国防軍を保有するならば

国防軍設置のパッケージは何か


 国防軍の設置を可能とする憲法へと改正する場合、一つの条文だけではなく、憲法体系の全体に手を加えていく必要があるだろう。また、憲法だけでなく、憲法付属法の整備も必要である。そのパッケージを検討してみる。

〇 【人権規定】に「国民の平和的生存権」の加憲
〇 【人権規定】に「徴兵制の禁止」の加憲
〇 【人権規定】に「行政手続きの適性の保障」を明確化するための加憲

(31条の刑事手続きや刑事法のみを対象としたかのような規定だけでなく、行政手続きの適性や法律の内容の適正を求める内容を加憲)


〇 【統治規定】の「内閣」の章の73条に「自衛の措置を指揮すること」の加憲
〇 【統治規定】の「司法」の章で「抽象的違憲審査制」を加憲

(憲法規定としなくても、行政事件訴訟法の改正で、抽象的違憲審査の原告適格・訴えの利益の道を開く方が適切かもしれない)

〇 【統治規定】の「司法」の章で「軍法裁判所」のようなものを加憲する必要もあるかもしれない


〇 【総則規定】の9条2項の禁止規定の緩和


〇 前文「平和主義」の削除

 

などが考えられるだろうか。これらを検討せずして、9条に自衛隊を加憲するだけで憲法改正を成し遂げたと思い込むのは憲法議論として浅いと言えるだろう。

井上達夫

 

 法哲学者「井上達夫」の考える改憲案を検討する。


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 ・制約良心的兵役拒否
 ・文民統制
 ・開戦決定への事前の国会承認
 ・徴兵制

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自分の頭で安全保障を考える。井上達夫『憲法の涙』を読んで。 2016-03-19



【動画】プライムニュース 2018年9月28日

【動画】『日本の「将来」を問う 安倍政権の向かう先は』【前編】 2018/09/28


(16:45より 井上達夫の改憲案)
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「戦力統制規範」
① 文民統制
② 国会承認(事前承認)
③ 軍事司法制度
④ 外国基地施設地域の住民投票
⑤ 徴兵制と良心的兵役拒否権保障

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① 文民統制について
現行法制下の法律規定で既に機能しており、憲法上に位置づける必要性はない。憲法付属法等で対応できる。文民統制についても、憲法72条、73条柱書や、65条の行政権の属する内閣の性質上当然であり、憲法上に規定が存在しないというわけでもない。


② 国会承認(事前承認)について
現行法制下の法律規定で定められており、憲法上に位置づける必要性はない。憲法付属法等で対応できると思われる。


③ 軍事司法制度について
現行法制下でも行政審判所として行政権下で準司法制度を運用することが可能であり、憲法規定とする必要性はないと思われる。「自衛隊刑法」という刑法典をつくることも可能ではないか。上官からの命令があったとしても、刑法上も35条の「正当行為」で違法性が阻却されると思われる。


刑法
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(正当行為)
第三十五条 法令又は正当な業務による行為は、罰しない。

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④ 外国基地施設地域の住民投票について
現行憲法95条の住民投票で対応可能と思われる。詳しくは憲法学者「木村草太」の議論を参照。


  橋下徹「政府は沖縄の民意を無視するな」 切り札は「手続き法」の制定だ 2018.10.3

⑤ 徴兵制と良心的兵役拒否権保障について
現行法制下では徴兵制は不可能である。良心的兵役拒否権の保障についても、現行法制下であれば兵役そのものがないため関係ない。


 上記①~④については、実質的に現行法制下や憲法付属法等で対応できるため、この①~⑤の「戦力統制規範」のパッケージの実質は、「徴兵制の実現」という意味しか有しないものと思われる。


 憲法典としての事項として対応しなければならないものは、徴兵制の実施だけであり、それ以外については改憲の必要性があるというものではないと考えられる。集団的自衛権にあたる国家の権限を行使したいのであれば、9条2項と連動する前文を改正する必要があると考えられる。ただ、ここには改正限界に関わる論点が含まれている。



 98条2項の「条約及び確立された国際法規」についてであるが、これは国連憲章そのものを意味しているわけではない。なぜならば、国際法の秩序が国連憲章を中心とした体制から変化する可能性があるからである。新たな国際法の枠組みが成立する可能性もあるし、現在の国際法秩序が崩壊してなくなってしまう可能性もあるのである。実際に、国際連盟は廃止され、現在の国際連合の体制に変わっている。9条は国民主権を正当性の法源とした自国の法体系としての完結した制約規範であり、国際法と同一視した議論は法源の違いを理解しないものであり、成り立たない。


伊勢崎健治


 「伊勢崎健治」の論旨を確認する。

【動画】プライムニュース 2018年9月28日

【動画】『日本の「将来」を問う 安倍政権の向かう先は』【前編】 2018/09/28

 

 まず、英語から憲法を読み解こうとする発想であるが、日本国憲法は日本語の憲法として効力を有する法形式である。英語からそれを読み解こうとすることは、そもそも「日本国憲法」そのものではないものを根拠として議論を展開しようとするものであり、意味が通じない。日本国憲法の原文は日本語なのである。この日本語の意味に合わせて英語をどのように訳しているかというのは、翻訳家の言語表現上の選択によるものであり、根拠にはならないのである。


 次に、「国際法上では通じない」との論旨であるが、そもそも日本国憲法の法秩序と、国際法の法秩序では法分野が異なる。それを同一の法秩序として読み解こうとする発想に、法学の基礎を理解していない誤解がある。


 国際法は、日本国憲法のような国民主権原理によって成り立つ法形式ではなく、政府と政府の間の合意によって成り立つ法形式である。法源が異なるのである。それを、国際法があたかも上位規定であり、日本国憲法が国際法に合わないとの理由で日本国憲法の法解釈を確定させようとする発想自体が、誤りである。

(動画35:10より 伊勢崎健治の改憲案)

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9条 (略)
2項 日本の領海領空領土内に限定した迎撃力を持つ

その行使は国際人道法に則った特別法で厳格に統制される

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 2項を削除すれば法律規定で軍事的な「迎撃力」を保有することは可能であり(現在の自衛隊法でも必要最小限度の範囲で可能であるが)、この規定を憲法規定とする必要性がない。内容自体も、憲法の人権保障としての法典の形式からも逸れた内容である。

 「国際人道法」とは、国家間の条約によって成り立つ法形式であり、国際人道法そのものが改正されたり、廃止されたり、他国によって破棄されたりする可能性のあるものである。そのため、憲法に「皇室典範の定めるところにより(2条)」や「内閣は、法律の定めるところにより(66条)」と定められているものとは性質が異なる。自国の意思だけで定めることのできない法形式だからである。これを自国の憲法上に規定することは、自国の統治権の行使の範囲を確定する作業について、他国からの干渉を許すこととなり、主権(最高独立性)を損なう。また、国際人道法が破棄された際に、憲法規定が無効化されることにもなる。この発想は、そもそも国際法と国内法の法秩序の区分けを弁えていないことから生まれたものであるということができる。


 「2項は国際法と齟齬があるから変えなくてはいけない」との発言もあるが、そもそも国際法と憲法との法秩序が違うのであるから、それぞれの法体系から評価が異なることは当然であり、齟齬があっても変えなくてはならないとの論理には繋がらない。2項改正以前に、論者は「国際法・国内法の一元論」を唱えていることを自覚するべきである。その上で、国際法・国内法の一元論としての法体系を採用するならば、確かに齟齬があってはいけないのであるが、現在の法秩序の運用ではそれぞれ別の法秩序として扱っているのであるから、この論旨は通じないのである。

 分かりやすい例で言えば、罪を犯したときに、「刑事責任」と「民事責任」では違法性の評価が異なることである。国際法と国内法でも評価は異なるのであり、同一にしなければならないという発想自体が法体系を理解していない者の発想なのである。国際法と国内法を一元論で解釈する論理を確立したいのであれば、新たな学問分野を構築されることをお勧めする。

 

<理解の補強>

駒澤大学法科大学院教授・日笠完治氏 憲法学者アンケート調査

革命的改憲


 革命をすると、もはやそれは、「日本国」ではなくなってしまう。ただ、法の整合性から見ると、革命を企てていることとなる改憲案がいくつか見られる。彼らは、一体、どのような国家を思い描いているのだろうか。


 
哲学に言う、「思考実験」としての検討してみよう。法の本質要素を見抜くことができていない、質の低い意味不明な改憲案を少なくするための材料として考えていただければと思う。


「天皇制」と「平和主義」について

 

〇 9条を廃止したい論者に合わせて、前文の平和主義と第二章「戦争の放棄」を削除してみる。

〇 他国の例では、「天皇」のポジションに公選された「大統領」が、国政の権限をほとんど有さずに存在している場合もあるようである。仮に、象徴的君主制から元首的な役割を選挙で選出する「大統領制」を取り入れてみる。

〇 「国家緊急権」を導入しようとする論者に合わせて、「国家緊急権」と同時に、「抵抗権」も導入してみる。


 「革命的改憲」を実施した後の国家の姿は、下図のようになる。いろいろ、大切なものを失ってしまったような気もする。重ねて記載するが、これは革命にあたるので、「日本国」ではない。筆者は、「日本国」を辞めることをお勧めはしていない。



〇 国は「軍事立法」「軍事行動(軍の保有)」「軍事裁判」が可能となる。

〇 国民の「兵役義務」が可能となる。
〇 国政に関与しない「大統領」である。実質的な政府の権限は、内閣が有することとなる。大統領の権限は、憲法中の権限が形式的に行使される。ただ、権限の源が国民の選挙によるため、内閣からの「助言と承認」は必要なくなると思われる。



<理解の補強>

そろそろ天皇制が無くなった日本を考えなければならない 2017.6.16


 天皇制を辞めるとしても、「革命とまでは言えない」との意見もある。

身分制の飛び地として残された天皇制 2018/8/26

「地方自治」について


 ミニ国家の場合、「地方自治」などの制度が不要となるだろう。上記からさらに、「大統領制」「国家緊急権」と「抵抗権」も取り除き、
憲法原理の最小の構成要素に迫ってみよう。


大日本帝国憲法


第1章 天皇


第2章 臣民権利義務
第3章 帝国議会
第4章 国務大臣及枢密顧問
第5章 司法
第6章 会計

第7章 補則(73条 憲法改正)



 →

(新設)

 →

 →

 →

 →

 →

(新設)

(章に格上げ)

(新設)

日本国憲法(現行)


第1章 天皇
第2章 戦争の放棄
第3章 国民の権利及び義務
第4章 国会
第5章 内閣
第6章 司法

第7章 財政
第8章 地方自治
第9章 改正
第10章 最高法規
第11章 補則

憲法の最小構成要素


  ・
  ・
第3章 国民の権利及び義務
第4章 国会
第5章 内閣
第6章 司法
第7章 財政
  ・
第9章 改正
第10章 最高法規
  ・




 憲法原理の最も簡素な姿が浮き出てきたと思われる。これに加えて、国会の「二院制」を「一院制」に、裁判所の「三審制」を「一審制」にすることも可能である。


 ただ、この最小構成要素にまでそぎ落としていく作業は、いくつかの面で「革命」に該当する。それは、「日本国」ではなくなってしまうことに注意しておきたい。(少なくとも、改正の限界に関わる論点を相当に議論して境界線を明らかにしていく必要がある。)



 改憲を訴える者は、この程度には憲法原理の本質部分をしっかりと見抜いた上で案を考えていくべきである。そうでなければ、あれやこれやと条文を追加したり、無理な改造を試みたりと、意味不明な案となってしまうからである。残念な改憲案をつくってしまうことがないように、理解を深めていいただきたい。


 軍を保有した「普通の国」へと改憲しようとする論者も存在しているようである。恐らく、上記のような「普通の国」「個性のない国」「最小構成要素としての憲法原理」を目指していると思われる。


 しかし、「平和主義」を取り除き、軍を保有することで「普通の国」を目指す論者は、「天皇制」も廃止したいと考えているのだろうか。「普通の国」は、象徴的な君主を有していないからである。「普通の国」を目指すことに、どれほどの魅力があるのかどうか、十分に検討した方がいいように思われる。

大日本帝国憲法


第1章 天皇


第2章 臣民権利義務
第3章 帝国議会
第4章 国務大臣及枢密顧問
第5章 司法
第6章 会計

第7章 補則(73条 憲法改正)



 →

(新設)

 →

 →

 →

 →

 →

(新設)

(章に格上げ)

(新設)

日本国憲法(現行)

前文
第1章 天皇
第2章 戦争の放棄
第3章 国民の権利及び義務
第4章 国会
第5章 内閣
第6章 司法

第7章 財政
第8章 地方自治
第9章 改正
第10章 最高法規
第11章 補則


 → 理念・意志
 → 日本特有
 → 日本特有
 → 【人権規定】
 → 【統治規定】
 → 【統治規定】
 → 【統治規定】
 → 【統治規定】
 → 【統治規定】
 →法の存立に関わること
 →法の存立に関わること
 → その他


 第一章「天皇」、第二章「戦争の放棄」の章は、日本国憲法独特のものである。この二つの章が存在しなくても、近代立憲主義の憲法として意味を為し、成り立つことができる。

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 ただ、近代立憲主義の理念に立脚する国々も、各国固有の理念や制度を憲法によって保障していることがあります。日本の場合でいえば、天皇制や徹底した平和主義がこれに当たるでありましょう。こうしたそれぞれの国の固有の理念や制度も、その時々の政治的多数派、少数派の移り変わりによっては動かすべきではないからこそ、憲法に書き込まれているということになります。
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参考人 長谷部恭男(早稲田大学法学学術院教授) 第189回国会 憲法審査会 第3号 平成27年6月4日
衆議院 憲法審査会 第189回国会 第3号(平成27年6月4日(木曜日))会議録

 

 終局的には、法も「心」の在り方であることを考えるならば、天皇制を維持したことは、憲法制定権力の日本人の「心」の在り方である。また、平和主義に込められた祈りや、9条の規定も、憲法制定権力の日本人の「心」の在り方なのである。


 法が運用される際には、限りなく概念的にメカニックに適用されることで、その公正性や有益性の価値をもたらすことが望ましい。しかし、その法に効力を生み出すためには、その法に自ずと従おうとする人々が一定数必要となるため、人々の心を捉えるものが必要となる。人々の心を捉えなくては、法そのものが支持を失い、その本来意図した機能を発揮しないからである。そのため、人々の心を捉える「愛着」とも言うべき部分も、効力を支えるためには必要となるのである。


 この場面で愛着と表現するのがいいのか分からないが、国家を象徴するものとして、天皇ではなく選挙で選ばれた「大統領」に置き換えられた場合、人々の心を捉え、法の効力を安定的に保つことが十分にできるかどうかという問題が発生すると考えられる。権威の在り方が、法の存立、その法に裏付けられた国家という概念の生命力の確からしさを生み出す部分も存在すると考えられるからである。また、権威の在り方に選挙という多数決原理を持ち込むことは、権威それ自体が政治的なものとなってしまい、その本来の法の普遍性(の建前)を象徴する機能を発揮しない恐れがあるからである。この確からしさを損なうことは、法の機能を弱めかねず、結果として法の意図している機能である人権保障の実現もままならなくなってしまう恐れがあると考えられるのである。


 日本国憲法の第一章「天皇」、第二章「戦争の放棄」は、理念、意志、精神、祈りなど、「心」に関わる側面が非常に強いと考えられる。法とは、終局的には人々の「心」の中のものであり、その心の在り方によって成り立つものであることを考えれば、この「心」の側面をしっかりと保っておいた方が、法の効力の生命力を維持する上でも意味があると考えられる。


 法の「制度」としての側面だけでなく、「理念」や「心」の側面も、注意深く読み解いていきたい。

法に込められた祈り


 法は、人間以外の外界の者が、我々を拘束するために枠づけたものというわけではない。法の効力は、人々が自ずと従うことによって維持され、成り立っているものである。そのため、法の効力の源泉にあるものは、人の心である。


 そのことから、法は、技術的でメカニックな「制度」のみによっては、その効力を生み出すことはできない。人々が自ずと従うような、心に訴えかける何かが、その法が社会の中で人々に支持され、機能することを支えているのである。だからこそ、憲法の中枢には「理念」という形で心に抱かれた意志や祈りを込め、人々の心を刺激するものが必要となる。

 この側面で法を捉えるならば、条文を「制度」として読むだけでなく、「理念」として、意志として、祈りとして読み取ることにも、一定の意味や有益性を認めることができる。

 根源的な姿にまで遡って法の姿を捉えると、「平和主義」を示す憲法前文や9条、軍事権がカテゴリカルに消去されている法体系の姿は、平和への祈りが込められているとも考えられる。


 もし、そのような法の意図を損なう改憲を行ってしまったならば、法に込めたそれらの意志が人々を刺激する機能が失われるため、人々の平和への祈りを集める機能も損なわせることに繋がってしまうと考えられる。それは、現実の社会作用においても、平和への思いや意志を減少させてしまうことから、結果として戦争を招いてしまう側面も、ないとは言えないだろう。


 最終的には人がつくったものである以上、どんな制度や物事も、突き詰めればそれを形づくった者の意志や意欲が形となって現れる。法についても、同じである。

 法を技術的に制度として捉えることも必要であるが、その中に込められた意志や祈り、理念の部分を損なわせないことが、その法の生命力を保つことに繋がりうることを忘れないようにしておきたい。



 この意味で、天皇の「祈る存在」という側面は、「平和主義」ともかなり近い位置にあるようにも思われる。この「祈り」が損なわれた場合に、心の奥底にある道徳的・倫理的な共生性の意志に裏付けられた平和な世を目指す姿勢が失われ、不信や不寛容の蔓延(はびこ)る荒々しい世を招いてしまう可能性が考えられる。何も法に限らないことであるが、あまり「祈り」を軽んじない方が、より良い物事をつくり上げる力になると考えられる。


 どんな物事も、最終的には、「祈り」、「意志」に行き着くように思われるのである。


<理解の補強>


小林よしのり氏「新天皇の世の中、どうなるか楽しみ」 2018年08月23日

平和主義と9条の視野


 以前の時代、日本国内は各地で藩を形成し、それぞれの藩が武士を有していた。しかし、その後時代は進み、統治のあり方が変わり、武士もいなくなった。


 日本国憲法の前文の「平和主義」と9条の「戦争放棄、戦力不保持、交戦権否認」の規定は、数百年単位での国際協調主義を考え、数百年単位の時間をかけて武装解除をしていこうとする長く広い視野を有しているのではないだろうか。


 そうなると、憲法の「平和主義」や9条は、全世界の統治機関が変容し、全世界を支配する正当性を有した(日本国憲法で言う「人類普遍の原理」に根差した)統治機関が設立され、各国が国という単位の中に保有している武力組織(軍や自衛隊)が武装解除されていく世界を目指しているのではないだろうか。


 憲法改正で国防軍の設置を考える際、この数百年単位の視野で考える「平和主義」の「9条」という壮大なプロジェクトを維持するのか、廃止するのかが問われるものとなると考えられる。

 全世界を包括した統治機関を創設するような人類的な視野に軸を置くのか、それとも自国の自国民のみを主軸とした統治機関を貫こうとするのか、この価値観の対立を考えなくてはならないと思われる。



<理解の補強>


再び戦争の惨禍が起こることのないように 2018年7月30日

軍縮プロジェクトと規範性


 9条には、一見すべての戦争や武力の行使やあらゆる戦闘力を否定しているように見えることで行う「軍縮プロジェクト」の側面と、一定の確立された意味を見出して解釈を確定させようとする「規範性」の側面があると考えられる。


 「軍縮プロジェクト」の側面では、世界平和を実現するために軍事に関する権限を積極的に放棄していこうとする意味である。前文の平和主義と9条の対応関係からもその意味を読み取ることができる。


 「規範性」の側面では、国権(統治権・公権力)の行使に際して越えてはならない明確な一線があることを示していると考えられる。前文は法規範性はあるが、裁判規範性はないとされるが、9条の裁判規範性を解釈する際に解釈の指針となる。


 9条は、改正の限界があると考えられるが、改憲や加憲をするにしても、この二つの側面の価値を損なわせていないかどうかを敏感に見ていった方がいいだろう。



<9条の持つ二つの側面>

理念:軍縮プロジェクト → 9条と前文の平和主義の趣旨を全体として捉え、理念を見出す側面である。

制度:規範性 → 9条から一定の法規範性や裁判規範性を捉え、違憲審査基準を見出す側面である。


〇 憲法学者「石川健治」の表現を確認する。
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憲法9条については、これまで自衛隊の正統性を剥奪してきたことが、過度の軍備拡張を防いできたという側面を考える必要があります。自衛隊が正式に正統性を与えられた組織になると、予算を大幅に組まなければいけないことになり、軍拡競争への道を開いてしまうおそれがあります。これまで成功してきた9条方式ともいうべき軍事力の統制方法に対する対案が出されていない中で、自衛隊を一方的に正当化するのは危険だと考えます。
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世論調査 憲法学者は 石川健治 (下線・太字は筆者)



〇 憲法学者「青井未帆」の表現を確認する。
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実力の統制という問題は、ここ数年に生まれ たものではなく、近代日本の出発地点からの課題であることにも注意を払う必要があります。 そしてまた、この問題は単に9条の解釈にとどまるものではなく、これまでも条文およびその解釈、安全保障をめぐる諸政策、さらには平和へのコミットメント等々、後で「9 条のプロジェクト」という言葉を使いますが、総体として 機能させてきたというべきです。
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先ほど来使っている言葉でありますけれども、私はこの頃、 「9条プロジェクト」という、必ずしも法的なタームではない言葉を使って、9条について考えるようになりました。前文や9条の条文、そしてそれらの解釈、関連する諸政策、そして憲法文化全体をひっくるめて、ひとつのプロジェクトとして、日本の平和主義は見る必要があるのではないか。また、憲法秩序の中での機能のみならず、対外的な関係においても、他国からの要求を断る正当な理由として、 つまりいわば「防波堤」としての役割を働いてきています。9条は、「論理」や「戦略」、「価値」など、様々な要素が複雑に絡み合う中で働いてきたことを、改めて確認したいと思います。
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「憲法論議の視点」 第9条 青井未帆・学習院大学教授 井上武史・九州大学准教授 2018年3月12日 (下線・太字は筆者)



〇 他の表現も確認する。
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統制的理念がなければ、構成的理念は成り立たない」というカントの言葉を引いて、絶対平和という九条の統制的理念(崇高な目標)を手放してはいけない、その目標に近づくための構成的理念(暫定的な政策手段)として自衛権は個別的自衛権に限定することを憲法で宣言することには意味がある、と説いてくださいました。
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ここから、始まる。憲法議論のスタートライン 護憲vs改憲の対立を越えて 2018年8月7日 (太字は筆者)

 

 

〇 憲法学者「石川健治」の表現を見ておこう。

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この例外というのは常にあるわけですね。
たとえば人を殺したら殺人罪なんですけれども、その例外として、正当防衛の場合は違法でない。少なくとも処罰はされないということになっています。
そうやって、この例外をつくる論理というのがあって、その例外をつくる論理によって自衛隊を正当化していると。
だから逆にいうと、「正当防衛の場合には人を殺していい」という規定はいらないわけですね。
「人を殺したるものはこれこれの刑に処す」という条文だけで足りるわけで、それを、その例外の論理によって正当化すると、そういうことをやってきたと、こういう話であるわけです。
ですから、現在はあくまで例外としておかれている。例外であるということによってコントロールされているということ、これをまあ考えていただきたいわけですね。
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自衛隊を憲法に書き加えるとどうなるのか? 石川健治さんの講演 文字起こしテキスト 2018年1月7日 (下線は筆者)



〇 憲法学者「石川健治」の講演の聞き手の理解も見ておこう。
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実際の発言とは違うが、私が理解したところでざくっと意訳すると、人を殺すことは殺人罪として法律に書かれているが、「正当防衛の場合は人を殺していい」とは書かれていない。しかし実際には正当防衛はあって、書かれないことによって殺人の“例外”として大きな制限を受けている

同様に「自衛隊」は憲法に書かれていないことで実際に制限を受けていて、単に書き加えるだけだと、制限がはずれ、こと細かな規定をあわせて書き加えないかぎり、なんでもありになってしまうというわけだ。

書かれていないことにも法的拘束力はおよぶ書かないことで逆に法的に制限する方法があるというのは、私にとっては発見だった。
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【動画】自衛隊を憲法に書き加えるとどうなるのか? 石川健治映像ドキュメント 2018/01/17 に公開の解説より (下線は筆者)



〇 不戦条約に対するアメリカ合衆国の解釈も見ておこう。

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●アメリカ合衆国の解釈(米国国際法学会におけるケロッグの講演)
      一九二十八年四月二十八日


 「不戦条約の米国草案には、どのような形ででも自衛権を制限しまたは害する何物をも含んではいない。その権利は、すべての主権国家に固有するものであり、すべての条約に暗黙に含まれている。すべての国は、どのような時でも、また条約の規定の如何を問わず、自国領域を攻撃またはは侵入から守る自由をもち、また、事態が自衛のための戦争に訴えることを必要ならしめるか否かを決定する権限を有する。国家が正当な理由を有しているならば、世界は、その国の行動を称賛し非難はしないであろう。しかしながら、この譲り渡すことのできない権利を条約が明示的に認めると、侵略を定義する試みで遭遇するのと同じ困難を生じさせることになる。それは、同一の問題を裏面から解こうとするものである。条約の規定は自衛の自然権に制限を付加することはできないので、条約が自衛の法的概念を規定することは、平和のためにならない。なぜならば、破廉恥な人間が合意された定義に合致するような出来事を形作るのは、極めて容易だからである。
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ベーシック条約集 2011  編集代表 松井芳郎  東信堂 amazon (下線・太字は筆者)

ベーシック条約集〈2017年版〉 amazon)


不戦条約について 「世界がさばく東京裁判」より 2013-09-01



〇 弁護士「倉持麟太郎」の解説する、憲法学者「長谷部恭男」の指摘を見てみよう。
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立憲的改憲について「自衛隊のできることを「ポジティブリスト」として、一つ一つ憲法に書き込もう、そのほうが明確になる、と主張する政治家やグループがいます。」として、「しかし、九条の規定を明確にすれば安全だ、という考えは、じつは危険をともなうと私は思います」「いったんそういう条文ができてしまうと、政府の側としては、拡大して理解しようとするものです。」と、ポジティブリストで書くことで拡大解釈の余地を与えてしまう、と指摘されます。
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長谷部東大名誉教授から立憲的改憲への矢 2018/04/21 (下線は筆者)

山尾志桜里氏の「立憲的改憲論」=新9条論に反対する。これは「敵の土俵」に乗る超危ない玉砕戦術。 2018年11月13日)

 

9条改正と前文との整合性


 政府見解から、前文と9条の対応関係を確認する。


〇 平和主義について


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二について

 憲法の基本原則の一つである平和主義については、憲法前文第一段における「日本国民は、・・・政府の行為によつて再び戦争の惨禍が起ることのないやうにすることを決意しの部分並びに憲法前文第二段における「日本国民は、恒久の平和を念願し、人間相互の関係を支配する崇高な理想を深く自覚するのであつて、平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した。」及び「われらは、全世界の国民が、ひとしく恐怖と欠乏から免かれ、平和のうちに生存する権利を有することを確認する。」の部分がその立場に立つことを宣明したものであり、憲法第九条がその理念を具体化した規定であると解している。
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参議院議員福島みずほ君提出集団的自衛権並びにその行使に関する質問に対する答弁書 平成26年4月18日 (下線・太字は筆者)



〇 国際協調主義について


質問主意書情報 小西洋之 平成30年7月31日

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一 政府は、憲法前文の「われらは、いづれの国家も、自国のことのみに専念して他国を無視してはならないのであつて、政治道徳の法則は、普遍的なものであり、この法則に従ふことは、自国の主権を維持し、他国と対等関係に立たうとする各国の責務であると信ずる。」との規定の趣旨についてどのような意味であると考えているか、分かりやすく答弁されたい。

二 政府は、憲法前文の「われらは、いづれの国家も、自国のことのみに専念して他国を無視してはならない」との規定の趣旨についてどのような意味であると考えているか、分かりやすく答弁されたい。
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憲法前文の「われらは、いづれの国家も、自国のことのみに専念して他国を無視してはならない」の規定の趣旨等に関する質問主意書 平成30年7月31日

 ↓  ↓  ↓  ↓
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一及び二について
 お尋ねの憲法前文第三段の趣旨は、我が国が国家の独善主義を排除し、国際協調主義の立場に立つことを宣明したものと解している。
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参議院議員小西裕之君提出憲法前文の「われらは、いづれの国家も、自国のことのみに専念して他国を無視してはならない」の規定の趣旨等に関する質問に対する答弁書 PDF


〇 政府見解を参考に内容を分類する


【前文】

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 日本国民は、正当に選挙された国会における代表者を通じて行動し、われらとわれらの子孫のために、諸国民との協和による成果とわが国全土にわたつて自由のもたらす恵沢を確保し政府の行為によつて再び戦争の惨禍が起ることのないやうにすることを決意しここに主権が国民に存することを宣言し、この憲法を確定する。そもそも国政は、国民の厳粛な信託によるものであつて、その権威は国民に由来し、その権力は国民の代表者がこれを行使し、その福利は国民がこれを享受する。これは人類普遍の原理であり、この憲法は、かかる原理に基くものである。われらは、これに反する一切の憲法、法令及び詔勅を排除する。


 日本国民は、恒久の平和を念願し、人間相互の関係を支配する崇高な理想を深く自覚するのであつて、平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した。われらは、平和を維持し専制と隷従圧迫と偏狭地上から永遠に除去しようと努めてゐる国際社会において、名誉ある地位を占めたいと思ふ。われらは、全世界の国民が、ひとしく恐怖と欠乏から免かれ、平和のうちに生存する権利を有することを確認する。


 われらは、いづれの国家も、自国のことのみに専念して他国を無視してはならないのであつて、政治道徳の法則は、普遍的なものであり、この法則に従ふことは、自国の主権を維持し、他国と対等関係に立たうとする各国の責務であると信ずる。


 日本国民は、国家の名誉にかけ、全力をあげてこの崇高な理想と目的を達成することを誓ふ。
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> 『国民主権』及び間接民主制

> 『基本的人権の尊重』(自由・権利)

> 『平和主義』の立場に立つことを宣明したもの
> 我が国が国家の独善主義を排除し、「国際協調主義」の立場に立つことを宣明したもの


 9条を改正あるいは廃止する場合、それに伴って前文も改正する必要があると考えられる。そうしないと、前文と9条の関係に整合性がとれなくなってしまうからである。前文から、「平和主義」の部分を取り除いた場合を検討してみよう。


 下記は、「平和主義」の部分は基本的に白色で見えなくしたが、マウスでドラッグすると文字は出てくるようにしている。


 色の分類は、
政府見解を参考にしたものである。ただ、政府見解が「平和主義について示したもの」としている部分についても、「平和主義」についてだけ述べたものとは限らない部分が存在するように思われる。その部分は、灰色にしてうっすらと残してみた。「平和主義」を取りやめる際、これを削るかどうかは内容を吟味する必要がありそうである。

 

【前文】

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 日本国民は、正当に選挙された国会における代表者を通じて行動、われらとわれらの子孫のために、諸国民との協和による成果わが国全土にわたつて自由のもたらす恵沢を確保、政府の行為によつて再び戦争の惨禍が起ることのないやうにすることを決意し、ここに主権が国民に存することを宣言し、この憲法を確定する。そもそも国政は、国民の厳粛な信託によるものであつて、その権威は国民に由来し、その権力は国民の代表者がこれを行使し、その福利は国民がこれを享受する。これは人類普遍の原理であり、この憲法は、かかる原理に基くものである。われらは、これに反する一切の憲法、法令及び詔勅を排除する。


 日本国民は、恒久の平和を念願し、人間相互の関係を支配する崇高な理想を深く自覚するのであつて、平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した。われらは、平和を維持し、専制と隷従圧迫と偏狭地上から永遠に除去しようと努めてゐる国際社会において、名誉ある地位を占めたいと思ふ。われらは、全世界の国民が、ひとしく恐怖と欠乏から免かれ、平和のうちに生存する権利を有することを確認する。


 われらは、いづれの国家も、自国のことのみに専念して他国を無視してはならないのであつて、政治道徳の法則は、普遍的なものであり、この法則に従ふことは、自国の主権を維持し、他国と対等関係に立たうとする各国の責務であると信ずる。


 日本国民は、国家の名誉にかけ、全力をあげてこの崇高な理想目的を達成することを誓ふ。
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> 『国民主権』及び間接民主制

> 『基本的人権の尊重』(自由・権利)

> 『平和主義』の立場に立つことを宣明したもの(上記では白色で見えなくしている)
> 我が国が国家の独善主義を排除し、「国際協調主義」の立場に立つことを宣明したもの


 「国際協調主義」と「平和主義」は、密接に結びついており、分離可能なのかも考える必要がありそうである。

 

9条改正の限界 ①

 

〇 「日本国民」とは誰か。


 9条の「永久にこれを放棄する。」「保持しない。」「認めない。」との規定を憲法改正によって削除したり無効化した場合、そもそも、9条が「日本国民は」との主語から始まる性質上、これに賛同しない者は日本国民ではなくなるということになる。


 9条は、日本国民が「永久に」放棄したわけだから、この規定を改正し、永久放棄を廃止した場合、それ以後、現在の国民はこの憲法のいう「日本国民」ではなくなり、「新国家」の国民となると考えられる。なぜならば、「永久に放棄」した者が「日本国民」であり、「永久に放棄」していない者は「日本国民」ではないからである。この規定を改正した場合、現行憲法が無効化され、革命が起き、新国家樹立を意味する新たな憲法が制定されることを意味すると考えられる。その「新国家」と、現在の「日本国」とは、法的な連続性は存在しなくなると思われる。


 ただ、9条の「日本国民」が「現在及び将来の国民」を含むとすれば、「日本国民」は9条に関する場面で「思想良心の自由」が保障されないということとなる。これは、近代立憲主義の人権思想に反すると考えられる。これを回避するために、この9条の「日本国民」は、「憲法制定権力」をいうと考えることができる。これは、9条は宣言的な文言であり、前文の「日本国民」を引き継いだものと考えられるからである。立法過程でも、9条の文言は当初前文の中に置かれていたことからも、9条の「日本国民」が「憲法制定権力」を意味することを裏付けることができると考える。そうなると、その後の「現在及び将来の国民」は、この文言の「日本国民」には該当しないとも考えられる。


 この点の整合性は検討する余地がありそうである。憲法のバックグラウンドである法哲学的な認識論の領域に入り、憲法が一般的な法律のような法制度の整合性の簡潔さのみによっては法の効力の妥当性を導けない性質上、この程度の整合性の不備は仕方がないのかもしれない。

 

9条改正の限界 ②

 

 1項の「日本国民は、」が2項前段、2項後段にも及ぶとする説を採ると、この「日本国民」は、国民主権原理の過程で政府に信託(授権)しない部分を示す意味だけでなく、日本国民の中でも、「憲法制定権力」の意思であることを意図していると思われる。なぜならば、9条は立法当初、前文に置かれていた規定であり、前文の「日本国民」、つまり「憲法制定権力」という意味を引き継いでいると考えることが妥当だからである。


 また、現在及び将来の国民は「思想良心の自由(19条)」を保障されているため、9条1項の「これを放棄する。」という文言が、思想的な側面を強制させるような意味を持つことはないと考えることが妥当だからである。


 ただ、そうなると、ここで問題が発生する。


 1項の「日本国民」は、1項の語尾で、「永久に(これを)放棄する。」として、永久放棄をしたということである。つまり、「憲法制定権力(日本国民)」が永久に放棄したものは、改正することはできず、もし撤回したいのであれば、日本国憲法を廃止して革命を起こす必要があると考えられる。


 それに比べて、2項には「永久に」の文字が入っていないため、日本国憲法を廃止して革命を起こさずとも、改正したり、削除したりすることができるように思われる。


 しかし、2項にも、1項の「日本国民は、」の文言がかかっていると考えるのであれば、それはつまり、2項も「憲法制定権力(日本国民)」が「保持しない。」「認めない。」としたものであるということになる。


 すると、憲法制定権力が「放棄」「不保持」「否認」したものを、憲法改正権によって現在及び将来の国民が行うことができるのかどうかという問題が発生するのである。


 これは、1項で「永久に(これを)放棄する」とした主体が「憲法制定権力」であり、「憲法改正権力」の日本国民には関係ないと考えるのであれば、「永久に」の文言が、まったく効果を持たないこととなってしまうからである。


 しかし、1項の「永久に」の文言に、効果があり、改正不能なことを示したものと考えるならば、その1項の「日本国民(憲法制定権力)」の主語が掛かる、2項前段、2項後段は「憲法制定権力」の意思を示したものであるから、同じように2項を改正することも不可能と考えられるのである。



まとめ ①

> 「永久に」の文言を「憲法制定権力の意思」と解し、改正不能な規定であることを示す効力があると考える。すると、1項の「日本国民(憲法制定権力)は、」の掛かる、2項前段、2項後段も、「憲法制定権力の意思」が掛かっていることになり、改正は不能となる。


> しかし、1項の「日本国民」を「必ずしも憲法制定権力」を意味しないと考えると、1項、2項前段、2項後段の「放棄する。」「保持しない。」「認めない。」の文言によって、現在及び将来の国民の「思想良心の自由(19条)」を侵害することとなり、妥当でない。これは、「平和主義」を打ち出す日本独特に設けられた憲法上の規定が、普遍的な価値とされる「基本的人権の尊重」という近代立憲主義の理念を損なうこととなるからである。


> このことをもって、もし1項の「永久に」の文言に、改正不能な規定であることを示す効力がないと考えると、11条、97条の「侵すことのできない永久の権利」の文言も同様に、改正不能な規定であることを示す効力がないと考えることに繋がってしまう。すると、普遍的な価値とされる「基本的人権の尊重」という近代立憲主義の理念を損なう改正が可能となることを意味し、憲法の存立を脅かす改正に道を開くこととなり、もはや改正も革命も違いがないこととなり、憲法改正の規定が設けられている趣旨を損なうこととなり、妥当でない。


> 「憲法制定権力の意思」についても、「憲法改正権力」によって改正したり、加憲により否定することができると考えるのであれば、それは憲法改正の限界を考えない立場である。そうなるとやはり、改正と革命を区別して考えない点で、改正規定が設けられている趣旨を損なうこととなり、妥当でない。


 この論点をまとめると、2項についても、改正が不能であると考えることが妥当であるように思われる。



まとめ ②

 「日本国民」の意味が『憲法制定権力』であり、2項にも掛かる場合

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第9条 【日本国民(憲法制定権力)は、】正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。

2 日本国民(憲法制定権力)は、】前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを
保持しない。

  【日本国民(憲法制定権力)は、】国の交戦権は、これを認めない。
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⇒ 「日本国民」の意味が『憲法制定権力』であり、2項にも掛かるとした場合、憲法制定権力者の意思であるから、改正できないこととなる。


⇒ もし2項には、1項の「日本国民」の意味が掛からないとした場合、「保持しない」「認めない」としているのは誰かという話となる。「日本国民」以外には考えられないと思われる。


⇒ 「日本国民」が、必ずしも『憲法制定権力』の意味でないのであれば、『現在及び将来の国民』も「放棄する」「保持しない」「認めない」という思想を強制されることとなり、19条の「思想良心の自由」と矛盾する。こうなると、近代立憲主義の目的である「人権保障」が実現されない憲法となってしまうため、妥当でない。(いや、思想良心の自由は、「侵してはならない。」の表現であり、「国は侵してはならない。」のように「国は」などの文言が省略されていると考えれば、日本国民自身が放棄したものは、この「侵してはならない」に適合する事例とは読めないとの解釈もできるかもしれない。)(それとも、「思想良心の自由」の例外と読むべきなのか。)


⇒ もし『憲法制定権力』の意思であっても、『現在及び将来の国民』である『憲法改正権力』が制限なく改正できると考えるのであれば、1項の「永久に」の文言の意味に効力がないこととなる。すると、11条や97条の「永久の権利」の文言にも、人権の永久性の建前を示す効力がないことに繋がってしまい、妥当でない。(「永久の権利として」という、建前の文言であるから、この場面では関係ないという主張もあるかもしれない。しかし、もしそうであっても1項の「永久に」が何のための文言なのかという疑問は残る。)

⇒ 『憲法制定権力』の意思であっても、『現在及び将来の国民』である『憲法改正権力』が制限なく改正できると考えるのであれば、そもそも憲法原理そのものを破壊したり、革命に道を開く考え方となる。すると、憲法保障の意図から『憲法改正権』が憲法上に定められている意味を損なうことに繋がるため、妥当でない。


日本国憲法の参考となる前文と条文
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 日本国民(憲法制定権力)は、正当に選挙された国会における代表者を通じて行動し、われらとわれらの子孫のために、諸国民との協和による成果と、わが国全土にわたつて自由のもたらす恵沢を確保し、政府の行為によつて再び戦争の惨禍が起ることのないやうにすること決意し、ここに主権が国民に存すること宣言し、この憲法を確定する。そもそも国政は、国民の厳粛な信託によるものであつて、その権威は国民に由来し、その権力は国民の代表者がこれを行使し、その福利は国民がこれを享受する。これは人類普遍の原理であり、この憲法は、かかる原理に基くものである。われら(憲法制定権力)は、これに反する一切の憲法、法令及び詔勅を排除する

 日本国民(憲法制定権力)
は、恒久の平和を念願し、人間相互の関係を支配する崇高な理想を深く自覚するのであつて、平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しよう決意した。われら(憲法制定権力)は、平和を維持し、専制と隷従、圧迫と偏狭を地上から永遠に除去しようと努めてゐる国際社会において、名誉ある地位を占めたい思ふ。われら(憲法制定権力)は、全世界の国民が、ひとしく恐怖と欠乏から免かれ、平和のうちに生存する権利を有することを確認する

 われら(憲法制定権力)は、いづれの国家も、自国のことのみに専念して他国を無視してはならないのであつて、政治道徳の法則は、普遍的なものであり、この法則に従ふことは、自国の主権を維持し、他国と対等関係に立たうとする各国の責務であると信ずる。

 日本国民(憲法制定権力)
は、国家の名誉にかけ、全力をあげてこの崇高な理想と目的を達成すること誓ふ



    第1章 天皇

〔天皇の地位と主権在民〕
第1条 天皇は、日本国の象徴であり日本国民(現在及び将来の国民)統合の象徴であつて、この地位は、主権の存する日本国民(憲法制定権力)の総意に基く。


    第2章 戦争の放棄

〔戦争の放棄と戦力及び交戦権の否認〕
第9条 日本国民(憲法制定権力)は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。
2 前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない。


    第3章 国民の権利及び義務

〔国民たる要件〕
第10条 日本国民(現在及び将来の国民)たる要件は、法律でこれを定める。


〔基本的人権〕
第11条 国民は、すべての基本的人権の享有を妨げられない。この憲法が国民に保障する基本的人権は、侵すことのできない永久の権利として、現在及び将来の国民に与へられる。


〔思想及び良心の自由〕
第19条 思想及び良心の自由は、これを侵してはならない。

    第10章 最高法規

〔基本的人権の由来特質〕
第97条 この憲法が日本国民(現在及び将来の国民)に保障する基本的人権は、人類の多年にわたる自由獲得の努力の成果であつて、これらの権利は、過去幾多の試錬に堪へ、現在及び将来の国民に対し、侵すことのできない永久の権利として信託されたものである。

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 1条の「この地位は、主権の存する日本国民の総意に基く。」の『日本国民の総意』という表現であるが、これも19条の「思想良心の自由」を侵害するような意味を持たないと考えることが妥当であると思われ、『憲法制定権力の総意』と考えることが妥当であるようにも思われる。


 かといって、「現在及び将来の国民」
は、この憲法制定権力のつくったこの憲法秩序に組み込まれているため、現憲法体制を維持する以上は、規定の法の効力を否定することはできないだろう。

 

<理解の補強>

憲法公布の日に ワイマールの教訓とは 2018年11月3日


 

集団的自衛権の行使のみを禁止できるのか


 集団的自衛権は、国際法上の概念である。よって、憲法上で集団的自衛権にあたる権限を行使しないことを明確にする場合には、「集団的自衛権」という文言を用いずに、国内法上の言葉を採用する必要がある。


 また、9条の規定は、禁止規定であり、根拠規定の文言を設けることは、自衛目的の戦争を誘発する危険性を有することから妥当でない。


 そう考えると、9条を集団的自衛権の行使を禁止し、個別的自衛権の行使のみを許容する規定とすることを明確にするには、「他国が攻撃されたことに起因する武力の行使(理由とする武力の行使)」を『禁止』の形で設けることが妥当ではないかと考えられる。検討してみよう。


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    第2章 戦争の放棄

〔戦争の放棄と戦力及び交戦権の否認〕
第9条日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。
2 前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない。

3 他国が攻撃されたことに起因する武力の行使は、これを認めない。
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 このように国内法上の文言で定義することにより、国際法の定義変更、解釈変更によって、憲法上の意味が変わってしまうことを防ぐことができると思われる。


 まだまだ詳しく検討する必要があるが、集団的自衛権にあたる権限を、9条の形に沿った内容で禁止できたのではないだろうか。

平和的生存権を条文化できるか


 国防軍を保有するならば、9条2項を削除するべきである。また、9条2項の削除に伴って、法体系全体の整合性を持たせるためには、前文の平和主義について書かれた文言も削除する必要がありそうである。


 国防軍を保有する場合には、国防軍の活動の自衛の措置に関わる規定を「内閣」の章に書き込むことは可能であると思われる。

 

 この際、国防軍に関する規定の設置(法律規定でもいいが)と同時に、前文の「全世界の国民が、ひとしく恐怖と欠乏から免かれ、平和のうちに生存する権利を有することを確認する。」の文言をその既定に併記して条文化するのはどうだろうか。


 たとえ敵国の国民であれ、日本国の統治に関する主権を行使することはできないが、平和的生存権を有していることを確実に宣言しておく方法である。すると、日本の国防軍の活動は、急迫不正の侵害に対する脅威に対して自衛することはできるが、相手国の国民の平和的生存権を侵してはならないことになるのではないだろうか。


 すると、国防任務に関する事柄で、相手国の国民の平和的生存権を侵すような立法や法の執行は違法化され裁判所で統制されると思われる。他国民の人権に配慮した点で、抑止力は現在よりも高まる部分はないだろうか。

 どうしても国防軍を保有したい場合は、どういう方法がいいのか検討してみよう。

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    第二章 戦争の放棄

〔戦争の放棄と戦力及び交戦権の否認〕
第九条 日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。

2 (削除)


    第五章 内閣


〔内閣総理大臣の職務権限〕

第七十二条 内閣総理大臣は、内閣を代表して議案を国会に提出し、一般国務及び外交関係について国会に報告し、並びに行政各部を指揮監督する。

2 (新設) 内閣総理大臣は、国民の生命を守るために外国からの急迫不正の侵害に対して必要最小限度の自衛権を行使するため、国防軍を指揮監督する。


3 (新設) われらは、全世界の国民が、ひとしく恐怖と欠乏から免かれ、平和のうちに生存する権利を有することを確認する。


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 今回は、かなり適当なことを記載したと思う。趣旨としては相手国の国民の平和的生存権を確認することで、全面戦争や総力戦を防止し、国民自身が自衛権の行使に対して責任を負う意識が必要なのではないかという意図である。(ただ、「平和的生存権」は、人権規定であるため、【統治規定】の中に組み込むことは体系的におかしな選択である。)


 しかし、実はこれは現在の自衛隊の運用とほぼ変わらないと思われる。となるとやはり、自衛隊はそのままでいいんじゃないだろうか。

 9条2項の禁止する戦力不保持であるが、「軍を持たない国家」という運営で最小限度の自衛の措置のみを行使する方法は、最先端の考え方なのだろうか。この軍縮的な抑制作用の在り方は、非常に国際社会との調和的な在り方なのではないだろうか。軍縮を継続していく姿勢としては、9条2項の解釈の在り方は背負い続けた方がいいのではないだろうか。

 筆者もまだまだ勉強します。こちらの記事も、お読みいただきありがとうございました。

 

武力行使の要件の比較

「存立危機事態」と「それ以外の事例」と「元内閣法制局長官 阪田雅裕 私案 加憲案5項」「維新の党 対案」の要件

他国からの

要請

武力の

行使

他国に対する武力攻撃 なし

✕ 不可

【先攻】

あり

✕ 不可

【集自】

我が国と密接な関係にない他国 に対する武力攻撃が発生 これにより 我が国の存立が脅かされ 国民の生命、自由及び幸福追求の権利が根底から覆される明白な危険がある事態 なし

✕ 不可

【先攻】

あり ※1

✕ 不可

我が国と密接な関係にある他国

なし

✕ 不可

【先攻】

あり

〇 可能

【限集】

(武力攻撃は不発生)

✕ 不可

【先攻】

我が国と密接な関係にある他国

に対する武力攻撃が発生 これにより 我が国の存立が脅かされる明白な危険がある場合

(問わない)

〇 可能

【先攻】

条約に基づきわが国周辺の地域においてわが国の防衛のために活動している外国の軍隊

に対する武力攻撃が発生 これにより わが国に対する外部からの武力攻撃が発生する明白な危険があると認められるに至った事態

〇 可能
【集自】

【個別】

✕ 不可
【先制】
△ 可?
【個別】

我が国に対する武力攻撃

〇 可能

【個自】

存立危機事態について

31条で違憲

 

存立危機事態について

31条で違憲

   

存立危機事態について

9条で違憲

 

 「密接な関係」にあかないかの要件が不存在。その他国からの要請があった時に(1)、「密接な関係にある他国」かどうかを認定することが内閣の政治判断となる。限定的でも最小限度でもなく、拡大解釈を招く恐れがある。行政権に一任している旨が違憲。

 

 因果関係の認定に、具体的な要件が存在していない。限定的でも最小限度でもなく、拡大解釈を招く恐れがある。内閣の政治的な判断となり、侵害的な行政活動であるにも関わらず、行政権に広範な裁量権を与えた旨が違憲。

     要請の有無に従って判断が分かれるということは、要請があった時の武力の行使は「他国や他国民を防衛する」という意味を含むこととなる。この行動は13条を根拠とする必要最小限の範囲を超えるため、9条に抵触して違憲。  


憲法に自衛隊書くだけでは白紙委任 阪田・元法制局長官 2018年2月7日

(余談)維新の「対案」は違憲の疑いが濃厚だと考えます 2015年07月04日

維新の対案、与党「あいまいだ」と追及 2015.9.2

維新の党の「武力攻撃危機事態」の記事、メモまとめ 2015-07-02

維新案が浮き彫りにする「存立危機事態」の実相 2015年07月11日

[6]「急迫、不正の事態」でなくとも、自衛権を行使できるのか 2014年06月25日