憲法学の迷子を防止しよう


 「憲法学、意味不明じゃねぇか」「こんなの、勉強して意味があるのか」


 そんな気持ちを持ったことはないでしょうか。筆者も、以前は訳の分からない教科書群に囲まれて、かなりイライラしていました。


 ある程度の体系観が頭の中に入り、憲法学の地図のようなものが出来上がるまでは、苦しい時間です。長い時間迷子になっていると、だんだんと、法学の教員や学界の巨匠の顔が敵に見えてくることがあります。

 「何で、こんなに分かりにくい表現ばかり使うのだよ」「他にもっと分かりやすい資料はないのか」など、いろいろ感じると思います。そんな気持ちは、それはそれで妥当なものです。


 なぜならば、憲法学は未だに未発達な部分もあり、全国民の教養として普及するほどには開かれていないからです。難しすぎるのです。

 筆者も、そう感じている一人ですので、初学者の方がそう感じることを不思議に思いません。筆者も、そのような抵抗感を感じることのないより洗練された憲法学の世界がつくり上げられていくことを願っています。

 

理解の整理をしていこう


 誤解していると思われる記事等について、いくつか取り上げていきたいと思う。内容は論者の意見を正確に読み取れていない場合もあると思われるので、その程度でお読みいただけたらと思う。


〇 「敵基地攻撃」論で注目。「専守防衛」を改めて考える 2017年04月03日


 「本来、日本国憲法を待つまでもなく、国連憲章以降の国際法においては、憲章2条4項で武力行使が一般的に禁止されている。」との記載があるが、国連憲章は加盟国を拘束するものであり、加盟しなければ2条4項で拘束されることもないと思われる。(ただ、非加盟国が加盟国に対して攻撃した場合、加盟国の集団安全保障によって反撃されると思われる。)


 また、自国の憲法中で戦争や武力の行使等をしない旨を規定することは、国連憲章が改正されたり、廃止された場合であっても、戦争や武力の行使をしないこと維持することができるため、意味があると考える。


 また、国際法の機能不全は、論者も認めていると思われる。


   米国のシリア攻撃は国際法に違反しているのか ? 2017年04月09日


 そのため、憲法と国際法の法源が異なることから、自国の法体系の方が安定した効力基盤を有している場合など、自国憲法と国際法とで二重に制約を加えることには意味があると思われる。



〇 憲法学徒への公開質問状 ~芦部信喜は憲法典を超越するか~ 2017年05月01日


 「この芦部『憲法』の冒頭の最初のページの最初の記述で登場する『統治権』なる概念には、実定法上の根拠がない。」との記載がある。実定法上の文言と、講学上の文言が異なることはよくあることであり、それが何を意味するのかを正確に読み解くことが法学の初歩である。もともと実定法上の根拠が必要ない用語である。


 また、大日本帝国憲法の場合では、「統治権」という文言がある。


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第4条 天皇ハ国ノ元首ニシテ統治権ヲ総攬シ此ノ憲法ノ条規ニ依リ之ヲ行フ

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 ただ、この大日本帝国憲法において「統治権」とされているものは、具体的には「立法権」「執行(行政)」「司法権」などのことである。


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第5条 天皇ハ帝国議会ノ協賛ヲ以テ立法権ヲ行フ
第6条 天皇ハ法律ヲ裁可シ其ノ公布及執行ヲ命ス
第57条 司法権ハ天皇ノ名ニ於テ法律ニ依リ裁判所之ヲ行フ
2 裁判所ノ構成ハ法律ヲ以テ之ヲ定ム

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 この「立法権」「行政権」「司法権」は日本国憲法においては、41条、65条、76条1項に記載されており、これらが統治権であることは疑問の余地はない。


 「統治権」という用語や、「国家の三要素」などの概念が普及していることは、「『古くから』東大法学部系の憲法学者の方々によって『言われてきた』」という事実は存在するかもしれないが、その根拠は、学問上の整合性が高い概念だからである。何も「東大法学部系の憲法学者」という人間の権威に根拠を求めているわけではなく、学術上の整合性が高いことによるものである。


 「『統治権』という、日本国憲法典から見れば神秘的としか言いようがない謎めいた概念」との記載があるが、この前提を押さえていれば、特に謎めいてもおらず、神秘的とも言えない。恐らく公務員試験や司法試験の受験者もそれを熟知している。


 「統治権」は「国権」と同じだが、「主権」とは違うという議論も、極めて妥当であると考える。多くの読者が共通認識を持って読み取ることのできているその書籍の示す意味を正確に読み取ることができていないという点では、勉強不足との指摘が起きうることも仕方がない部分もあるのではないだろうか。

 

 日本国憲法中では、「統治権」とほぼ同じ意味の、「国権」という用語が使われていることも確認しておこう。


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第9条 日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。

第41条 国会は、国権の最高機関であつて、国の唯一の立法機関である。
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 「統治権」という用語の使用例も見ておこう。

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まず、憲法というものが統治権力を制限することを目的としたものだ(統治権に対する法的制限)という、「立憲主義」の基本を、共通理解として持たなければならない。
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内閣や国会は、統治権の主体として、憲法による制限を受ける「張本人」である。
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「違憲」を「合憲」に変える「解釈変更」は許されない 浦部法穂 2014年7月10日 (太字は筆者)


〇 (続)憲法学徒への公開質問状 ~芦部信喜は憲法典を超越するか~ 2017年05月03日


 まず、用語の意味が押さえられていないので、すべての内容の意味を整理して読み取ることができない。下記で用語の意味を確認してほしい。

 



③ 主権(最高決定権:国民主権)


日本国民

国民

われら

何人

現在及び将来の国民


憲法制定権力

憲法改正権力

( ↑ ここでは「権力」と言うが、これは政府の権能を示したものではない。法を創造する人々の実力のことである。)

① 主権(統治権)

② 主権(統治権に付随する最高独立性)

日本国

国権

国家権力
統治権

統治権力

公権力

立法権・行政権・司法権

三権

政府(広義:立法権・行政権・司法権のこと)
政府(狭義:内閣以下の行政機関のこと)

政府の行為

統治機構

権力

権限

権能



 筆者も、芦部憲法の書籍を初学者に突きつけることは酷だと考えている。内容は比較的正確ではあるが、初学者の場合、「正直、全然面白くない。」⇒「面白くないから読まない。」⇒「結局、分からない。」という方向に行ってしまうことも多いことと思う。


 筆者も、芦部憲法が比較的正確で、他の教科書群よりもかなり洗練されていることも、だいぶ学んだ後になって実感したことである。そのため、書かれた意味が分からないことも、当然にあり得ることである。それを知っていると、まだ学習が嫌にならないで済むのではないかと思われる。

 

〇 憲法学者の憲法解釈の指針は何か:奥野教授の拙論への批判に応える 2019年04月14日


 「『国民の視点』とは何なのか?どこにも説明がない。」との記載がある。ただ、憲法は国民主権原理を採用する以上は国民主権によって正当化される法の枠組みである。国民主権原理を採用する以上は憲法の正当性の法源は主権者である国民に由来するのである。だからこそ、法解釈を行う場合にも国民主権原理に従った形で正当性を導き出す必要がある。「国民の視点」とは、そのような趣旨で用いられたものと思われる。

 よって、論者のように国際法に合わせて9条を読み解こうとする発想は、憲法の正当性の基盤を自国民の主権(最高決定権)に基づく形で解釈するのではなく、国際法(国連憲章)という他国民に由来する法の形式に従属した形で解釈することになるものである。

 「こういった篠田の否定論が正しいとすれば、憲法の解釈にあたっては『アメリカの政策に同調する可能性がある憲法解釈は否定されなければならない』という原則が事前に確立されていなければならない。」との記載があるが、国民主権という原則が事前に確立しているため、論者の解釈を否定することは妥当である。
 「そんな解釈原則が正しいと、学術的に証明されたことは一度もない。」との記載もあるが、国民主権原理を理解できれば既に証明されている。
 「果たして、こういう議論は、本当に学術的な議論なのだろうか。」との記載があるが、学術的な議論である。
 その後の記載は、何を説明しているのかよく分からない。


〇 長州「正論」懇話会 講演会詳報 ケント・ギルバート氏「憲法9条は制裁 目を覚まして」 2018.11.21

 「憲法には生存権といわれる13条や25条がありますが、いざというとき国民の生命を見捨てることを国に強制する9条の存在は、生存権の規定を台無しにする。だから9条は憲法違反です。」との記載がある。


 まず、9条は憲法規定であり、9条が憲法違反になるということはない。誤った認識である。


 次に、13条や9条の内容が衝突した場合については、憲法体系全体の趣旨を読み解いて論理解釈することが必要となる。規定と規定の衝突があった際に、法秩序全体の精神から妥当な結論を導き出すことは法学の基本である。そこで論理解釈されたものが、1972年(昭和47年)政府見解である。この政府解釈によれば、我が国が「外国の武力攻撃」を受けた際に自衛の措置を講じることができるのであるから、9条は「いざという時国民の命を見捨てることを国に強制する」ものではない。


 もう一つ、「生存権(25条)」と「生命権」は区別されることがある。

  【参考】「洗脳」を看過してはならない!嘘を並べた改憲扇動が進行 2018/12/09


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「憲法9条改正で占領終わる」ケント・ギルバート氏 2019.2.21