アクセシビリティ創生党 憲法部会

 

〇 法律用語の、「主権」の意味が多すぎる。それに、「機関」の意味も、多義的すぎる。もっと、言葉の特定性を向上させた用語を開発した方が良いと考える。文章を読んでいても、どの意味の「主権」どの意味の「機関」を使っているのか掴むのが難しい。そもそも、最初のうちは「主権」や「機関」の意味が何通りもあることを知らなかったので、頭の中で混乱し続けていた。そういう混乱をすべての学習者に強いる法学の世界はあまりに整備が遅れている。法学者を集めて、用語の整理をした方が良いだろう。これからの法学界のアクセシビリティを作り出していかなくてはならない。


Wikipedia
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主権とは、
・国民および領土を統治する国家の権力のこと。
・他国の支配に服さない統治権力のこと。国家の構成要素のひとつで、最高・独立・絶対の権力。
・国家の政治のあり方を 最終的に決める権利のこと。「国民主権」など。
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https://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B8%BB%E6%A8%A9


Wikipedia
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法律用語としての機関とは、
・ドイツ法や日本法における概念で、法人のために意思決定や行為を行う一または複数の者をいう。
・法令用語としては、省庁などの組織を指して「機関」ということもある。
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https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%A9%9F%E9%96%A2_(%E6%B3%95)


 こういう、多義的な意味を持つ場合は、各意味に新しい用語を割り振った方が良いと思われる。こういう意味を統一しないままに、教科書を書いていたり、授業をしていたりと、話者と受け手が常に混乱しながら学習することになる。このような非効率な法学界の体質を改めねばならない。


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「人権」には「基本的人権」や「基本権」のように関連する概念があり、これらが相互に区別して論じられることもあれば、同義的に使用されることもある。
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https://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%BA%BA%E6%A8%A9

 

このような混乱も多い。

 

 それに比べて、「行政罰」「執行罰」「科料」「過料」「罰金」「課徴金」「逮捕」「監禁」「留置」「拘留」「拘禁」「禁錮」「懲役」「留置場」「拘置所」「刑務所」「少年院」「少年鑑別所」など、刑事法は意味がそれぞれしっかりと整理されていて美しいのではないだろうか。こういういった整理された感じがいいのではないだろうか。


〇 これだけ国際化して多くの外国人が行き来しているのに、外国人の人権享有主体性が条文にないのはありえないと思われます。外国人の人権享有主体性を、学説に頼るのではなく、その程度を条文化した方が良いのではないかと思います。内国の法人についても同じように人権享有主体性を条文化して明確化した方が良いだろうと思われます。適用対象が学説や判例に頼るというのは、法の包括性・完全性がありません。これは完全に立法者の盲点といっていいでしょう。人権規定に、「第〇条 法人や外国人にも性質上可能な限り基本的人権が保障される。」と書き込めばいいと思います。


〇 「表現の自由、報道の自由、取材活動の自由、アクセス権、反論権、知る権利」、などといいうが、「〇〇の自由」とか、「〇〇の権利」とか、「〇〇権」とか、言葉が明快に統一していないところがあります。「これは違うのですか」って聞きたいです。法学の世界には、こういうバラバラしたものが多すぎると思います。「表現権、報道権、取材活動権、知得権」とかに全部統一したほうがいいのではないでしょうか。あれやこれやいろんな言葉にして、学習者や初学者、法学をしていない人の混乱を防ぐように配慮した用語に統一した方が良いと思います。何とかしたい。


 もし、「〇〇の自由は自由権の分類である。」などと言うようであれば、「〇〇の自由」ではなく、「〇〇の自由権」という風に改名すればいいだろ。その方が、人権ってことが分かり易いはずです。それに、経済的自由権の中には、「職業選択の自由」のような「〇〇の自由」というものもあるが、「財産権」もありますから。結局、自由権の概念だからと言って「〇〇の自由」という形式にあてはめきることもできない。そういう、用語の扱いが雑だと思われます。こんなことだからアクセシビリティが低いと思います。法学者が何とか整理するべきだと思われます。


自由権 Wikipedia
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%87%AA%E7%94%B1%E6%A8%A9


人権 Wikipedia
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%BA%BA%E6%A8%A9


 それに加えて、憲法の文中でも人権について「国民の自由及び権利」や「国民に保障する基本的人権」、「国民の権利(及び義務)」などと、使う言葉がバラバラである。これでは学習者を混乱させてしまう。アクセシビリティが低いと考える。


 「基本的人権」の中に、「自由」や「権利」が入っているって意味でしょうか。その「自由」というのが、「自由権」であるならば、そもそもそれは「権利」に含まれるのではないでしょうか。では「自由及び権利」というのは、やっぱり「基本的人権」に置き換えられるのではないでしょうか。法技術的な定義を書き込むようなことはせず、詩的文法を重視したためにこういう言い換えの曖昧さが残っているんじゃないでしょうか。これは学ぶ際に理解が困難で面倒なところがあると思います。もともと法の前提は人の感情であるから、憲法が詩的な言葉遣いになりやすいのは理解できる。ただ、そういうのは前文に上手く詰め込み、法技術は法技術として使えるようにしてほしいと思う。


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第十一条  国民は、すべての基本的人権の享有を妨げられない。この憲法が国民に保障する基本的人権は、侵すことのできない永久の権利として、現在及び将来の国民に与へられる。

第十二条  この憲法が国民に保障する自由及び権利は、国民の不断の努力によつて、これを保持しなければならない。又、国民は、これを濫用してはならないのであつて、常に公共の福祉のためにこれを利用する責任を負ふ。

第十三条  すべて国民は、個人として尊重される。生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利については、公共の福祉に反しない限り、立法その他の国政の上で、最大の尊重を必要とする。
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 であるならば、11条で「この憲法が国民に保障する基本的人権」と言っているのであるから、12条では「『基本的人権』が保障する自由及び権利は、」と書けばいいのに、「この憲法が国民に保障する自由及び権利は、」となっている。そこは整合性が悪いと考える。学説を整理して読みやすい用語に整えるべきだと思われる。表面的なアクセシビリティに引きずられ、人権の本質を落とさないように注意する必要はあるが、そこをやるのが法学者の仕事だと考える。しっかりと本質まで掘り深めてアクセシビリティのを向上させなくてはならないはずである。



 それに、「行政権は、内閣に属する。」なのに、地方自治は行政法が適用されるでしょ。行政権が内閣に属しているはずなのに、地方自治との整合性がないですよね。どういうこと?こういう混乱が多すぎるんですよね。美しくない。

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憲法

〔行政権の帰属〕
第六十五条 行政権は、内閣に属する。
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こんなの、一般の国民に分かるわけないでしょう。凡人に分かるようにしていないところがよくありませんね。これで法学を名乗っている立法ミスが本当にあり得ないですね。

 

大体、「行政権は、内閣に属する。」という条文ですが、国民の人権である「財産権」とかの「権」という言葉と被るんですよね。
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憲法

〔行政権の帰属〕
第六十五条 行政権は、内閣に属する。
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ここでいう「行政権」の「権」は、国民の「基本的人権」の「権」ではなくて、「権限」「権能」の「権」でしょ。これだから法学は分けわからなくなるわけですね。


幸福追求権
生存権
財産権
司法権
環境権
請願権
黙秘権
行政権
立法権
解散権
労働基本権
団体行動権
精神的自由権
経済的自由権


など、ここに「行政権」「司法権」「立法権」「解散権」って書きましたけれども、混じってしまいますね。こういう、無駄に混乱させる用語が多すぎます。こういうことを知らずに学び始めると、完全に迷子ですね。こういうのに惑わされて、法学勉強するのを諦めた人がかなりの数いると思いますよ。アクセシビリティを高めないといけない。


〇 憲法や民法1条3項のやたらにくどい「これを」の言い回しをカットした方が良いのではないか。


「憲法 23条 学問の自由は、これを保障する」など
「民法 1条3項 権利の濫用は、これを許さない。」


 ただ、「学問の自由は保障する。」だと、「学問の自由は→保障する」なのか、「学問の→自由(だけ)は保障する。」なのか、文の切れ目が分からず、単語を確定させることができないという説もある。『学問の自由』『権利の濫用』という単語を強調させるためには、「これを」の言い回しを通例化した方がいいとの説もあるようだ。


 ただしかし、「学問の自由は、保障する」とすると、主語+述語のように見えてしまい、「学問の自由」が何かを保障するかのような印象にもなってしまう。かといって、「国は、学問の自由を保障する。」としてしまうと、ちょっと国家色が強くなって学問の自由を強調することができない。となると、そのままの方がいいのかもしれない。


 言葉の意味と範囲を限定し、その言葉が何にかかるのか明確にするという効果もあるようだが、もう少し別の自然な文面に変えられるのではないか。


〇 憲法の文中の、「何人も」「何人に対しても」や、「日本国民に」「国民は」「すべて国民は」などの、バラバラした用語も整理した方が良いと思う。


〇 「憲法31条の手続きの適正は、実体の適正も含まれると解される。」との学説があるが、予め「実体も適正でなければならない。」と条文中に書いて改憲してしまえばいいのではないだろうか。どこの政党も、こういう明快な学説をしっかり書き込んだ改憲案を発表してないように思う。そのような、書けるものは書いてしまってもいいのではないかと思うのですが。いつまでも憶測でいろいろ学説を増やしてしまうと、非効率だとと思うのですね。また学習しなくてはならない学説が増えてしまうじゃないですか。それ以上ないと分かっているようなものは、条文中に明快に示し、勉強しないといけない論点を削減したいと思ってしまいます。すると、法学がもっと明快で誰にでも学べる世界になるはずです。


 他にも、「31条は刑事手続きについて定めた条文であるが、行政手続きにもその保障が及ぶと解される。」との学説がありますが、それだったら改憲案に「これは行政手続きにも及ぶ。」って書き込めばいいじゃないですか。そのような、やたらに推測し、学説を増やしてしまうのは、学習者の混乱を招くのでやめた方がいいと思います。アクセシビリティが低いと思います。やたらに規律密度を濃くする必要はないと思いますが、簡潔な論理は条文化したほうが国民のためだと考えます。柔軟性を失ってはいけませんが、柔軟性を失わない程度にアクセシビリティを高める方法はあると思われます。改憲するならば、そういう改憲草案をつくるべきだと考えます。


 国家運営の形を変えるのではなく、こういうアクセシビリティを高める改憲であれば、学者から見ても妥当性が高いだろうと思われるので、誰もが反対せずに改憲できるのではないかと思います。ただ、国家運営の形を変えるようなリスクの高い改憲を行わせないために、アクセシビリティのためだけに改憲する「お試し改憲」を許したくないという慎重な気持ちも分からないではありません。しかし、誰も文句を言わない美しい法典に条文化する作業は改憲案の形で提示し続けるのは構わないと思います。アクセシビリティについて、もっと議論や合意を積み上げられるようにしていってほしいと思います。


 政治家や政党が改憲案を発表するのではなく、法務省が法学者を集めて法学的に洗練さた改憲の提案を発表してもらってはどうだろうか。民法改正などでいつもやっていると思います。なぜ憲法改正においてはそれができないのでしょうか。法学者であれば、法的整合性の高い質の高い妥当な憲法典のあり方を提示する力はあるはずです。それを選択するかどうかは、国会議員や国民にかかっています。確かに「行政」の管轄下で憲法案を「立法」させるのは危険な面もあると思いますが、法学の専門的技術的な仕組みをよく分かっていない政治家が法技術を無視した改憲を強行してしまうのも危険であると考えます。法学者が改憲草案をつくり、その妥当性の論理の上に、政治や国民の価値観が入ればいいのではないでしようか。法技術を飛ばしてしまう政治家が改憲に手を出してしまうと、つじつまの合わない改憲案を発表してしまうことになります。その作用は国民の人権保障を確実にする上で大変危険なものです。そのため、法学者が議論をした中で、いくつかの提案を絞り出し、新しい憲法改正案をつくり出した方がいいと思います。


<参考>

憲法改正論議をどのように行うのか 検討に値する、内閣による改憲案提出 2017年01月18日


〇 憲法や民法1条3項のやたらにくどい「これを」の言い回しをカットした方が良いのではないか。


「憲法 23条 学問の自由は、これを保障する」など
「民法 1条3項 権利の濫用は、これを許さない。」