主権と国家

主権概念の確立から国家が誕生するまで

1. この星の存在

2. 人類の誕生

3. 人権思想の起こり

憲法前文の第一段落「わが国全土にわたつて自由のもたらす恵沢を確保し、」⇒そのため、自由を由来として人権概念を創造した。「基本的人権は、人類の多年にわたる自由獲得の努力の成果であつて、(97条)」。

4. 主権概念の確立

憲法の前文の第一段落「ここに主権が国民に存することを宣言し、」

5. 国家の生成

憲法の前文の第一段落「ここに主権が国民に存することを宣言し、この憲法を確定する。」⇒これで国家ができる。



 このように、「主権」は、一人ひとりに備わっているとする「人権」という概念から導き出された概念です。そして、その「主権」を使って、「国家」という枠組みの共同体をつくり出しているのです。これは、人権保障を目的としてつくられた概念上の単位です。

 これは、越えることのできない絶対的な共同体の単位というわけではありません。地球上には、国境を越えて活動をする企業組織があるように、国際的な共同体の単位も当然に存在しています。「国家」という共同体は、あくまで「人権保障」を目的として集った、共同体の一つの形なのです。

 

 「人権は、国の歴史や文化、伝統などから導き出されるとするべき」とする主張が一部の改憲勢力に見られます。しかし、これは明確な間違いです。上記に見てきたように、現在の統治システムに言う「国家」という共同体の単位は、もともと地球上には存在していませんでした。「国」という単位から人権概念が導き出されたわけではなく、人権という概念の持つ「主権」から「国」という共同体の統治システムをつくり出したからです。

 この現代の「国」という統治システムができる以前の「集落」や「村」、「くに」などという共同体の単位は、人権保障を実現するためにつくられた統治機構を持っておりません。これは、憲法が想定している人権保障のための統治システムの言う「国家」とは違うものです。

 王朝や朝廷、幕府などの統治権力が存在していても、それは現在の人権保障を実現するためにつくられた統治権力とは性質の異なるものです。それらは、法秩序を司る憲法の想定する国家ではないからです。




 国家という枠組みは、主権を持つ「人」を基準に生まれた共同体の概念である。


<理解の補強>

国境は人権保障の手段なのだ 木村草太教授が登場 2017.12.17

 

3つの主権

 

 主権には3つの意味があるが、人が国をつくる際に持っている「主権」は、「国民主権」の意味の主権である。


主権(Wikipedia「主権」より)

「国家(領土・領海・国民・国家体制など)を支配する権限」であり、次の特質を持つ。

 

〇 最高機関の地位(最高決定力

国家の政治のあり方を 最終的に決める権利のこと。「国民主権」など。


〇 統治権(対内主権

国民および領土を統治する国家の権力のこと。

 

〇 最高権(対外主権

他国の支配に服さない統治権力のこと。国家の構成要素のひとつで、最高・独立・絶対の権力。

 

 

【憲法前文】

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 日本国民は、正当に選挙された国会における代表者を通じて行動し、われらとわれらの子孫のために、諸国民との協和による成果と、わが国全土にわたつて自由のもたらす恵沢を確保し、政府の行為によつて再び戦争の惨禍が起ることのないやうにすることを決意し、ここに主権【国家における最高決定力の意味】が国民に存することを宣言し、この憲法を確定する。そもそも国政は、国民の厳粛な信託によるものであつて、その権威は国民に由来し、その権力は国民の代表者がこれを行使し、その福利は国民がこれを享受する。これは人類普遍の原理であり、この憲法は、かかる原理に基くものである。われらは、これに反する一切の憲法、法令及び詔勅を排除する。
 日本国民は、恒久の平和を念願し、人間相互の関係を支配する崇高な理想を深く自覚するのであつて、平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した。われらは、平和を維持し、専制と隷従、圧迫と偏狭を地上から永遠に除去しようと努めてゐる国際社会において、名誉ある地位を占めたいと思ふ。われらは、全世界の国民が、ひとしく恐怖と欠乏から免かれ、平和のうちに生存する権利を有することを確認する。

 われらは、いづれの国家も、自国のことのみに専念して他国を無視してはならないのであつて、政治道徳の法則は、普遍的なものであり、この法則に従ふことは、自国の主権【対外的な独立性の意味】を維持し、他国と対等関係に立たうとする各国の責務であると信ずる。

 日本国民は、国家の名誉にかけ、全力をあげてこの崇高な理想と目的を達成することを誓ふ。
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〔天皇の地位と主権在民〕

第一条 天皇は、日本国の象徴であり日本国民統合の象徴であつて、この地位は、主権【国家における最高決定力の意味】の存する日本国民の総意に基く。

ポツダム宣言(米、英、華三国宣言)
八 「カイロ」宣言ノ条項ハ履行セラルベク又日本国ノ主権【対内的な統治権の意味】ハ本州、北海道、九州及四国竝ニ吾等ノ決定スル諸小島ニ局限セラルベシ




 歴史的連続性の中においては、「国民および領土を統治する国家の権力(対内主権)」としての主権は以前より存在していた。「他国の支配に服さない統治権力(対外主権)」としての主権も存在していた。これは、古くから国というまとまりの中で人々が共同体を形成している中において、様々な権力を持った統治者が国や人々を支配していた。

 しかし、日本国憲法の体制下では「人権保障」をベースとして憲法を制定している。そして、その憲法によって「国の政治のあり方を最終的に決める権利(最高決定力)」としての主権が国民にあることを宣言している。つまり、日本国憲法の言う国民主権概念は、人権概念からつくられたものであり、その上で憲法によって「国民に存する」と宣言されたものである。


 そして、その国民主権を使って、人権保障を実現するためにつくられた「国家」という機関に対して命令を下すのである。その国家が、国民主権から託された政治に従って、対内主権(統治権)と対外主権(対外独立の権力)を行使するのである。

 日本国憲法の法秩序の体制下では、人権保障をベースにして国家が誕生しているため、それまでの国家体制とは根本的に違うものである。

 古くから続く天皇を中心とした国家の考え方や、大名や幕府などの体制の国家も存在していたが、それらは人権保障のためにつくられた国家とは性質の違うものである。確かに日本国憲法では、伝統的な天皇の制度を取り入れてはいるが、その実質的な法的な権力基盤は存在しない。権力の源泉は、最高決定権という意味の主権を持った国民だからである。これは、人権概念から導き出されたものである。天皇は国民統合の象徴として、古くから続く伝統や文化などの振興に力を入れ、国家の繁栄に努めているように見えるが、それは、人権保障のためにつくられた法秩序とは違った面で行われている活動である。

 その点を見極めておかないと、いつの間にか伝統や文化などの象徴的存在が、あたかも国家の法秩序のすべてであるかのような錯覚に陥ってしまい、法制度に歴史や伝統、文化を持ち込む改憲勢力が生まれてしまう。そうなると、国民の権利救済を行う際に、国会や裁判所においても歴史学者や文化芸術学者の判断を仰ぐ必要が出てきてしまう。そのようなことになれば、現代の法体系が崩れてしまうことを理解する必要があるだろう。

 





〇 日本という国は古くから続いてきたが、明確な「人権保障のための立憲主義」という統治システムを採用したのは戦後である。これは人権保障のための法による統治であり、歴史や伝統、文化などによる統治体制ではない。これを混同してはいけない。


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日本国憲法公布記念式典の勅語(昭和21年11月3日)


 本日、日本国憲法を公布せしめた。
 この憲法は、帝国憲法を全面的に改正したものであつて、国家再建の基礎を人類普遍の原理に求め、自由に表明された国民の総意によつて確定されたのである。即ち、日本国民は、みずから進んで戦争を放棄し、全世界に、正義と秩序とを基調とする永遠の平和が実現することを念願し、常に基本的人権を尊重し、民主主義に基いて国政を運営することを、ここに、明らかに定めたのである。
 朕は、国民と共に、全力をあげ、相携へて、この憲法を正しく運用し、節度と責任とを重んじ、自由と平和とを愛する文化国家を建設するやうに努めたいと思ふ。

 朕は、日本国民の総意に基いて、新日本建設の礎が、定まるに至つたことを、深くよろこび、枢密顧問の諮詢及び帝国憲法第73条による帝国議会の議決を経た帝国憲法の改正を裁可し、ここにこれを公布せしめる。
 御名 御璽
    昭和21年11月3日
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日本国憲法 参議院