法学マップをつくろう

 

〇 法学世界の設計図だよ。その設計図を見れば、法学の取り扱い方が分かる。付き合い方が分かる。メカニズムが分かる。すると、無用な恐れや分からない不安は大きく減少し、次第に活用して活かすことができるようになる。法学の設計図をつくることだ。一つにまとめた良質な設計図を示すことだ。

 

〇 法学の地図があると、勉強し忘れたところとか、分からずに飛ばしてしまったところも、後から簡単に帰ってくることができるようになる。そういう、分野分野に対するアクセスが容易になるから、学習効率が格段に高くなる。自分の理解の穴も、見渡していると見えてくる。そのために、法学地図が必要だ。


〇 法学マップを眺めていると、いろいろ疑問が湧いてくるんだよ。「これとこれって、同じ意味かな。」とか、「同じような効果の条文が別にもあったな。」とか、小さい疑問がぽつぽつ湧いてくる。それを基に自分でどんどん深めて調べていくと、教科書の本文では気づかなかった視点にも理解が深まるようになる。すると、多角的な検証に堪えうるより本質的で強固な理解を会得することができるようになる。そのためにも、やはり法学マップは必要だ。

〇 法学マップがあったら、復習も容易でしょ。学習漏れしているところに、すぐに気が付くでしょ。自分の理解の穴とか、理解のきめ細かさとか、自分で把握できるでしょ。そういうのが大切じゃん。


〇 法学マップであるが、教科書に所々書いてある分類表とか、分類を示す樹形図とかを、片っ端から全部集めて、一つにしてしまうといいと思う。すると、大きい一枚の図でその法分野が全部分かるようになって、それ以上のものではないことが分かるようになると思う。そしたら、あとは繰り返しそれを見ながら勉強するだけでしょ。「それだけのこと」という、大きな枠組みを示すことに意味があるのだよ。断片断片ばかり見えているうちは、それらの前後にある無限の広がりを考えてしまい、頭がいっぱいになってしまう。それを、「これだけだ」って分かるようにするところに意味がある。地球儀だってそうだろう。無限に広がるように見える大地であるが、地図で見れば日本は島国であり、どこへ行こうと海に行き着く。地球も球体であり、無限の土地が広がっているわけでない。その法領域があらかじめ定義されているとそれ以上に様々に憶測する必要がないとわかる。すると、頭の中は一気に整理されていく。そういうことが分かるようにしておくことが大切だ。だから、法学マップをつくろう。一枚で全部見渡せるようにしよう。


〇 美しい法学世界を、みんなのものにしたいんだよ。すべての人の理解を導く美しい縮図を作り出すのだ。その地図に宿る意志で、この社会に公正で簡潔な理解によって生み出される人々の美しい生活を実現しよう。法を、もっと美しく。法教育に美学を持て。創造的なパワーを生み出す基礎を詰め込むのだ。すべての縮図を一枚に収めるのだ。あらゆる関連性を読み解けるようにつくるのだ。


〇 この社会の法体系を、遥か上空から見渡せるようにするべきなんだ。法学マップというのは、この社会の神の目なんだよ。法学マップを見渡したならば、それは、この社会をより良く運営するための神の目を持ったようなものなんだよ。「神の目を持っている地図、法学マップ」にしよう。

〇 学習する際、読み物の中には物語のように初めからストーリー調に読み込むと分かるものもあるが、法学の理解を会得するにはそれだけでは足りない。あらゆる角度から堪えうる理解をつくり上げていくことが必要となる。初めから教科書を読んだからといって、頭の中にその理解が得られるわけでもない。そのように、読み物には様々な読み方がある。初学者には、それさえも分からないのだよ。法学をどのように読めばいいか分からない人は、教科書をはじめからじっくり読み始めることが多い。でも分からない。読み終わっても多角的に堪え得る理解は得られない。だから、法学マップだよ。地図があれば、どの方向からでもどんな風にでも自由に行き来ができるようになる。ストーリー調に読み取ろうとしてしまう癖を修正し、理解をより多角的な検証に堪え得る形に導いてくれる。どんな事態に出くわしても、どの角度からも解を導き出すことができる。それが地図だ。教科書とは役割が違う。教科書だけでは足りないのだよ。だから、つくろう。法学マップ。

 

〇 法学に関する地図をつくると、理解の地盤になる。覚えては消える記憶のいたちごっこで、なかなか理解が進まない無用な時間を激減させることができる。地図だよ。この地盤が大切だ。学習していて、地盤沈下してくることってあるでしょ。「あれ、ここ、以前やったはずだけど、全然覚えてない。」とか、「学習したチェックやマーカーは引いてあるけど、そんな記憶ない。」とか、あるだろ。そうなんだよ。理解が地盤沈下しているんだ。他には、以前とは別角度から見ているために、以前の印象と全然違って見えたりするのだ。そんな、自分が全然理解ができていないことに、焦り、不安になり、悩み、苦しむこともあるではありませんか。しかし、法学マップがあれば、少なくとも地盤は崩れない。以前は別角度から見ていたが、今回は違う角度から見ていることにも気づきやすい。今まで理解していたことが一面的だったことも、以前の記憶や理解と重ね合わせられるようになるから有益性が高い。法学マップは、復習を容易にし、崩れない理解を提供する。だから、法学マップだ。

〇 勉強しているとさ、一つ一つの文章を読んでいると、なんだか地下街で迷子になったような気分になるんだよね。「あれ、ここどこかな?」って。似たような通路ばかりで、ぱっと見の目印もなく、全体像が頭に入らないし、空から俯瞰するようにイメージすることも難しい。トンネルに迷い込んで、その情報がどの程度重要で、法体系全体にとってどのくらい重要な情報なのか、そういう位置づけが分からない。迷子になると、同じ道を何度もループして抜け出せなくなったり、どこの通路を通ったことがあり、どこの通路をまだ通ってないかも分からなくなる。そういうところに陥ると、すごく疲れて勉強が嫌になるんだよ。だから、法学マップをつくって、嫌にならない法学体験を提供することだ。これで落ちこぼれがいなくなる。自分で学びたいところを選んで、自分で計画的に全通路を回れるようになる。印もつけて、チェックポイントをはっきり示せるようになる。もう一度帰ってくるべきところとか、旅行に行った時に観光地の屋台の並びを回っているときも同じようなことがあるよね。それが複雑な道にある壮大な屋台が並んでいるんだから、地図を用意して効率的に回らないとね。楽しい旅は、地図で生まれるんだよ。良質な法学マップをつくろう。

 

〇 地図があると、聞いている話もはっきりとクリアで明快なものとして得られるようになるでしょ。知らない町で行きたい場所への道順を聞くときに、同じ言葉でも地図で示してくれたほうがい断然わかりやすい。「右曲がって三本目の交差点で信号機があるから、そこを通過してすぐのところ。もし分からなかったら二本道を戻って、居酒屋さんの伊藤さんに聞いたら分かるよ。」とか、言われると、途中でもう分からなくなる。でも、地図があれば、全然覚えられるでしょ。地図ってそういうものだから。だから、つくろう。法学マップ。


〇 法学地図があると、今学習している内容が法分野の全体の中でどのくらいの密度の話をしているのかおおよそ分かるようになる。それが大事だと思う。忘れない知識として地図上に位置付けながら覚えることができるようになるだろう。


〇 法学地図があると、学びの枠組みが予め分かるようになる。すると、無限の想像力で爆発的に広がってしまう思考回路をほどほどで抑え、効率的にその分野をマスターできるようになる。意図していないところまで手を広げすぎてしまわないためにも必要だろう。


〇 書籍に一日中向き合って勉強する学習観は古いと思う。15年以上前の大学はそうだったのかもしれないけれども、今はネットでほとんど勉強できる。だから、教員が学生に書籍で学ぶように強制しても、時代遅れな学習方法なんだと思う。そういう、学習方法の違いが、古い教員と今の学生のギャップだと思う。すると、学生が勉強しないとかいうけれども、今の学生に新しい学習方法を教えることができていないのだと思う。古い学習観を教員が押し付けることがないように、教員が学びなおしたほうがいいだろう。書籍も使えばいいですよ。でも、ネットも使えばいいじゃないですか。YouTubeでもいいいじゃないですか。ネットラジオで勉強する方法もありますしね。いろいろ活用して、それでもやはり学びの本質を捉えられるようにサポートするのが教員の仕事でしょ。あらゆる情報を扱って最善を出せるように学生をトレーニングしてくれよ。古い戦術にこだわらないように。学びの戦術の本質が何かをしっかり捉えた上で教育することだと思うよ。ただ、あらゆる情報源を駆使しても、法学マップは必要だろう。どの情報源からでも同じところに行き着くのであるが、その中枢を地図を見るように見渡せることは必要だろう。情報源が多角化すると、迷子になりやすい。均一化した学習観では対応できないから、地図を作って誰もが迷子にならずに自力でバランスよく乗り切れるようにしておくことだ。法学マップをつくったほうがいいと思う。

〇 法学マップがあったら、教員に質問するときに、「ここ分かりません。教えてください。」って指させるから分かりやすいでしょ。教員も、その学生がどこが分かっていないのかパッと分かるでしょ。地図があると、そうやって他人と情報を共有しやすくなるんだよ。学生同士であっても、お互いがどこを知っていて、どこを知らないかが見えてくるだろうね。それを見ながら話せばすべてわかるよ。全体像が共有できて、それ以上のものではないという情報量を限定するという効果も大きい。話している事柄の情報の範囲が確定していないと、一つ一つの事柄がどれほどの範囲に及んで関連しているのか分からないことがある。しかし、情報を限定できて、その範囲内の話であることがパッと分かると、無限の妄想や無限の想像力を遮断できるから、網羅的な理解をするのにとても効率がいい。地図だよ。全部地図だ。これがあるだけで断然違うんだよ。

〇 いくら授業でやっていてもね。その時、理解できなければ聞こえてないのと同じなんだよ。体の調子が悪ければ、聞いてないのと同じだよ。家庭の問題とかで悩んでいたら、聞こえていないのと同じだよ。だから、法学マップを見ながら何度も帰ってきて復讐できるようにしておくべきなんだ。その情報基盤が整理されていないなんて、ありえないだろう。

 

〇 法学教育の先端を行こう。この日本の法学教育のレベルを上げよう。古い教員の教育観を一掃し、新しい美しく丁寧で分かりやすく、理解が容易で誰にでも受け入れられ、かつ創造性に溢れる思考力を養える教育を実現しよう。その刺激、きっかけを提供しよう。その役割を我々が担おうではありませんか。

〇 教員は頭の中に法学マップが入っているんだよ。だから、授業をやるときも、自分の頭の中の法学マップをなぞっているだけなんだよ。しかし、それを聞いて学生は自分の頭の中に法学マップを描き出さないといけないんだ。そこがさ、教員の教え方がめちゃくちゃ下手だから、頭の中に法学マップが全然できないわけよ。だから、あらかじめ大きな紙に法学マップの全体を書き出して、学生とその地図を見て情報を共有しながら教えないとダメだろ。そういう意図がさ、大学の法学部の授業にはないんだよね。教員が自分の頭の中をなぞっているだけの、自己満足授業が多すぎる。何周も回ってきたルートをスイスイ泳いでいるけど、はっきり言って、学生から見たらつまらないもの見せられている感覚ですよ。それを見ていて、頭の中に法学マップが描き出されるわけでもないし、何もわからんというか、そういうものなのかと思って聞いてみるけれども、後で自分で勉強したときに、教員の教育レベルが低いことに気が付くんだよ。(一部教員を除く)でも、成績握られているし、教員の授業が下手だなんて言えないでしょ。そんなことしたら、成績下がるし、学校に居づらくなるし、悪い噂を立てられたりしたり、イメージ悪くしてイベントごとなど他の作業の時に不利な立場に追いやられても嫌ですしね。だから、裏で思いっきり、「この大学は最悪の大学だ。」って言いまくるんだよ。他に手段がないから仕方がない。みんな抑圧されているのだよ。それに気付かなかった教職員たちがつくる大学が、今の残念な状況を生み出しているのだよ。それを学生が悪いかのように言っている教員が残念なのである。そういう事態から脱却するためにも、早めにほとんど全授業で法学マップを導入して、学生の頭の中に法学マップをつくってもらえるようにしたほうがいいだろう。

〇 法学部生に、六法よりも法学マップを持たせたほうがいいと思う。良質な法学マップにして、ある程度条文も掲載しておくからね。授業中にカバンから取り出して、世界地図を広げるようにパタパタ広げて、教員が言っている話がどこのことなのか確認しながら授業を聞けるようにすればいい。よくある世界地図のように、両面印刷で、主に裏面に書き込んだりできるようにしてもいいだろう。その全体を見渡しながら教科書のページを開けば、教員の授業を聞けば、理解が深まること間違いなし。力配分も分かるようになるから、集中力が途切れなくなるだろう。全体像が分かっていると、学習の強弱も自分でコントロールできるようになるから、効率的に学習が進むようになる。つまり、短時間で頭が良くなるのだよ。凡人は素早く理解できるようにサポートしなくては、人材価値が著しく低くなる。だから、法学マップを作って、強化指導してくれよ。これでこの大学の法学部生の理解力は格段に上がるはずだ。学習も進むようになるはずだ。他大学に負けなくなるはずだ。つまり、大学の卒業生の人材価値が格段に高くなるということだ。この大学の学生の評判が良くなるのだよ。すると、社会の人々に感謝され、大学のイメージアップに繋がる。すると、入学希望者も増えて経営が改善するし、今までひどい授業をして恨みを買ってきた卒業生からも恨まれなくなるし。より生きやすい大学での職業ライフを楽しむことができるようになるはずだ。建学の理念にも沿い、大学の社会的役割も果たすことができる。だから、法学マップを作ることだ。というより、なぜ今まで作っていないのだ。それなしでどうやって学べというのだ。非効率すぎるのだよ。とにかく、おおよそマップを作って、後から学生の意見も聞きながらどんどん改善していけばいい。作ってしまいましょう。


〇 みんな忙しいでしょ。何でも同時に複数の仕事を抱えているでしょ。だから、法学の一分野を徹底的に冒険家として学んでいる暇はないんですよ。効率的に学べるように、法学地図があると、学びの負担が軽減されるでしょ。そうやって、様々な物事と両立しながら勉強できるようになると、生産的でしょ。生産的だと、その人の周りがいろいろ上手くいって、人生もうまくいって、輝きが生まれるでしょ。そういう輝きの積み重ねがいい大学をつくるでしょ。だから、負担は軽減できたほうがいい。軽減した負担で、もっと先のこと、もっと広く様々な事柄にも手を伸ばしてもらえるでしょ。負担を軽減させることを、苦労を省略するのはサボる姿勢だと見るのは古い考え方だよ。それは、水を飲んではいけないスポーツトレーニングのような、現代では通用しない学習観だよ。もっと負担軽減して、もっと先の物事に視野を開いていってもらえるように支援していくことだよ。その積み重ねが、より高度なよりよい社会をつくることにつながるからさ。学生に負担かけない学習法を開発し続けたほうがいい。だから、まずは法学マップだ。


〇 大学ブランドの法学マップをつくったらいい。各教員の名前も入れて、シリーズで売ったらいい。ポスターサイズで、一枚800円ぐらいならば売れるだろうよ。全国の本屋に置いてもらえばいい。マジで法学やろうとしている人なら、ほとんど買うだろ。それないと、心配になるしね。良質であって、内容が確かなものならば、ポスターサイズはネットでは代替が不可能ですからね。見渡せる視野は唯一の教材なのだから、買うだろ。作ってくれよ。

〇 軍事戦略を立てるときとか、敵地の土地を征服するときとか、兵力を効率的に動かすときに、かならず地図が必要なんだ。大きな地図で、クリアに簡潔に分かるようにしているんだよ。その精度は非常に重要だ。参謀は、地図の使い方も、計測の仕方も、書き込んで活かす方法も、訓練されている。まだ持っていない敵地の地図の場合は、衛星で写真を取得したり、スパイを予め現地に送り込んで、暗号化して地図を送ってもらたりする。そうやって情報を集め、部隊の進行計画を立てたりする。同じように、法学世界を理解して自分のものとするためには、法学マップが必要なんだ。これがあれば、必ず征服できる。ほとんどの学生は、征服失敗だ。全部落ちこぼれでしょ。だって、法学部には地図がないからね。地図がない部隊が、敵地に攻め込もうなんて無理な話でしょ。もし地図かあるならば、すぐに侵攻だ。勝てるぞ。だから、法学マップを渡して、侵攻計画を立てさせてあげてくれよ。教員よ。君たちは、我々が予め敵地に送っておいた工作員なのだよ。スパイの仕事を、果たしてくれよな。我々に地図を送ってくれないと、部隊は全滅だ。犠牲を防ぐため、良質な地図が求められている。君の情報で、救われる若い命がある。部隊に高い法学的素養のを身につけさせ、国にいる人々の幸せな生活を守るのは、君だ。

 

〇 法学マップをつくるときに、「あんまり一枚に多くの情報を詰め込んだら、文字が小さくなって見にくくなる。」とか言って、法学マップをつくる努力を怠ろうとする者が現れるかもしれないが、それは妥当でない。世界地図を見よ。モルディブの小さな島々や、インドネシアの細々した島や海域、北アメリカ大陸の山脈名や山の標高、湖などが書いてあるではありませんか。それを一枚にして分かりやすくしてくれたのが世界地図だよ。小さい文字でも、一枚にする意味があるのだよ。サボる理由を探さないで、細々としたところまでちゃんと描き切ってくれよ。現代の地図というのは、今までの冒険家や地学者や地図会社がずっと調査してつくり上げた結晶なんだよ。その美しさを感じるではありませんか。それと同じだ。法学者の現代まで積み重ねてきた法学世界の縮図を、法学マップとして結晶にしようではありませんか。法学マップだよ。これで世界は変わる。我々は、もっと法学を親しみ深く感じられるようになるんだ。この社会を旅するのに、必ず必要な地図になる。より自由に、より正しく、より妥当に生きられる力になる。法学マップを生み出そう。


〇 しかし、国土交通省の特別の機関には「国土地理院」があって、有効活用できる日本の正確な地図を提供しているのに、なんで法務省の特別の機関に「法学地図院」をつくらないかな。おかしいだろ。地理は使えるようにして、法律は使えないなんて、おかしいじゃないか。何も変わらないのだよ。誰もが使えるようにしないと駄目だ。総務省の「法令データ提供システム」だと?あんな宇宙人の読み物で勉強できるわけないだろ。


国土地理院


 何で法学界には、こういうどうでもいい面白いコンテンツがないんだ。そんな、面白くない、親しむことのできない法学界で、だれも学べないんだよ。

日本全国、3Dプリンタで立体模型に

〇 「すべての凡人に、お届けしたい。法学マップ!」


〇 地図がないのに、いきなりソマリア沖の軍事バランスの話をされてもね。イメージできないでしょ。だから、ニュース報道では必ず地図を出しながら具体的に話を進めるのだよ。しかし、大学の授業ではそれがない。教員がいきなり黒潮に乗っている魚の大群の話をされてもね。黒潮ってどうやって流れているんですかっていう話よ。それを学生に言ったところで、想像できるはずもなく。想像できるような人間に、もはや教育する必要もなく。そんなところだ。だから、もっと地図のような体系の中に位置づけることを常に心がけるべきだろう。地図がないなら、大きな地図を買ってきて黒板に貼りだして話せばいいじゃないですか。その予算ぐらい、経営者が何とかお金出せる制度をつくれよ。そういう努力をしていないから、大学の授業の質は低いのだよ。教育にお金はかかるものだからね。それを怠って、学生の人材価値が当然に上がらないのであるから、経営者は一体何をやっているというのだ。教員が分かりやすい授業ができるために必要な支援をしないと駄目だろ。学生に地図を持たせるべきならば、その授業に割り振った予算で受講生全員に地図を買ってやれよ。そういう支援の意識が大学は本当にゼロですからね。教員の作った手抜きプリントとにらめっこする非生産的なつまんない時間になるんだよ。最近、法学部の教員の作ったプリントを見返してみたが、いくらかのプリントは、今から思えば私でも作れるような内容ですよ。これを初学者に見せるのは酷ですね。かわいそうです。教員も余裕ないし、支援も受けられないし、まあ、大学が教育に力を入れていないから、自分もこの程度でいいだろうって手を抜き出すんじゃないか。手を抜いている意識がなくても、他のレベルも低いから文句言われないだろうってことになって、全部水準が低くなる。それが学生の質じゃないか。意識が低いんだよ。学習に必要なものを惜しみなく揃えてスムーズにどんどん学習ができるように整備していくべきだ。(いくつかのプリントは優良でしたね。今見てもよくまとまっていると感じます。そういうプリントは、頭の中にインプットされていて、見なくても思い出せちゃうんですよね。というか、その場で分かってしまってもう忘れないからね。復習する手間もなく、理解も成績も良好です。その教員には感謝ですわ。数少ないけどね。ほんとありがとう。)だから、法学マップとか、優良な教材にしてくれよ。


〇 〔大型本〕
法学の本って、基本的に小さいんだよね。大型本で、一ページで広々と見渡せるようにきれいに情報がまとめられた書籍を出版したほうがいい。そしたら、図も大きく書けるし、解説も広げるように図と一体で記載できるでしょ。文字の大きさは普通の本と同じでいい。ただ、まとめ方を変えるのだよ。一ページに十分に詰め込んで、観望できるように記載することだ。図鑑のように、見慣れてくると一気に理解できるようになる。そういう意図でつくるといいだろう。どの学者の本も、小さいんだよ。大型本から勉強したほうがいい。大型本を作っている図鑑を出しているような出版社と提携したほうがいい。カバンに入る持ち運びに便利な本の方が良いという意見もあるだろうが、そういう本はすでにいっぱい出ているからね。もっと、法学マップを詰め込んだような、見渡せる視野で解説する構成とまとめ方が美しい本を出版した方が良い。法学者は、もっと図解やクロスセクションの大型本から勉強した方が良い。見ているだけで快感を覚えるような、美しい設計図のような構成でつくったらいい。そしたら、法学をすべての国民のためにできるだろ。それでいて学術的にも堪え得る内容であれば、最高じゃないか。ガラケーの携帯電話の小さい画面でピコピコやっているのは、なんだか姑息でしょ。ゲームボーイでピコピコやっていると目が疲れるでしょ。スマホやiPadは画面が広くなったし、パソコンの画面も超大型ディスプレイでグラフィックが見やすいものとかありますからね。ゲームボーイより、プレーステーションでしょ。テレビの大画面で高画質でゲームの世界に酔いたいじゃないですか。今では、VR(バーチャルリアリティー)ですよ。まあ、当然ね。もう、視野いっぱいに3Dでゲームできるわけですよ。最高じゃないですか。それに比べて、法学者の書籍は姑息で小さいんだよ。未だにゲームボーイだぞ。白黒の画面で、小さい文字で、まとめられていない汚い構成の文字情報を小さい画面で断片断片で見せられるわけですよ。そんな教科書、古いんだよ。法学者の頭の中がマジで古い。日本の法学者は、ゲームボーイしかやったことないから、自分もゲームボーイのカセットをつくる連中ばっかりだぜ。ちまちましていて小さいんだよ。やる気失せるだろ。時代遅れすぎて、そんなゲーム、正直全然楽しくないぜ。時代は変わったのだよ。未だにゲームボーイのカセット作っている法学者は、時代にふさわしくない。日本の法学者にプレーステーションを大型ディスプレイで体感させた方が良い。VRとか見させた方が良い。超大型のIMAX(アイマックス)シアターの映画館で映画を体感させた方が良い。大図鑑や乗り物の設計図のクロスセクションの掲載された大型本を見てもらった方が良い。それを見て、大型できれいにまとめられた法学書籍を出版してもらった方が良い。大地図を見るように法律を見渡し、見ているうちに頭に体系が入り、慣れてきたら使いこなせるような大型本で作ったほうがいい。見渡す快感で思わず見続けてしまうような美しい構成をつくったらいい。カラーの構成で、分類をまとめた方が良い。日本の法学者は、もっと近年の大型画面のディスプレイを活用しているゲーム会社から勉強した方が良い。何とかしてほしい。法学書籍界の新しい時代をつくらなくてはだめだ。法学の学びに、もっと快感を生み出した方が良い。


あ、新聞って、毎日大型の紙で発行してくれますよね。あれですよ。一日に起きたことが、大型で見渡すように教えてくれるわけでしょ。だから、紙の新聞ってめっちゃ分かりやすいやん。分かりやすいから、読むのに時間もかからないし、自分にとって必要なく、読まなくていい記事は簡単に跳ばせますしね。小さい書籍だと、どこを飛ばして読んだか覚えてないから、結局復習もしづらい。でも、新聞は、後から戻ってきて読み直したりするときに、すぐわかるじゃないですか。蛍光ペンで色を塗っても、後から全体を見渡したらまたさらによくわかるじゃないですか。これだよ。見渡せるっていうのは、活用方法が広がるんだ。新聞って、単行本サイズに折りたたむと、結構なページ数ですよ。文庫本なら一冊ぐらいにはなりますよね。そうですよ。我々は毎日、文庫本を一冊読んでいるんですよ。文庫本を一日の午前中にパッと読み終えることはできませんけれども、新聞ならできる。それは、情報の飛ばし読みがしやすく、今の自分に必要な情報を拾い読みできるからですよ。新聞のような大型の本ではそれができるんだ。しかし、日本の法学者は、書籍の編集を小さい画面でちまちまやっているんだろう。だから小さい書籍ばっかり発行してしまうわけだ。もっとな、新聞社から勉強しろっていうの。今までの出版社と決別して、一度、新聞社の新聞紙で法学書籍をつくってみてほしい。きっと、日曜版のカラーページの体系立てられた見渡せる大きな図解とか、内容に注目してもらえるように書き出した見出しの構成とか、いろいろ発信の仕方が変わると思うぞ。すると、今までちまちました小さい書籍では伝わらなかったような層の人にも、内容が伝わるようになると思うぞ。みんなが拾い読みがうまくなって、復讐しながら今まで真面目には読んでいなかったところにも目を通していったりすると思うぞ。新聞紙の大型用紙を活用するのだ。あれだよ。あれじゃないか。毎日触れていたのに、なんでそれに気付かなかったんだ。法学の書籍を、全部新聞紙サイズにまとめなおすべきなんだ。新聞は縦書きだけど、法学書籍は横書きを希望します。「新聞紙で学ぶ法学」、「新聞紙法学部」、「法学新聞紙出版」。これでいいではないか。新聞紙って、憲法の条文とか、ズラーって書いてあっても、全然大丈夫でしょ。だって、紙面が広いもん。小さい本みたいに、次のページ、次のページってならないですからね。頭の中にすっきり入ってきますよね。あれですよ。まさに法学マップではありませんか。新聞紙ってカラー版も作れますしね。一日で何万分も大量発行できる凄さ。凄いじゃないか。時代は新聞紙やぞ。法学マップは新聞紙で実現可能だぞ。天才か!法学部の教員を全員集めて、各法分野を一日の新聞紙面に乗せるように書き切るんだ。記事をまとめるように、法学を解説すればいいんだよ。法律の書籍を最初から最後まで読もうと思ったら、ストレスで胃が痛くなる気持ちになるが、新聞紙を一日分読むぐらい、へっちゃらですよね。できますよそれくらい。そう。その感覚こそが、国民が法学を自分たちのものとして触れ、教養を高められるきっかけになるんだよ。小さい書籍なら不可能だが、大型紙の新聞なら可能だ。これぞ、法学マップ・マジックっていうの。そうだよ。新聞には読み始めたら止まらないマジックがある。それをなぜ法学部の教材に導入して活用しないのだ。見渡して読みやすく、最後まで目を通してしまう新聞の凄さがここにある。その意図を法学教材に導入すれば、全員頭良くなるぞ。法学を理解できない人間なんて、いなくなるぞ。誰でも分かる。いや、分かってしまう。それは、やる気をそそる大型の見渡せる編集だからだ。全員が落ちこぼれることなく、書籍の内容を頭の中にどんどん詰め込んでしまうだろう。だって、その書籍は、新聞紙にきれいにまとめてあるんだからね。文字の大きさも変わらないから、詰め込んである情報量も同じだよ。表や条文も並列掲載でき、あっちの条文とこっちの条文も一望して照らし合わせて関連性を読み取りながら学習できるではありませんか。そんな書籍がほしかった。これはすべて、法学マップ、法学新聞紙で実現できるんだ。法学教育界は、もっと新聞紙から勉強した方が良い。新聞業界と提携して、新聞紙へ記事を書き込む編集ソフトを貸してもらった方が良い。それで、大学の法学部の学生向けに、教員の使っている授業の書籍を新聞紙型に編集しなおしたらいい。それで法学部の教材として学生に渡したらいい。それで勉強したら、いつでもどこでも勉強できますよ。体系的に頭の中に法学世界が入ってきますよ。新聞紙って、数部であればそんなに重くないですからね。持ち運びも全然可能だ。まずはテストの時期まで保てばいいでしょ。新聞紙は破れることがあるけれど、テストまでの数カ月ならばちゃんと保ってくれるだろう。新聞紙で、法学書籍、法学マップをつくってくれよな。法学界は、もっと新聞紙から勉強した方が良い。


〇 目指すべきは、「神アクセシビリティの法学マップ」だ。


〇 世界一美しい法学の教科書をつくることだ。世界一美しく分かりやすい法学の教科書をつくることだ。世界一美しい法学の教科書をつくって、国民の法学教養を高めることを目指すことだ。あらゆる事項が網羅的に組み込まれながらも、様々な文字体や解説、注釈、条文が集められた教科書をつくることだ。大きな本として見渡せるようにつくり上げることだ。それですべてが完結するようにつくり上げることだ。


法学者の悪い癖だが、すべて文字で論破しようとするところがある。確かに、国会などの議会でも、裁判所でも、文字と言葉だけで説明し、論破しないといけないのであるが、初学者にそれは厳しい。文字だけで論破するのは、あらゆる前提を理解しているからできる技なのだよ。文字だけでは分からない層の理解をいかに導き、前提を踏ませていくかだよ。それがスムーズでないから、法学が学部生や国民に理解されていない。


〇 訳の分からない教科書があっても、法学マップがあれば理解を補えるでしょ。質の悪い教科書や書籍に出会ったときに、それに対応できるようにするところに法学マップの意味がある。法学マップをつくろう。


〇 法学マップがあれば、法律学習の戦い方が分かってくるだろう。それが分からないと、目の前の敵に圧倒されて負けてしまう。戦略を立てて、敵の大きさを予め把握し、倒せる敵から徐々に戦っていけることが分かってくるんだよ。しかし、法学マップがないから、常に目の前の敵がどのくらいの強さなのか想像がつかない。気持ちの準備はいつも最上級の警戒モードを強いられるから、疲労感が高すぎる。そうやって一つ一つの敵と向き合っていたら、体力が続かなくて最後まで力が保てない。だから、攻略失敗する。法学マップだよ。

 

〇 地図会社に行って、法学マップをつくるプロジェクトを提案したらいい。大きいポスターサイズの世界地図とか日本地図とかあるでしょ。あれを作っている会社に連絡入れて、法学の世界を同じようにマップにしてまとめることを提案すればいい。文字は小さくなってもいいから、一枚で体系的に詰め込んだ良質な法学マップにすることだ。全家庭に輸出できるぐらいのものにした方が良い。世界地図とか日本地図を作っている会社も、はっきり言って、もう売れないでしょ。Google Mapとか、ネットで代替している人が多くなって、売れなくなって採算取れなくなっていると思いますよ。だから、地図印刷作成会社にとっても、法学世界を一枚にまとめるプロジェクトがあると、新しい市場になるから儲かって嬉しいと思いますよ。それで国民の教養が高まるのですからね。こんなに嬉しい話はない。大学の法学部の教員が集まって、法学マッププロジェクトをつくり上げた方が良い。地図会社と提携した方が良い。新しい地図、法学の地図、法学マップを生み出そう。新しい法の学びを、全国民に。美しい法の体系を、全国民に。感動の法学体験を、全国民に。全国民に提供しよう、法学マップ!

〇 「一枚で全て分かる」ように作ることだ。「一枚であること」にこだわりたい。一枚で全体が分かるように法学マップを作り、常に位置づけを捉えられるようにつくり上げることだ。それが情報の中枢になる。


〇 ネットで法学を学ぼうにも、断片情報ばっかりでしょ。書籍の方がやはり良質であることは多いが、書籍も結局は一望できる視野はない。法学マップだよ。法学資料館、法学ミュージアムをつくるのだ。

 

〇 法学資料室は、そのすべてが法学マップだから。学生の学びに堪え得る良質な地図をつくることだ。

〇 法学資料室全体を一つの法学マップにするのだ。そこですべてが見渡せるようにするのだ。その地図の中で学べば、効率的に法学が分かるようにすることだ。

〇 法学マップを見ながら授業を受けたら、理解力は5倍以上アップするだろうよ。そしたら、学習効率がいいじゃないか。だから、各授業、全部で法学マップをつくるべきだ。それぞれに提供してやってくれよな。15回とか、30回の授業の、すべてを見渡せる大型のポスターみたいなマップを提供する。地図もそうでしょ。パタパタ広げて見渡すわけだよ。今、どこにいるのか分かると、どうやって行きたいところに行けるかわかる。どこを理解していて、どこの道を歩いてきて、どこを学べば完全理解できるのか分かる。だから、法学マップだよ。いろいろなバージョンがあっていい。様々な意図を込めてつくったらいい。地図も、いろいろあるでしょ。最近見たのは、「城下町」の地図ですね。城下町でいろいろやっているらしい。いろんな地図で、いろんな意図で、いろいろ分かるようにしてくれているのだよ。そういう優しさをだな、なぜ学生に提供しないのだ。法学マップを提供することだ。学生に手渡すことだ。建物のあちこちに貼っておくことだ。授業で毎回図示したり、壁に広げて理解を促したりすることだ。自宅の部屋に貼って復讐できるようにするべきだ。そうやって、生活の中に法学マップをどんどん浸透させていくことだ。たくさん作ればいい。みんな、地図ぐらいいろいろ持っているでしょ。それでいいのだよ。法学マップも、詳細版とか、全体版とか、いろいろ作ったらいいのだよ。法学資料室はまとまった大きい全体版が必要だが、他の法学マップもいろいろ作ったらいい。作っているうちに、どんどんいいアイディアが沸いてきて、きっとさらに良くなっていく。そうやってまた作り直していけばいい。そうしているうちに、良質な法学マップが作り出されていくだろう。そして、「法学マップが浸透してる大学」にして、全国トップクラスの法学教育が実現している大学をつくる。それでいいじゃないか。法学マップをつくるよ。


〇 法律勉強しているときに、「今ここにいますよ。」って、法学マップで常に分かっていたら、安心でしょ。勉強の集中力の力配分も計算できるし、後どれだけ勉強したら終わるのかも分かるでしょ。そういうの分からないまま、地図がないまま山登りとかすると、不安で仕方がないでしょ。体力もなくなるけど、精神的にも疲れ果ててしまうよね。その不安のあまりに結構長い道のりだったと思うことがあるけれど、後で地図を見たら案外簡単なルートで短距離だったことが分かることってよくあるじゃないですか。法学の世界もそんな感じですよ。地図があれば楽なんです。一通り分かっている教員は、別に疲れないんですよ。でも、それが分からない初学者には、ちゃんと地図を見せてあげてくれよ。それだけのことで、ずっと気が楽なんですよ。安心なんですよ。教員という山岳ガイドが、信頼できるのか、実はタヌキに騙されているのか、大体わかるようになるんですよ。地図があればね。大学の法学部には地図がないからね。山岳ガイドが本物でも、何度も何度もタヌキかどうか心配になってくる。キツネに騙されているのかもしれないし、だんだん樹海じゃないかと思えてきたりするしね。ほんとに狸や狐の教員もいますよ。「だめだこいつ」って後から分かって、今まで信用して同じルートを何度も何度も歩かせられていたことに気が付いたりするよ。ほんとにとんでもない教員が大学には紛れ込んでいますからね。そういう狸や狐とうまく付き合うためにも、本物の山岳ガイドがタヌキ扱いされないためにも、法学の地図を作ることだ。地図があれば、各々が耐力計算できる。自分で山を登ることができる。山岳ガイドも、指導の負担が軽減される。すべての人にとって有益なものになるから、法学マップ、作ってくれよ。法学資料室で、実現してくれよ。

 

〇 スカイツリーから東京の街を見下ろすように、法学マップで法学の世界を見下ろせるようにしようぜ。法学を一望して、人権保障を実現する美しいメカニズムを捉えられるようにしようではありませんか。法学は、本来的には美しいメカニズムなんだ。誰もが納得できる公正妥当な論理が整っているはずなんだ。それがさ、なかなか見渡せないから、ぐしゃぐしゃになって嫌になるわけよ。高みから見下ろす爽快感を、みんなのものにするためにスカイツリーの展望台をつくったわけでしょ。同じだよ。なぜ法学が見渡せる爽快感を法学部で提供していないのだ。おかしいじゃないか。法学の美しいメカニズムを、みんなのものにしようぜ。だから、法学資料室全体を法学マップとして構成するのだ。見渡す限り、美しい法論理に囲まれ、この社会を普通の幸せとともに生きられるようにしようではありませんか。本来的な法の美しさを、伝えようではありませんか。

 

〇 法学資料室だけれども、教室の中心に憲法を置いて、壁に「民法の壁」「商法・会社法の壁」「行政法の壁」「民事訴訟法の壁」「刑法の壁」「刑事訴訟法の壁」などとして分類し、部屋中をざっと見渡せば法体系の中心軸が見えるようにしたらいいだろう。法の内容の分類をそれぞれ体系的に図示的にビジュアル化し、主となる部分の解説も加えていく。まともな解説は教科書読めばいいでしょ。授業の時に口頭で言ってもいいだろうし、細かいことは図書館やインターネットで自分で勉強できますよ。主となる部分だけでいい。とりあえず、法体系をバランスよく見渡せる視野を提供する資料室にした方がいい。法学部なんですからね、法学の各分野の教員がいるのですから、それをまとめて展開するだけですよ。それをしていないなんて、カリキュラムをまともに作ることなんてできないでしょ。他大学の法学部でもやっていないかもしれないけれども、私から見たら、法学部の教員はやるべきことをやっていないですよ。これ、絶対必要でしょ。なんでやらないんですかね。


「この辺の壁は民法にしますから、民法の教員が集まって、どのような展示にするか考えてください。」って、仕事を振って、見える化するだけですよ。その壁いっぱいに、民法の体系が分かりやすく見渡せるようにするわけですよ。A4用紙を何枚も使ったり、B紙を使って図を貼り付けて解説したり、やり方はいろいろある。憲法の解説であれば、国会の議場の写真、内閣のテーブルの写真、最高裁判所のテーブルの写真など、写真入りで示すこともできるだろう。とてもイメージしやすくて、頭の中で漠然とイメージするよりも概念が整理されるはずだ。教科書に写真が載っていたりもするが、黒白で見にくかったり、国会の議場の写真しかなかったりと、とにかくちゃんとはっきりとしたイメージで確定的に捉えられるように資料化されているとは限らないですからね。教員の頭の中では分かっているでしょうけれども、初学者にはっきりとイメージしてもらうことで、最初の意識の障壁は突破できるんですよ。そこが学びの始まりになるのだから、こういう資料は大切にした方がいいと思う。


法学を学んでいると、分類をいろいろ図示されることがあるでしょ。新聞でも少年事件の家庭裁判所とかの訴訟の流れとかが図示されたりしていますよね。でも、あれもこれも法体系の中の一部であり、全部断片情報であり、結局その時の一過性の記憶しか残らないでしょ。だから、法学部でしっかり学ぶなら、法体系の全体像とそれらの流れや関係性を網羅的に読み解けるようになっていく必要がある。それを提供せずして、どこが法学部なんですかね。大体、どの教科書読んでも、教科書のページのサイズに全体像は収まらないから、断片断片で書いてありますからね。こんな学び方していて、法学がスムーズに理解できるわけないんですよ。それを、「勉強していない」とか、「頭悪いんじゃないか」とか、そんなことにして分からない人が悪いみたいになっているのがおかしい。まず言っておこう。あんな教科書で理解できるのは、宇宙人と変人だけだ。一般の人に、普通の人に、凡人に、いや、低能な人間でも分かるようにしておけというものだ。当然だ。それが、次の時代の、「アクセシビリティのある法学部」なんだ。世の中の「宇宙人法学部」を消滅させよう。「法を凡人のものにしないと駄目だ。」凡人でも、法体系の全体が分かり、自分が今、法学のどの辺を学んでいるのか、パッと分かるようにしておくことだ。  ここで質問だが、君たちは自分が地球上のどこにいるのか分かるだろうか。そうだ、極東の日本という島の、都道府県の、都市の市町村の東西南北の方面の土地にある、この大学と言われている敷地に建つキャンパスにいるのだ。その通りだ。


場所が分かるというのは、そういうことだ。それが分からなくなった状態が、迷子だ。それだけのことだ。迷子なんて、なっている暇はない。法学の道を歩む者の中には、法学の世界で遭難して死ぬ人もいるのだ。こんな悪路を整備していないのがおかしい。山に道がないのがおかしい。先人が通ってきたルートから外れ、迷子になって遭難して死んでいる法学志願者がいっぱいいる。結構ふもとで迷子になって登頂を諦めた人がいっぱいいる。大学の教員のガイド機能は、山のすべてを知っている人がいない。だったら、質の良い地図をつくるしかないだろ。地図だよ。あのな、真面目な話をするが、地図を制すれば、世界を制することができるんだよ。法学の地図を制したならば、法学の世界を支配することも可能だ。我々の手で、法を扱い、生かし、運用し、創造し、より良い社会をつくり上げていくことができるのだ。また、間違った法解釈に異議を唱え、真理と公正に依拠した安心できる社会を実現できるのだ。法体系の地図がなければ、それを皆のものにできないだろ。一部の有識者と言われる冒険家が勝手に山に登っているだけになる。みんなが漏れなく登れるようにしないと駄目だ。地図だよ。もっとだな、Google Mapみたいに、法学マップみたいなものをつくらないと駄目だ。Google Mapがあるのに、法学マップがないなんて、おかしいだろ。法学マップがあれば、法学なんて小学生でも大体わかるんだよ。Google Mapと同じだ。法学者なんてものは、Google Mapを頭の中に入れていているぐらいのことよ。日本がどこにあって、マラッカ海峡がどこにあって、ネパールとインドが隣にあって、ケープタウンがアフリカの南にあって、アトランティス大陸説がどこの話をしているのか分かるってぐらいのことよ。それを、なぜ一枚の大きな地図にしないんだ。地図書いたら、法学なんてほとんど終わりだぜ。そりゃ、詳しく地理をやりたければ、地質の違いとか、気候や海洋の流れなども知る必要があるが、基本的には地図を見てから始まるものだろ。しかし、法学の世界には、その地図が全然ない。地球という大きな星の中の、アマゾンの写真とか、ナイル川と砂漠の写真とか、ハワイの島々の写真とか見せられて、「頭の中で全部繋げてくださいね。」みたいな教科書ばっかりだ。大学の授業もそんなものばっかりだぞ。そんな断片的な地図を見せられてだな、地球が丸いことに気づかないんだよ。ハワイが太平洋のど真ん中にあるなんて、知らないんだよ。ナイル川の上流がに、ビクトリア湖があるなんて、分からないんだよ。僕らは冒険家になろうとしているわけじゃないんだよ。法学体系の地図をつくらずして、法学界の現代化は実現できないぜ。地図だ地図。


良質な資料室ができたら、「法学地図」という名前で、それらの地図をコピーして全国の法学部に売ればいい。高い値段で売ってやれ。大学の名前も、同時に売ってやれ。政府からも注文を取り付けたらいい。儲かるぞ。そこまでやったら、大学の法学部は日本中の法学部の上に行くだろうね。しばらく前に、大学生が、「日本国憲法を現代語訳してみた」みたいな本を書いただろ。あんなのな、日本国憲法が公布された2年後ぐらいに出版されていてもおかしくないだろ。なんで今までそれがないんだ。法学の世界は、実は本当によく分かっている人が少ないのだと思う。70年遅れてるぜ。だからだな、この大学が法学資料室で「法学地図」を完成させたら、全国トップレベルになることも全然不思議ではない。「法学地図」の作成で、一気にトップレベルだ。大丈夫だ。法学教育界は、そんなにレベル高くないから。一部のめちゃくちゃ頭のいい学者が、日本の法学界の先端をぐいぐい走っていることは確かだが、法学教育界のトップランナーは大したことないね。「プロフェッショナル・法学教育の流儀」みたいな極まった人はいないだろ。もしいたら、NHKの白熱教室のマイケル・サンデルみたいにテレビに出ていてもいいはずだ。いないでしょ。法学教育は、全然出てこない。質のいい人がいないんだよ。  というわけで、「法学地図の大学」で、全国トップレベルの法学教育を実現するよ。法学部の教員、お願いします。

〇 法学資料室の法学マップをつくることで、法学部の教員をアクティブ・ラーニングさせよう。つくる過程が学びだから。他の法分野の教員と一堂に集まり、学生に法体系を身に付けていただけるような資料室をつくるのだよ。日本の大学で最も良い法教育の基盤をつくる作業だよ。やる価値は大きい。


〇 法学マップ、法学地図は、巨大なものでいい。壁一面にずっしり細かく書いてあっていい。それを見渡したり、部分的に詳細に読んでみたり、そういう行ったり来たりできることが大切だろう。そうやって視野を広げたり狭めたりしながら慣れていけば、普通に体系化された法学像が頭に入ってくるはずだ。小さくまとめようとするから教科書みたいなちまちました断片情報の束になるのだよ。大きく大きく作ることだ。できるだけ大きく作ることを意識してほしい。縮図化して配布できるぐらいにするのは、その後だから。最初は、大きく大きく作ってしまったほうがいい。法学資料室全体を法体系の地図にしてしまうぐらいの勢いで作るべきだ。それをいつしか、ポスターサイズの法学マップとして全家庭に輸出できるぐらいにするのだよ。最初は大きく作らないと、良質なものはできませんよ。全国に配布できる縮図版の法学マップの大本になるのだからね。巨大なマップでつくればいい。そこをケチらないように。取捨選択は縮図版ですればいいから、迷ったものは全部書き込んだり貼り付けたりしたほうがいい。後からどんどんきれいになっていくからね。他の法分野との調整もしながら、どんどん必要なものが浮き出てくるから。まずはすべて詰め込んで、巨大な法体系の地図をつくることだ。それで、法学界のすべてが分かるようになる基になるのだから、投資してつぎ込んだほうがいい。安い紙で、大きくつくるのだよ。質を上げるのはその後だから。だんだん形になっていくから、まずは資料を集めて法学資料室に詰め込んでいくことだ。法体系の大枠だけつくって、分類の枠組みの密度を徐々に細かくしていけばいいから。法のすべてを詰め込むことだ。それを地図のようなビジュアルイメージに仕上げることだ。そのビジュアルイメージを中心に、写真や文字や文章を配置していくことだ。それが地図になる。法学世界の大航海の地図をつくるのだから、それも、はじめてつくるのだから、気合い入れていこう。書籍のように小さくまとめて満足するなよ。つくっていると、時々、書籍と内容が同じになるぞって思うかもしれないが、それでいいのだよ。法学の本質は書籍と変わらないのだよ。内容を変える必要はない。ただ、体系を見渡せるようにするところに地図の役割がある。その体系を見渡せている人には、地図も書籍も同じことを言っていることは当然に分かるのだよ。それが分からない人に、様々なアプローチで理解を導く刺激を与えようとしているだけだからね。新しい法分野を開拓しているわけではないから、そこは間違えないように。内容は同じでいい。どのように見せるかの問題だ。というか、もし学生がそれを見て、「教科書と同じじゃないか。」と言ったならば、それはその地図の完成度が高いことを示しているだろう。その学生にとって、教科書も地図も同じことが分かったということがまさに、よく理解している証拠ではないか。最初は、それが分からないんだよ。昔は、地球が丸いことも人類は分からなかったんだ。地球が丸いという事実を地球儀にして渡してしまえば、初めて分かった時のような世界が激変するような驚きはないだろうよ。私たちは生まれた時から地球儀を目にして生きてきた。そこに大きな驚きはないが、それでいいのだよ。法学マップがあって、当然のことが書いてあるのだが、それでいいのだよ。わざわざ大航海時代のように、世界地図が完成していなかった時代のように法学を学ぶ必要はないのだよ。その時代の驚きや感動を学生と共有しようとしても、それは無理だ。時代が違うのだから。法学マップをつくり、それはあるものとして日々、目にして慣れ、その上でより良い未来の法を創造していく力になればいい。そのベースとなる地図をつくるのだ。法学マップをつくるのだ。作ってしまえばそれ以上の驚きはないだろうが、作ってしまうまでは、なかなか分からないものだ。作ってしまえば、それはあるものとして、それを基盤にさらなる先を見る力が養われるが、それがなければ、また大航海時代に逆戻りだ。そんな古い法学の学びを提供している大学は、時代遅れだ。今は、すべての船はGPSですぜ。レーダーもあるから、星空を観測して方角を図ることなんてしていませんよ。ほとんど自動運転ですよ。風を読んで航海していた頃とは違いますからね。法学教育界も、地図を導入するべきだ。これで法学部のレベルは格段に上がるだろう。古い航海術を指導している頭の固い時代遅れな教員を海に捨てたほうがいい。マジで、あのやり方にはついていけないわ。

 

〇 なんで留学生を支援する部屋には世界地図があるのに、法学資料室に法学マップがないのだ。そんなところで法学を学ぼうなんて無理な話。伝わらない、イメージできない、到達する学習の理解のイメージが湧いてこない。そうなる。法学マップをつくるよ。

 

〇 「法学部の学習支援の部屋」と、「法学資料室」の二つを持っている法学部だったら、同レベルなら「法学資料室」を持っている大学の法学部に行くだろ。だって、法学資料室の法学マップのない法学部で学ぶなんて、あり得なくないか。地図だよ地図。あのな、世界地図を持っていない船長の船で、大航海に出ることなんてできないだろ。遭難の道だわね。あり得ませんね。しかし、全国の法学部はけっこう遭難していると思うぞ。地図をつくりたまえ、地図を。カーナビの付いていない車で、遠出したくないだろ。地図がないと、旅には出れないぜ。法学の世界へ旅立つならば、法学資料室の法学マップがないとね、話にならんぜ。「法学マップを持っている大学」だ。なんか、海賊王になれる気がしてきたぞ。法学世界を制することは可能だ。法学マップがあればの話だが。これを作ります。

 

〇 何で法体系全体を見渡せる地図を作らないかなぁ。おかしいだろ。それ作ったら、法学なんて見渡せば終わりですよ。簡単な世界なんです。それを、見渡せないようにしてるから、世の中に法学の迷子を生み出しまくっているのです。日本全国の法学部が体系的に法体系を見渡せるようにしていないからいけないんです。全国の法学部のレベルが低いのです。ですから、法体系が見渡せる資料室をつくったら、全国でトップレベルの法学部になれる。


法科大学院の制度も崩壊しています。法科大学院をつくるより、法体系の見渡せる資料室を作った方がいいと思います。そしたら、司法試験もわりと楽にクリアできるはずです。少なくとも、迷子すぎて精神的に追い詰められた自殺者は減らせるはずです。地図がないから遭難するんです。雪崩が起きるような雪山を地図なしで登るなんて無謀すぎます。地図をつくるべきです。法学の地図です。


〇 法学マップっていう企画なんだよ。これがあれば、大航海も快適な旅になるんだ。効率がいいし、死ぬ可能性も少ない。それに、法学が理解できるようになりやすいから、毎日の授業が楽しくなるだろ。授業の話が分かったら、教員がうるさい鬼に見えなくなるじゃないか。これでいいやん。すべての学生に、法学マップを提供したいんだ。この道しかない。


〇 我々は、全国の法学部の最先端を行くんだ。法学マップを作ることによって、学生の法を理解する水準が格段に上がるんだ。すると、教員も授業していることが楽しくなって、今までのように、自分がジャガイモに話しかけているような気分になる惨めさが軽減されるだろ。それはジャガイモじゃない。学生だ。生き生きとした、学生だ。わかる喜びに活気づいた、学生たちだ。それは、法学マップの魔法っていうのかな。イッツ、マジック!法学マップ!我らの地図は、一級品。たとえ世界を敵に回しても、この地図を読み解けば、必ず権利は守られる。そう。君の名は、法学マップ!

 

〇 「Google Map」 そうだよ。これだよ。「Legal Map(リーガル・マップ)」。

〇 「お風呂で法学マップ」「トイレで法学マップ」をしないと駄目だ。無駄な時間をゼロにして、どんどん学べる時間にしないと駄目なんだよ。非効率な法学学習者を救済せねばならない。それが法学者の使命であると思わないか。志を共にする法学学習者を、助けようではありませんか。支えようではありませんか。それが貢献ではありませんか。「お風呂で法学部」「トイレで法学部」ができるようにしてくれよな。


耐水紙

〇 このくらいの勢いで、法学マップをつくろう。

「日本国憲法 パノラマ地図。民法 パノラマ地図。行政法 パノラマ地図。刑法 パノラマ地図。そして、ローカル法典、武力攻撃事態法、警察官職務執行法も掲載。指先でたどりながら手続法の流れを楽々学習。立体法学地図で、複雑な関連性を一望可能。これは家宝です。今ならなんと、大学入学者には無料で差し上げます。これであなたも夢の法学者。見渡せる視野で、楽しい法学体験を。」の、レベル。


パノラマ。
今までにない。
家宝にします。
法体系全域を旅。
法学の思い出。
飛行している。


(この他にも全国から感動の声が届いています!)

こんなにワクワクする法学地図、見たことなかった!!
全国から絶賛の声がぞくぞく!


これちょっと値段は高いけれども、美しく整えた気合いは感じて参考にしてくれよ。


日本大地図  ユーキャン通販ショップ


大学の教員と協力して、ユーキャンに作ってもらえばいいかもしれないね。見やすくするポイントとか、業界での売り方も分かっているだろうから。法学教員を集めて、ユーキャンに申し出て、大学とコラボして、大学の授業で公式採用すればいい。ユーキャンも、大学の法学部で公式に使っているという宣伝文句を得ることができるから、信頼感が高くなるじゃないか。いいやん。コラボせよ、コラボだよ。法学部はユーキャンとコラボしないんですかね。何とかしてくれ。法学を分かりやすくしてくれ。


妥当性の高そうな評判。


ユーキャンの日本大地図は・・・?


うん。そんなことだろうから、法学地図も法学教育界や法学マニア、法学のある程度のマジな学習者に売るのがいいだろうね。それと、こういういい法学地図をつくったら、ある程度劣化版が安くで出回るようになるだろうね。それを一家に一枚ずつ持っている時代にして、日本中に普及しなくては駄目だ。そうしないと、論理が通じない法解釈をする政治家が現れる国家になってしまう。法学をもっと国民の教養にしないと駄目だ。法学者、国民教育まで考えて法学地図をつくってくれよ。


ユーキャン+日本大地図  Yahooオークション


こうやって、法学地図も、ヤフオクでバンバン出回るぐらいにしないと駄目だね。そのくらいしないと、Book Offにも出回らないぜ。法学を、もっとみんなのものにしないと駄目だ。