み切る可能性を開くものであり、憲法中に9条の規定が存在している事実から求められる規範的な制限(歯止め)を保つことができていないものである。行政権を持つ内閣に対して白紙委任されている旨が、
憲法31条の「適正手続きの保障」の観点から法律の内容の「実体の適正」が確保されていないため許容できるものではなく、違憲となる。


 加えて、法の支配、立憲主義、法治主義に反し、「法律による行政の原理」や「法律留保の原則」の趣旨を逸脱し、違法である。

 

 これらのことから、「存立危機事態」の規定は違憲となる。

 

 




存立危機事態の要件(作成中)

 「存立危機事態」の要件を、いくつかのパーツに分解し、内容を具体的に検討する。


存立危機事態

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我が国と密接な関係にある他国に対する武力攻撃が発生し、これにより我が国の存立が脅かされ、国民の生命、自由及び幸福追求の権利が根底から覆される明白な危険がある事態

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我が国と密接な関係にある他国に対する武力攻撃が発生

 「我が国と密接な関係にある他国」について、「我が国と密接な関係にある他国」に該当する国と、そうでない国を判定する基準は存在していない。これは、その時々の政治判断によって、「我が国と密接な関係にある他国」にあたるか否かを決するものとなっているからである。

 しかし、その時々の政治判断によって「我が国と密接な関係にある他国」に該当するの範囲を拡大させることが可能ということは、結局、世界のどこかで武力攻撃が発生した場合に、その武力攻撃を受けた国を「我が国と密接な関係にある他国」と認定するだけで該当性を満たすことができるのであるから、それをきっかけとして政府が自国の利益を追求するための「武力の行使」を行うことを可能とするものということができる。

 このような文言は、過度の広範性ゆえに、31条の適正手続きの保障の観点から違憲である。

 また、文言の適用対象が何を指しているのか(不明確であり、)過度の広範性を有していることは、政府が自国民の権利や自国の利益を追求したり、政治的な都合によって「武力の行使」に踏み切ることを禁じた9条の趣旨に違反する。よって、9条1項の禁じる「国際紛争を解決する手段として」の「武力の行使」に該当し、違憲となる。

 「他国に対する武力攻撃が発生」について、「武力攻撃」であるか否かというのは、武力攻撃を受けた他国が独自に認定するものである。そのため、憲法に基づく我が国の統治権の発動が可能となるか否かの判断において、「他国に対する武力攻撃」に該当するか否かを我が国が独自に判断することはできない。また、もし我が国が独自に「他国に対する武力攻撃」に該当すると認定しても、それを基準として9条の規範性を通過すると考えることはできない。

 もし国際法上の違法性阻却事由である「集団的自衛権」を得るために必要な『他国からの要請』を得られたことを理由に「他国に対する武力攻撃」を満たすと考えるのであれば、それは『他国防衛』の「武力の行使」に他ならないのであり、それを行使する実力組織が政府解釈の「自衛のための必要最小限度の実力」の枠を超えて9条2項の「陸海空軍その他の戦力」に該当し、違憲となる。


これにより


 「これにより」について、「我が国と密接な関係にある他国に対する武力攻撃が発生」したことを原因として「我が国の存立が脅かされ、国民の生命、自由及び幸福追求の権利が根底から覆される明白な危険がある」状況が発生したという繋がりを持たせようとしたものと考えられるが、その因果関係をどのように認定するかに対しては、具体的な基準となるものは存在しない。(曖昧不明確である。)このことから、「これにより」を満たすような事態であるか否かについては、行政権を持つ内閣に対して自由裁量として一任する内容となっている。


 しかし、憲法前文で「全世界の国民が、ひとしく恐怖と欠乏から免れ、平和のうちに生存する権利を有することを確認する。」としている趣旨から、たとえ他国民であっても人権制約、人権侵害の影響の大きい行為については行政法学上の「法律による行政の原理」の「法律留保の原則」の侵害留保説を採用する必要があると考えられる。そのため、因果関係のどのような基準によって判断し、認定を行うのかをすべて内閣に白紙委任をしていること自体が、手続きの適正を欠いており「適正手続きの保障(31条)」の観点から違憲となる。



我が国の存立が脅かされ

 

 「我が国の存立が脅かされ」る状況とは、具体的にどのような状況を指しているのか意味を読み取ることができない。このような「通常の判断能力を有する一般人の理解において、具体的場合に当該行為がその適用を受けるものかどうかの判断を可能ならしめるような基準が読みと(最大判昭和50年9月10日)」れない文言は、曖昧不明確ゆえに手続きの適正を欠いており、31条で違憲である。
 

国民の生命、自由及び幸福追求の権利が根底から覆される


 同様に、「国民の生命、自由及び幸福追求の権利が根底から覆される」状況とは、具体的にどのような状況を指しているのか意味を読み取ることができない。このような「通常の判断能力を有する一般人の理解において、具体的場合に当該行為がその適用を受けるものかどうかの判断を可能ならしめるような基準が読みと(最大判昭和50年9月10日)」れない文言は、曖昧不明確ゆえに手続きの適正を欠いており、31条で違憲である。


明白な危険がある


 「明白な危険」であるが、「危険」とは害悪発生の可能性を意味する言葉である。そのため、可能性が「明白」であるということは、適用者の主観的な感覚に基づくものであり、何らかの限定性を示すものではない。むしろ政治判断としての主観的な感覚によって「武力の行使」を可能とすることを示す文言となっており、何ら規範性を有しないのであるから、9条に抵触して違憲となる。

 




要件まとめ

 「存立危機事態」の要件は、政治判断によって「我が国と密接な関係にある他国」と指定された国に対する武力攻撃が発生した場合に、途端に「我が国の存立が脅かされ、国民の生命、自由及び幸福追求の権利が根底から覆される明白な危険がある」という曖昧不明確な文言に該当するかを指定する政治判断と、「これにより」という因果関係の存否についての政治判断によって、「武力の行使」が可能か否かが決定されるものである。

「存立危機事態」の要件
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我が国と密接な関係にある他国

  ⇒ 政治判断
に対する武力が発生し、

  ⇒ [事態の性質](客観的事実による基準。しかし、他国のことである。)
これにより

  ⇒ 因果関係は政治判断
我が国の存立が脅かされ、

  ⇒ 曖昧不明確・漠然不明確・意味不明確:政治判断 [事態の数量]
国民の生命、自由及び幸福追求の権利が根底から覆される

  ⇒ 曖昧不明確・漠然不明確・意味不明確:政治判断 [事態の数量] 

明白な危険がある
  ⇒ 「明白な+危険〔恐れ〕」という、主観的感覚による基準

事態(こと)
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 9条が憲法規範として設けられている意味は、「自国民の利益」のために政府が自国都合によって対外的な「戦争」や「武力の行使」を行うことを禁ずることにある。

 そのことから、自国都合の「武力の行使」に踏み切ることが可能となるような曖昧不明確な基準を設けたり、「武力の行使」に踏み切ることを可能とする基準を「事態の数量面」に依存させることによってその時々の政治判断に任せることは、9条の規定が設けられている事実を無視するものとなる。

 どのような事態が「存立危機事態」にあたるのかをその時々に政府が自由裁量として判断できるような要件となっていることは、9条1項が「自国民の利益」やその時々の政治的都合による利益を追求することによって政府が「国際紛争を解決する手段として」の「武力の行使」に踏み切ることを禁じた趣旨に抵触する。

 これにより、9条の規範性を損なっており、9条に抵触して違憲となる。

 




「存立危機事態」とその他の事例     他国からの要請 目的 制度上の「武力の行使」の可否
その「武力の行使」の憲法適合性
他国に対する武力攻撃が発生 なし 自国都合 ✕ 不可【先制攻撃】
9条1項「国際紛争を解決する手段として」の「武力の行使」で違憲
9条2項「陸海空軍その他の戦力」「国の交戦権」で違憲
あり 他国防衛 ✕ 不可【集団的自衛権】
9条2項「陸海空軍その他の戦力」で違憲
我が国と密接な関係にない他国 に対する武力攻撃が発生

 

これにより

 

我が国の存立が脅かされ

 

 

国民の生命、自由及び幸福追求の権利が根底から覆される明白な危険がある

 

 

なし 自国都合 ✕ 不可【先制攻撃】
9条1項「国際紛争を解決する手段として」の「武力の行使」で違憲
9条2項「陸海空軍その他の戦力」「国の交戦権」で違憲

 

あり

他国防衛

✕ 不可【集団的自衛権】

他国防衛は9条の制約の下で13条を根拠とする必要最小限度の範囲を超える
9条2項「陸海空その他の戦力」で違憲

自国防衛

(自国都合)

✕ 不可

自国の主張を通すための武力行使となる

9条の制約の下で自国都合による13条の拡大適用(9条1項に抵触しない範囲を事態の『数量』で判断しようとすること)は不可
9条1項「国際紛争を解決する手段として」の「武力の行使」で違憲
9条2項「陸海空軍その他の戦力」「国の交戦権」で違憲

我が国と密接な関係にある他国 なし 自国都合 ✕ 不可【先制攻撃】
9条1項「国際紛争を解決する手段として」の「武力の行使」で違憲
9条2項「陸海空軍その他の戦力」「国の交戦権」で違憲
あり 他国防衛

✕ 不可【集団的自衛権】

他国防衛は9条の制約の下で13条を根拠とする必要最小限度の範囲を超える
9条2項「陸海空その他の戦力」で違憲

他国と自国の防衛

自国防衛

(自国都合)

〇 可能【限定的集団的自衛権】

「他国に対する武力攻撃」と自国防衛は因果関係がない
他国からの要請の有無と自国防衛は因果関係がない

目的に他意のある他事考慮である

31条の適正手続きで違憲

自国の主張を通すための「武力の行使」となる

9条の制約の下で自国都合による13条の拡大適用(9条1項に抵触しない範囲を事態の『数量』で判断しようとすること)は不可
9条1項「国際紛争を解決する手段として」の「武力の行使」で違憲
9条2項「陸海空軍その他の戦力」「国の交戦権」で違憲

(武力攻撃は不発生)

自国都合

✕ 不可【先制攻撃】

自国の主張を通すための武力行使となる

9条の制約の下で自国都合による13条の拡大適用(9条1項に抵触しない範囲を事態の『数量』で判断しようとすること)は不可

9条1項「国際紛争を解決する手段として」の「武力の行使」で違憲
9条2項「陸海空軍その他の戦力」「国の交戦権」で違憲

13条「生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利」 の保障 自国都合
我が国 に対する武力攻撃が発生 自国防衛 〇 可能【個別的自衛権】
13条の権利を保障するのための9条2項「陸海空軍その他の戦力」にあたらない必要最小限度の組織であれば合憲
13条の権利を保障するのための9条1項「国際紛争を解決する手段として」の「武力の行使」に該当しない必要最小限度の自衛の措置であれば合憲


〔存立危機事態について〕

「我が国と密接な関係」※  我が国と密接な関係に「ある」か「ない」かの要件が不存在。その他国からの要請があった時に、「密接な関係にある他国」かどうかを認定することが内閣の政治判断となる。限定的でも最小限度でもなく、武力行使の発動要件として曖昧で明白性がなく、13条の拡大適用の恐れがある。行政権に一任している旨が31条で違憲。


「これにより」  因果関係の認定に、具体的な要件が存在していない。限定的でも最小限度でもなく、拡大解釈を招く恐れがある。内閣の政治的な判断となり、侵害的な行政活動であるにも関わらず、行政権に広範な裁量権を与えた旨が違憲。


「他国からの要請」  要請の有無に従って判断が分かれるということは、要請があった時の「武力の行使」は「他国や他国民を防衛する」という意味を含むこととなる。この行動は13条を根拠とする必要最小限の範囲を超えるため、9条に抵触して違憲。

 

 

「密接な関係にある他国」の範囲が無限定

 

 「存立危機事態」の要件の「我が国と密接な関係にある他国」について、具体的にどの国のことを指すかは政治判断となっており、範囲は無限定である。このことは、「我が国と密接な関係にある他国」の要件に該当するか否かを行政権に対して白紙委任したことを意味する。あまりにも広範であり、法律の内容の実体の適性が確保されておらず、31条の「適正手続きの保障」の観点から違憲となる。

 


「密接な関係にない国」はどうなのか


 「存立危機事態」の要件の問題点を考える上で参考になるものは、「我が国と密接な関係にある他国」と、「我が国と密接な関係にない他国」では、「武力の行使」に踏み切るかどうかに違いが出てくる内容となっていることである。

 つまり、

① 「『我が国と密接な関係にある他国』に対する武力攻撃が発生し、これにより我が国の存立が脅かされ、国民の生命、自由及び幸福追求の権利が根底から覆される明白な危険がある事態」には、「武力の行使」を行うことができる。


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我が国と密接な関係にある他国」に対する武力攻撃が発生
⇒ 我が国の存立が脅かされ、国民の生命、自由及び幸福追求の権利が根底から覆される明白な危険がある
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  〇 「武力の行使」が可能

 しかし、

② 「『我が国と密接な関係にない他国』に対する武力攻撃が発生し、これにより我が国の存立が脅かされ、国民の生命、自由及び幸福追求の権利が根底から覆される明白な危険がある事態」には、「武力の行使」を行うことができない。


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我が国と密接な関係にない他国」に対する武力攻撃が発生
⇒ 我が国の存立が脅かされ、国民の生命、自由及び幸福追求の権利が根底から覆される明白な危険がある

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  ✕ 「武力の行使」が不可能


 これは、いくら「我が国の存立が脅かされ、国民の生命、自由及び幸福追求の権利が根底から覆される明白な危険がある」状態が引き起こされていても、「我が国と密接な関係にない他国」に対する武力攻撃によって引き起こされたものであれば、「武力の行使」は踏み留まる必要があることを意味する。


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⇒ 我が国の存立が脅かされ、国民の生命、自由及び幸福追求の権利が根底から覆される明白な危険がある
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という事態が引き起こされても、
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我が国と密接な関係にない他国」に対する武力攻撃が発生
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によって引き起こされたものであれば、「武力の行使」は不可能。

 「我が国と密接な関係にある他国」という文言を入れているということは、「我が国と密接な関係にない他国」に対する武力攻撃が発生し、これにより「我が国の存立が脅かされ、国民の生命、自由及び幸福追求の権利が根底から覆される明白な危険がある」状態が発生したからといって「武力の行使」を実施することは、実態が9条の禁じる「先制攻撃(先に攻撃)」となってしまうことを、この「存立危機事態」の要件をつくった立法者自身が認めているということである。

 また、このような「武力の行使」は、9条の制約の下でも13条の「生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利」の趣旨を根拠とする枠を超え、違憲となることを立法者自身も理解していると考えられる。

 これにより、「『我が国と密接な関係にある他国』に対する武力攻撃が発生」したことを満たすか否かによって「武力の行使」の可否が決せられる要件となっていることは、その「我が国と密接な関係にある他国」を防衛する意図・目的を含む「武力の行使」であると言うことができる。

 なぜならば、もし「我が国と密接な関係にある他国」を防衛する意図や目的を含まないのであれば、「『我が国と密接な関係にない他国』に対する武力攻撃が発生」したことにより「我が国の存立が脅かされ、国民の生命、自由及び幸福追求の権利が根底から覆される明白な危険がある」状態が発生した場合や、単に「我が国の存立が脅かされ、国民の生命、自由及び幸福追求の権利が根底から覆される明白な危険がある」状態が発生した場合であれば「武力の行使」が可能となるはずだからである。


 よって、「存立危機事態」の要件は『他国防衛』の意図・目的を有する「武力の行使」を行うものであり、それを実施する実力組織の実態は、9条2項の「陸海空軍その他の戦力」に該当し、違憲となる。




「他国に対する武力攻撃」は必要なのか(作成中)

   【要件のどこに規範性があるのか】

 「存立危機事態」の要件の中には「我が国と密接な関係にある他国に対する武力攻撃が発生し、」の部分が存在するが、これによって9条が「武力の行使」を制約している規範性を通過したと見なせるか否かを検討する。


 「存立危機事態」の要件の中に「我が国と密接な関係にある他国に対する武力攻撃が発生」の部分が存在していることは、たとえ「我が国の存立が脅かされ、国民の生命、自由及び幸福追求の権利が根底から覆される明白な危険がある」状態が発生していても、それだけでは「武力の行使」は不可能であることを意味する。「我が国と密接な関係にある他国に対する武力攻撃が発生」を満たしていなければ、たとえ「我が国の存立が脅かされ、国民の生命、自由及び幸福追求の権利が根底から覆される明白な危険がある」の部分を満たしていても「武力の行使」は可能とならないのである。


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⇒ 我が国の存立が脅かされ、国民の生命、自由及び幸福追求の権利が根底から覆される明白な危険がある
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という事態が起きても、
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我が国と密接な関係にある他国に対する武力攻撃が発生
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を満たしていなければ、「武力の行使」は不可能。

 また、「存立危機事態」の要件が「武力攻撃事態」の要件とは別に設けられているということは、「存立危機事態」に該当する事態のすべてが「武力攻撃事態」の中に含まれるということを前提としていない。なぜならば、もし「我が国の存立が脅かされ、国民の生命、自由及び幸福追求の権利が根底から覆される明白な危険がある」の部分が「我が国に対する武力攻撃が発生したこと」と重なっているのであれば、「存立危機事態」の要件を「武力攻撃事態」と分けている意味がないからである。

 これにより、「存立危機事態」の「我が国の存立が脅かされ、国民の生命、自由及び幸福追求の権利が根底から覆される明白な危険がある」の部分は、「武力攻撃事態」の要件である「我が国に対する武力攻撃が発生したこと」とは重なっておらず、異なるものであるということになる。

 つまり、「存立危機事態」を「武力攻撃事態」とは別の要件として設けているということは、立法者自身が「我が国の存立が脅かされ、国民の生命、自由及び幸福追求の権利が根底から覆される明白な危険がある」状態とは、「我が国に対する武力攻撃が発生したこと」を意味するわけではないということを認めているということである。


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⇒ 我が国の存立が脅かされ、国民の生命、自由及び幸福追求の権利が根底から覆される明白な危険がある
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という事態が発生しても、これだけでは「武力の行使」は不可能。この部分は、「武力攻撃事態」の「我が国に対する武力攻撃が発生したこと」を満たすわけでもないため、これだけで「武力の行使」を発動することはできない。


 ここから分かることは、「存立危機事態」を適用する「武力の行使」は、「我が国と密接な関係にある他国に対する武力攻撃」が発生すれば、「我が国に対する武力攻撃」が発生したわけではないにもかかわらず「武力の行使」を行うというものである。

 しかし、先ほども述べたように、たとえ「我が国の存立が脅かされ、国民の生命、自由及び幸福追求の権利が根底から覆される明白な危険がある」状態が発生していても、「我が国と密接な関係にある他国に対する武力攻撃が発生し、」を満たさなければ「武力の行使」の発動が許されないことを前提とした要件であるということは、
その「武力の行使」は「『我が国と密接な関係にある他国』やその国民を防衛する」という意図・目的を含むものしか存在しないはずである。

 なぜならば、もし『自国防衛』や「自国民の権利」の保障の意図・目的しか有しない「武力の行使」であるならば、「我が国の存立が脅かされ、国民の生命、自由及び幸福追求の権利が根底から覆される明白な危険がある」状態が発生しているだけで「武力の行使」を可能としなければならないのであって、要件の中に「我が国と密接な関係にある他国に対する武力攻撃が発生し、」の部分を含ませる必要がないからである。

 

 これについては、立法者自身も9条の制約の下では「我が国の存立が脅かされ、国民の生命、自由及び幸福追求の権利が根底から覆される明白な危険がある」という部分だけでは政府の恣意的な判断によって「武力の行使」に踏み切ることを制約する規範性を有しないことを理解していると思われる。そのために、「我が国と密接な関係にある他国に対する武力攻撃が発生し、」の部分を加えることであたかも何らかの規範性を有する要件となったかのように言い張ろうと試みているものと思われる。


 この点、政府は「いかなる事態が存立危機事態に該当するかについては、」「我が国と密接な関係にある他国に対する武力攻撃が発生した場合において、」「総合的に考慮し、」「客観的、合理的に判断する」と説明している。ここに、「我が国と密接な関係にある他国に対する武力攻撃が発生」の部分が存在することによって、要件に何らかの規範性があるかのように考えている主張が見受けられる。


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    P116
  いかなる事態が存立危機事態に該当するかについては、実際に我が国と密接な関係にある他国に対する武力攻撃が発生した場合において、事態の個別具体的な状況に即して、主に、攻撃国の意思、能力、事態の発生場所、事態の規模、態様、推移などの要素を総合的に考慮し、我が国に戦禍が及ぶ蓋然性、国民が被ることとなる犠牲の深刻性、重大性等から客観的、合理的に判断することになるため、限られた与件のみをもって一概に述べることは困難である。
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【資料】衆議院及び参議院の「我が国及び国際社会の平和安全法制に関する特別委員会」に提出された政府統一見解等 PDF

 しかし、「我が国と密接な関係にある他国に対する武力攻撃が発生」の部分に何らかの規範性を設定したと考えているのであれば、その下で行われる「武力の行使」は『他国防衛』の意図・目的を含むものということになる。このような
、『他国防衛』の意図・目的を有する「武力の行使」を行う実力組織は、9条2項の「陸海空軍その他の戦力」に該当して違憲となってしまう。

 そのため、政府の立場に立てば、たとえ「我が国と密接な関係にある他国に対する武力攻撃が発生」したとしても、それだけでは『他国防衛』の意図・目的を含む「武力の行使」を排除できていないことから、未だ9条の規範性を通過したと解することはできない。9条の規範性を通過する部分は、他の部分に求めなければならないのである。

 

 次に、「我が国の存立が脅かされ、国民の生命、自由及び幸福追求の権利が根底から覆される明白な危険がある」の部分に何らかの規範性を設定したと考えているのであれば、もともと要件の中に「我が国と密接な関係にある他国に対する武力攻撃が発生し、」の部分は必要ないはずである。なぜならば、「我が国の存立が脅かされ、国民の生命、自由及び幸福追求の権利が根底から覆される明白な危険がある」の部分に9条を通過する規範性があると考えるのであれば、「我が国と密接な関係にある他国に対する武力攻撃」が発生していても、発生していなくても、「我が国の存立が脅かされ、国民の生命、自由及び幸福追求の権利が根底から覆される明白な危険がある」という状態が発生していれば「武力の行使」が可能となるはずであり、「我が国と密接な関係にある他国に対する武力攻撃が発生し、」の部分を設けている意味がないからである。つまり、「我が国の存立が脅かされ、国民の生命、自由及び幸福追求の権利が根底から覆される明白な危険がある」状態が発生すれば、9条の規範性を通過したと考えて、「武力の行使」が可能とならなければおかしいのである。

 ただ、立法者自身も「我が国の存立が脅かされ、国民の生命、自由及び幸福追求の権利が根底から覆される明白な危険がある」という部分だけでは一体どのような状態を指しているのか曖昧不明確であり、これを満たすことのみによって「武力の行使」の発動が可能となるとなるとすることが、9条の規範性を損なうものであることは理解していると思われる。だからこそ、「我が国と密接な関係にある他国に対する武力攻撃が発生し、」の文言を加え、規範性があるかのように見せかけようとしているのだと思われる。

 (ただ、先ほども指摘したように、「我が国と密接な関係にある他国に対する武力攻撃が発生」したことに規範性を設定したと考えることは、『他国防衛』の意図や目的を含む「武力の行使」が行われることを排除できないのであって、それを行う実力組織は9条2項の「陸海空軍その他の戦力」に該当して違憲となる。)

 また、立法者は「我が国と密接な関係にある他国に対する武力攻撃が発生し、」の文言は、2014年7月1日閣議決定が1972年(昭和47年)政府見解の「基本的な論理」と称している部分の「あくまで外国の武力攻撃によつて」の文言と一致しているかのように装うことができると考えていると思われる。

 (これについても、1972年(昭和47年)政府見解の「あくまで外国の武力攻撃によつて」の文言は、「『我が国に対する』外国の武力攻撃」を示したものであり、「我が国と密接な関係にある他国に対する武力攻撃」がここに含まれると考えることはできない。)

 これにより、「我が国の存立が脅かされ、国民の生命、自由及び幸福追求の権利が根底から覆される明白な危険がある」の部分に9条の規範性を通過する要素があると解することはできない。

 

 残るのは、両者を結ぶ「これにより」の文言が存在することで9条の規範性を満たすかどうかである。

 しかし、「我が国と密接な関係にある他国に対する武力に対する武力攻撃が発生」したことと、「我が国の存立が脅かされ、国民の生命、自由及び幸福追求の権利が根底から覆される明白な危険がある」状態にあることの間には、切り離すことのできない結合関係が存在するわけではない。

 なぜならば、「我が国と密接な関係にある他国に対する武力攻撃が発生」したとしても、「我が国の存立が脅かされ、国民の生命、自由及び幸福追求の権利が根底から覆される明白な危険がある」状態が発生しないことも当然に想定することができるからである。

 むしろ、「我が国と密接な関係にある他国に対する武力攻撃が発生」したことによって、「我が国の存立が脅かされ、国民の生命、自由及び幸福追求の権利が根底から覆される明白な危険がある」状態が引き起こされるという事例があり得るのか疑問である。この両者には、必然的な相当因果関係を見出すことができないのである。


 もし何らかの因果関係が存在し、引き起こされる事態が「あり得る」と考えるとしても、そもそも「我が国の存立が脅かされ、国民の生命、自由及び幸福追求の権利が根底から覆される」との内容は、曖昧不明確な要件であり、具体的にどのような状態を指しているか分からないものとなっている。そのため、それは曖昧不明確な要件であり、具体的にどのような状態を指しているのか分からないために、「あり得る」と判断されているものと考えられる。

 また、「明白な危険がある」との内容は適用者の主観的判断に委ねるものとなっており、実質的に適用者の恣意を排除することのできる法規範としての機能を有しないために、「あり得る」と判断されているものと考えられる。

 結局「これにより」という因果関係を認定する基準は政府の主観的な判断となるのであって、9条が政府の恣意的な判断による「武力の行使」を制約する趣旨から求められる規範性を有しているとは言うことができない。

 もし、このような曖昧不明確な内容であるという要件の不備を利用して「武力の行使」に踏み切ることができるようにしようとするものであるならば、それは既に9条の規範性を損なった要件であるということができ、違憲となる。


 これらにより、「存立危機事態」の要件の意味するところは、結局「我が国と密接な関係にある他国に対する武力攻撃が発生」したならば、9条の規範性を通過した(規範性が緩められた)と考えて、「我が国の存立が脅かされ、国民の生命、自由及び幸福追求の権利が根底から覆される明白な危険がある」ことを理由として「武力の行使」を行うことが可能となるはずであるとの考え方に基づくものである。
 しかし、9条は自国民の利益の追求や政治的な事情によって政府が自国都合の恣意的な判断によって「武力の行使」に踏み切ることを制約する趣旨で設けられた規定である。そのため、たとえ「他国に対する武力攻撃」が発生したとしても、それをもって既に9条の規範性を通過した(規範性
が緩められた)と考えることは9条解釈として妥当でない。それは、「密接な関係にない他国」であっても、「密接な関係にある他国」であっても、同様である。


 「我が国と密接な関係にある他国に対する武力攻撃」が発生したとしても、未だ9条の規範性を通過した(規範性が緩められた)と考えることができない中で、「我が国の存立が脅かされ、国民の生命、自由及び幸福追求の権利が根底から覆される明白な危険がある」ことを理由に「武力の行使」ができるとするのであれば、それは結局、9条の規範性を通過していない何らかの事態が生じているというだけの中で、「我が国の存立が脅かされ、国民の生命、自由及び幸福追求の権利が根底から覆される明白な危険がある」ことを理由に「武力の行使」に踏み切ることができるとするものということができる。

 しかし、9条は政府が自国都合の恣意的な判断によって「武力の行使」に踏み切ることを制約する法規範なのであって、単に「我が国の存立が脅かされ、国民の生命、自由及び幸福追求の権利が根底から覆される明白な危険がある」ことを理由に「武力の行使」に踏み切ることができるとすることは9条の有する規範性を骨抜きとするものである。このような要件を許容することは、9条の法解釈としての妥当性を有せず、9条に抵触して違憲となる。

 「存立危機事態」の要件は、9条解釈において求められる規範性が保たれていることを示す基準となるものを有していないため、9条に抵触して違憲である。


 

   【規範性を通過していない「武力の行使」】(作成中)

 「存立危機事態」の要件の「我が国の存立が脅かされ、国民の生命、自由及び幸福追求の権利が根底から覆される明白な危険がある」の部分には、9条の制約を通過する規範性が存在しているわけではない。そのため、「存立危機事態」での「武力の行使」は、「我が国と密接な関係にある他国に対する武力攻撃が発生」したことを契機とする「武力の行使」であり、「我が国と密接な関係にある他国」を防衛する意図・目的を含む「武力の行使」であると言うことができる。


 しかし、この『他国防衛』の意図を含む「武力の行使」は、9条の制約の下でも13条の「国民の権利」(自国民)を保障する趣旨を根拠として、その目的達成の限りで例外的に「武力の行使」を可能とする解釈からは導かれないものである。そのため、この例外性を基礎づけることのできない「武力の行使」は、9条に抵触して違憲となる。また、『他国防衛』の意図を含む「武力の行使」を行う実力組織についても、9条2項の「陸海空軍その他の戦力」に該当して違憲となる。


 この9条への抵触を回避するためか、政府は「存立危機事態」を適用する「武力の行使」について、「他国を防衛するための武力の行使ではなく、あくまでも我が国を防衛するため」の「武力の行使」であると主張している。

 しかし、「我が国と密接な関係にある他国に対する武力攻撃が発生」した事態であるにもかかわらず、その「他国を防衛する」という目的を有さず、「わが国を防衛する」ことのみを目的とした「武力の行使」を実施するという説明には、合理的関連性や相当因果関係を認めることができない。 



 単に「我が国の存立が脅かされ、国民の生命、自由及び幸福追求の権利が根底から覆される明白な危険がある」状態が発生しているだけでは「武力の行使」が禁じられているにもかかわらず、「我が国と密接な関係にある他国に対する武力攻撃」が発生したことによって引き起こされたと判断したならば「武力の行使」が可能となるということは、実質的に「我が国の存立が脅かされ、国民の生命、自由及び幸福追求の権利が根底から覆される明白な危険がある」の部分には規範性は存在しておらず、「我が国と密接な関係にある他国に対する武力攻撃」の部分に規範性を見出そうとするものである。

 しかし、「我が国と密接な関係にある他国に対する武力攻撃が発生し、」の部分に規範性を見出そうとするならば、未だその部分を満たしただけでは『他国防衛』の意図・目的を含むこととなる。その後、「我が国の存立が脅かされ、国民の生命、自由及び幸福追求の権利が根底から覆される明白な危険がある」の部分が続くが、ここには規範性がないことは先ほども述べた通りであり、『他国防衛』の意図・目的を排除することはできないのである。

 また、「我が国と密接な関係にある他国に対する武力攻撃が発生し、」の部分と、「我が国の存立が脅かされ、国民の生命、自由及び幸福追求の権利が根底から覆される明白な危険がある」の部分には必然的な結合関係を認めることができない。なぜならば、たとえ「我が国と密接な関係にある他国に対する武力攻撃が発生」しても、必ず「我が国の存立が脅かされ、国民の生命、自由及び幸福追求の権利が根底から覆される明白な危険がある」状態が引き起こされるわけではないからである。

 それにもかかわらず、「我が国と密接な関係にある他国に対する武力攻撃が発生し、」の部分に規範性を見出そうとし、未だ『他国防衛』の意図・目的を排除するだけの規範性を通過していない中で、『自国防衛』と称すれば「武力の行使」を可能であると主張することは、合理的な関連性が存在せず、9条への抵触を回避する根拠も存在しないのである。

 これは、「考慮するべきでないことを考慮したもの(他事考慮)」であり、手続きの適性が確保されていないために31条の「適正手続きの保障」の観点から違憲・違法となる。

 このような「我が国と密接な関係にある他国に対する武力攻撃が発生し、」の部分と「我が国の存立が脅かされ、国民の生命、自由及び幸福追求の権利が根底から覆される明白な危険がある」の部分の間には必然的な相当因果関係や切り離すことのできない結合関係が存在しないにもかかわらず、『自国防衛』と称する「武力の行使」が可能となるとすることは、「自国民の利益」を追求するなど政府の恣意性の入る余地のある「武力の行使」を許容することになる。


 大前提として、「我が国と密接な関係にない他国に対する武力攻撃」によって「我が国の存立が脅かされ、国民の生命、自由及び幸福追求の権利が根底から覆される明白な危険がある」が引き起こされた場合や、何ら「武力攻撃」が発生していない中で単に「我が国の存立が脅かされ、国民の生命、自由及び幸福追求の権利が根底から覆される明白な危険がある」状態が発生している場合については、「武力の行使」を踏みとどまらなければならない。

 それにもかかわらず、「我が国と密接な関係にある他国に対する武力攻撃」が発生したことを契機として「我が国の存立が脅かされ、国民の生命、自由及び幸福追求の権利が根底から覆される明白な危険がある」状態になったと認定したならば「武力の行使」が可能となるとすることは、「我が国と密接な関係にある他国に対する武力攻撃」が発生した時点で、政府の恣意性の入る余地のある「武力の行使」を許容することになるものである。


 つまり、「我が国と密接な関係にある他国に対する武力攻撃が発生」した事態であり、未だその『他国防衛』という意図・目的を排除する要件を満たしていないにもかかわらず、『他国防衛』という意図・目的を有さずに、「我が国の存立が脅かされ、国民の生命、自由及び幸福追求の権利が根底から覆される明白な危険がある」状態の発生を理由として『自国防衛』と称する「武力の行使」を行うというものであり、実質的には自国の主張を通すために意図して「武力の行使」を選択できるものということである。

 なぜならば、単に「我が国の存立が脅かされ、国民の生命、自由及び幸福追求の権利が根底から覆される明白な危険がある」状態が発生しているだけでは「武力の行使」ができないにもかかわらず、「我が国と密接な関係にある他国に対する武力攻撃が発生」したならばあたかも「武力の行使」に踏み切ることが可能となるかのように考えようとするものだからである。



 このような「武力の行使」は、9条1項の禁ずる「国際紛争を解決する手段として」の「武力の行使」に該当し、違憲となる。

 また、それを行う実力組織は、9条2項前段の「陸海空軍その他の戦力」に該当し、違憲となる。

 さらに、「他国に対する武力攻撃」であるにもかかわらず、「自国民の権利」を実現するために行う「武力の行使」を可能としようとするものであるから、自国の利益を追求したり、自国の主張を通すための「武力の行使」となるから、9条1項だけでなく、9条2項後段の「交戦権」にも該当し、違憲となる。

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
〇 『他国防衛』を目的とする「武力の行使」
  ⇒ 9条2項前段「陸海空軍その他の戦力」で違憲


〇 「他国に対する武力攻撃」が発生したことを理由とする『自国防衛』のみを目的とする「武力の行使」
  ⇒ 9条1項「国際紛争を解決する手段として」の「武力の行使」で違憲

  ⇒ 9条1項に抵触する「武力の行使」を行う実力組織は9条2項前段「陸海空軍その他の戦力」で違憲
  ⇒ 9条2項後段「交戦権」で違憲
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 これらの理由により、「存立危機事態での武力の行使」は、違憲となる。


<理解の補強>


[4]自衛権か、他衛権・先制攻撃権か? 2014年06月17日

安全保障法制改定法案に対する意見書 日本弁護士連合会 2015年6月18日 PDF

軍事権を日本国政府に付与するか否かは、国民が憲法を通じて決める 木村草太『集団的自衛権はなぜ違憲なのか』から 2015.08.26

<第2回>ただの妄想の法案化 “存立危機事態”に立法事実なし 2015年8月12日

「法の支配に対する挑戦が行われている」――気鋭の若手憲法学者が安保法制を進める政府・与党の「無法者」ぶりに警鐘を鳴らす!~岩上安身による首都大学東京准教授・木村草太氏インタビュー 2015.6.16

関西学院大学大学院司法研究科教授・永田秀樹氏 憲法学者アンケート調査
明治学院大学法学部教授・宮地基氏 憲法学者アンケート調査
東海大学法学部教授・吉川和宏氏 憲法学者アンケート調査
専修大学法科大学院教授・石村修氏 憲法学者アンケート調査
一橋大学大学院法学研究科教授・阪口正二郎氏 憲法学者アンケート調査
名古屋大学大学院法学研究科教授・本秀紀氏 憲法学者アンケート調査
香川大学教授・塚本俊之氏 憲法学者アンケート調査
國學院大學法学部教授・植村勝慶氏 憲法学者アンケート調査
上智大学法学部准教授・小島慎司氏 憲法学者アンケート調査
龍谷大学法科大学院教授・石埼学氏 憲法学者アンケート調査

台湾は集団的自衛権の対象になるのか~政府の答弁書について~ 2015年07月22日

 

 



相当因果関係はあるか


  【因果関係の存否が政治判断となることからの違憲】

 「存立危機事態」の要件の前半の「我が国と密接な関係にある他国に対する武力攻撃が発生」したことと、後半の「我が国の存立が脅かされ、国民の生命、自由及び幸福追求の権利が根底から覆される明白な危険がある」との間に相当因果関係が存在するかを検討する必要がある。

 「我が国と密接な関係にある他国に対する武力攻撃が発生」したことによって、直ちに「我が国の存立が脅かされ、国民の生命、自由及び幸福追求の権利が根底から覆される明白な危険がある」状態に至るわけではない。「我が国と密接な関係にある他国に対する武力攻撃が発生」したとしても、「我が国の存立が脅かされ、国民の生命、自由及び幸福追求の権利が根底から覆される明白な危険がある」状態が起きないことの方が、通常の場合だからである。

 よって、「我が国と密接な関係にある他国に対する武力攻撃が発生」したことによって、「我が国の存立が脅かされ、国民の生命、自由及び幸福追求の権利が根底から覆される明白な危険がある」状態にが引き起こされるかについて、この両者の間には必然的な相当因果関係を認めることは困難である。
(曖昧不明確な要件であるため、何を指しているのか分からない部分もあるが)


 必然的な因果関係がなければ、結局「我が国と密接な関係にある他国に対する武力攻撃が発生」したことは「国民の権利」と結合する関係になく、ここに9条が政府の行為を制約しようとする趣旨に基づく規範性は何ら存在しないことを意味する。これは、実質的にその武力攻撃の発生が確認された時点で「我が国の存立が脅かされ、国民の生命、自由及び幸福追求の権利が根底から覆される明白な危険がある」の要件に当てはまるか否かのみを判定することとなるものである。


 しかし、このような必然的かつ明白な相当因果関係が認められない中で「我が国と密接な関係にある他国に対する武力攻撃が発生」したことを契機として、「我が国の存立が脅かされ、国民の生命、自由及び幸福追求の権利が根底から覆される明白な危険がある」ことを理由とする「武力の行使」が可能であるとすれるならば、それは結局何ら規範性を有しない「我が国と密接な関係にある他国に対する武力攻撃が発生」したならば、「我が国の存立が脅かされ、国民の生命、自由及び幸福追求の権利が根底から覆される明白な危険がある」ことのみによって「武力の行使」に踏み切ることが可能となる基準を定めたものと言うことができる。

 また、「これにより」の前後の要件には必然的な結合関係が存在するわけではない。そのため、両要件の連続性を示す「これにより」に該当するか否かという因果関係の有無の判定(認定)そのものを行政権の広範な裁量に委ねたものということができる。

 これでは結局、その実態は「自国民の利益」を追求するために「武力の行使」を行うものと何ら判別できないものとなる。

 このような中で行われる「武力の行使」は、まさに9条1項が禁じた「国際紛争を解決する手段として」の「武力の行使」に該当し、違憲となる。

 

 「武力の行使」の要件を曖昧な表現とすることで、「武力の行使」を発動するか否かの判断を行政権に対して広範囲な裁量を与える旨は、前文の平和主義の理念に裏付けられた9条の規定の精神を解釈する際に求められる政府の行為を制約する趣旨に沿うものでなく、9条の規範性を損なっていることにより9条に抵触して違憲となる。


 「他国に対する武力攻撃」が「自国に影響を与える」という理由で「武力の行使」を可能とすることは、前文の平和主義の理念にも馴染まないものである。


  【相当因果関係の不存在からの違憲】


 「存立危機事態」の内容は、「他国に対する武力攻撃」に起因して「武力の行使」を行うものであるから、本質的には「自国に対する直接の武力攻撃」の着手がない段階で「武力の行使」を行うものである。
 「我が国の存立が脅かされ、国民の生命、自由及び幸福追求の権利が根底から覆される明白な危険がある」状態を回避するという目的が重要なものであっても、その達成手段として「我が国と密接な関係にある他国に対する武力攻撃が発生」したことを理由とすることは、直接的な相当因果関係や実質的な合理的関連性も見い出すことができない。目的達成のために採られる措置は、必要最小限度の手段とは言えない(目的手段審査)。
 また、「我が国の存立が脅かされ、国民の生命、自由及び幸福追求の権利が根底から覆される明白な危険がある事態」を回避するという目的が重要なものであっても、その達成手段の要件として「我が国と密接な関係にある他国に対する武力攻撃が発生」したことを理由としている点が、憲法の平和主義の観点から求められる「目的達成のために取り得るより侵害の程度の少ない他の手段が存在しない」とまでは言うことができない(LRAの基準:より制限的でない他の選びうる手段の基準)。
 このことは、9条の制約の下でも13条の「国民の権利」の趣旨を基に「自衛のための必要最小限度の実力行使(武力の行使)」を限定的に許容する範囲を超え、9条1項の禁ずる「国際紛争を解決する手段として」の「武力の行使」に抵触して違憲となる。
 また、この「武力の行使」を行う「実力組織」は、「自衛のための必要最小限度の実力(武力の行使)」を実現するための「自衛のための必要最小限度の実力(組織)」を限定的に許容する範囲を逸脱することから、9条2項の禁ずる「陸海空軍その他の戦力」に該当し、違憲となる。



 行政事件で「相当因果関係」の文言が使われている事例がある。

個室付浴場民事事件(昭和53年5月26日)
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原審の認定した右事実関係のもとにおいては、本件児童遊園設置認可処分は行政権の著しい濫用によるものとして違法であり、かつ、右認可処分これを前提としてされた本件営業停止処分によつて被上告人が被つた損害との間には相当因果関係があると解するのが相当であるから、被上告人の本訴損害賠償請求はこれを認容すべきである。
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<理解の補強>


相当因果関係 コトバンク

因果関係(法学) Wikipedia

自由裁量処分 Wikipedia

公権力 Wikipedia





「必要最小限度」の統制方法(作成中)

 従来政府は「自衛の措置」としての「武力の行使」を実施する際、9条に抵触しないこ
とを明確にするために「武力の行使」の三要件(旧)を採用していた。この三要件(旧)を満たす「武力の行使」を「自衛のための必要最小限度の実力」と表現していた。この『必要最小限度』の意味は、「『武力の行使』の発動要件」となる第一要件を含むものである。


「自衛のための必要最小限度の実力」
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「武力の行使」の旧三要件
〇 我が国に対する急迫不正の侵害があること   ←  「武力の行使」の発動要件
〇 これを排除するために他の適当な手段がないこと
〇 必要最小限度の実力行使にとどまるべきこと   ←  「武力の行使」の程度・態様
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 また、政府はこの「自衛のための必要最小限度の実力」を行使するための実力組織(防衛力・自衛力)を保有することは可能であり、この「自衛のための必要最小限度の実力」の範囲を超えない限りは9条2項前段の「戦力」には抵触しないと解している。

 1972年(昭和47年)政府見解は、「武力の行使」を可能とするためには、この三要件(旧)の第一要件の「我が国に対する急迫不正の侵害があること」の要件を満たす必要があることを示し、「集団的自衛権」に基づく「武力の行使」は、これを満たさない中で「武力の行使」を行うものであるから、憲法上認められないとする旨を示すものである。



 この旧三要件に基づく「武力の行使」や「それを行使する実力組織」が9条に抵触して違憲となるか否かに関わる『必要最小限度』の意味は、下記の2点がある。

〔第一段階〕
 「『武力の行使』の発動要件」を含む『必要最小限度』」

 (三要件のすべてを満たすもの=『自衛のための必要最小限度の実力』の意味)

〔第二段階〕
 「『武力の行使』の程度・態様」の『必要最小限度』」

 (三要件の第三要件の『必要最小限度の実力行使にとどまるべきこと」の意味)


 「武力の行使」の旧三要件は、「『武力の行使』の発動要件」について、第一要件では「我が国に対する急迫不正の侵害があること」に設定していた。この要件は、我が国の意思が入り込む余地のない「受動性」や、ある出来事があるかないかという「客観性」を有しており、政府の恣意的な都合によって「武力の行使」が行われることを防ぐことのできる規範性を規範性が存在するということができる。

 また、「『武力の行使』の程度・態様」を統制する第三要件の「必要最小限度の実力行使にとどまるべきこと」についても、「我が国に対する急迫不正の侵害(第一要件)」を「排除(第二要件)」した時点で「武力の行使」を止めなければならないものであったため、政府が「武力の行使」の発動をきっかけとしていつまでも「武力の行使」を行い続けることを防ぐことができていた。これにより、「国際紛争を解決する」ために「武力の行使」を続けたり、戦闘に勝って相手国を制圧しようとすることを防止する統制規範としての役割を有していたのである。

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
「武力の行使」の旧三要件
〇 我が国に対する急迫不正の侵害があること   ←  受動性や客観性のある要件
〇 これを排除するために他の適当な手段がないこと
〇 必要最小限度の実力行使にとどまるべきこと
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   <2014年7月1日閣議決定 前>


9条1項について
〔第一段階〕 「『武力の行使』の発動要件」が『性質』的な『必要最小限度』の概念で統制
 「『武力の行使』の発動要件」を「我が国に対する急迫不正の侵害があること(我が国に対する武力攻撃が発生したこと)」を満たすことに設定していた。これは、受動的・客観的に明確な判断基準を示すことのできる要件となっており、『性質』的な『必要最小限度』性で統制していた。「自国が武力攻撃を受けるまでは『武力の行使』を行うことができない」という点で、政府の恣意性を排除できる規範性を有した基準であるということができる。

………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………
○秋山政府特別補佐人
(略)
 それから、御質問の後段の、憲法解釈において政府が示している、必要最小限度を超えるか超えないかというのは、いわば数量的な概念なので、それを超えるものであっても、我が国の防衛のために必要な場合にはそれを行使することというのも解釈の余地があり得るのではないかという御質問でございますが、憲法九条は、戦争、武力の行使などを放棄し、戦力の不保持及び交戦権の否認を定めていますが、政府は、同条は我が国が主権国として持つ自国防衛の権利までも否定する趣旨のものではなく、自衛のための必要最小限度の実力を保有し行使することは認めていると考えておるわけでございます。
 その上で、憲法九条のもとで許される自衛のための必要最小限度の実力の行使につきまして、いわゆる三要件を申しております。我が国に対する武力攻撃が発生したこと、この場合にこれを排除するために他に適当な手段がないこと、それから、実力行使の程度が必要限度にとどまるべきことというふうに申し上げているわけでございます。
 お尋ねの集団的自衛権と申しますのは、先ほど述べましたように、我が国に対する武力攻撃が発生していないにもかかわらず外国のために実力を行使するものでありまして、ただいま申し上げました自衛権行使の第一要件、すなわち、我が国に対する武力攻撃が発生したことを満たしていないものでございます。
 したがいまして、従来、集団的自衛権について、自衛のための必要最小限度の範囲を超えるものという説明をしている局面がございますが、それはこの第一要件を満たしていないという趣旨で申し上げているものでございまして、お尋ねのような意味で、数量的な概念として申し上げているものではございません
………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………
第159回国会 予算委員会 第2号 平成16年1月26日 (下線・太字・色は筆者)



〔第二段階〕
 発動した「『武力の行使』の程度・態様」は『数量』的な『必要最小限度』の概念で統制

 「武力の行使」の程度・態様は、「外国の武力攻撃によって国民の生命、自由および幸福追求の権利が根底から覆されるという急迫、不正の事態に対処し、国民のこれらの権利を守るためのやむを得ない措置」のための『必要最小限度』という『数量』的な統制である。

 三要件で言えば、第三要件の「必要最小限度の実力行使にとどまるべきこと」の『必要最小限度』である。
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 憲法上に9条という「武力の行使」や「武力組織」、それらの権限を統制する規範が存在する限りは、何かしらその規定が対象としている国家作用が存在し、その国家作用を制約するための規範となるライン(歯止めとなる一線)が存在するはずである。なぜならば、そう考えて解釈することが法の支配、立憲主義、法治主義を貫徹することに繋がるからである。
 国家運営において法治主義を採用している以上は、その一線を失わせるような要件を法律によって定めることは、法解釈としての妥当性を失わせることになるため不可能である。
 そのため、従来9条は政府の恣意的な判断によって行われる「武力の行使」を制約することのできる規範性を有するものと考えられていた。
 この考え方に基づき、「9条の規範は『性質』的な規制」を含むものと解釈し、「武力の行使」の発動要件を「我が国に対する急迫不正の侵害があること(我が国に対する武力攻撃が発生したこと)」を満たすか否かという『性質』に判断基準を設定していた。
 この要件は我が国に対する他国の行為が基準となっている受動性が存在する。また、「急迫不正の侵害(武力攻撃)」に該当するか否かについても他国の「侵害」行為や「武力攻撃」の証拠を集めることで事実認定を行うことが比較的容易であり、通常の判断能力を有する一般人の理解において事実の有無の判定に関して共通の認識を持ちやすい点で客観性も存在する。他国の「侵害」行為や「武力攻撃」の証拠を揃えることで、事後的な検証も可能な点で、判断の合理性も確保することができる。

 この要件を満たすか否かの基準は、政府の恣意的な判断によって緩めることはできず、9条の規定が政府の行為を制約する意図を保つことができていたため、9条の存在が生かされ、規範性を有すると考えることができていたのである。



 しかし、2014年7月1日閣議決定や新安保法制の制定によって、「武力の行使」の三要件が変更され、「存立危機事態」が加えられた。

 これは、9条1項の「国際紛争を解決する手段として」の「武力の行使」に該当しない旨を明確にするための『必要最小限度』性を示す基準となっていた〔第一段階〕の「『武力の行使』の発動要件」の基準について、「旧三要件」では事態の「性質」面に着目した要件によって統制されていたが、「新三要件の『存立危機事態』」においては事態の「数量」面に着目した要件によって統制される(統制できているか疑問であるが)ものに変わったのである。

 この「『武力の行使』の発動要件」に「存立危機事態」が加わったものに変更されたことにより、「武力の行使」や「それを実行した組織」の限度を画する基準が損なわれてしまった。
 また、「『武力の行使』の発動要件」が変更されたことにより、「『武力の行使』の程度・態様」も変容した。

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
「武力の行使」の新三要件
〇 我が国に対する武力攻撃が発生したこと、又は我が国と密接な関係にある他国に対する武力攻撃が発生し、これにより我が国の存立が脅かされ、国民の生命、自由及び幸福追求の権利が根底から覆される明白な危険があること
〇 これを排除し、我が国の存立を全うし、国民を守るために他に適当な手段がないこと
〇 必要最小限度の実力行使にとどまるべきこと
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(太字が『存立危機事態』の要件)

 

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   <2014年7月1日閣議決定 後>


9条1項について
〔第一段階〕 「『武力の行使』の発動要件」は数量的な『必要最小限度』の概念で統制
 「『武力の行使』の発動要件」に「存立危機事態」を加えた。「我が国と密接な関係にある他国に対する武力攻撃が発生し、これにより我が国の存立が脅かされ、国民の生命、自由及び幸福追求の権利が根底から覆される明白な危険がある事態」というものである。

 

 その内容は、

〇 「我が国と密接な関係にある他国」を認定する自由裁量

  ⇒ 「我が国と密接な関係がある他国」であるか否かはその時々の国際関係や政治的な都合によるものとなる。

〇 「我が国の存立が脅かされ、国民の生命、自由及び幸福追求の権利が根底から覆される明白な危険がある」状態か否かを認定する自由裁量

  ⇒ 何を指しているのか曖昧不明確な内容であり、その状態にあたるか否かを識別するための基準を示すところがない。

〇 「我が国と密接な関係にある他国に対する武力攻撃が発生」したことと、これにより「我が国の存立が脅かされ、国民の生命、自由及び幸福追求の権利が根底から覆される明白な危険がある」状態が発生したか否かという因果関係を認定する自由裁量

  ⇒ この両者の要件は切り離すことのできない結合関係にあるわけでもなく、客観的に明白な因果関係の連続性を示す基準も存在していない。


 これは、「自国に対する武力攻撃」が発生していなくとも、「他国に対する武力攻撃が発生」した影響により「我が国の存立が脅かされ、国民の生命、自由及び幸福追求の権利が根底から覆される明白な危険がある」という状態を認定することができれば、「武力の行使」が可能となるものである。
 しかし、この事態の認定行為は基本的に内閣の政治的な判断である。

 このように、要件に該当するか否かを明確に判定できない曖昧不明確なものとしたことにより、「『武力の行使』の発動要件」についても『数量』的な『必要最小限度』で統制することに変更されたのである。

 しかし、この「存立危機事態」の要件は、自国ではない他国に対する何らかの「武力攻撃」が発生した時点で、政府の自由な判断によって「武力の行使」に踏み切ることを可能とするものとなっており、9条の規定が存在することから求められる政府の行為を制約する法規範としての歯止めが存在していない。

 これは、「他国に対する武力攻撃」が発生した時点で、自国都合による「武力の行使」が可能となるものとなっていることから、9条1項の趣旨を逸脱する。
 9条の制約の下で13条の「生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利」を保障する趣旨を根拠として導かれる『必要最小限度』の意味を、「『武力の行使』の発動要件」についても『数量』的に捉えた点で、9条の趣旨から求められる法規範としての歯止めを損なわせたものである。



〔第二段階〕 発動した「『武力の行使』の程度・態様」は『数量』的な『必要最小限度』の概念で統制

 (閣議決定の前後で、統制方法は変わらないが、三要件の第一要件、第二要件が変わったことから、第三要件としての「『武力の行使』の程度・態様」の『必要最小限度』の意味も変化することとなる。)

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 しかし、2014年7月1日閣議決定で設けられた「存立危機事態」の要件は、「わが国と密接な関係にある他国に対する武力攻撃が発生し、これによりわが国の存立が脅かされ、国民の生命、自由および幸福追求の権利が根底から覆される明白な危険があること」というものである。

 これらは、下記の点で規範性が損なわれている。


 「我が国と密接な関係にある他国に対する武力攻撃が発生」を満たすか否かという点については『性質』による判断ではある。しかし、「密接な関係にある他国」であるかないかについては政治判断である。どの国家が対象となるかに対しては『数量』との表現は馴染まないが、適用範囲を自在に変更できる要件であり、制限的な意味は乏しいものである。また、「他国に対する武力攻撃が発生」という事態に該当するか否かはその他国が認定するものであ。そのため、我が国が「他国に対する武力攻撃が発生」を満たすか否かを認定するということ自体が、自国の憲法上の規定である9条の制約の下で何らかの基準になり得ると考えることができるのかも検討を要するものである。


 また、それらを満たすとしても、それにより、「我が国の存立が脅かされ、国民の生命、自由及び幸福追求の権利が根底から覆される明白な危険がある」状態であるか否かという点については『数量』によって判断するものとなっている。
 しかし、未だ「我が国と密接な関係にある他国に対する武力攻撃が発生」の部分を満たすとしても、それによって9条の規定が有する規範性を通過しているわけではないのであるから、それを満たしていることを理由に「武力の行使」を発動できるか否かが政府の自由裁量となるわけではない。それにもかかわらず、「わが国の存立が脅かされ、国民の生命、自由および幸福追求の権利が根底から覆される明白な危険があること」の部分を満たすか否かを内閣の判断や国会の承認によって『数量』的に判断することによって、「武力の行使」が可能であるかのような要件となっているのである。

 つまり、2014年7月1日閣議決定以降は、9条の規定に一定のライン引きが存在せず、9条の規制があたかも『数量』的なものであるかのように解釈しているのである。
 9条に抵触するか否かの基準となるものを、政府の『数量』的な判断に任せることとする解釈は、規定に含まれる政府の恣意的な行為を統制しようとする規範的な意味を失わせ、9条が存立している事実そのものを損なうものということができる。
 「『武力の行使』や『武力組織』を統制する規制規範が存在する」という9条の規範が存在する意味自体を踏み越えるものである。

 

 9条に抵触するかどうかの基準について、〔第二段階〕の「武力行使の程度・態様」についてだけでなく、〔第一段階〕の「武力行使の発動要件」についての規範性をも『数量』的なものとして考えることは、9条が規範性を有する法規範としての存在意義を保つための一線を越えるものである。
 
 このような、9条に抵触するか否かの基準を、政府による『数量』的な判断に任せるとする解釈に変更することは、実質的には政府が「国民の権利」や「自国の利益」を意図して自国都合の「武力の行使」を発動することを可能とするものである。

 

 「存立危機事態」の要件を定め、「武力の行使」の発動要件を『数量』的なものへと変更した点は、9条の対象としている国家作用があたかも明確には存在しておらず、9条という規範に超えてはならない明確な一線が存在しないとして「努力義務」の規定であるかのように扱ったものであり、法令解釈を誤ったものである。


 このような解釈に基づいて閣議決定された「存立危機事態」の要件は、行政権(65条)に与えられた行政裁量を逸脱し、違憲となる。


 また、同様にこの解釈に基づいて立法された自衛隊法76条1項2号の「存立危機事態」の規定も、立法権(41条)に与えられた立法裁量を越え、違憲となる。




<理解の補強>


集団的自衛権と憲法9条解釈のスタンス 北星学園大学  2016-03

「7.1閣議決定」をめぐる楽観論、過小評価論の危うさ 2014年8月4日

安保関連法の違憲性と問題性 PDF

憲法9条を再生させるための改正論ーなぜ、どのように9条を改正するのか 17 Mar 2017 PDF

 (憲法9条を再生させるための改正論ーなぜ、どのように9条を改正するのか 17 Mar 2017)

第18回 「安倍9条改憲」は「自衛隊合憲」の弁明放棄 法学館憲法研究所 2017年11月20日

http://konishi-hiroyuki.jp/wp-content/uploads/2014/05/5-20140421182051996.pdf

「法の欠缺」(ルールの不存在)に、どう対処すべきか? 2018-03-18
成城大学法学部教授・松田浩氏 憲法学者アンケート調査


行政裁量 Wikipedia
行政裁量 ウィキバーシティ

自由裁量処分 Wikipedia

  統制の対象 2014年7月1日閣議決定前の『必要最小限度』の統制方法 2014年7月1日閣議決定後の『必要最小限度』の統制方法
 9条1項
「戦争」「武力による威嚇又は武力の行使」
〔第一段階〕
「武力の行使」の発動要件(権限)

  性質

「自衛のための『必要最小限度』の実力(旧三要件を満たす武力の行使)」であることによって統制していた。第一要件の「我が国に対する急迫不正の侵害があること」を満たさなければ「武力の行使」を発動してはならないという事態の『性質』に基準を設定していた。

この基準の設定は、9条の規制規範としての規範性を損なわせることのない明確な基準が存在しているため合憲と解する余地がある。
宣戦布告による開戦や先制攻撃、自国都合の「武力の行使」は違憲

  数量
「存立危機事態」の要件には「我が国の存立が脅かされ、国民の生命、自由及び幸福追求の権利が根底から覆される明白な危険がある」の文言が含まれており、これは事態の『数量』を基準として「武力の行使」の可否を判断するものとなっている。

9条の規範性を損なっており、違憲である。
「他国に対する武力攻撃」であるにも関わらず、『他国防衛』が目的ではなく、自国都合による「武力の行使」を可能とする要件であるため「国際紛争を解決する手段として」の「武力の行使」に該当し違憲となる。

宣戦布告による開戦や先制攻撃、自国都合の「武力の行使」は違憲

〔第二段階〕
「武力の行使」の程度・態様

  数量
「武力の行使」の三要件の第三要件の「『必要最小限度』の実力行使にとどまるべきこと」で統制していた。

ここでは『数量』としているが、実際には「我が国に対する武力攻撃(第一要件)」を「排除する(第二要件)」ための『必要最小限度(第三要件)』であり、第一要件と第二要件を達成したらその時点で「武力の行使」を止めなければならないという、規範性の側面も含むものである。
それを越えた場合は違憲となる。

  数量
「武力の行使」の三要件の第三要件の「『必要最小限度』の実力行使にとどまるべきこと」で統制する。

新三要件の「存立危機事態(第一要件)」を「排除(第二要件)」するための『必要最小限度』とは、第一要件の「存立危機事態」が数量的な規範性を有しない要件であることから、第三要件の程度・態様も限度を画することができない。結局ここでも第一要件の違憲性の影響を受けることにより、違憲となる。

9条2項前段

「陸海空軍その他の戦力」

〔第一段階〕
組織の権限

  性質
基本的に国内での行政権の範囲は合憲

「我が国に対する武力攻撃」を「排除する」ための活動は、我が国国内での活動であるから、行政権の行使として見ることが可能である。明確な軍事権の行使と区別することも可能と考えられる。

軍事権に該当すれば違憲

 

 

  性質
基本的に国内での行政権の範囲は合憲
『他国防衛』が目的ではなく、自国都合の「武力の行使」を可能とする要件であるため、その性質は侵略的意味を持ちそれを行使する実力組織は「陸海空軍その他の戦力」に該当し違憲
もし「他国に対する武力攻撃」を理由とすることから純粋に『他国防衛』が目的であるとしても、その組織は13条の「国民の権利」で根拠付けることができないため、「陸海空軍その他の戦力」に該当し違憲となる。
自国都合の「武力の行使」や『他国防衛』の「武力の行使」は、国内行政(防衛行政)の範囲を越えることから憲法上の根拠が存在せず違憲となる。

軍事権に該当すれば違憲

〔第二段階〕
組織の程度
  数量
「自衛のための『必要最小限度』」のものであれば合憲
  数量
「自衛のための『必要最小限度』」のものであれば合憲

9条2項後段

「交戦権」

〔第一段階のみ〕

権限

  性質

「わが国を防衛するため必要最小限度の実力を行使」は合憲

「相手国の領土の占領などの権能」は違憲
宣戦布告や先制攻撃も違憲

  性質

「わが国を防衛するため必要最小限度の実力を行使」は合憲。

しかし、新三要件の「存立危機事態」は事態の『数量』を基準として「武力の行使」の可否を決するものであるから、その限度を画することができず、「交戦権」に抵触して違憲となる。

「相手国の領土の占領などの権能」は違憲

宣戦布告や先制攻撃も違憲



 



曖昧不明確な要件ではないか

  【恣意性を制約する基準を示すところがなく、自由裁量となることからの違憲】

 「存立危機事態」の要件の「我が国の存立が脅かされ、国民の生命、自由及び幸福追求の権利が根底から覆される明白な危険がある」という部分は、いかなる状態を指しているのか漠然不明確なものである。
 これは、どの段階で「武力の行使」が可能となるのか、明確な基準を示すものは存在していない。

 また、「明白な+危険」の意味を解きほぐすと、「明白な恐れ」と考えられ、「恐れ」が明白であることは、何ら客観的な基準とはならず、政治的な都合による主観的な判断にならざるを得ない。

 これらのことは、実質的に「我が国の存立が脅かされ、国民の生命、自由及び幸福追求の権利が根底から覆される明白な危険がある」に該当するか否かの認定は、政治判断となることを意味する。


 このような要件は、政府の恣意的な判断によって「武力の行使」が行われることを制約することを趣旨とする9条の規範性を損ない、9条の規定が存在している意義そのものを喪失させるものとなるため、9条に抵触して違憲となる。


 また、9条は前文の「平和主義」の理念に深く根付いた規定であり、9条の規範性を曖昧にする形で「武力の行使」の発動要件を設けることは、その価値を損なうこととなる。このことは、
行政権や立法権に与えられた裁量権の範囲を逸脱し、違憲となる。


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 今回の安保法制案に盛り込まれた武力行使の新要件は、国民にとって有効な限定とはいえません。それは、存立危機事態や重要影響事態を認定する要件の中に「幸福追求権」が含まれ、その説明の中に経済的利益が含まれているからです。
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さらに「幸福追求権」というものは、憲法上「包括的基本権」という性質を持ち、解釈によって新たな権利を生み出す基盤とされている権利なので、これを根拠にするということは、政府が軍事行動を起こす理由を恣意的に創作する可能性に道を開いてしまいます。
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志田陽子(武蔵野美術大学) 安保法案学者アンケート 2015年7月17日




漠然不明確・過度の広範性の判断


 「存立危機事態」の要件の内容が「漠然不明確」「曖昧不明確」「過度の広範性」などに抵触して違憲となるかどうかを検討する。

徳島市公安条例事件(昭和50年9月10日)

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刑罰法規があいまい不明確のゆえに憲法三一条に違反するものと認めるべきかどうかは、通常の判断能力を有する一般人の理解において、具体的場合に当該行為がその適用を受けるものかどうかの判断を可能ならしめるような基準が読みとれるかどうかによつてこれを決定すべきである。

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刑罰法規の定める犯罪構成要件があいまい不明確のゆえに憲法三一条に違反し無効であるとされるのは、その規定が通常の判断能力を有する一般人に対して、禁止される行為とそうでない行為とを識別するための基準を示すところがなく、そのため、その適用を受ける国民に対して刑罰の対象となる行為をあらかじめ告知する機能を果たさず、また、その運用がこれを適用する国又は地方公共団体の機関の主観的判断にゆだねられて恣意に流れる等、重大な弊害を生ずるからであると考えられる。
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 「あいまい不明確ゆえに無効」や「過度の広範性ゆえに無効」については、31条だけでなく、41条違反説も存在している。

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  P10
例えばグイド・カラブレイジによると、憲法上の一定の重要な権利(fundamental rights)を制約する法令に漠然不明確な文言が用いられるのは、当該文言の射程につき十分に審議する時間が無かったり、単なる不注意による場合もあろうし、また被治者の権利が、彼らが思いもよらぬケースに至るまで制限されることになるという事実を故意に隠しつつ法律を成立させるため、あいまいな文言が選好されるという悪質な場合すら、想定されないわけではない。しかし、いずれにしても、これらのようなケースでは、議員は有権者に対し民主的な説明責任を果たしておらず、ひいては法律の内容が真に民意に基づいて決定されたことにはならないという瑕疵が認められる。そこでこうしたケースにおいては、当該立法の規範的内容に着目した違憲判断ではなく、当該立法が真に民意に基 づくものとはいえないという手続的瑕疵を理由とする違憲判断を行うべきである。

  P12
ドイツ流に「法律の留保」と呼ぼうと、またアメリカ流に立法権の「委任禁止」と呼ぼうと、また当代日本の憲法学に広まっている表現で「国会中心立法の原則」と呼ぼうと、被治者の権利を制約する一般的規範を含む一定範囲の規範(「実質的意味の法律」)の制定改廃は国会の専権事項であるとの要請が、憲法41条に含意されていることについては、争いは無いと言ってよかろう(争われているとすれば、被治者の権利を制約する一般的規範以外に、「実質的意味の法律」にはどのようなものが含まれるか、であるが、それは本稿の関心対象ではない。)。漠然不明確な権利制約立法は、その適用に当たる裁判所に実質的に立法権を委任するに等しいがゆえ、憲法41条の趣旨に照らして問題であると考えられる。


  P16
これに対し過度の広範性問題もまた、不明確な法令の場合と同様 に、法適用機関に対する実質的な立法権委任問題として把握して良いものであろうか。少なくとも広島市暴走族追放条例事件において現れた過度の広範性問題もまた、同様に考えて良いと思われる。というのは、規定の射程は明確だが過度に広範とは言っても、規定の文言のみからは規制対象範囲の本当の境目が判然とせず、最高裁が施した合憲限定解釈を通じそれが明らかにされる点、また過度の広範性ゆえ本来合憲的に規制対象にはできないはずの人々に対して萎縮的効果をもたらす点において、漠然不明確な規定の場合と変わりはないからである 16)。

  P17~18
まず同判決は、「条例19条が処罰の対象としているの[が]、同17条の市長 の中止・退去命令に違反する行為に限られる」ことを、過度に広範ではない理由の一つとしているが、これについてはまず、本件では条例の各規定が憲法31条のみならず憲法21条1項に違反しないかも問題となっていたはずであるから、「処罰の対象」が憲法31条に照らして十分絞られているかどうかとは別途不利益処分(中止・退去命令)の根拠法規としての過度の広範性が憲法21条1項に照らして問題とされなくてはならなかったはずである。また中止・退去命令に違反する行為に限って処罰対象とすることは、刑罰の適用対象の決定権を市長に「委任」していることになるから、本来、憲法上の疑義を払拭するための理由とはなし難いものではないか。
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論説 法令の「漠然不明確」・「過度の広範」性が《形式的》正当化の問題であるということの意味 ――「罪刑法定主義」・「法律による行政の原理」の民主主義的側面のゆくえ―― 大石和彦 PDF


 上記の考え方を参考とすれば、「存立危機事態」の要件の「漠然不明確な文言」は、「思いもよらぬケースに至るまで制限されることになるという事実を故意に隠しつつ法律を成立させるため、あいまいな文言が選好されるという悪質な場合」にあたるため、「手続き的瑕疵を理由とする違憲判断を行うべき」と考えられる。

 

 漠然不明確な権利制約立法(存立危機事態による武力の行使の侵害)は、「その適用にあたる裁判所に実質的に立法権を委任するに等しいがゆえ」、「国会の専権事項であるとの要請」である「法律の留保」や「立法権の『委任禁止』」、「国会中心立法の原則」の趣旨を含意する41条の趣旨に照らして違憲判断になると考えられる。


 「存立危機事態」の要件の問題は、31条のみならず、9条に違反しないかも問題となっている事例であるから、対象となる事柄が「憲法31条に照らして十分絞られているかどうかとは別途」、「武力の行使」の根拠法規としての過度の広範性が憲法9条に照らして違憲かどうかが問題とされなくてはならないはずである。


 しかし、存立危機事態の「我が国と密接な関係にある他国」の範囲や、「我が国の存立が脅かされ、国民の生命、自由及び幸福追求の権利が根底から覆される明白な危険がある事態」に該当するかどうか、また、その他国に対する武力攻撃の発生が我が国の事態に影響を与えているか否かの因果関係の判断を行う決定権を内閣に「委任」しているものである。


 これは、41条の「法律の留保」「立法権の委任」「国会中心立法」について定めた趣旨に関して、憲法上の疑義を払拭するに足りるものではない。


 このことから、
裁判所は「内閣が決定した事態が、存立危機事態である」との理由によって「合憲部分の範囲を相当程度に限定した解釈が可能」と見なす論理をとることは妥当でないことから、合憲限定解釈を採用することはできない。


 よって、「存立危機事態」の要件は、31条の適正手続きの保障の観点から漠然不明確(あいまい不明確)および過度の広範性が認められ違憲となる。


 漠然不明確や過度の広範性が認められることから、結果として9条にも抵触するため違憲となる。



<理解の補強>


「存立危機事態」は存在するか 安保法制の根幹をめぐるガチ論 中谷元・前防衛相VS木村草太・首都大学東京教授 2016年11月21日

安倍首相が驚きの答弁。「米艦への攻撃の危険があれば、それだけで日本は存立危機状態になり、参戦できる」 2015年07月11日

自衛隊明記の改憲は違憲無効であることの証明 ~集団的自衛権解釈変更という虚偽から紐解く憲法九六条等違反~

「存立危機事態」なんてフリーハンドで捏造できるし、そもそも新3要件自体が論理的矛盾を内包していているデタラメなものです 2015年07月06日

(社説)「安保法」訴訟 あぜんとする国の主張 2018年2月3日

自衛官の安保出動拒否、審理差し戻し、「司法の黙認が許されないことを示した」猪野弁護士が指摘 2018年02月04日

木村草太氏が語る「存立危機事態条項」に多く含まれる曖昧さ、不明確さ、違憲性 2015/07/15

安全保障関連法案に反対し、その廃案を求める会長声明 平成27年 8月21日

40.「存立危機事態」とは何でしょうか。 2015年8月15日

安保法制違憲訴訟 大分では2017年1月10日提訴

 神戸大学准教授・木下昌彦氏 憲法学者アンケート調査

専修大学法学部教授・内藤光博氏 憲法学者アンケート調査
武蔵野美術大学造形学部教授・志田陽子氏 憲法学者アンケート調査
関西大学法学部教授・高作正博氏 憲法学者アンケート調査

 


要件該当性の作出行為が可能


 「我が国と密接な関係にある他国に対する武力攻撃が発生」した際に、「これにより我が国の存立が脅かされ、国民の生命、自由及び幸福追求の権利が根底から覆される明白な危険がある」にあたるかというのは、政治判断である。

 

 通常であれば、他国間に起きている戦闘行為によっても、自国への重大な影響が及ばないように日頃から政策的に対応しておくべきものである。政府に対しては、戦争が起こらないように「これにより我が国の存立が脅かされ、国民の生命、自由及び幸福追求の権利が根底から覆される明白な危険がある」に至ってしまうことがないように、日ごろから政策的な努力が求められるはずである。


 しかし、「存立危機事態」の要件は、「武力の行使」に踏み切る可能性となるラインである「これにより我が国の存立が脅かされ、国民の生命、自由及び幸福追求の権利が根底から覆される明白な危険がある」を、自国の都合によって、政策的に影響を受けやすい(脆弱性のある)状態を生み出すことが可能となる。このような、「これにより」発生したかどうかというのは、日本が他国間に起きている戦闘による影響を受けやすい状態を政治政策において意図してつくり出し、この要件に該当するような状態をつくり出すことが可能なものである。敢えて不作為によって脆弱性をつくり出すことで「武力の行使」が可能となるように基準が設定されていることは、政府の恣意的な「武力の行使」を生み出す蓋然性の高い状態に置くこととなる。


 よって、「存立危機事態」の要件は、9条が自国都合によって政府が「武力の行使」に踏み切ることを禁じた趣旨に反する内容である。その結果、9条に抵触し、違憲となると考えられる。



他国の「先制攻撃」に加担することが可能

 

 「我が国と密接な関係にある他国」が第三国に対して先制攻撃を行った場合、その第三国(被攻撃国)が国際法上の「自衛権を行使」して、「武力の行使」を行うことが考えられる。この場合、その第三国による反撃は、「存立危機事態」の要件である「『我が国と密接な関係にある他国』に対する武力攻撃が発生」に該当することとなる。この影響によって、日本国の政府が「我が国の存立が脅かされ、国民の生命、自由及び幸福追求の権利が根底から覆される明白な危険がある」に該当すると認定した場合、「我が国と密接な関係にある他国」が行った不正な先制攻撃に加担する「武力の行使」を行うことが可能となっている。


 このような、「我が国と密接な関係にある他国」の行った不正な「武力の行使」に起因する、被攻撃国の「自衛権の行使」による「我が国と密接な関係にある他国」に対する「武力の行使」を、「我が国と密接な関係にある他国に対する武力攻撃」と見なすことによって、日本国が「武力の行使」に踏み切ることが可能な要件となっていることは、9条の趣旨に反する。


 よって、9条1項の「国際紛争を解決する手段として」の「武力の行使」に該当し、違憲となる。


 また、そのような「武力の行使」を行う組織の実態も、9条2項の禁ずる「陸海空軍その他の戦力」に該当し、違憲となる。



「先に攻撃」による違憲


 政府によれば、「存立危機事態」は「他国に対する武力攻撃」が発生した場合を契機としているが、
その他国を防衛する意図がなく、『自国防衛』のための「武力の行使」を行うとするものである。


 しかし、9条は『自国防衛』と称して政府が自国都合の「武力の行使」に踏み切ることを制約する趣旨の規定であり、「他国に対する武力攻撃」が発生したからといって未だ『自国防衛』と称する「武力の行使」が許容されるわけではない。

 このような直接「自国に対する武力攻撃」の『着手』がない段階で「武力の行使」に踏み切るのであれば、それは結局「自国民の利益」を実現するために政府が「武力の行使」に踏み切ることと何ら異ならないのであり、まさに「自国民の利益」を追求するために政府が「先に攻撃(先制攻撃)」を行うことを禁じる9条1項の「国際紛争を解決する手段として」の「武力の行使」に該当するため違憲となる。



 「自国に対する直接の武力攻撃」が発生していない段階で「武力の行使」に踏み切ることは、13条の「国民の権利」を拡大適用して「自国民の利益」を追求する意図を含む「武力の行使」となる。これは、「先に攻撃」を行うものであるから、9条1項の禁ずる「国際紛争を解決する手段として」の「武力の行使」に該当するため違憲となる。

 

 

 

1972年(昭和47年)政府見解からのアプローチ

 2014年7月1日閣議決定は、1972年(昭和47年)政府見解の「基本的な論理」と称する部分について、「憲法第9条の下では今後とも維持されなければならない。 」との前提を置いている。また、「存立危機事態」の要件を含む「武力の行使」の新三要件について「従来の政府見解の基本的な論理に基づく自衛のための措置」である旨を述べている。

 もし「基本的な論理」と称する部分が維持されており、この規範性が保たれているのであれば、「存立危機事態」の要件の「我が国の存立が脅かされ、国民の生命、自由及び幸福追求の権利が根底から覆される明白な危険がある事態」の部分は、「我が国に対する武力攻撃が発生したこと(我が国に対する急迫不正の侵害があること)」を意味するとしか解することができない。

 なぜならば、1972年(昭和47年)政府見解の「基本的な論理」と称している部分の「あくまで外国の武力攻撃によつて」の文言は、9条が政府の行為を制約する意図を生かした憲法解釈として導かれたものであり、「武力の行使」の発動に政府の恣意性の入る余地のない受動的・客観的に明確な基準として「我が国に対する武力攻撃が発生したこと(我が国に対する急迫不正の侵害があること)」に規範性を設定したものだからである。

 これは、旧三要件の第一要件の「我が国に対する急迫不正の侵害があること」に対応するものであり、これを満たす中で行われる「武力の行使」は国際法上の区分では「個別的自衛権」に該当する。

 1972年(昭和47年)政府見解「基本的な論理」と称する部分が確かに「維持されている」のであれば、「我が国に対する武力攻撃が発生したこと(我が国に対する急迫不正の侵害があること)」の要件を満たさない限りは、「武力の行使」ができないのである。

 結果として、「存立危機事態」に基づく「武力の行使」を実施する際にも、「我が国に対する武力攻撃が発生したこと(我が国に対する急迫不正の侵害があること)」を満たさなければならないのである。


 しかし、2014年7月1日閣議決定でも示されている通り、「存立危機事態」の要件は「わが国に対する武力攻撃が発生したこと」の要件と区別されている。このことから考えると、「わが国の存立が脅かされ、国民の生命、自由および幸福追求の権利が根底から覆される明白な危険がある」状態は、「我が国に対する武力攻撃」が未だ発生していない場合であることを前提としていると解することができる。また、閣議決定の中でも「国際法上は、集団的自衛権が根拠となる場合がある。」と述べていることから考えると、「我が国に対する武力攻撃が発生したこと」の要件を満たさない段階での「武力の行使」を意図するものと考えられる。

 すると、結果として「存立危機事態」に基づく「武力の行使」は、1972年(昭和47年)政府見解の「基本的な論理」と称する部分には当てはまらないものであり、「基本的な論理」と称する部分は維持されていないこととなる。2014年7月1日閣議決定は「維持されなければならない。」との前提を置いているにもかかわらず、結論として「存立危機事態での武力の行使」を許容しようとしていることは、論理的整合性が存在していないのである。

 これは、憲法解釈において求められる「適正手続き」を誤っており、違法となる。また、これにより9条の規範性が損なわれているため、9条に抵触して違憲となる。



 つまり、下記のいずれかのルートによって、結局違憲となるということである。

〇 1972年(昭和47年)政府見解が維持されている場合

 ⇒ 「我が国に対する武力攻撃」が発生していない段階での「存立危機事態での武力の行使」は、1972年(昭和47年)政府見解という違憲審査基準によって9条に抵触し、違憲となる


〇 「存立危機事態での武力の行使」が「我が国に対する武力攻撃」が発生していない段階での「武力の行使」である場合

 ⇒ 1972年(昭和47年)政府見解は維持されておらず、9条の規範性が損なわれているため違憲となる



 もし、1972年(昭和47年)政府見解の「あくまで外国の武力攻撃によつて…」の文言の中に、「存立危機事態」の要件の「我が国と密接な関係にある他国に対する武力攻撃」が含まれていると読もうとするならば、これは『法的安定性』を損なう不正な解釈である。


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 「法的安定性」(法的安全・法的確実性)(参考:ブリタニカ国際大百科事典)
>法による社会秩序がもたらす社会生活の安定という価値
>法それ自体の安定からもたらされる法価値
  1. 法が実定法であること
  2. 法はその法の解釈、適用が客観的であること
  3. その法の実効性があること
 法的安定性は法の目的であり、法が追求すべき正義、衡平などの公示の諸目的を達成するために、まず実現すべき卑近な第一次的な目的とされる。
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 また、お尋ねの「法的安定性」とは、法の制定、改廃や、法の適用を安定的に行い、ある行為がどのような法的効果を生ずるかが予見可能な状態をいい、人々の法秩序に対する信頼を保護する原則を指すものと考えている。仮に、政府において、論理的整合性に留意することなく、憲法解釈を便宜的、意図的に変更するようなことをするとすれば、法的安定性を害し、政府の憲法解釈ひいては憲法規範そのものに対する国民の信頼が損なわれかねないと考えられる。
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参議院議員小西洋之君提出七・一閣議決定の法的安定性と論理的整合性の意味等に関する質問に対する答弁書 平成29年6月27日

   【参考】衆議院議員島聡君提出政府の憲法解釈変更に関する質問に対する答弁書 平成16年6月18日

 規範性に関して、「存立危機事態」の要件の「我が国の存立が脅かされ、国民の生命、自由及び幸福追求の権利が根底から覆される明白な危険がある事態(こと)」の部分が、1972年(昭和47年)政府見解に示された「国民の生命、自由及び幸福追求の権利が根底からくつがえされる」の部分と一致するものであることを理由に、9条解釈の規範性が保たれていると主張が考えられる。

 しかし、この「国民の生命、自由及び幸福追求の権利が根底からくつがえされる」との文言は、13条の「生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利」の文言に由来するものである。政府が「国民の利益」を実現するために対外的な「武力の行使」に踏み切ることは歴史上幾度も経験するところであり、そのような「武力の行使」を制約するために9条の規定が存在するのであるから、この「国民の権利」の危険そのものを「武力の行使」の発動要件を制約する規範性に設定することは、9条が政府の行為を制約する規定として存在している意義そのものを損なうこととなる。

 これにより、1972年(昭和47年)政府見解の「国民の生命、自由及び幸福追求の権利が根底からくつがえされる」との文言に規範性を見出そうとすることは9条が存在することを前提とした整合的な憲法解釈として成り立たないのであって、「存立危機事態」の要件の「我が国の存立が脅かされ、国民の生命、自由及び幸福追求の権利が根底から覆される明白な危険がある事態(こと)」に規範性が存在するとは言うことができない。


 また、「我が国と密接な関係にある他国に対する武力攻撃が発生」したことは、1972年(昭和47年)政府見解の「あくまで外国の武力攻撃によつて国民の生命、自由及び幸福追求の権利が根底からくつがえされるという急迫、不正の事態に対処し、」の文言の意味する我が国にとっての「急迫性」や「不正性」の基準に該当するものではない。なぜならば、「他国に対する武力攻撃」について「急迫性」や「不正性」があるのか否かという判断基準は、他国が独自に判断するものであり、我が国が勝手に「急迫性」や「不正性」を認定することができないからである。

 よって、1972年(昭和47年)政府見解の「あくまで外国の武力攻撃によつて国民の生命、自由及び幸福追求の権利が根底からくつがえされるという急迫、不正の事態に対処し、」の文言の意味の中に「我が国と密接な関係にある他国に対する武力攻撃が発生」したことは含まれない。

 また、1972年(昭和47年)政府見解の「国民の生命、自由及び幸福追求の権利が根底からくつがえされるという急迫、不正の事態」の部分と、「我が国の存立が脅かされ、国民の生命、自由及び幸福追求の権利が根底から覆される明白な危険がある」の部分が対応関係にあるか否かについても、「他国に対する武力攻撃」についての「急迫性」や「不正性」の認定はその他国が独自に行うものであるから、「我が国と密接な関係にある他国に対する武力攻撃が発生」したことについて我が国が勝手に「急迫性」や「不正性」があると認定し、「国民の生命、自由及び幸福追求の権利が根底からくつがえされる」の部分と因果関係を結び付けて考えることのできる性質を有していない。

 そのため、1972年(昭和47年)政府見解の「国民の生命、自由及び幸福追求の権利が根底からくつがえされるという急迫、不正の事態」の部分と、「我が国の存立が脅かされ、国民の生命、自由及び幸福追求の権利が根底から覆される明白な危険がある」の部分は対応関係がない。1972年(昭和47年)政府見解の「基本的な論理」と称する部分の範囲内であるとは言うことができない。


 他にも、「我が国の存立が脅かされ、国民の生命、自由及び幸福追求の権利が根底から覆される明白な危険がある事態(こと)」という文言だけでは、一体どのような状態を指しているのか曖昧不明確である。この曖昧不明確な要件に該当するか否かを判断することは、結局政治判断となるのであって、9条が恣意的な権力行使を制約する規範として存在することから求められる
規範性を保っているとは言うことができない。


 これにより
、「存立危機事態」の要件は9条の規範性を損なっており、9条の下でも13条の趣旨によって「9条に抵触しない範囲」、あるいは「9条の例外」として「自衛のための必要最小限度の実力行使」が許容されると解釈した1972年(昭和47年)政府見解の「基本的な論理」と称する部分に示された「自衛の措置」の範囲を越える。「存立危機事態での武力の行使」は、9条に抵触し違憲である。


 このことは同時に、1972年(昭和47年)政府見解の「基本的な論理」と称する部分から逸脱した13条の趣旨に含まれない「武力の行使」を行うものであるから、行政権の目的外使用となる。行政権の範囲とはいうことができず、結果として9条2項の禁ずる「陸海空軍その他の戦力」の軍事権限に該当するため違憲となる。


 よって、2014年7月1日閣議決定によって「存立危機事態」の要件を定めたことは、行政権(65条)を持つ内閣に与えられた行政裁量の範囲を逸脱し、9条に違反して違憲となる。(「2014年7月1日閣議決定の手続きの瑕疵」による31条違反は別の論点である)
 また、立法権(41条)を持つ国会の立法によって成立した法律についても、この「存立危機事態」の要件を持つ自衛隊法76条1項2号の規定が、9条に違反し、違憲である。

 「存立危機事態での武力の行使」について、国際法上「集団的自衛権」に該当して違法性が阻却される場合があるにしても、国内法上は違憲であるという結論は異ならない。





「他国防衛ではない」としている


 政府は「存立危機事態」での「武力の行使」について、「他国を防衛すること自体を目的とするものではない」や、「他国を防衛するための武力行使ではなく、あくまでも我が国を防衛するため」の「武力の行使」であると説明している。

 

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    P61
2 一方、パワーバランスの変化や技術革新の急速な進展、大量破壊兵器などの脅威等により我が 国を取り巻く安全保障環境が根本的に変容し、変化し続けている状況を踏まえれば、今後他国に対して発生する武力攻撃であったとしてもその目的、規模、態様等によっては、我が国の存立を 脅かすことも現実に起こり得る。新三要件は、こうした問題意識の下に、現在の安全保障環境に 照らして慎重に検討した結果、このような昭和47 年の政府見解の(1)及び(2)の基本的な論理を維持し、この考え方を前提として、これに当てはまる例外的な場合として、我が国に対する 武力攻撃が発生した場合に限られるとしてきたこれまでの認識を改め、「我が国と密接な関係にあ る他国に対する武力攻撃が発生し、これにより我が国の存立が脅かされ、国民の生命、自由及び 幸福追求の権利が根底から覆される明白な危険がある」場合もこれに当てはまるとしたものであ る。すなわち、国際法上集団的自衛権の行使として認められる他国を防衛するための武力の行使それ自体を認めるものではなく、あくまでも我が国の存立を全うし、国民を守るため、すなわち 我が国を防衛するためのやむを得ない自衛の措置として、一部、限定された場合において他国に 対する武力攻撃が発生した場合を契機とする武力の行使を認めるにとどまるものである。したがって、これまでの政府の憲法解釈との論理的整合性及び法的安定性は保たれている。


3 新三要件の下で認められる武力の行使のうち、国際法上は集団的自衛権として違法性が阻却さ れるものは、他国を防衛するための武力の行使ではなく、あくまでも我が国を防衛するためのやむを得ない必要最小限度の自衛の措置にとどまるものである。


(明確性について)
4 憲法の解釈が明確でなければならないことは当然である。もっとも、新三要件においては、国際情勢の変化等によって将来実際に何が起こるかを具体的に予測することが一層困難となってい る中で、憲法の平和主義や第9条の規範性を損なうことなく、いかなる事態においても、我が国と国民を守ることができるように備えておくとの要請に応えるという事柄の性質上、ある程度抽象的な表現が用いられることは避けられないところである。

 その上で、第一要件においては、「我が国と密接な関係にある他国に対する武力攻撃が発生し、 これにより我が国の存立が脅かされ、国民の生命、自由及び幸福追求の権利が根底から覆される 明白な危険があること」とし、他国に対する武力攻撃が発生したということだけではなく、そのままでは、すなわち、その状況の下、武力を用いた対処をしなければ、国民に我が国が武力攻撃を受けた場合と同様な深刻、重大な被害が及ぶことが明らかであるということが必要であることを明らかにするとともに、第二要件においては、「これを排除し、我が国の存立を全うし、国民を守るために他に適当な手段がないこと」とし、他国に対する武力攻撃の発生を契機とする「武力 の行使」についても、あくまでも我が国を防衛するためのやむを得ない自衛の措置に限られ、当該他国に対する武力攻撃の排除それ自体を目的とするものでないことを明らかにし、第三要件に おいては、これまで通り、我が国を防衛するための「必要最小限度の実力の行使にとどまるべきこと」としている。

 このように、新三要件は、憲法第9条の下で許される「武力の行使」について、国際法上集団的自衛権の行使として認められる他国を防衛するための武力の行使それ自体ではなく、あくまでも我が国の存立を全うし、国民を守るため、すなわち我が国を防衛するためのやむを得ない必要最小限度の自衛の措置に限られることを明らかにしており、憲法の解釈として規範性を有する十分に明確なものである。

    P80

5. いずれにせよ、「Defense of Japan 2014」においても、憲法第9条の下で許容される「武力の 行使」は、あくまでも新三要件に該当する場合の自衛の措置としての「武力の行使」に限られており、我が国又は我が国と密接な関係にある他国に対する武力攻撃の発生が前提であり、また、他国を防衛すること自体を目的とするものではない。このように専守防衛は、引き続き、憲法の 精神にのっとった受動的な防衛戦略の姿勢をいうものであり、我が国防衛の基本的な方針として 維持することに、いささかの変更もない。

    P105
2. 「国の存立を全うし、国民を守るための切れ目のない安全保障法制の整備について」(平成 26 年7月1日閣議決定)においても、憲法第9条の下で許容される「武力の行使」は、あくまでも、同閣議決定でお示しした「新三要件」に該当する場合の自衛の措置としての「武力の行使」に限 られており、我が国又は我が国と密接な関係にある他国に対する武力攻撃の発生が前提であり、 また、他国を防衛すること自体を目的とするものではない

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【資料】衆議院及び参議院の「我が国及び国際社会の平和安全法制に関する特別委員会」に提出された政府統一見解等 PDF

立法と調査 事項別索引  外交・防衛  ~外交・国際関係、防衛~ 参議院


 また、76条1項2号に「存立危機事態」の要件を規定している自衛隊法76条1項でも「我が国を防衛するため」、88条1項でも「
が国を防衛するためと記載されている。


自衛隊法
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第六章 自衛隊の行動

(防衛出動)
第76条 内閣総理大臣は、次に掲げる事態に際して、我が国を防衛するため必要があると認める場合には、自衛隊の全部又は一部の出動を命ずることができる。この場合においては、武力攻撃事態等及び存立危機事態における我が国の平和と独立並びに国及び国民の安全の確保に関する法律(平成十五年法律第七十九号)第九条の定めるところにより、国会の承認を得なければならない。
一 我が国に対する外部からの武力攻撃が発生した事態又は我が国に対する外部からの武力攻撃が発生する明白な危険が切迫していると認められるに至つた事態
二 我が国と密接な関係にある他国に対する武力攻撃が発生し、これにより我が国の存立が脅かされ、国民の生命、自由及び幸福追求の権利が根底から覆される明白な危険がある事態
2 内閣総理大臣は、出動の必要がなくなつたときは、直ちに、自衛隊の撤収を命じなければならない。

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(防衛出動時の武力行使)

第88条 第76条第1項の規定により出動を命ぜられた自衛隊は、わが国を防衛するため、必要な武力を行使することができる。
2 前項の武力行使に際しては国際の法規及び慣例によるべき場合にあつてはこれを遵守し、かつ、事態に応じ合理的に必要と判断される限度をこえてはならないものとする。

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 しかし、自衛隊法88条1項によって実施した「武力の行使」が、国連憲章2条4項の「武力不行使の原則」に抵触して国際法上の違法性を問われることがないように、自衛隊法88条2項には「国際法規及び慣例によるべき場合にあってはこれを遵守し」と定め、現在の国連憲章の体制下での国際法上の違法性阻却事由である国連憲章51条の「個別的自衛権」または「集団的自衛権」に該当することを求めている。


 「個別的自衛権」による違法性阻却事由を得るためには、「自国に対する武力攻撃」が発生したことが必要であるが、自衛隊法76条1項2号の「存立危機事態」は、「自国に対する武力攻撃」が発生していない段階での「武力の行使」に踏み切ろうとするものであるから、「個別的自衛権」によって説明することはできない。


 ここで、「集団的自衛権」による違法性阻却事由を得ることができるかであるが、「集団的自衛権」に該当するためには、「他国に対する武力攻撃」が発生したこと以外にも、『
他国からの要請』を満たすことが必要である。

 つまり、たとえ自衛隊法76条1項2号の「存立危機事態」に該当しているとしても、実際には同88条2項の「国際法規及び慣例によるべき場合にあってはこれを遵守し」の規定によって、国際法上の違法性阻却事由である国連憲章51条の「集団的自衛権」にあてはめる必要があり、そのためには「我が国と密接な関係にある他国」からの『集団的自衛権行使の要請(援助要請)』が求められるのである。

 これがない中で「武力の行使」を実施した場合、国際法上「先制攻撃」となり国連憲章2条4項の「武力不行使の原則(武力行使禁止原則)」に抵触して国際法上違法となってしまうのである。


 しかし、政府は『他国からの要請』のない段階で「武力の行使」を実施することは国際法上違法となるため、政府も自衛隊法88条2項の規定に従って「武力の行使」を実施しないとしているにもかかわらず、『他国からの要請』を得られた場合には、国際法上の「集団的自衛権」に当てはめることができることを理由として「武力の行使」を実施することができると説明している。

 しかし、国際法上『他国防衛』を目的とする権利である「集団的自衛権」という区分に当てはめるためには『他国からの要請』が不可欠であり、実際に『他国からの要請』を得られたことによって「武力の行使」の実施が可能となるとしているにもかかわらず、それを国内法上は「他国を防衛するための武力行使ではなく、あくまでも我が国を防衛するため」であると説明することは、論理的整合性がない。

 なぜならば、この『要請』の有無に頼って、「武力の行使」の可否が決定されるということは、その「要請」という要件充足の有無にかかる実質的な意味は、「『我が国と密接な関係にある他国』やその他国民を保護する」という目的を含むものしか存在しないはずだからである。


 このような措置は、裁量論からも他事考慮であり、憲法31条の「適正手続きの保障」の観点から法内容の実体の適正が確保されていないため違憲・違法となる。


 また、このような『他国防衛』の目的を有する「武力の行使」は、9条の制約の下でも、13条の「国民の権利」の実現という目的を達成することを根拠として例外的に「武力の行使」が許容されると解釈する場合の「国民の権利」には適合しない。「国民の権利」の文言によって例外性を根拠付けることのできない「武力の行使」は、9条に抵触するため違憲となる。

 


 さらに、「他国に対する武力攻撃が発生」したことと「我が国を防衛するため」との理由付けには相当因果関係を認めることができない。これは結局、「他国に対する武力攻撃が発生」したことを理由として自国都合の「武力の行使」に踏み切るものということができ、9条に抵触して違憲となる。

 


「総合して判断する」としている

 政府統一見解は、「存立危機事態」に該当するか否かについて、攻撃国の意思、能力、事態の発生場所、事態の規模、態様、推移などの要素を総合的に考慮し、我が国に戦禍が及ぶ蓋然性、国民が被ることとなる犠牲の深刻性、重大性等から客観的、合理的に判断」するとしている。


 結局、「総合して判断する」というのである。


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    P83
1 いかなる事態が存立危機事態に該当するかについては、事態の個別具体的な状況に即して、政府が全ての情報を総合して客観的、合理的に判断することとなるため、一概に述べることは困難であるが、実際に我が国と密接な関係にある他国に対する武力攻撃が発生した場合において、事態の個別具体的な状況に即して、主に、攻撃国の意思、能力、事態の発生場所、事態の規模、態様、推移などの要素を総合的に考慮し、我が国に戦禍が及ぶ蓋然性、国民が被ることとなる犠牲の深刻性、重大性などから客観的、合理的に判断することとなる。

    P86  P88
1  いかなる事態が存立危機事態に該当するかについては、事態の個別具体的な状況に即して、政府が全ての情報を総合して客観的、合理的に判断することとなるため、一概に述べることは困難であるが、よりわかりやすく説明を行うとの観点から、存立危機事態に当たり得る具体的なケー スの一つとして、米国の艦艇が武力攻撃を受ける事例を挙げて説明している。

    P116
  いかなる事態が存立危機事態に該当するかについては、実際に我が国と密接な関係にある他国に対する武力攻撃が発生した場合において、事態の個別具体的な状況に即して、主に、攻撃国の 意思、能力、事態の発生場所、事態の規模、態様、推移などの要素を総合的に考慮し、我が国に戦禍が及ぶ蓋然性、国民が被ることとなる犠牲の深刻性、重大性等から客観的、合理的に判断することになるため、限られた与件のみをもって一概に述べることは困難である。

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【資料】衆議院及び参議院の「我が国及び国際社会の平和安全法制に関する特別委員会」に提出された政府統一見解等 PDF

立法と調査 事項別索引  外交・防衛  ~外交・国際関係、防衛~ 参議院



 政府は「存立危機事態」という「武力の行使」の発動要件について、「客観的、合理的に判断する」としている。しかし、その「客観的」「合理的」の内容こそが、従来は9条解釈の規範を示した1972年(昭和47年)政府見解と、それに対応する旧三要件である。


1972年(昭和47年)政府見解(抜粋)
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憲法は、第9条において、同条にいわゆる戦争を放棄し、いわゆる戦力の保持を禁止しているが、前文において「全世界の国民が・・・・平和のうちに生存する権利を有する」ことを確認し、また、第 13 条において「生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利については、・・・・国政の上で、最大の尊重を必要とする」旨を定めていることからも、わが国がみずからの存立を全うし国民が平和のうちに生存することまでも放棄していないことは明らかであつて、自国の平和と安全を維持しその存立を全うするために必要な自衛の措置をとることを禁じているとはとうてい解されない。

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しかしながら、だからといつて、平和主義をその基本原則とする憲法が、右にいう自衛のための措置を無制限に認めているとは解されないのであつて、それは、あくまで外国の武力攻撃によつて国民の生命、自由及び幸福追求の権利が根底からくつがえされるという急迫、不正の事態に対処し、国民のこれらの権利を守るための止むを得ない措置としてはじめて容認されるものであるから、その措置は、右の事態を排除するためとられるべき必要最少限度の範囲にとどまるべきものである。

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そうだとすれば、わが憲法の下で武力行使を行なうことが許されるのは、わが国に対する急迫、不正の侵害に対処する場合に限られるのであつて、したがつて、他国に加えられた武力攻撃を阻止することをその内容とするいわゆる集団的自衛権の行使は、憲法上許されないといわざるを得ない。

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集団的自衛権と憲法との関係 参議院決算委員会提出資料 内閣法制局 昭和47年10月14日 PDF (P63) 

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 この政府見解の論理を基に、従来「客観的」「合理的」な基準として設けられていた基準
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   【旧三要件】
 我が国に対する急迫不正の侵害があること    ←(客観的・合理的な基準)
 これを排除するために他の適当な手段がないこと
 必要最小限度の実力行使にとどまるべきこと

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 しかし、2014年7月1日閣議決定は、1972年(昭和47年)政府見解の「基本的な論理」と称する部分の「あくまで外国の武力攻撃によつて」の文言が「我が国に対する武力攻撃が発生したこと」の意味であるにもかかわらず、ここに「我が国と密接な関係にある他国に対する武力攻撃」もに含まれると読み替えて「存立危機事態」の要件を定めようとするものである。

 そして、その「存立危機事態」の内容は、「客観的」「合理的」な判断基準を「政府(内閣(+国会)」に託すものであり、明確な基準を設定していないのである。


2014年7月1日閣議決定の主張する1972年(昭和47年)政府見解の「基本的な論理」と「存立危機事態」

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(2)憲法第9条はその文言からすると、国際関係における「武力の行使」を一切禁じているように見えるが、憲法前文で確認している「国民の平和的生存権」や憲法第 13 条が「生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利」は国政の上で最大の尊重を必要とする旨定めている趣旨を踏まえて考えると、憲法第9条が、我が国が自国の平和と安全を維持し、その存立を全うするために必要な自衛の措置を採ることを禁じているとは到底解されない。

 ↓ ↓ ↓ ↓

一方、この自衛の措置は、あくまで外国の武力攻撃によって国民の生命、自由及び幸福追求の権利が根底から覆されるという急迫、不正の事態に対処し、国民のこれらの権利を守るためのやむを得ない措置として初めて容認されるものであり、そのための必要最小限度の「武力の行使」は許容される。


(略)

 ↓ ↓ ↓ ↓


(3)

(略)

こうした問題意識の下に、現在の安全保障環境に照らして慎重に検討した結果、我が国に対する武力攻撃が発生した場合のみならず、我が国と密接な関係にある他国に対する武力攻撃が発生し、これにより我が国の存立が脅かされ、国民の生命、自由及び幸福追求の権利が根底から覆される明白な危険がある場合において、これを排除し、我が国の存立を全うし、国民を守るために他に適当な手段がないときに、必要最小限度の実力を行使することは、従来の政府見解の基本的な論理に基づく自衛のための措置として、憲法上許容されると考えるべきであると判断するに至った。
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国の存立を全うし、国民を守るための切れ目のない安全保障法制の整備について 国家安全保障会議決定 閣議決定 平成26年7月1日

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 2014年7月1日閣議決定によって示された基準(武力行使の新三要件)
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   【新三要件】
〇 我が国に対する武力攻撃が発生したこと、又は我が国と密接な関係にある他国に対する武力攻撃が発生し、これにより我が国の存立が脅かされ、国民の生命、自由及び幸福追求の権利が根底から覆される明白な危険があること    ←(存立危機事態について客観的・合理的な基準を政府に委任)
〇 これを排除し、我が国の存立を全うし、国民を守るために他に適当な手段がないこと
 必要最小限度の実力行使にとどまるべきこと
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 「客観的」「合理的」な基準を政府に白紙委任し、その時々で基準を変更できるようにした。
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 いかなる事態が存立危機事態に該当するかについては、政府が全ての情報を総合して客観的、合理的に判断することとなる

〇 攻撃国の意思、能力、事態の発生場所、事態の規模、態様、推移などの要素を総合的に考慮する
〇 我が国に戦禍が及ぶ蓋然性、国民が被ることとなる犠牲の深刻性、重大性などから客観的、合理的に判断する

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 従来は、9条に抵触しない旨を示すことのできる規範である「我が国に対する急迫不正の侵害があること」の要件に該当するか否かを政府が「客観的」「合理的」に判断していたにも関わらず、「存立危機事態」においては「我が国と密接な関係にある他国に対する武力攻撃が発生」した段階で、9条に抵触する事態か否かという基準自体を政府が「客観的」「合理的」に判断するというものになっているのである。

〇 従来

「我が国に対する急迫不正の侵害があること」 ・・・ これを満たせば、9条に抵触しない

 ⇒ この要件に該当するか否かを政府が「客観的」「合理的」に判断する


〇 「存立危機事態」

「我が国と密接な関係にある他国に対する武力攻撃が発生」した段階で、「これにより我が国の存立が脅かされ、国民の生命、自由及び幸福追求の権利が根底から覆される明白な危険があること」に該当するか否かを政府が「客観的」「合理的」に判断
 ⇒ 9条に抵触しない旨を示す規範はなく、「危険」という政府の主観的判断によって9条の制約から逃れられるかのように考えるもの


 「存立危機事態」要件の内容が曖昧不明確であることに加えて、政府に「客観的」「合理的」な基準となるものを白紙委任し、「総合的に考慮」することで「武力の行使」を可能とすることは、9条の規範性を損なうものであり、違憲である。

 



 9条が憲法規定として設けられている理由は、国権(統治権)を制限することで、政府が国民の利益を追求することによって「戦争」や「武力による威嚇又は武力の行使」に踏み切ることなどを禁じることにある。このことから、法規範として客観的に明確な基準を有さず、「武力の行使」が可能となる範囲をその時々の政治事情や政府の都合によって拡大させることができる状態となっていること自体が、9条の規定の趣旨に反して違憲となる。


 「存立危機事態」の実質は、1972年(昭和47年)政府見解において9条解釈として導かれていた「客観的」「合理的」な基準である規範を、「政府」に白紙委任するものとなっている。

 これでは9条が憲法規定として存在し、政府の行為を制約する趣旨が生かされないのであって、規範性が損なわれる意味で憲法解釈の限界を超えるものである。

 これにより、「存立危機事態」の要件は、9条に抵触して違憲となる。


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 「存立危機事態」に際しての自衛隊の武力行使については、「存立危機事態」の要件も、そこでの武力発動の要件もきわめて不明確であり、政府側による国会答弁においても全く明確にされていない。これでは歯止めなき集団的自衛権の行使を招きかねない。
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右崎正博(独協大学法科大学院)安保法案学者アンケート 2015年7月17日


<理解の補強>


稲正樹(国際基督教大学) 安保法案学者アンケート 2015年7月17日
安全保障関連2法の制定に抗議する会長声明 金沢弁護士会 2015年9月24日

 



 


「規範性を有する」としている(作成中)


 「存立危機事態」の要件は、「他国に対する武力攻撃が発生」したことが、自国に影響を与えているか否か、またその程度を勘案して「武力の行使」に踏み切るか否かを判断するものである。


 これは、「武力の行使」が可能か否かの基準を、「我が国に対する武力攻撃」という客観的な事実として有無を判定しやすい「事態の性質面」を重視して法的に明確な線引きを設けるものものではなく、「我が国と密接な関係にある他国に対する武力攻撃」が発生したことを起因としているが、その事態が自国に対する影響を与えているかの内容の判断をその時々の政治(内閣〔+国会〕)による「総合的な判断」に託す(任せる)という「事態の数量面」を認定するところに基準を設けたものである。


 つまり、「武力の行使」に踏み切る基準を曖昧不明確なものとし、法的に明確な線引きとなるものを失わせたのである。


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    P62


(明確性について)
4 憲法の解釈が明確でなければならないことは当然である。もっとも、新三要件においては、国際情勢の変化等によって将来実際に何が起こるかを具体的に予測することが一層困難となってい る中で、憲法の平和主義や第9条の規範性を損なうことなく、いかなる事態においても、我が国と国民を守ることができるように備えておくとの要請に応えるという事柄の性質上、ある程度抽象的な表現が用いられることは避けられないところである。

 その上で、第一要件においては、「我が国と密接な関係にある他国に対する武力攻撃が発生し、 これにより我が国の存立が脅かされ、国民の生命、自由及び幸福追求の権利が根底から覆される 明白な危険があること」とし、他国に対する武力攻撃が発生したということだけではなく、そのままでは、すなわち、その状況の下、武力を用いた対処をしなければ、国民に我が国が武力攻撃を受けた場合と同様な深刻、重大な被害が及ぶことが明らかであるということが必要であることを明らかにするとともに、第二要件においては、「これを排除し、我が国の存立を全うし、国民を守るために他に適当な手段がないこと」とし、他国に対する武力攻撃の発生を契機とする「武力 の行使」についても、あくまでも我が国を防衛するためのやむを得ない自衛の措置に限られ、当該他国に対する武力攻撃の排除それ自体を目的とするものでないことを明らかにし、第三要件に おいては、これまで通り、我が国を防衛するための「必要最小限度の実力の行使にとどまるべきこと」としている。

 このように、新三要件は、憲法第9条の下で許される「武力の行使」について、国際法上集団的自衛権の行使として認められる他国を防衛するための武力の行使それ自体ではなくあくまでも我が国の存立を全うし、国民を守るため、すなわち我が国を防衛するためのやむを得ない必要最小限度の自衛の措置に限られることを明らかにしており憲法の解釈として規範性を有する十分に明確なものである

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新三要件の従前の憲法解釈との論理的整合性等について 平成27年6月9日 PDF


 政府見解は、下線部で「憲法の平和主義や第9条の規範性を損なうことなく」と述べているが、このような2014年7月1日以後の政府解釈は、9条の規範性を損なったものということができる。

 


 下線部で「憲法の解釈として規範性を有する十分に明確なものである」との結論も述べられているが、
その理由として「あくまでも我が国の存立を全うし、国民を守るため、すなわち我が国を防衛するためのやむを得ない必要最小限度の自衛の措置に限られることを明らかにしており」と述べている部分の、我が国を防衛するためのやむを得ない必要最小限度」が意味する「『武力の行使』の発動要件」を


従来、

① 客観的に明白な「我が国に対する急迫不正の侵害があること(我が国に対する武力攻撃が発生したこと)」という『事態の性質面』


に基準を設けていたところを、


② 我が国に対する武力攻撃が発生していないにも関わらず、「総合的な判断」という実質的にはその時の政治判断(裁量判断)となる『事態の数量


に基準を設けた
ことは、基準に該当するか否かという客観性や明白性を損なっており、9条の規範性を失わせたものである。


 よって、「明らかにしており」との文言が事実に反しており、明らかとは言えない。このため、結論となる「憲法解釈として規範性を有する十分に明確なもの」とは言えない。



 これらにより、「存立危機事態」の要件は、憲法の平和主義や第9条の規範性を損なうもの」、「憲法解釈として規範性を有しない不十分なもの」と言わざるを得ず、9条に抵触して違憲となる。



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 日本国憲法とは別次元のアプローチ、すなわち国家主権という観点から、集団自衛権を国家が有すること、そして、その集団的自衛権「行使」の合法的要件と「存立危機事態」なる概念を抽象的に定めるという手法は、要件の制限規範性を弱体化しており、政府の裁量権が幅広くなりすぎている。
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日笠完治(駒沢大学) 安保法案学者アンケート 2015年7月17日



<理解の補強>


獨協大学法科大学院教授・右崎正博氏 憲法学者アンケート調査
近畿大学大学院法務研究科教授・上田健介氏 憲法学者アンケート調査





1項限定放棄説からのアプローチ(作成予定)


 9条1項は「不戦条約」と同様の趣旨である。この「不戦条約」の下で暗黙の了解として許容されていた「自衛権」とは、国連憲章51条の区分で言えば「個別的自衛権」に該当する。そのため、9条1項は「自国に対する武力攻撃が発生したこと」を満たす中で「武力の行使」を行うことは暗黙の了解として許容されていると考えることができる。

 しかし、「自国に対する武力攻撃」が発生していないにもかかわらず、「武力の行使」を行うことは、9条1項に抵触して違憲である。

 
   【参考】齊藤芳浩(西南学院大学) 安保法案学者アンケート 2015年7月17日

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 集団的自衛権を行使する場合、「自国と密接な関係にある国」を攻撃している国(攻撃国)と日本の間には、当然深刻な紛争はあるものの、「攻撃国」が日本に対して武力攻撃をしていない以上、日本が攻撃国に武力を行使することは、日本と攻撃国との間の「紛争」をこちらから「戦争」にエスカレートさせるものであって、憲法9条の基本的な考え方に真っ向から矛盾する。
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宮地基(明治学院大学) 安保法案学者アンケート 2015年7月17日




「戦力」に抵触するか


 「戦力」に抵触するか否かの論点は、それぞれの9条解釈からアプローチしていく必要がある。



   【「1項武力行使全面放棄説」からのアプローチ】

 「武力行使全面放棄説」では、「武力の行使」を行うことができないため、刑法上の「正当防衛」を行う組織に限られる。これを一般に警察力というが、「正当防衛」の要件である刑法36条の「急迫不正の侵害に対して、自己又は他人の権利を防衛するため、やむを得ずにした行為は、罰しない。」の範囲の実力行使を超えたならば、それ以上は刑法に抵触して罰せられる対象となるし、9条の禁じる「武力の行使」となってしまう。

 この違憲審査基準によれば、旧三要件に基づく「武力の行使(実力行使)」は、刑法上の「正当防衛」の要件と実質的に異ならないものであったため、合憲と解する余地がある。

 しかし、「存立危機事態」の要件は、刑法36条の「正当防衛」に基づく実力行使とは言えず、9条の禁じる「武力の行使」となり、違憲となる。また、その「武力の行使(実力行使)」を行う組織についても、警察力の範囲で説明することができないため、9条2項の「陸海空軍その他の戦力」に該当して違憲となる。



   【9条の下で13条の「国民の権利」の文言により例外化する解釈からのアプローチ】

 「自衛のための必要最小限度の実力(組織)」についても、9条2項の「陸海空軍その他の戦力」に該当するため一般に保有は許されないが、13条の「国民の権利」の趣旨よりその目的に沿う範囲で例外的に保有が許されるの解釈を採るとしても、「存立危機事態」に基づく「武力の行使」は「我が国に対する武力攻撃が発生したこと」の要件を満たさない中で「武力の行使」を行うものであるため、『他国防衛』の意図を含むこととなる。
 この『他国防衛』のための「武力の行使」は、13条の「国民の権利」の趣旨からは正当化することができない。
 これにより、それを行使する実力組織についても目的外使用となり、その実力組織の実態が9条2項の「陸海空軍その他の戦力」に該当して違憲となる。

 9条2項の「陸海空軍その他の戦力」とは、まさにそのような『他国防衛』を行うような国内行政から明らかに逸脱する軍事的な『権限』や組織を禁ずることを目的として存在する規定と考えられる。

 (注意したいのは、9条はたとえ目的が『自国防衛』であっても軍事的な『権限』の行使や積極的な軍事組織を創設することは許容していないことである。具体的には、政府解釈においても、9条2項の「陸海空軍その他の戦力」にあたらない「自衛のための必要最小限度の実力(組織)」の範囲までしか保有することができず、この組織が行使する「自衛の措置」の『権限』についても、13条の趣旨より例外的に「自衛のための必要最小限度」の範囲で許容できるとすることが妥当な範囲であると解されるに留まっているのである。)


   【1972年(昭和47年)政府見解のからのアプローチ】

 「存立危機事態」に基づく「武力の行使」は、1972年(昭和47年)政府見解から導くことができない。1972年(昭和47年)政府見解の制約を超えるということは、「自衛のための必要最小限度の実力(武力の行使)」の範囲を超えるということである。

 このことは同時に、それを行使するために「戦力」に当たらない範囲として設立を許容していた「自衛のための必要最小限度の実力(組織)(自衛力)」の範囲を超えることとなる。

 これにより、その「自衛のための必要最小限度の実力」の実態が、9条2項の「陸海空軍その他の戦力」に該当し、違憲となる。

 


   【「集団的自衛権」に基づく「武力の行使」であることからのアプローチ】

 「自国に対する武力攻撃」が発生していない段階で「武力の行使」を行う場合、国際法上の違法性阻却事由としては「個別的自衛権」に認定されることはないため、「集団的自衛権」の区分に該当させる必要がある。なぜならば、「集団的自衛権」の区分に該当しなければ、国際法上違法となってしまうからである。
 しかし、「集団的自衛権」の区分に該当するためには、『武力攻撃を受けた他国からの要請』が必要である。この『他国からの要請』の有無に頼って国際法上の違法性阻却事由を得られるか否かが決せられるということは、必然的に『他国防衛』の意図を含む「武力の行使」ということとなる。

 この『他国防衛』の意図を含む「武力の行使」を行う実力組織は、9条2項の「陸海空軍その他の戦力」に該当して違憲となる。



 『他国防衛』のための「武力の行使」を行う『権限』や、それを実行する組織は、9条2項の「陸海空軍その他の戦力」の文言が禁じている軍事権限、軍事組織に該当し、違憲となる。


   【「先に攻撃」からのアプローチ】

 「存立危機事態」の内容は、「他国に対する武力攻撃が発生」したことを前提としているが、その他国を防衛する意図がなく、自国の防衛のために「武力の行使」を行うものである。これは、直接「自国に対する武力攻撃」の着手がない段階で「自国民の利益」を実現するために「武力の行使」を行うものと何ら異ならないのであり、まさに「自国民の利益」を追求するために政府が「先に攻撃(先制攻撃)」を行うことを禁じる9条1項の「国際紛争を解決する手段として」の「武力の行使」に該当するため違憲となる。

 これにより、その「武力の行使」を行う実力組織も、9条2項の「陸海空軍その他の戦力」に該当し、違憲となる。



   【1項限定放棄説+2項限定放棄説(芦田修正説)からのアプローチ】

 9条1項は「不戦条約」と同様の趣旨である。この「不戦条約」の下で暗黙の了解として許容されていた「自衛権」とは、国連憲章51条の区分で言えば「個別的自衛権」に該当する。そのため、9条1項は「自国に対する武力攻撃が発生したこと」を満たす中で「武力の行使」を行うことは暗黙の了解として許容されていると考えることができる。しかし、「自国に対する武力攻撃」が発生していないにもかかわらず、「武力の行使」を行うことは、9条に抵触して違憲である。
 このことは、たとえ2項前段の解釈において「芦田修正説」を採用し、9条1項の禁じていない範囲の「武力の行使」を行う「陸海空軍その他の戦力」の保有が許容されると考えたとしても、その「陸海空軍その他の戦力」に許された「武力の行使」とは、「我が国に対する武力攻撃が発生したこと」を満たす中での「武力の行使」である。
 そのため、「我が国に対する武力攻撃が発生したこと」の要件を満たさない中で「武力の行使」を行うことは、9条1項に抵触する。同様に、それを行使する実力組織についても、9条2項の禁じる「陸海空軍その他の戦力」に該当する。

 これにより、「存立危機事態」に基づく「武力の行使」や、国際法上の「集団的自衛権」に基づく「武力の行使」を行う実力組織については、「我が国に対する武力攻撃が発生したこと」の要件を満たさない中で「武力の行使」を行う実力組織であるから、9条2項の禁ずる「陸海空軍その他の戦力」に該当して違憲となる。




合憲限定解釈は可能か

 「存立危機事態」の要件について「合憲限定解釈」が可能であるかを検討する。


 「存立危機事態での武力の行使」を定めた法律について
、「立法府の作成した法律である」という民主的正当性のために、司法府で「合憲限定解釈」を行う必要性が検討されることが考えられる。


 この場合、9条と13条の趣旨を整合的に読み解く解釈の枠組みからも、「我が国の存立が脅かされ、国民の生命、自由及び幸福追求の権利が根底から覆される明白な危険がある」という状態が、たとえば「我が国に対する武力攻撃が発生」したことによって発生した場合など、一部合憲的に解釈できる部分を見いだせるとの主張が考えられる。

 (ただ、「存立危機事態」の要件は「武力攻撃事態」とは別に設けられていることから、立法趣旨から考えてもこの部分が「我が国に対する武力攻撃が発生したこと」を意味するのであれば、「存立危機事態」を別に設けている意味がなく、法解釈として妥当とは言えない。)


 しかし、憲法は前文にて「全世界の国民が、ひとしく恐怖と欠乏から免かれ、平和のうちに生存する権利を有することを確認する」という趣旨を定めている。また、憲法は97条で人権の性質について「人類の多年にわたる自由獲得の努力」と記載されているように人類的視野から普遍的価値、前国家的な自然権の価値を有するとしている。他にも、憲法は国際協調主義を採用している。

 このことを考えると、たとえ「自国民に対する措置」ではなく「他国民に対する措置」であり、被害を被る対象が「他国」であり、「他国民の人権に対して犠牲を引き起こす可能性のある措置」の場合であっても、人権の制約や侵害の程度が大きい措置を定める事柄に関しては、規定の法文自体が複数の解釈を許すような表現となっていること自体が憲法的価値に違反すると考えられる。


 これにより、「立法府の作成した法律である」という民主的正当性のために司法府で「合憲限定解釈」を行う必要性に比べて、「武力の行使」を可能とする基準が漠然不明確であることの強い不当性が勝ると考えられる。


 よって、合憲な部分と違憲な部分を司法府が独自に切り分ける「合憲限定解釈」の手法を採用することはかえって憲法価値に違反するため妥当ではなく、規定の文言が抽象的であったり漠然不明確なものであることそれ自体について「明確性の原則」(31条の趣旨)に抵触し、違憲とすることが妥当となる。

 


 9条の規定が存在する限りは、その規範性を損なうことのない客観的に明白な基準が求められる。
 なぜならば、もし漠然不明確な内容の「武力の行使」の発動要件に対して、「漠然不明確であるが故に違憲」の法理が採用されなかった場合、9条の規定には規範性を有する法的な制約が存在しないこととなってしまい、9条の規定が存在している意味自体を失わせてしまうことになるからである。また、法の支配や立憲主義、法治主義を達成するために行われる憲法解釈という営みそのものの妥当性を損なう結果を生むこととなってしまうからである。


 この事例の「存立危機事態」の要件については、「武力の行使」に関わる問題であり、「立法府の作成した法律である」という民主的正当性のために司法府で「合憲限定解釈」を行うという必要性に比べて、立法府が不明確な法文を作成し、曖昧な要件を設定することで、法的な制限である9条の規範性を損なっていること自体の強い不当性が勝ると考えられる。

 これにより、合憲な部分と違憲な部分を司法府が独自に切り分ける「
合憲限定解釈」の手法ではかえって憲法価値に反することとなるため採用することができず、「漠然・不明確故に無効の法理(過度の広汎性故に無効の法理)」または「明確性の原則」によって、法律自体が違憲・無効となる。

 




論理構成まとめ


  ━━━━━━━━ 基礎となる論理構成 ━━
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〇 軍事権の行使

  ⇒ 9条2項前段「陸海空軍その他の戦力」 ⇒ 違憲

  ⇒ 国内行政権(65条)に含まれない ⇒ 憲法上に明文の根拠なし

    ⇒ 軍事権の行使 ⇒ 9条2項前段「陸海空軍その他の戦力」に該当 ⇒ 違憲

    ⇒ 13条の自衛のための必要最小限度の「武力の行使」を越える ⇒ 9条1項「武力の行使」 ⇒ 違憲