憲法の体系


 日本国憲法は、大日本帝国憲法(明治憲法)を改正したものである。


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日本国憲法公布記念式典の勅語(昭和21年11月3日)


 本日、日本国憲法を公布せしめた。
 この憲法は、帝国憲法を全面的に改正したものであつて、国家再建の基礎を人類普遍の原理に求め、自由に表明された国民の総意によつて確定されたのである。即ち、日本国民は、みずから進んで戦争を放棄し、全世界に、正義と秩序とを基調とする永遠の平和が実現することを念願し、常に基本的人権を尊重し、民主主義に基いて国政を運営することを、ここに、明らかに定めたのである。
 朕は、国民と共に、全力をあげ、相携へて、この憲法を正しく運用し、節度と責任とを重んじ、自由と平和とを愛する文化国家を建設するやうに努めたいと思ふ。

 朕は、日本国民の総意に基いて、新日本建設の礎が、定まるに至つたことを、深くよろこび、枢密顧問の諮詢及び帝国憲法第73条による帝国議会の議決を経た帝国憲法の改正を裁可し、ここにこれを公布せしめる。
 御名 御璽
    昭和21年11月3日
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日本国憲法 参議院



 日本国憲法は、大日本帝国憲法の改正によってつくられたものである。そのため、今までとは全く別の統治勢力が出現して別の国家を創設することを意図してつくられた憲法というわけではない。そのため、大日本帝国憲法の構成を残し、章を追加する形式をとっていることが確認できる。


大日本帝国憲法


第1章 天皇




第2章 臣民権利義務

第3章 帝国議会
第4章 国務大臣及枢密顧問
第5章 司法

第6章 会計



第7章 補則(73条 憲法改正)



 →


(新設)


 →

 

 →

 →

 →

 

 →


(新設)


(章に格上げ)


(新設)

日本国憲法(現行)


第1章 天皇

第2章 戦争の放棄

第3章 国民の権利及び義務

第4章 国会
第5章 内閣
第6章 司法

第7章 財政

第8章 地方自治

第9章 改正

第10章 最高法規

第11章 補則

本来の憲法の体系(例)


【総則】
第1章 最高法規
第2章 戦争の放棄
第3章 改正

【人権規定】
第4章 国民の権利及び義務


【統治規定】
第5章 天皇
第6章 国会
第7章 内閣
第8章 司法
第9章 財政
第10章 地方自治


(補則)




 下記の図は、大日本帝国から日本国憲法に改正する際に、廃止・追加したものなどの移行の様子である。



日本国憲法の体系


 日本国憲法がどのような体系になっているのか図に表してみた。

 





憲法プロモーション


大日本帝国憲法


第1章 天皇


第2章 臣民権利義務
第3章 帝国議会
第4章 国務大臣及枢密顧問
第5章 司法
第6章 会計

第7章 補則(73条 憲法改正)



 →

(新設)

 →

 →

 →

 →

 →

(新設)

(章に格上げ)

(新設)

日本国憲法(現行)

前文
第1章 天皇
第2章 戦争の放棄
第3章 国民の権利及び義務
第4章 国会
第5章 内閣
第6章 司法

第7章 財政
第8章 地方自治
第9章 改正
第10章 最高法規
第11章 補則


 → 理念・意志
 → 日本特有
 → 日本特有
 → 【人権規定】
 → 【統治規定】
 → 【統治規定】
 → 【統治規定】
 → 【統治規定】
 → 【統治規定】
 →法の存立に関わること
 →法の存立に関わること
 → その他


 

〇 憲法学者「木村草太」の体系観を押さえておく。

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教授は、国家権力の三大失敗として、「無謀な戦争」「人権侵害」「権力の独裁」とまとめます。それらを防ぐため、「立憲的意味の憲法では、軍事統制人権保障権力分立が三つの柱となります。」そして、憲法が最高法規である理由は、憲法が「人類の多年にわたる自由獲得の努力の成果」である大切な人権を保障する法だからと(憲法97条)、こちらも明解です。

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書籍『憲法という希望』 法学館憲法研究所 (下線・太字は筆者)

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国家権力の三大失敗
 ①戦争 ②人権侵害 ③独裁
  ↓
 ①軍隊と戦争をコントロールする
 ②人権を保障する
 ③権力は分立して、独裁は許さない
          という張り紙を張ろう。

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首都大学東京教授 木村草太 PDF 2018年5月3日


 これらは、第二章「戦争放棄」、第三章「国民の権利及び義務」、第四~八章「国会・内閣・司法・財政・地方自治」の3つの配置と対応している。

 (その他、第一章「天皇」は『国政に関する権能を有しない(4条)』とされているため、権威ではあるが、権力とは別である。また、第九章「改正」と第十章「最高法規」については、憲法そのものの性質を示した総則的な規定である。)


 また、日本国憲法の三大原理と言われる「平和主義」「基本的人権の尊重」「国民主権」とも一致している。


 さらに、「人権侵害」「戦争(平和)」「独裁(権力分立+国民主権)」の3つの要素については、前文の「日本国民は、正当に選挙された国会における代表者を通じて行動し、われらとわれらの子孫のために、諸国民との協和による成果と、わが国全土にわたつて自由のもたらす恵沢を確保し、政府の行為によつて再び戦争の惨禍が起ることのないやうにすることを決意し、ここに主権が国民に存することを宣言し、この憲法を確定する。」の部分とも一致している。(「諸国民との協和による成果」の部分については、『国際協調主義』を述べたものと思われる。)

 加えて、「無謀な戦争」「権力の独裁」「人権侵害」の3つの要素について、前文の「平和を維持し、専制と隷従圧迫と偏狭を地上から永遠に除去しようと努めてゐる国際社会において、名誉ある地位を占めたいと思ふ。」の表現にも近いものが見られる。

 

〇 憲法学者「芦部信喜」の体系観も確認しておく。


「憲法」 第三版(芦部信喜・高橋和之補訂) (第三版の場合はP261)

  第三部 統治機構
   第十四章 国会
    権力分立の原理
     1 総説
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(一)伝統的意味 近代憲法は、権利宣言統治機構の二つの部分からなるが、統治機構の基本原理は国民主権権力分立である。

(略)

 もっとも、民主主義ないし民主政(国民主権)は人権の保障を終局の目的とする原理ないし制度と解すべきであるから(第三章一2参照)、権力分立と民主制とは矛盾せず、融合して統治機構の基本を構成するものであること(だから、西欧型の民主政は「立憲民主主義」と呼ばれる)に注意しなければならない。
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(下線・太字は筆者)

 


〇 日本国憲法での「権威」と「権力」の分離について、イギリスの例を参考とする。

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バジョット(Bagehot, W.)は、『イギリス憲政論』(1867)の中でイギリスの国家体制を分析する際、憲法尊厳的部分機能的部分とを区別した。
前者は、国民の崇敬と信従を喚起し、維持する部分であり、後者が実際の統治に携わる
バジョットによれば、当時のイギリスの国家制度のうち王室や貴族院は前者であり、庶民院や内閣は後者にあたる(バジョット [1970] 第1章)。
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◇1.2.7  憲法の尊厳的部分と機能的部分 (下線・太字は筆者)

 


〇 「権力」の三権分立について、憲法学者「青井未帆」の表現を確認する。

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三権の関係は動態的な形で理解すべきだ
(略)

 どこかが行き過ぎてしまったら、どこかがこれを抑制しなくてはいけない。私たちは学校教育の過程で、立法権、行政権、司法権の三つの権力について、国会、内閣、裁判所をそれぞれの頂点とする三角形を描いて、矢印で頂点を結んで、抑制均衡の関係があるといった説明を受けてきていると思います。この図でいえば、矢印についてのみ注目すれば良いというものではありません。「動く三角形」とでも言いましょうか、頂点の大きさも、与えられる権限の大きさによって変わりうるものですので、どこかが新たな権限を付与されて大きくなるのだったら、同時に別のどこかがそれを制約しうる権限を持つべし、という形で動態的に理解すべき事柄ではないかと思います。

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[3]裁判所の裁量を使って市民が訴えかける 憲法秩序の維持は動態的力学の中で考えるべきだ 2017年07月20日 (下線・太字は筆者)

 



前文と憲法の体系との関係


 下の図では、前文と条文体系の関係性を「→」で示した。


 政府見解を確認する。


〇 平和主義について


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二について

 憲法の基本原則の一つである平和主義については、憲法前文第一段における「日本国民は、・・・政府の行為によつて再び戦争の惨禍が起ることのないやうにすることを決意しの部分並びに憲法前文第二段における「日本国民は、恒久の平和を念願し、人間相互の関係を支配する崇高な理想を深く自覚するのであつて、平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した。」及び「われらは、全世界の国民が、ひとしく恐怖と欠乏から免かれ、平和のうちに生存する権利を有することを確認する。」の部分がその立場に立つことを宣明したものであり、憲法第九条がその理念を具体化した規定であると解している。
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参議院議員福島みずほ君提出集団的自衛権並びにその行使に関する質問に対する答弁書 平成26年4月18日 (下線・太字は筆者)



〇 国際協調主義について


質問主意書情報 小西洋之 平成30年7月31日

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一 政府は、憲法前文の「われらは、いづれの国家も、自国のことのみに専念して他国を無視してはならないのであつて、政治道徳の法則は、普遍的なものであり、この法則に従ふことは、自国の主権を維持し、他国と対等関係に立たうとする各国の責務であると信ずる。」との規定の趣旨についてどのような意味であると考えているか、分かりやすく答弁されたい。

二 政府は、憲法前文の「われらは、いづれの国家も、自国のことのみに専念して他国を無視してはならない」との規定の趣旨についてどのような意味であると考えているか、分かりやすく答弁されたい。
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憲法前文の「われらは、いづれの国家も、自国のことのみに専念して他国を無視してはならない」の規定の趣旨等に関する質問主意書 平成30年7月31日

 ↓  ↓  ↓  ↓
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一及び二について
 お尋ねの憲法前文第三段の趣旨は、我が国が国家の独善主義を排除し、国際協調主義の立場に立つことを宣明したものと解している。
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参議院議員小西裕之君提出憲法前文の「われらは、いづれの国家も、自国のことのみに専念して他国を無視してはならない」の規定の趣旨等に関する質問に対する答弁書 PDF


〇 政府見解を参考に内容を分類する


【前文】

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 日本国民は、正当に選挙された国会における代表者を通じて行動し、われらとわれらの子孫のために、諸国民との協和による成果とわが国全土にわたつて自由のもたらす恵沢を確保し政府の行為によつて再び戦争の惨禍が起ることのないやうにすることを決意しここに主権が国民に存することを宣言し、この憲法を確定する。そもそも国政は、国民の厳粛な信託によるものであつて、その権威は国民に由来し、その権力は国民の代表者がこれを行使し、その福利は国民がこれを享受する。これは人類普遍の原理であり、この憲法は、かかる原理に基くものである。われらは、これに反する一切の憲法、法令及び詔勅を排除する。


 日本国民は、恒久の平和を念願し、人間相互の関係を支配する崇高な理想を深く自覚するのであつて、平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した。われらは、平和を維持し専制と隷従圧迫と偏狭地上から永遠に除去しようと努めてゐる国際社会において、名誉ある地位を占めたいと思ふ。われらは、全世界の国民が、ひとしく恐怖と欠乏から免かれ、平和のうちに生存する権利を有することを確認する。


 われらは、いづれの国家も、自国のことのみに専念して他国を無視してはならないのであつて、政治道徳の法則は、普遍的なものであり、この法則に従ふことは、自国の主権を維持し、他国と対等関係に立たうとする各国の責務であると信ずる。


 日本国民は、国家の名誉にかけ、全力をあげてこの崇高な理想と目的を達成することを誓ふ。
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> 『国民主権』及び間接民主制

> 『基本的人権の尊重』(自由・権利)

> 『平和主義』の立場に立つことを宣明したもの
> 我が国が国家の独善主義を排除し、「国際協調主義」の立場に立つことを宣明したもの



三大原理


 憲法の三大原理(三大原則)は、前文から読み取ることができる。また、条文からも、その趣旨を読み取ることができる。


〇 基本的人権の尊重
〇 国民主権
〇 平和主義

 人に人権がなければ、その人に主権を与えることができない。また、人の人権は国民主権原理を行使することによっても、奪うことのできない性質のものとされている。よって、「基本的人権の尊重 → 国民主権」となる。国民が主権を行使して統治機構を設立し、厳粛な信託をしない限りは、国家という単位やその方向性が形成されない。よって、「国民主権 → 平和主義」となる。

 以上から、『基本的人権の尊重』 → 『国民主権』 → 『平和主義』の順番に発生すると考えられる。

 ただ、9条は「日本国民は、〇〇を放棄する。〇〇を保持しない。〇〇を認めない。」とした上で、平和主義の精神から政府に一部の権限を信託していないと読むのであれば、『基本的人権の尊重』 → 日本国民の『平和主義』による → 『国民主権』の行使 の順番となると考えられる。

 他にも、「国民主権と平和主義によって成立した統治機構に、基本的人権を尊重させる」という意味では、『国民主権』 → 『平和主義』 → 『基本的人権の尊重』の順番となるのかもしれない。「基本的人権の尊重」の『尊重』の意味合いは、「人間同士の中で人権を尊重し合う」という意味合いと、「国家が国民の人権を尊重する」という意味合いの二つがあると考えられる。


 さらに、第二章「戦争の放棄」、第三章「国民の権利及び義務」、第四~八章「国会・内閣・司法・財政・地方自治」の順であれば、『平和主義』 → 『基本的人権の尊重』 → 『国民主権』の順となる。

 これら三つの要素は、どの角度から見ても相互に深く関係していることを読み解いておきたい。

 


 憲法の三大原理と呼ばれる「
平和主義」「基本的人権の尊重」「国民主権」については、憲法の前文だけでなく、天皇の勅語にも述べられている。

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日本国憲法公布記念式典の勅語(昭和21年11月3日)


 本日、日本国憲法を公布せしめた。
 この憲法は、帝国憲法を全面的に改正したものであつて、国家再建の基礎を人類普遍の原理に求め、自由に表明された国民の総意によつて確定されたのである。即ち、日本国民は、みずから進んで戦争を放棄し、全世界に、正義と秩序とを基調とする永遠の平和が実現することを念願し、常に基本的人権を尊重し、民主主義に基いて国政を運営することを、ここに、明らかに定めたのである。
 朕は、国民と共に、全力をあげ、相携へて、この憲法を正しく運用し、節度と責任とを重んじ、自由と平和とを愛する文化国家を建設するやうに努めたいと思ふ。

 朕は、日本国民の総意に基いて、新日本建設の礎が、定まるに至つたことを、深くよろこび、枢密顧問の諮詢及び帝国憲法第73条による帝国議会の議決を経た帝国憲法の改正を裁可し、ここにこれを公布せしめる。
 御名 御璽
    昭和21年11月3日
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日本国憲法 参議院


 上記から下線部を抜粋する。

「みずから進んで戦争を放棄し、全世界に、正義と秩序とを基調とする永遠の平和が実現することを念願し」

⇒ 平和主義

「常に基本的人権を尊重し」

⇒ 基本的人権の尊重

「民主主義に基いて国政を運営することを」

⇒ 国民主権

 


<理解の補強>


日本国憲法 Wikipedia



憲法の特質


 「憲法の特質」について、おおよそ下記のように分類されている。

 

(1)制限規範・授権規範
(2)最高法規
(3)基本価値秩序の基礎


憲法には3つの特質が考えられています




<理解の補強>

日本国憲法 Wikipedia



最高法規性

 

〇 実質的最高法規
 日本国憲法の体系は、まず、「最高法規」の章の97条の人権の本質を記した実質的最高法規性の条文を受けて、【人権規定】の「国民の権利及び義務」の章が配置されている。

 これらの国民の人権を保障し、実現することこそがこの憲法の目的であり、この憲法が存立する根拠となることを示している。

 『人権保障』という【人権規定】に示した目的を達成する手段は、【統治規定】に規定した方法で行うこととされる。


〇 形式的最高法規
 次に、「最高法規」の章の98条の形式的最高法規性は、「国の最高法規であって(98条1項)」の文言から、国民ではなく【統治規定】に向けて示された条文であると分かる。国の統治機構の発する「法律、命令、詔勅及び国務に関するその他の行為の全部又は一部」はその効力を発しないのである。

 また、2項では「日本国が締結した(98条2項)」とあるから、「条約及び確立された国際法規(98条2項)」を遵守する主体となる統治機構に向けて示した文言であると分かる。

 これらの規定は、国法の上下関係を表しており、形式的最高法規性を示したものである。


〇 憲法尊重擁護義務
 3つ目に、99条であるが、憲法尊重擁護義務についてである。この規定によって憲法尊重擁護義務を課されているのは、「天皇又は摂政及び国務大臣、国会議員、裁判官その他の公務員」であるから、【統治規定】に関わる人々であると理解できる。言い換えると、第一章「天皇」、第五章「内閣」、第四章「国会」、第六章「司法」、第七章「財政」(会計検査院の職員)、第八章「地方自治」(地方自治に関わる公務員)などのことである。この規定は、【統治規定】に関わる者を対象としたものであるため、一般の国民には憲法尊重擁護義務を課していないのである。

 


〇 人権保持義務

 国民は「憲法尊重擁護義務(99条)」を負っていない。しかし、憲法という法の効力基盤である人権概念は、「人類の多年にわたる自由獲得の努力の成果(97条)」によって生まれたものである。そして、法の効力を実現するためには、その正当性の基盤となる人権概念の生命力を今後も維持し続けることが必要となるのである。そのため、人権概念の生命力を維持し続けることを、私たち「現在及び将来の国民(97条)」は「信託され(97条)」ているのである。


 この規定を受けて、「第三章 国民の権利及び義務」の章の12条では、国民の「人権保持義務」を定めている。国民が人権を保持し続けるように努めなければ、そもそも人権概念それ自体の存在と価値と正当性は人々の間で認知されなくなってしまい、人権概念を正当性の基盤とした法の原理も人々の間で認められ、受け入れられ、支持されるものとはならず、その結果としてその社会の中で法の効力それ自体も生まれなくなってしまうからである。


 このように、もし法自体に効力が生まれなければ、いくら国の統治機構に集まる人たちに「憲法尊重擁護義務(99条)」を課したとしても、尊重するべき憲法それ自体の効力が存在しないこととなってしまうのである。(そのような状態では、『憲法尊重擁護義務』を負わせる規定の効力も存在しないという問題もある。)そのため、法の支配、立憲主義、法治主義、民主主義などを基にして憲法に込められた法の観念を国の統治機構に集まる人たちに守らせる(尊重擁護させる)ためには、国民はその効力基盤である『人権の存在と価値と正当性』を不断の努力によって保持し続けなければならないのである。


 例えるならば、エンジンを動かす原動力は、エネルギー源となる燃料である。法はメカニックであるが、その効力を生み出すエネルギー源は「人権概念」である。燃料がなければエンジンが動かないように、人権という概念の生命力がなければ、法のメカニズムにも効力を持たせることができないのである。



 もし97条の実質的最高法規性の根拠となる規定が存在しなければ、憲法によって設立された国会が、文面上「この法律が最高法規である。」という『形式的最高法規性の宣言』を行った規定を持つ法律を立法してしまうかもしれません。その際に、その法律の宣言の効力を否定することによって法秩序の体系性や一貫性、安定性を守るためには、「法自体は法の文言や文面の形式的な意味に優越する『自然法的な力』によってその効力が認められる」という実質的最高法規性の根拠となる条文が必要となります。その自然法的な効力の根拠となるものが、「人権保障のために生みだされた法こそが最高法規である。」という実質的な最高法規性を示す条文です。もし、法律によってその法律の文言が「実質的な最高法規性の宣言」を行っても、結局は人権保障のために法の体系が組みあがるわけですから、現在の憲法とほとんど同じような体系へと行き着くこととなります。その際には、人々がそれを実質的に最高法規であると認め、効力を持って社会の中で受け入れられたのであれば、それはその社会の人々にとっての憲法となると考えられます。実質的最高法規性についてのこのような効果は、形式的な最高法規性の宣言にはないものです。


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法の運用者による受容
(略)
つまり、日本国憲法が国の最高法規なのは、「日本国憲法を最高法規として扱うべし」という実質的意味の憲法が事実上存在するからであり、そのような実質的意味の憲法が存在するのは、それを法の運用者が事実上受け入れ、それに則って行動するからである。
もちろん病理的な政治体制を除くと、法の運用者によって受け入れられているルールは、社会の大多数のメンバーによっても受け入れられているであろう(ハート・法の概念第6章参照)。
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◆1.3  憲法の法源と解釈  ◇1.3.3  最高法規

実質的最高法規性についての立法過程での考え方


 立法過程の資料を確認する。


日本国憲法[口語化第一次草案] 1

 97条の条文にあたる内容のメモが、前文よりも前に貼り付けられている。


メモに記載されている内容
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この憲法が日本国民に保障する基本的人権は、人類の多年にわたる自由獲得の努力の成果であり、過去幾多の試練に堪〇て今日に及んだものであって、これは現在及び将来の国民に対し、崇高な信託と〇て授けられ、永久に、侵すことのできない権利として維持(護持・堅持)されるべきものである。

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(〇部分は、当サイト筆者の認識においては判読不明)
 (「←前へ」を押して、こちらのページを一ページ遡ると、同じ見開きページの前文の文字がよく見えるようになります。)


 このように、立法過程においても、人権概念が「人類の多年にわたる自由獲得の努力の成果」として存在しており、「過去幾多の試練に堪えて今日に及ん」でいるものであって、自由獲得の努力をしてきた先人たちから「崇高な信託と」して授けられたものであり、その授けられた「現在及び将来の国民」によって「永久に、侵すことのできない権利として維持(護持・堅持)されるべきもの」としてつくられているのである。


 立法過程においても、人権概念が「侵すことのできない権利(11条、97条)」であるとは考えられておらず、人の手によって、「永久に、侵すことのできない権利として維持されるべきもの」と考えられていたのである。

 「維持(護持・堅持)されるべきもの」という表現は、12条の「自由及び権利は、国民の不断の努力によつて、これを保持しなければならない。」と同じ趣旨であると解される。つまり、97条と12条に含ませている人権概念の性質についての記載は、非常に近いものであり、立法過程においてもこれらを区別して明確に切り離せる性質のものとは考えられていないことが読み取れる。



日本国憲法[口語化第一次草案] 2

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第九十四(<三)條 この憲法が日本国民に保障する基本的人権は、人類の多年にわたる自由獲得の努力の成果であつて、これらの権利は過去幾多の試錬に堪へ、現在及び将来の国民に対し、侵すことのできない永久の権利として与へられたものである。
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 このページには、鉛筆書きで、「最高法 九十三条ハ形式的、第九十四条ハ実質的最高法規タル憲法トシテ一番重要ナ〇令〇〇ニ置ク」と記載されている。(〇〇の部分は、当サイト筆者の認識においては判読不明)

 そして、93条と94条はペン書きで条文番号を入れ替える修正をしているため、現在の97条が「実質的最高法規」、98条が「形式的最高法規」を示す条文となる。


 現行憲法97条の文言では「信託されたもの」としているが、立法過程のこの資料には「与へられたもの」と表現しており、現行憲法11条の「与へられる」の文言に近いものである。



日本国憲法[口語化第一次草案] 3

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第十條 国民は、すべての基本的人権の享有を妨げられない。この憲法が国民に保障する基本的人権は、侵すことのできない永久の権利として、現在及び将来の国民に与えられる。

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 第十條は、第三章「国民の権利及び義務」に定められた現在の11条にあたる条文である。


<理解の補強>


芦部憲法メルマガ 第2回



憲法保障


 憲法学者「小林節」の憲法審査会での発言を参考に、憲法保障を確認する。とても分かりやすい。


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 立憲主義の歴史につきましては、先ほど長谷部教授がおっしゃったところで尽きていると思いますが、現代において憲政実務を考えるとき、結論をはっきり申し上げますと、立憲主義というのは、権力者の恣意ではなく、法に従って権力が行使されるべきであるという政治原則で、これは先ほどのお話の中にもありましたけれども、人間の本質が神のごとき完璧なものではないという、これはもう紛れもない事実認識でありまして、これを前提とするものであります。

 改めて申し上げておきたいことは、立憲主義というのは、歴史が流れてきたこの現代においては、選択の対象ではない、とる、とらないを議論するものではなくて、これは所与の前提であるということを申し上げておきます。


 であるからこそ、この憲法が現実との間でそごが生じてはいけないし、生じたらそれをどうやって予防、匡正するかという憲法保障という話になってくるわけであります。

 具体的には、日本国憲法の中に、まず、当たり前のことでありますが、最高法規であるということの宣言これがないと全て始まりませんので、まずこの確認。

 そして、権力は、我々一般民間人が担うものではなくて、国家という法人格は肉体がありませんので、約束事の権力主体でありますから、結局は、国家の名で行動し得る資格を持った自然人、つまり、生身の人間が権力を帯びた瞬間から権力者になるわけでありまして、それは、政治家のような最高権力者から町の役場の職員まで全てであります。つまり、公務員の憲法尊重擁護義務を明記するということが次の順番であります。

 それから、憲法保障というと違憲立法審査権の話にすぐなるんですが、それだけではなくて、三権分立もまさに憲法保障でありまして、国会は立法権を持っているが、立法権以外のものを行使してはならない。だから、国会が裁判所のまねごとをして叱られたこともありますし、それから、内閣は行政府であって立法府でありませんから、内閣は立法権はありません。それから、外交に関しても、交渉担当の内閣と、それに対して承認権を持つ国会という役割分担の中で、チェックス・アンド・バランシズが図られるわけであります。

 さらに、国会の中に目を転ずれば、二院制というのも国会内権力分立でありまして、つまり、非効率を当然としながら、その非効率の中で正しさを図っていく。もちろん正しさというのは、先ほどの話にもありましたけれども、全ての人にとって正しさは違うわけですから、全ての人が等価値となれば、とりあえず一定任期は多数決に従って、そしてまたトライアルズ・アンド・エラーズでやり直していく、こういう非能率の中で正しさを担保していく。

 国会と内閣の関係は議院内閣制、これも権力分立の一側面です。

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参考人 小林節(慶應義塾大学名誉教授)(弁護士) 第189回国会 憲法審査会 第3号 平成27年6月4日 (下線・太字は筆者)


〇 憲法学者「長谷部恭男」の憲法審査会での表現も確認する。


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 近代立憲主義の内容とされる基本的人権の保障、そして民主的な政治運営は、時に普遍的な理念、普遍的な価値だと言われることがあります

 さらに、民主主義について申しますと、十九世紀に至るまでは、民主主義はマイナスのシンボルではあっても、プラスのイメージで捉えられることはまずなかったと言ってよろしいでありましょう。それでも、現在では、基本的人権の保障や民主的な政治運営は普遍的に受け入れられるべきものとされております


 ただ、問題は、憲法典の中に基本的人権を保障する条項、民主的な政治制度を定める条項が含まれているか否か、それには限られておりませんこれらの条項の前提となる認識、つまり、この世には、人としての正しい生き方、あるいは世界の意味や宇宙の意味について、相互に両立し得ない多様な立場があるということを認め、異なる立場に立つ人々を公平に扱う用意があるかそれこそが、実は普遍的な理念に忠実であるか否かを決していると言うことができます。


 そして、近代立憲主義の理念に忠実であろうとする限り、たとえ憲法改正の手続を経たとしても、この理念に反する憲法の改正を行うことは許されない、つまり改正には限界があるということになります。


 憲法を保障するという言葉もいろいろな意味で使われることがございますが、現在の日本で申しますと、価値観や世界観、これは人によってさまざまである、しかし、そうした違いにもかかわらず、お互いの立場に寛容な、人間らしい暮らしのできる公平な社会生活を営もうとする、そうした近代立憲主義の理念を守るということ、そして憲法に書き込まれた日本固有の理念や制度を守り続ける、それが憲法を保障することのまずは出発点だということになるでありましょう。
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参考人 長谷部恭男(早稲田大学法学学術院教授) 第189回国会 憲法審査会 第3号 平成27年6月4日 (下線・太字は筆者)

 憲法学者「長谷部恭男」のこの表現からは、近代立憲主義の理念として憲法が存立することは、憲法が最高法規であることを宣言する98条の「形式的最高法規性」だけではなく、何よりも97条の「実質的最高法規性」に示唆される意志の観念こそが、近代立憲主義の理念に裏付けられた憲法を成り立たせるものであるということが確認できるかと思う。


 また、価値観や世界観の違いにも関わらず、お互いの立場に寛容な、人間らしい暮らしのできる公平な社会生活を営もうとして、近代立憲主義の理念を守ろうとすることが、「憲法保障」の出発点であると述べていることとなると思われる。


 つまり、本来、法秩序そのものが多様な価値観の中に生まれる秩序観の一つに過ぎないものであり、「絶対的なものと信じ、支持をしなければならない」という性質のものではないことが前提となるのである。しかし、この価値観(秩序観)によって、人間らしい暮らしのできる公平な社会を営もうとする意志を持ち、自らの意思で、この人権概念を基礎とした法の秩序を守ろうとすることこそが、この法秩序という価値観(秩序観)を成り立たせることとなり、それが「憲法保障」の本質となっているものということである。


〇 ここでは「抵抗権」を超法規的憲法保障に分類している。しかし、97条の「人類の多年にわたる自由獲得の努力の成果」「侵すことのできない永久の権利」や、12条の「国民の不断の努力にによつて、これを保持しなければならない。」の趣旨を読み解くことで、人権の自然権(普遍的価値)の建前が示されていることから、この中に「抵抗権」を読み解くことも可能であると思われる。



〇 ここでは「国家緊急権」を超法規的憲法保障に分類している。しかし、54条2項、3項の『参議院の緊急集会』を「国家緊急権」と見るならば、既に条文として組み込まれていることになる。



〇 「天皇制」にも、一種の憲法保障の側面があると考えられる。


 1条で「天皇は、日本国の象徴であり日本国民統合の象徴であつて、この地位は、主権の存する日本国民の総意に基く。」とされいる。天皇は、「主権(最高決定権)の存する日本国民の総意」として、「日本国民統合の象徴」と「日本国の象徴」を託されているのである。


 この「日本国」という国家は、人々の頭の中にある概念上の存在でしかないものである。その国家という概念は「法」の概念によって定義づけられるものである。このことから、天皇は、「国家の象徴」であると同時に、人々の頭の中の「法」を象徴する存在でもあるということになるのである。


 天皇は、4条で「国政に関する権能を有しない」とされ『権力』とは分離されている。しかし、『権力』は有せずとも、「法」の正当性の『権威』を司る存在である。


 このような「法」の権威を司る存在は、「政治」が「法」を無視したり、無視しそうになった際に、次第に人々の心理が「法」よりも「政治の実力」に対して権威を抱いて従おうとしてしまうことを抑止し、「法の支配」を取り戻すために意義があると考えられる。「政治の支配」が「法の支配」を上回ってしまうことによって、「法」の意図する人権保障を実現する機能が阻害されてしまうような事態を防止するのである。


 現実の「政治の実力」に対して、人々はなかなか抵抗することはできない。そんな中、「政治」が「法」を軽視し始めた場合、法の優位性の意識が人々の間から次第に失われ、「法の支配」が損なわれてしまうことが起こり得る。なぜならば、法とは、本来的に人々が自ずと従おうとする心理によって効力が生まれる性質のものであり、人々の「法」に対して抱く「権威を認めて従う気持ち」が失われてしまったならば、法の実効性もなくなってしまうからである。


 しかし、
『権力』と分離した形で法の正当性の『権威』を備えることで法」を尊重しない横暴な「政治」が現れた際に、人々に対して「政治」よりも「法」が優位にあることを明確に示すことが可能となる。このことは、本来的に人々が自ずと従おうとする心理によって効力が生まれる性質である「法」という概念それ自体の実効性を保とうとする機能となると考えられるのである。「法の支配」の優位性を明確に示すことで、「法」が軽視される危機を一定程度防ぐと考えられるのである。

 

 この点、「政治」の横暴や「法」の軽視については、裁判所で是正することができると考える人がいるかもしれない。しかし、裁判所は「法」を使って判断をすることはできるが、社会の中で「法」が通用しないような、法の効力そのものが損なわれてしまっている事態には無力である。そのため、裁判所が「法」を使う以前に、「法」の正当性が普及している社会基盤をつくり上げておく必要があるのである。

 これらのことから、「法の魅力とその実効性」を確保するために、また「政治権力に対する法の機能の優位性」を保つために、天皇は人々から認められるような『権威』としての役割が求められ、その存在感が憲法保障に繋がると考えられるのである。



〇 「天皇」の憲法保障について、【超法規的憲法保障】ではあるが、戦火などで内閣を構成する大臣がすべて失われ、かつ国会による内閣総理大臣の指名を行うことができないような緊急の場合に、内閣総理大臣の代わりとして行政権を指揮する可能性が考えられる。


 ただ、天皇が権限を持つ前に、国会で内閣総理大臣が新たに指名されるまでの一定期間、大臣政務官や行政機関の職員の相互の連携によって解決することができないかどうかや、衆議院議長や参議院議長、衆議院副議長や参議院副議長、最高裁判所長官や最高裁判所判事などが代理で権限を持ちえないかが検討されると思われる。また、その場合の内閣総理大臣の代理としての権限を持つ者を超法規的に任命することは、天皇にしか成しえない。このような形で、天皇の権威によって緊急時を乗り切ることが検討されると考えられる。


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〔内閣の助言と承認及び責任〕
第3条 天皇の国事に関するすべての行為には、内閣の助言と承認を必要とし、内閣が、その責任を負ふ。

〔天皇の権能と権能行使の委任〕
第4条 天皇は、この憲法の定める国事に関する行為のみを行ひ、国政に関する権能を有しない
2 天皇は、法律の定めるところにより、その国事に関する行為を委任することができる。
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〔天皇の任命行為〕
第6条 天皇は、国会の指名に基いて、内閣総理大臣を任命する
2 天皇は、内閣の指名に基いて、最高裁判所の長たる裁判官を任命する

〔天皇の国事行為〕
第7条 天皇は、内閣の助言と承認により、国民のために、左の国事に関する行為を行ふ。
一 憲法改正、法律、政令及び条約を公布すること。
二 国会を召集すること。
三 衆議院を解散すること。
四 国会議員の総選挙の施行を公示すること。
五 国務大臣及び法律の定めるその他の官吏の任免並びに全権委任状及び大使及び公使の信任状を認証すること。
六 大赦、特赦、減刑、刑の執行の免除及び復権を認証すること。
七 栄典を授与すること。
八 批准書及び法律の定めるその他の外交文書を認証すること。
九 外国の大使及び公使を接受すること。
十 儀式を行ふこと。
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 内閣が消滅して大臣がすべて失われた場合、天皇は「内閣の助言と承認(7条)」なしに、「国会を召集する(7条2号)」という国事行為が可能と考えられる。その国会で内閣総理大臣が指名されれば良いのであるが、国会議員がすべて失われている場合や、国会の開会が物理的に不可能な場合、衆議院議長や参議院議長が失われており、他の議員が誰も内閣総理大臣の地位に立候補しなかった場合など、内閣が構成されないような事態となれば、天皇は国会の指名がなくとも「内閣総理大臣を任命する(6条)」ことができると考えられる。


 この場合、通常であれば国会議員から選出することが望ましいが、場合によっては行政機関の職員を臨時の内閣総理大臣として任命する可能性が考えられる。さらに考えるとすれば、内閣総理大臣経験者や、都道府県の知事、知事経験者などが天皇によって臨時の内閣総理大臣として任命される可能性が考えられる。


 ただ、この者の地位も、内閣が存在しないことから天皇が「内閣の助言と承認(7条)」なしに「衆議院を解散(7条3号)」し、「国会議員の総選挙の施行を公示(7条4号)」して選挙が行われ、国会の開会と内閣総理大臣の指名がなされるまでの臨時のものとなると考えられる。


 また、天皇が超法規的に行政権を指揮せざるを得ない状況下でも、「国事に関する行為のみを行ひ、国政に関する権能を有しない(4条)」に抵触して違法行為となることが考えられる。この権限の行使によって犠牲者が出た場合には、刑事訴追を受ける恐れがある。しかし、天皇には裁判所の刑事裁判権が及ばないとする説が有力である。もし、刑事訴追を受けた場合でも、憲法秩序の回復のために必要な行為であったと認定されれば、正当行為、正当防衛、緊急避難などによって違法性が阻却される可能性がある。加えて、天皇は人権規定が及ばないなどの特殊な地位にいるため、そもそも有責性を問えず、犯罪を構成しない可能性がある。また、憲法秩序の回復のために必要な行為であったならば、刑法の適用そのものが違憲審査によって違憲となることも考えられる。


 さらに、有罪判決を受けた場合においても、次期内閣が誕生しないような事態が継続していた場合には、天皇は自分自身に恩赦を与えることで「大赦、特赦、減刑、刑の執行の免除及び復権(7条6号)」する可能性が考えられる。


 このように、通常の国家権力の機能が喪失されてしまった場合に、天皇の権威を中心として国家権力の機能を回復させることが考えられる。この作用が、一種の憲法保障として働くと考えられるのである。



<理解の補強>

憲法保障 Wikipedia

硬性憲法 Wikipedia

人権 Wikipedia

権力分立 Wikipedia

違憲審査制 Wikipedia

抵抗権 Wikipedia

国家緊急権 Wikipedia

憲法の最高法規性と硬性性 ― 形式的効力の改正要件からの解放 ―  憲法審査会事務局 PDF



人権規定と統治規定

【人権規定】


 【総則規定】の97条の「実質的最高法規性」を受けて、【人権規定】の第三章「国民の権利及び義務」が配置されている。




<理解の補強>


注意:天皇だけは人権規定の適用が特殊なものとなります。

 ただ、条文上の人権規定が適用されない場合があるとしても、現行憲法は人権の本来的な性質は自然権として前国家的に存在しているものであることを前提としています。そうしたことから、天皇にも前国家的な自然権としての人権は保障されると考えることが妥当でしょう。

天皇陛下の基本的人権――日本国憲法から読み解く

 

【統治規定】


 人権保障を実現する手段として、三権分立を中心とした統治機関が配置されている。



<三権分立>


権力分立 Wikipedia

日本の政治 Wikipedia

日本国政府 Wikipedia

日本の国家機関 Wikipedia
統治権 Wikipedia
統治機構 Wikipedia
政府 Wikipedia


小学校社会_6学年_下巻 wikibooks


皇室会議 Wikipedia
皇室会議 (宮内庁)

 『まず、中央と地方との権限分配がなされ(垂直的分立)、ついで中央・地方でそれぞれ水平的に分配されることになり(水平的分立)、中央では立法・行政・司法の三権に水平的に分配されていることになる。』(権力分立 Wikipedia)

地方自治 Wikipedia

 

法令 Wikipedia




統治機構

国民が検察審査会に入ることもある。



天皇

象徴天皇制 Wikipedia



立法国会

〇 衛視は国会職員である。

衛視 Wikipedia

 

〇 国立国会図書館は国会に属する。

国立国会図書館 Wikipedia


行政内閣

行政機関 Wikipedia

日本の行政機関 Wikipedia


〇 防衛省・自衛隊は行政機関です。
防衛省 Wikipedia

自衛隊 Wikipedia

〇 検察は準司法機関とも呼ばれることがありますが、行政機関です。
検察庁 Wikipedia
検察官 Wikipedia


〇 宮内庁は皇室関係を担当しているが、内閣府に置かれる独自の位置づけの行政機関である(内閣府の外局ではない)。

宮内庁 Wikipedia

〇 皇宮警察本部は警察庁に置かれている附属機関である。

皇宮警察本部 Wikipedia

〇 在外公館は外務省に所属しており、行政機関です。
在外公館 Wikipedia
政府代表部 Wikipedia

外交官 Wikipedia
特命全権大使 Wikipedia

国連大使 Wikipedia


〇 国地方係争処理委員会は、地方公共団体に対する国の関与について、国と地方公共団体間の争いを処理することを目的として総務省に置かれる合議制の第三者機関です。
国地方係争処理委員会 Wikipedia



(会計検査院)

〇 会計検査院は、内閣から独立した位置にある行政機関です。

会計検査院 Wikipedia
会計検査院の地位


司法裁判所
最高裁判所 Wikipedia
下級裁判所 Wikipedia


〇 裁判所の予算も、財務省が担当しています。
司法行政権 Wikipedia


地方自治

地方公共団体 Wikipedia

自治紛争処理委員 Wikipedia

直接請求 Wikipedia


〇 警察本部は、都道府県に所属する。

〇 消防本部は、市町村および特別区(東京消防庁)に所属する。

国民が裁判員制度よって下級裁判所(地方裁判所)の刑事裁判の第一審に入ることもある。




各府省所管の法令・告示・通達等



<理解の補強>


 当サイトとは別の考え方も記載します。

「『三権分立』という言い方はやめるのがよいですね。三角形の図で説明するやり方も。」 Twitter
子どもの誤解を招く?教科書における議院内閣制と三権分立 --- 蒔田 純 2018年08月11日


 「立法権」と「行政権」の関係について、『議院内閣制』は『大統領制』に比べて政治的な接近性が高いことは確かである。また、三権分立の原理を採用していない国家が存在しうることも確かである。

 ただ、日本国憲法は、41条で立法権、65条で行政権、76条1項で司法権を規定しており、三権の権限を中心に相互間の力配分を構成し、権力の独占を防ぎ、恣意的な権力行使を防ぐための調整の仕組みを整えようとしていると考える。政治的な接近性が高いことや、構成員が重なるからと言って、法学上の『権限』それ自体が重なり合っているというわけではない。特に、行政権の定義は、「公権力-(立法権+司法権)=行政権」とされる控除説が通説であり、三権分立形式を採用していると考えられる。また、国会の地位に関しても、41条の「国権の最高機関」の意味について『政治的美称説』が通説であり、『総括機関説』や『総合調整機能説』、『最高責任地位説』は少数説である。この関係は、国政調査権(62条)の性質について、『補助的権能説』が通説であり、上記『総括機関説』と連動する『独立権能説』が採用されないことも、これを裏付けている。

 さらに、国会の指名によって内閣総理大臣が選出されることは確かであるが、それを根拠に議員内閣制が分権されていないと見るのであれば、内閣による最高裁判所長官の指名は、内閣と裁判所が分権されていないと見ることにも繋がる。政治的な重なり合いと、法学上の権限の重なり合いを同一視することは誤った認識に繋がると考える。

 これは、そもそも何を三権分立と見るか、という、程度の問題であり、日本国憲法においても三権分立を採用していると見ることは可能であると考える。

 加えて、権力分立には三権分立以外の「二院制」や「地方自治制」も存在していることを押さえておくべきである。さらに、会計検査院は、行政機関でありながらも、内閣からは独立していることも知っておく必要があるだろう。

 砂川判決の中にも、「三権分立」の文言が何度も登場する。ブラウザ上の検索機能で「三権分立」を検索するとヒットすると思われる。【砂川判決

 

国会② 国権の最高機関


統治機関に関わる人々


衆議院 本会議場(写真)      参議院 本会議場(写真)

閣議室(写真)

閣僚応接室(写真)




 これらは三権分立の統治原理に関わる中心的な人物たちである。これら「天皇又は摂政及び国務大臣、国会議員、裁判官その他の公務員」は憲法尊重擁護義務(99条)を負っている。


 これらは一般に「国」と言われる機関に関わる中心的な人物たちを示したものであるが、この図を見ると、「国家」や「国」と言われるものも、何らかの実体があるものではなく、結局は「人々」の"より集まり"の中に生まれた共同体意識であり、国民やこの者たちの心の中に「国」という概念が想起されていることによって成り立っている単なる合意事でしかないものであることがイメージできるのではないかと思う。


 その単なる合意事として初めて成り立つ「国」という概念の枠組みは、憲法制定権力者が人々の人権保障を実現させるためにつくった認識上の枠組みなのである。この認識枠組み自体が人々に支持され、そこに権威を認めて自然に従う人々が一定数存在するからこそ、社会で通用する実力として法の効力が成り立っているのである。


 その「権威を認めて従う気持ち」が損なわれてしまったならば、法の効力は社会の中で通用しないものとなってしまう危うさを持っているのである。


 実際、他国では法の秩序が人々の間に十分に広まらず、「法治主義」ではなく「人治主義」で運営されていたり、理不尽が横行する「暴力的な支配」が続いていることもある。この「法」という認識自体が人々の間に支持され、普及していること自体が、法という一つの秩序の在り方を成り立たせる根源的な力となっているものなのである。

 だからこそ、この法という枠組みが単なる認識上の枠組みでしかないことを理解した者(特に実存主義的な価値相対主義者)は、人々から支持を集めるための効力の源泉となる『人権』という概念の「存在と価値と正当性」を創造し続ける必要があるのである。


 ただ、この人権という「認識上の枠組みでしかない」ものを人々に普及させるためには、その方法が「人権侵害」となってしまうことがないように行わなければならない。そうでなければ、『人権』という観念で人々の自由や安全を守ろうとする本来の意図が達成できないからである。そのため、人々に『人権』という概念が「存在し、価値があり、正当性がある」という考え方を広めることは、無理やり強制するような手法を採ることはできず、訴えかけを続けていくことによって成し遂げていかなくてはならないのである。


 もちろん、それを理解して憲法を制定した憲法制定権力者は、憲法上でも前文にてそれらの意志の観念を示し、現在及び将来の国民に対して法という秩序を維持し続けることを訴えかけることとしているのである。


 また、条文中でも国民に対して人権を保持し続けることを義務付け(12条)ている。(もちろん義務と言っても人権概念の性質上、人権保持に努めなかった者に対して直接的な罰則を設けることはできない。また、「人権を保持しない」という思想良心の自由を保障するためにも、前提として人権概念が必要となることから、人権を保持しない自由を保障しようとすることがそのまま、人権を保持していることにもなるという側面もある。)

 

 さらに、この訴えかけに賛同して「国」の機関に関わる者たちには、人権保障のためにつくられた憲法というこの認識枠組みを尊重させる(99条)こととしているのである。なぜならば、法とは「権威を認めて自ずと従う」ことによって初めて効力が生まれるものであるため、一定数の人々が「権威を認めて自ずと従っている」という事実こそが、社会の中に法を普及させる力となるからである。ここには、憲法の価値観に賛同して「国」の機関に集った者たちに対してであれば、憲法保障〔宣言的保障〕の仕組みによって憲法尊重擁護義務を課したとしても、思想良心の自由という人権を侵害することにはならないはずであるとの考えが含まれていると考えられる。


 この意志の観念こそが、憲法という法の効力を基礎づける実質的最高法規性の真髄である。

 



 憲法学者「長谷部恭男」の発言を確認しておく。

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 社会思想家のホッブスとかロックとかルソーとかいう人たちは「国家というのは頭の中にしかない約束事です」と言うだけではなくて、「国家というのは本当に約束に基づいてできているんです」と言ったわけです。これが社会契約です。

 社会契約を結んで国家ができる以前の状態は、自然状態。つまり、国家がない状態だったわけですね。そこではいろいろと困ったことが起こる。だから社会契約を結んで国家をつくりましょうということで、実際に国家が出来上がって、人々は国家に従うようになるという話です。

 その中でジャン・ジャック・ルソーですけれども、ルソーによると、、そうしてできた国家は、お互いに戦争をする、戦争は国家と国家がするものだって言うんですね。国家と国家が戦争をするとき、これは突き詰めれば、頭の中の約束事にすぎないもの同士が戦ってるということになりますが、そのとき、じゃあ、攻撃の対象は何なんだろう、というのが次の問題です。

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[3]日本の憲法原理にとって最悪の敵は安倍政権 2015年11月19日 (太字・下線部は筆者)